上 下
30 / 32
五章 パーティーと事件

30. 標的

しおりを挟む


「ふっふっふ。いざ、行かん! 決戦場へ!」
「テンション高いな、アイリス」

 王宮を前に気持ちが高ぶった私を、ガーネストは冷めた目で見ている。
 ガタガタと揺れる馬車の中、お互いにドレスアップしていた。今日の私のドレスは、水色のドレスに、黄色い花飾りをつけたものだ。サイダーに星が浮かんでいるみたいで、私はひとめで気に入った。
 ガーネストは白い上着とトラウザーズ、薄青のベストだ。私のドレスと色を合わせていた。赤い髪は白服に映えている。
 灰色のドレスに身を包む侍女のリニーはというと、あきらめ顔でこちらを見ない。

「だって、完璧な計画すぎて、披露するのが待ち遠しいの! 名付けて、『犠牲の子羊ちゃん計画』!」
「ホラー小説みたいな作戦名はやめなよ。怖いなあ」

 精霊に引かれている現実は横に置いておいて、私は今日までに調べておいた貴族の悪事が書かれた書類を、ガーネストの前でバサバサと振る。

「別に、罪のない人をおとしいれるわけじゃないんだし、いいじゃないの。私が社交音痴だと認めてもらうための大事な踏み台とはいえ、悪い人を選んだのよ」
「僕はすでに嫌な予感がしてるよ」
「ええ、悪女となった私に、ガネスもビビッちゃうわよね!」
「――はあ~」

 疲れきったため息をこぼし、ガーネストは私の名前を静かに呼ぶ。

「アイリス」
「なっ、何よ、急に改まっちゃって」

 私はこの呼ばれ方をするのが苦手だ。家族が私を叱る時に、毎回こういう呼び方をするので。

「目の前のことに気を取られて、それがもたらす結果について考えていないだろう」

 急に年長者としての落ち着いた態度を見せ、ガーネストは私の考えの甘さを指摘する。

うらみを買って、ひどい仕返しをされるかもしれない」
「そ、それは……」

 嫌なことをしたら、お返しされることもある。そんな当たり前のことが頭からすっぽり抜け落ちていた事実に、私は衝撃を受けた。

「僕が傍にいる限り、契約者に危害など加えさせはしないが」

 金の目をくもらせるガーネストは、憂いを帯びて、美しさが増した。

「心配なんだよ。心に傷を作りはしないかと。闇に近づく者は、闇に見られる覚悟をしなくてはね」

 精霊らしい格言をあげて、ガーネストは説教する。
 私はしゅんとなって肩を落とす。

「で、でも……」
「とりあえず、標的にするのはこいつだけだぞ」

 書類をパラパラとめくり、一枚の紙を取り出す。
 私としては、うかつに近寄るのはやめておこうかと思っていた、本物の悪い人間だ。

「え、この人にするの?」
「やるからには、徹底的に落として追い払うべきだ。中途半端が一番まずい。こいつの場合、自業自得だからお前の胸を痛める価値もない」

 言っていることは容赦がないのに、私への過保護っぷりをにじませているので、私はちょっとほっこりした。

「ガネス、私のことをそんなに心配してくれるなんて、優しいのね」

 ガーネストは照れて視線をずらしたが、ぼそりと付け足す。

「そんなに縁談を回避したいなら、僕と結婚すればいい」
「はいはい、この計画で行きましょう。完璧!」
「スルーするなよ!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

もう二度とあなたの妃にはならない

葉菜子
恋愛
 8歳の時に出会った婚約者である第一王子に一目惚れしたミーア。それからミーアの中心は常に彼だった。  しかし、王子は学園で男爵令嬢を好きになり、相思相愛に。  男爵令嬢を正妃に置けないため、ミーアを正妃にし、男爵令嬢を側妃とした。  ミーアの元を王子が訪れることもなく、妃として仕事をこなすミーアの横で、王子と側妃は愛を育み、妊娠した。その側妃が襲われ、犯人はミーアだと疑われてしまい、自害する。  ふと目が覚めるとなんとミーアは8歳に戻っていた。  なぜか分からないけど、せっかくのチャンス。次は幸せになってやると意気込むミーアは気づく。 あれ……、彼女と立場が入れ替わってる!?  公爵令嬢が男爵令嬢になり、人生をやり直します。  ざまぁは無いとは言い切れないですが、無いと思って頂ければと思います。

私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください。

アーエル
ファンタジー
旧題:私は『聖女ではない』ですか。そうですか。帰ることも出来ませんか。じゃあ『勝手にする』ので放っといて下さい。 【 聖女?そんなもん知るか。報復?復讐?しますよ。当たり前でしょう?当然の権利です! 】 地震を知らせるアラームがなると同時に知らない世界の床に座り込んでいた。 同じ状況の少女と共に。 そして現れた『オレ様』な青年が、この国の第二王子!? 怯える少女と睨みつける私。 オレ様王子は少女を『聖女』として選び、私の存在を拒否して城から追い出した。 だったら『勝手にする』から放っておいて! 同時公開 ☆カクヨム さん ✻アルファポリスさんにて書籍化されました🎉 タイトルは【 私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください 】です。 そして番外編もはじめました。 相変わらず不定期です。 皆さんのおかげです。 本当にありがとうございます🙇💕 これからもよろしくお願いします。

家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。 番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています 6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?

あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」 結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。 それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。 不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました) ※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。 ※小説家になろうにも掲載しております

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

処理中です...