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連載 / 第二部 塔群編
04
しおりを挟む宿に戻ると、店主がやって来て、なぜか部屋を変えることになった。
「……えーと」
りあは大きなダブルベッドを見つめ、めまいがした。青い天蓋付の、豪奢な造りだ。
横に並んだレクスも、うんざりした溜息を零す。
「なるほど、恋人ってのが本当かどうか、探りを入れてきたのか。面倒くせえな」
恋人同士なら気を遣うように長から指示されたと、店主が案内した部屋がここである。二人部屋で、広々としていて立派な造りだ。泊まっていたのは中規模の宿だったが、その中で一番良い部屋らしい。
これに怒ったのはラピスだ。
「キーッ、ボクの目が金色のうちは、レクス殿のスキャンダルは未然に防ぎますぞっ。なんたる不作法! 主人に抗議してきます。高貴なかたは、婚前交渉などしませんぞっ」
「やめてラピスさん。いたたまれないから、そんなことを大声で言わないで」
直截すぎる表現に、りあは顔を真っ赤にした。顔を両手で押さえたまま、ラピスにぶんぶんと頭を振る。アネッサが呆れ顔でレクスを指差す。
「仕方ないよ、ラピス君。レクスはチンピラじみてるから、どう見ても高貴って感じじゃない。一夜の楽しみくらい、普通にしてそうだろ」
これにはレクスが反論する。
「お前な、王族の血をほいほいと広めるような真似をするわけねえだろ。んなことしてたら、とっくに身を固めさせられてる」
「君、顔に似合わず、そういうところは真面目だな」
「俺をなんだと思ってんだ、お前は」
遠慮のないアネッサを、レクスはぎろりとにらむ。アネッサはさすがに悪いと思ったのか、苦笑して謝った。
「おお、こわこわ。すまなかったよ。――で、どうする? 抗議する?」
「もちろんです! 許せません! ぐへっ。なんで邪魔するんですか、レクス殿!」
憤然と部屋を出て行こうとしたラピスは、後ろ襟を掴んで引きとめられ、今度はレクスに食ってかかる。
「ラピス、これを抗議した場合、次はどんな手でくると思う?」
「え? 次?」
ラピスは金の目をきょとりとしばたたく。
「嘘だと言われて、こいつが連れてかれるのか。それとも、お節介にも結婚式をプレゼントされたらどうするんだ?」
「え、そんなこと…………しそうで怖いですね」
ラピスは深刻な顔でうつむいた。アネッサもありえると頷いている。りあは想像しただけでゾッとした。あの人達なら、本気でやりかねない。
「ちょ、ちょっと待ってください! 私、相手が誰でも、ここで結婚するつもりありませんよ? しかもこれ、他人の体ですし!」
ばんばんと肩の辺りを叩きながら、りあは主張する。
「俺もだ。そもそもの話、俺はこいつには手を出さないから、このままでいいだろ。リア、襲ったりするなよ?」
「ええっ、私がそんな真似をするわけないでしょ! 普通は逆! 逆ですから!」
なんて言い草だ。ぶんぶんと腕を振り回して抗議するりあと、面倒くさそうに長椅子に座るレクスを見比べ、アネッサが結論を出す。
「うん、なんか普通に大丈夫そう。ラピス君、心配ならここにいたら?」
「そうですにゃあ、従者としての仕事はして、後で退室すればいいですかねえ。リアさん、レクス殿に妙な真似をしないでくださいよ? ボクが母にフルボッコにされてしまいます」
「ラピスさんはまともに心配してくれると思ったのに、ひどい!」
りあは即座に言い返す。ラピスが真剣に注意するので、余計に腹が立つ。
「ぴいぴいうるせえぞ、リア。お前はアネッサの部屋で風呂と着替えを済ませてこいよ」
「レクスは?」
「ここの風呂を使う」
レクスは部屋を横切って、出入り口の傍にある扉を開け、洗面所の奥の風呂場を覗いた。
「――お、すげえ良い設備だな」
「本当だ。大きなお風呂! ずるいですよ、レクスだけ!」
りあも風呂場を見てみた。いかにも快適そうなバスタブだ。りあの文句も、レクスは涼しい顔で聞き流す。
「どうして俺が、お前に気を遣わないといけないんだよ。色々と助けてやってんだから、これくらいは譲歩しろ」
彼が至極当然のように希望を押し通すので、りあは呆れ果てた。
「そういうところは俺様ですよねえ、レクスって。はいはい、庶民の私が気を遣います。アネッサ、行きましょ」
「ええっ、どうして怒らないの? 不思議だな」
アネッサが不可解そうに言うので、りあは首を傾げる。
「え? だって私には特にこだわりはないもの。レクスがこっちが良いって言うなら、それでいいんじゃない?」
アネッサはふと真顔になった。りあに提案する。
「ねえ、二人とも、本当に付き合ってみたら? レクスみたいな気難しい奴に合う相手って、滅多といないと思うよ」
「やめてよ、そういう冗談を言うの。後で気まずくなるじゃない」
アネッサに言い返し、りあはアネッサの背を押して、一緒に部屋を出る。荷物は元の部屋に置きっぱなしなのだ。
◆
二人が部屋を出て行くと、ラピスは扉を閉めた。そしてレクスの傍に移動してきて、ひそひそと注意する。
「レクス殿、さっきはリアさんには冗談を言いましたが、実際、リアさんに手出し厳禁ですよ。……ちょっと、なんで意外そうに見るんですか? あんな美人が隙だらけだと、普通はよろめくものです」
「出さねえって」
レクスがうるさく思って返すと、ラピスは、今度は心配そうにする。
「え? 少しも良いなとか思わないんですか? それはそれで問題があるような……」
「どっちなんだよ、お前は」
「まあ、レクス殿が珍しくも気を許してるだけ、すごいんですけどね。こんなに世話を焼いておられるレクス殿も珍しいですし。ちょっとくらいは好きだったりしないんですか?」
にじり寄ってくるラピスが鬱陶しい。レクスはラピスの後ろ襟を掴んで持ち上げると、そのまま廊下に放り出す。
「しつこい。従者なら、お節介してないで、荷物を持ってこい」
「従者使いが荒いですぞ、レクス殿!」
文句を言いつつも、ラピスは元の部屋へ向かう。
やれやれと思いながら、レクスは扉を閉めた。一人になってから、なんとなくダブルベッドが目に入って、妙に居心地が悪くなる。
(間に大剣を置いて寝るか……?)
もしくは長椅子のクッションを真ん中に敷き詰めて寝ればいいだろうかと考えつつ、部屋を見回す。りあが不在の間にと、部屋や風呂場、トイレも含めて、仕掛けがないかを一通り探し回った。杞憂ならばいいのだが、晩餐会の件で魔法使い達を怖がっているりあに、罠があるかもと話すのは気が引ける。
(特にねえな。わざわざ部屋を移動させたんだ、何かあると思ったが……)
罠があるなら、こういった場所のほうが予測しやすい。抗議しようとしていたラピスを止めたのは、このせいだ。
「ちっ、面倒くせえな」
苛立ちとともにベッドに腰掛けた時、ふと、奥の壁にかかった女の肖像画と目が合った。
「……ん?」
なんだか妙な感じがした。そっと近づいて、絵画の横の壁を軽く叩く。コンコンと音が響いた。空洞がある証拠だ。
「うげ、趣味わりい……」
レクスは苦々しく呟いて、口をへの字に曲げる。
こんなにあからさまでは仕方がない。後でりあに事情を話して、一芝居打たなくてはならなそうだ。
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