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第一部 新米ディナー・ハンター、旅の始まり
一章4 DMG本部
しおりを挟むDMG本部は白い石造りで、巨大な塔状の建物だ。第一の塔と第二の塔の間、崖寄りに建っている。
「この建物、隙間に無理矢理建てたんだよ」
アイゼンが言った。
「だからなんか窮屈そうなんだ?」
カサネがそう返すと、アイゼンは上階を見上げて説明する。
「一階と二階が本部の会館になっていて、それより上の階は職員や初心者の宿舎だってさ。更に上のほうは図書館があって、貴重な食べ物の保管庫や武器やアイテムの倉庫もあるって話だ」
「へえ、一つの町みたいなんだな」
見上げるうちに、カサネは首が痛くなってきた。
開けっ放しになっている玄関から中へ入ると、中は室内とは思えないほど明るい。ろうそくとは違う輝きは、アイゼンが使う魔法の光を思い出させる。
出入り口付近は、まるで食堂みたいにテーブルや椅子が並んでおり、壁にはポスターや張り紙、黒板に書き込みがある。正面にはカウンターがあり、転移駅で見たような灰色の制服を着た人達が忙しそうに働いている。
ぽかんとしていると、赤い羽がついた帽子をかぶった職員がやって来た。十代後半くらいの若い男で、愛想よく笑う。
「こんにちは。その様子、着いたばかりの初心者かな? 俺はマイケルだ、ここで案内人の仕事をしてる」
「はい。どうして」
分かったのかとカサネが口にする前に、マイケルが笑いながら返す。
「そうやって入口の辺りでぽかーんとしてるのは、初心者だけだからだよ。文字が読めない人も多いから、俺みたいなのが案内することになってるんだ。他にも三人いるよ」
マイケルの言う通り、女性と男性の案内人が、部屋の中央付近をうろうろしている。後から入ってきた少年少女がぽかんとしていると、すぐにそちらに歩み寄って話しかけた。
「登録でいいね? さあ、こっちだ」
マイケルに案内され、カウンターの一番左の窓口に通される。
「分からないことがあったら、いつでも聞いてくれ。ただし俺の仕事時間は昼間だけだから、夜にすれ違っても声をかけないでくれよ」
「分かったよ、マイケルさん。ありがとな!」
カサネが元気よくお礼を言うと、マイケルはにかっと笑い返して、また持ち場に戻った。
「こんにちは。初心者さんの登録ですね~。私はエマリアと申します。こちらで受付をしていますので、今後ともどうぞよろしくお願いします」
受付にはウェーブのかかった金髪の女性がいて、にこやかにあいさつをしてくれた。灰色の制服なのは同じだが、襟に赤いスカーフを巻いている。化粧をしていて、なんだか良い香りがした。
「こちらの書類にご記入お願いします。文字は書けますか? 無理でしたら代筆担当を呼びますが」
「大丈夫です」
「ではあちらの筆記台でお願いします。終わったらこちらに持ってきてくださいね~」
受付に来て早々、書類を渡されて、机に向かわせられる。
なんとなく急かされている気分になって、カサネとアイゼンはできるだけ早く書いた。そして受付に戻ると、エマリアは内容を確認する。
「まあ、カサネさん、達筆ですね」
「どうも」
その褒め言葉に、カサネははにかんだ。勉強は苦手だが、文字だけは達筆だ。カサネに文字を教え込んだグイールが達筆なのだ。たまに村長や隣村の人に代筆を頼まれて、小銭稼ぎをしている。
「あら、性別のところ、間違えておりますよ」
「え? 間違えてないよ。私は女だ」
「え!?」
エマリアは唖然とし、慌てて頭を下げる。
「これは大変失礼しました! ごめんなさい、嫌だったわよね」
「全然気にならないから、大丈夫だよ」
「でも、それじゃあ、宿舎利用のところに、そこの彼と一緒の部屋でいいっていうのはどういうことなんです?」
「アイゼンとは家族みたいなもんだからね。な?」
カサネが振り返って問うと、アイゼンも頷いた。
「ああ。カサネとは兄弟みたいなものなので、お構いなく」
「希望があれば、男性専用、女性専用フロアでの個室もご用意できますよ?」
エマリアの気遣いに、カサネはアイゼンのほうを見る。
「どうする? 私はお前と同じ部屋のほうが楽でいいけどな。話し合いのたびに移動するのは面倒くせえ」
「俺も同意見。同室でいいですよ、エマリアさん。野宿みたいなもんだ」
「そーそー!」
カサネとアイゼンの意見に、エマリアは首を傾げる。
「そうですか? ですが、お風呂は性別で分かれますので、ご注意くださいね。希望があれば、個室のお風呂に案内もできます」
「すごい、贅沢なんだな」
「色んな事情がある方がいらっしゃいますから」
「ああ、怪我とか?」
「それもございますが、性同一性障害の方や男性だと自負されているのに女装趣味の方など、色々いらっしゃるので。トラブル回避のために個室があるんですよ」
初めて聞く言葉だ。カサネはアイゼンにひそひそと問う。
「どういう意味?」
「俺も分からん」
エマリアに詳しく訊くと、神の食卓には国内各地から人が集う。それは、それぞれ風習や考え方が違う人が集まっているということだ。
色んな人が行きかう特性上、同性愛などにも寛容な風土になっているらしい。
性同一性障害は、体は男だが、自分は女だと思っている人のことで、風呂や着替えなどで困ることが多いとか。
だから風呂に個室を用意しているのかと、カサネは納得した。
「へえ、同性愛か」
「さすがは先進的だな。自由な価値観だ」
カサネとアイゼンが言い合っていると、エマリアが心配そうに口を出す。
「差別は表だってしてはいけないことになっていますので、くれぐれも気持ち悪いなどと言いませんようにお気を付けください」
「え? ああ、初めて聞いたから驚いてるだけで、別に好きにすればって思うよ」
「本人が幸せならいいんじゃないか」
二人の返事に、エマリアは戸惑いをあらわにする。
「ええと、失礼ですが、もしかしてカサネさんは性同一性障害では?」
思わぬ問いに、カサネは首をひねる。少し考えてみたが、特にそう感じたことはない。
「え? 私は自分は女だと思ってるよ。男に生まれたかったけどね」
「こいつは単にがさつなだけだ」
「荒野で生きるのに、おしとやかにしていられるかってんだ」
「はは、確かに。俺から見ると、カサネの性別はカサネって感じだな」
「私も、アイゼンはアイゼンだって思うよ」
二人の会話を聞いて、エマリアは気が抜けた様子である。
「はあ。これなら大丈夫でしょうかね。そういった事情がありますので、お気を付けください……とだけ申しておきます」
エマリアはそうまとめ、書類に受理のはんこを押し、番号札を差し出す。
「では、こちらを持って、案内人のほうへ向かってください。一番教室で、三十分後に説明会がありますから。お手洗い休憩などは、それまでに済ませてくださいね」
エマリアに礼を言うと、カサネとアイゼンは再びマイケルのほうに向かった。
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