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二章 精霊のおもてなし術
8 契約したからいいだろ?
しおりを挟む今日はもう夕方なので、精霊のおもてなし術は、明日から教わることになった。
わくわくしながら部屋に戻ろうとして、私はくるりと振り返る。
「ガーネスト、なんでついてくるの?」
「ガネスでいいぞ」
私の質問に答えず、ガーネストはそう言った。宙に浮かんだまま、足を組んで、無駄にふんぞり返っている。
じーっと見つめる私に、ガーネストは言葉を付け足した。
「契約したんだから、当然だろ」
「何が当然なのよ。レディーの部屋に入ろうだなんて!」
「レディー? 子どもじゃないか」
「レディーなの!」
私の剣幕に、ガーネストはたじろぐ。
「分かった。だが、契約したら、精霊は契約者と一緒にいるものだ」
「精霊でも、あなたは男でしょ!」
「そうだな。だから君と結婚できる」
おっと、その話題は危険だ。私は急いで話を変える。
「とにかく! あなたの部屋は別に用意するから、私の部屋は駄目よ」
「駄目なのか……?」
まるで子犬のような目をして、ガーネストは首を傾げる。
(そ、そんな寂しそうな顔で首を傾げても、私はだまされないんだからねっ)
部屋の前で問答をしていると、いつの間にか離れていたリニーが、小走りに戻ってきた。
「精霊王様、お隣の部屋を使うようにとのことですわ。それなら、護衛もできるでしょう? 何せ、精霊の王と呼べるほど、強い精霊なのですから」
「まあ、そうだな」
リニーが持ち上げたのが効いたようで、ガーネストは案外あっさりと隣室に向かった。
「ありがとう、リニー」
「いえいえ」
そして自分の部屋に入った私は、あっけにとられた。
「アイリス、内扉でつながっているようだ。これはあれじゃないか、実質夫婦なのでは」
「ちょっとどういうことですか、おばあ様ーっ!」
まさかこの客室が、夫婦用の部屋だったとは。内扉があったのは知っているが、気にしたこともなかった。
「ごめんなさい、アイリス。孫娘のために、一番良い部屋をと思っただけなの。すっかり忘れていたわ。はい、これが鍵よ」
おばあ様は謝って、私に内扉の鍵を渡す。どこの部屋も、鍵を使わないと、外からも内からも鍵をかけられないのだ。
「鍵は私が持つからね、ガネス」
「もう少しエネルギーが戻れば、鍵など意味がないが」
「そういうことなら、私が良いよって言うまで、そこから入っちゃだめよ」
「なぜだ」
「私がレディーだからです! マナーは守って!」
「難しい奴だ」
訳が分からないという顔をして、ガーネストは顔をしかめる。
「まあいい。僕は封印が解けたばかりで疲れている。今日はもう休むことにするよ」
「精霊界に帰るの?」
精霊の王様なら、精霊界に城を持っているという。精霊界にいると、精霊は自然とエネルギーを回復できるらしい。
精霊が見えなくても、私は公爵家の家業のために、精霊について勉強している。結婚のことまでは知らなかったが。分からないものについて勉強することほど、退屈なものはない。きっと読み飛ばしたのだろう。
「いいや。この状態で帰ったら、大騒ぎになる。精霊達が混乱すると面倒だ。それに、これをチャンスと精霊喰いが来たらことだしな」
「そうなの」
精霊喰いって、そんなに怖い生き物なんだろうか。
教科書の絵を思い浮かべてみる。わざとまがまがしく描かれた狐の絵だったから、逆に信ぴょう性が無い。
ガーネストは床に下りると、大きな天蓋付きベッドに潜り込んだ。
(普通に寝るのね)
どうなるのかと興味で見ていたが、人間と変わらない。
「おやすみなさい、ガネス」
「ああ」
「そういう時は、おやすみって返すのよ」
「それもルールか」
ガーネストはわずらわしそうに、こちらを見る。
「人間の常識かしら」
「ふーん」
ガーネストはあいづちを打って、そのまま何も言わない。
まあいいかと内扉を閉めようとした時、かすかな声が聞こえた。
「おやすみ」
内扉を閉め、私はくすりと笑う。
素直ではないが、話は聞いてくれるみたいだ。
(おやすみなさい、良い夢を)
契約者を失くして傷ついた彼に、束の間の平穏がありますように。
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