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五章 パーティーと事件
30. 標的
しおりを挟む「ふっふっふ。いざ、行かん! 決戦場へ!」
「テンション高いな、アイリス」
王宮を前に気持ちが高ぶった私を、ガーネストは冷めた目で見ている。
ガタガタと揺れる馬車の中、お互いにドレスアップしていた。今日の私のドレスは、水色のドレスに、黄色い花飾りをつけたものだ。サイダーに星が浮かんでいるみたいで、私はひとめで気に入った。
ガーネストは白い上着とトラウザーズ、薄青のベストだ。私のドレスと色を合わせていた。赤い髪は白服に映えている。
灰色のドレスに身を包む侍女のリニーはというと、あきらめ顔でこちらを見ない。
「だって、完璧な計画すぎて、披露するのが待ち遠しいの! 名付けて、『犠牲の子羊ちゃん計画』!」
「ホラー小説みたいな作戦名はやめなよ。怖いなあ」
精霊に引かれている現実は横に置いておいて、私は今日までに調べておいた貴族の悪事が書かれた書類を、ガーネストの前でバサバサと振る。
「別に、罪のない人をおとしいれるわけじゃないんだし、いいじゃないの。私が社交音痴だと認めてもらうための大事な踏み台とはいえ、悪い人を選んだのよ」
「僕はすでに嫌な予感がしてるよ」
「ええ、悪女となった私に、ガネスもビビッちゃうわよね!」
「――はあ~」
疲れきったため息をこぼし、ガーネストは私の名前を静かに呼ぶ。
「アイリス」
「なっ、何よ、急に改まっちゃって」
私はこの呼ばれ方をするのが苦手だ。家族が私を叱る時に、毎回こういう呼び方をするので。
「目の前のことに気を取られて、それがもたらす結果について考えていないだろう」
急に年長者としての落ち着いた態度を見せ、ガーネストは私の考えの甘さを指摘する。
「恨みを買って、ひどい仕返しをされるかもしれない」
「そ、それは……」
嫌なことをしたら、お返しされることもある。そんな当たり前のことが頭からすっぽり抜け落ちていた事実に、私は衝撃を受けた。
「僕が傍にいる限り、契約者に危害など加えさせはしないが」
金の目をくもらせるガーネストは、憂いを帯びて、美しさが増した。
「心配なんだよ。心に傷を作りはしないかと。闇に近づく者は、闇に見られる覚悟をしなくてはね」
精霊らしい格言をあげて、ガーネストは説教する。
私はしゅんとなって肩を落とす。
「で、でも……」
「とりあえず、標的にするのはこいつだけだぞ」
書類をパラパラとめくり、一枚の紙を取り出す。
私としては、うかつに近寄るのはやめておこうかと思っていた、本物の悪い人間だ。
「え、この人にするの?」
「やるからには、徹底的に落として追い払うべきだ。中途半端が一番まずい。こいつの場合、自業自得だからお前の胸を痛める価値もない」
言っていることは容赦がないのに、私への過保護っぷりをにじませているので、私はちょっとほっこりした。
「ガネス、私のことをそんなに心配してくれるなんて、優しいのね」
ガーネストは照れて視線をずらしたが、ぼそりと付け足す。
「そんなに縁談を回避したいなら、僕と結婚すればいい」
「はいはい、この計画で行きましょう。完璧!」
「スルーするなよ!」
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