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番外編
書籍化お礼SS「黒騎士の想い人 ヒース視点」
しおりを挟む※書籍化のお礼をこめ、SSを書きました。
本の合間の出来事…という感じですね。少しネタバレがあるかもしれません。
本を読み終わった方へのおまけです。気にしない方はどうぞ。
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冒険の合間にもうけた休息日。
午後から、ヒースはなじみの情報屋に出かけていた。
妹の命の恩人であり、勇者アスカルの被害者仲間でもあるロザリー・アスコットの伯父の行方について、新たな情報がないか聞きに行ったところだ。
――今日も、収穫はなし、か。
ケインズ・アスコットの逃げ足は、野ねずみの素早さを上回る。目撃情報はあっても、あっという間に姿をくらますので、一週間前の情報でもゴミ同然だ。
闇金王エランから逃げているのだから、彼にとっては命の危機だ。文字通り、死にもの狂いなのだろう。
頭では分かっているが、せめて親戚に釈明くらいしたらどうだと、他人のヒースでも腹立たしい。
溜息まじりに屋敷に帰り、門扉を開けたところで、庭から声をかけられた。
「ヒース、お帰りなさい」
ロザリーが箒を手にして、にっこり笑っている。庭掃除の途中らしく、彼女の足元には、枯葉と丸い木の実が山になっていた。
ヒースの屋敷の庭には、大きなスズカケの木が一本立っている。
すでに秋となり、枝には鈴のような木の実がついてにぎやかだ。そこから落ちたものだと一目瞭然だった。
「ただいま。ロザリー、今日は休息日だぞ」
冒険を終えた後は、必ず休むこと。
ヒースがロザリーとパーティを組む際に決めたルールだ。次の冒険への準備期間でもあるので、こんなふうに掃除に体力を使っていては意味がない。
ロザリーはばつが悪そうに目をそらす。
「分かってるわ。でも、じっとしていると落ち着かないの」
アスコット家の皆は、親戚が引き起こしたトラブルにもかかわらず、返済金をかせごうとかなりの努力をしている。ロザリーはその筆頭だ。商売に、ダンジョンつぶしにと奔走していた。
ヒースはアスカルを悔しがらせたくて、ロザリーを手伝い始めた。宿も提供しているが、ロザリーは世話になっているからと家事も手伝っている。使用人のマーサは高齢なので、ヒースもできる範囲で家の用事をしているが、彼女が来てからは、男手が必要なところも気づけば片付いていた。
正直、ヒースには、ロザリーは動きすぎに見えている。
「気持ちは分かるが、働き通しは良くない。それにこの時期、掃除をしたってすぐに落ち葉はたまるんだ。後でまとめて片づけよう」
「ヒースったら、掃除は気づいた時にちゃちゃっと片づけたほうが楽なのよ」
ロザリーはそう返すと、ちりとりで落ち葉を集め、庭の隅にある木製のコンポストに放り込んだ。肥料作りに欠かせない道具だ。
それからロザリーはこちらに戻ってくると、スズカケの木を見上げた。
「この庭って素敵よね。あのスズカケの木が、とても好きだわ」
「ああ。俺達も気に入ってる。ここは通りに面しているわりに静かだから、住み心地が良い」
「良い買い物をしたと思う」
ロザリーはいつもそうだ。さらりと、誰かを褒める。
ヒースも良い判断だったと思っているので、気分が良くなった。
こうしていると、ロザリーはどこにでもいる平凡な女性だ。天才的な能力を持つ魔法使いには見えない。
素朴で可愛らしく、温かい緑の目がこちらを見ると、人々がいこう大木の緑葉を思わせた。
ふと、ヒースの胸に出来心が浮かぶ。
寒いだろうなんて言って、彼女のほっそりとした肩を抱き寄せたら、彼女はどんな反応をするだろうか。
恥ずかしそうに顔を赤くするのか、びっくりして固まるのか。それとも、嫌そうに顔をしかめるのか。
嫌われるかもという恐れが、試してみたい衝動を抑え込む。
(俺は、彼女を手伝っているだけだ。居候の彼女に、窮屈な思いはさせたくない)
弱みにつけこむような真似はしない。騎士団を辞めても、ヒースの精神は騎士なのだ。
第一、ロザリーは驚くほどのお人好しだ。
もしヒースが冗談でもそんなことをしたら、ロザリーは世話になっているからという理由で――義理だけで、ヒースを受け入れるかもしれない。
(そんなものは、いらない)
屋敷にいるのが当たり前になったロザリーに、これからもずっと傍にいて欲しいと思うけれど、彼女の本心で決めてもらわねば、ヒースはまったくうれしくない。
そんな薄っぺらな関係はいらないのだ。
「どうかした?」
「いや」
ヒースがロザリーをじっと見ていたせいで、ロザリーは不思議そうに小首をかしげる。
可愛い。ちょっと頭をなでるくらいは良いだろうか。
さっそく気持ちがぐらついたが、がんばって抑える。
「マーサさんがナッツクッキーを焼いてくれるそうよ。お茶にしない? この時期はおいしいものがたくさんあっていいわよね」
「そうだな。ヘーゼルにも声をかけようか」
「皆で食べましょうよ」
皆での食事を好むロザリーは、楽しそうに目を輝かせる。
焼き立てのクッキーは素晴らしくおいしく、ロザリーとヘーゼルが並んでにこやかに食べているのがまた可愛らしい。
「若君、ちょっとお顔を引き締めたほうがよろしいですよ。お二人が可愛いのは分かりますけど」
「そう言うマーサも、笑顔全開だぞ」
「あら」
マーサもほっこりしていたようで、頬を手で押さえる。
可愛いものが集まると、より可愛くなって危険だ。
溺愛している妹と、好ましく思っている少女が楽しそうにしているのを眺め、ヒースは胸が苦しいような幸せなような不思議な感覚に悩まされた。
「どうしたの、ヒース」
ヘーゼルがこちらをいぶかしげに見る。
「いや、なんだか幸せだなと思っただけだ」
そう返すと、二人は弾けるように笑った。
「ええ、私も幸せよ」
「おいしいお茶とクッキー、良い時間よね」
こんな時間を過ごせるのも、ロザリーがヘーゼルを助けてくれたおかげだ。
感謝の気持ちとともに、どうにか助けてやれないだろうかと、ヒースは決意をかみしめる。
たとえ未来でヒースがロザリーの隣にいないのだとしても、彼女が幸せなら、ヒースもきっと幸せだ。
これが恋だと気づくのに、たいして時間はかからなかった。
「黒騎士の想い人」おわり。
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みんなの感想(6件)
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読み始めたら完結まで行きましたwww
本当に面白かったですww
最高です!ざまぁな展開!
最初から悲しくなったり腹が立ったり
感情の突起が。。。波乱な波がありましたけど
素敵な出会いがありニヨニヨしちゃう場面でもあって
凄く楽しめました‼︎
完結おめでとうございました‼︎(*^◯^*)
龍芽以さん、ご感想ありがとうございます。
すみません、感想をいただいているのに気付かなくて……先程気づきました。
おおー、一気に最後まで読まれたのですね! 楽しく読めたみたいでうれしいです(^ ^)
私もこちらの感想を読んで、ニヨニヨしています。
こんなに楽しんで読んでもらって、幸せです。
こちらこそありがとうございました(*^ ^*)
ほのぼのとしたお話でほっこりしました。
佐藤醤油さん、ご感想ありがとうございますー!
ほのぼの、ほっこり、うれしいです(^ ^)
完結お疲れ様です!
とてもおもしかったです!
明日葉君さん、ありがとうございますー!
とってもうれしいです(*^^*)