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第三部 命花の呪い 編
04
しおりを挟む結衣は見学しながら、うずうずしていた。
(かっこいい……!)
こうして見ると、アレクも武人なのだと分かる。木剣を手に、皆で揃って型稽古をする様は圧巻だ。
他の騎士達も格好いい。
(いいなあ、混ざりたい)
最初は見とれていた結衣だが、だんだんうらやましくなってきた。
ちょっと体がなまっているので運動したい気分だ。
真似して手だけ動かしていたら、傍らにいた護衛兵に笑われた。
「一緒に稽古をしたいんですか?」
「ええ、楽しそうです」
「そ、そうですか。楽しそうですか。ディランから聞いてはいましたが、導き手様は変わってらっしゃいますね」
「そうですか?」
どの辺がだろうと首を傾げていると、護衛兵はアレクの方へ歩いていった。アレクも驚いた顔をした後、小さく噴き出して、結衣を手招く。
「いいですよ、お隣でどうですか?」
「いいんですか~? やった!」
木剣を受け取り、結衣は見よう見まねで剣の稽古にトライしてみる。その右隣では護衛兵も並んだ。
「導き手様、良い調子ですよ」
「決まってます!」
周りから声が飛んできた。
結衣は一応、様にはなっているのかと嬉しくなる。
「こら、お前達、静かにせんか!」
「すみませーん」
中年男が叱りつけ、謝る声が返ってくる。だが周りからは笑いが零れた。
一時間程の稽古をひととおり終えると、汗もかいてスッキリした。
「楽しかった! ありがとうございました!」
笑顔で一礼すると、周りからパラパラと拍手が聞こえてくる。
「はは、ユイは体力がありますね」
「いやあ、でも流石に腕が痛いですよ。こんなの毎日してるってすごいですね」
アレクの言葉に、結衣はからからと笑って返す。その時、呆れた声がかかった。
「ユイ様、何をやってるんですか……」
いつの間にか、オスカーが傍まで来ていた。
「様子見に来たら、稽古してるんですから。頭痛がしてきました」
「本当はもうちょっとその辺を走り回りたいくらいなんですけどね」
「せめて着替えてからにして下さい。しかし、元気ですね……」
げんなりしているオスカーに、アレクが提案する。
「オスカーもたまにはどうかな。いつも室内にいると逆に疲れるだろう」
「肩こりには素振りが良いそうですよ。散歩も!」
「結構です」
オスカーはきっぱりと断って、アレクを気にかける。
「こんな時くらい、お部屋でゆっくりなさればよろしいのに。どうして稽古してるんですか。大丈夫なんですか?」
「病気ではないから、平気だよ。それに閉じこもっていると、逆に気鬱してくるからね。することがある方が気が紛れる」
「そうですね……私も陛下の立場なら仕事してます」
納得、というようにオスカーは頷いた。
「っていうか、オスカーさんのはただの仕事中毒じゃ……。疲れないんですか?」
「疲れはしますけど、達成感が面白いんですよ。私は少しでも予定が進むと、楽しくなるので」
「中毒症状じゃないですか、やばいですよ」
ひえーと声を上げる結衣に、オスカーは手で帰るように示す。
「ユイ様、私のことはいいので、着替えてきて下さい。その様子ですと、どうせ飛行訓練にも参加されるんでしょう? 汗をかいた状態で空を飛ぶと、体が冷えます。風邪を引いてしまいますよ。戻ってアメリアに叱られてきて下さい」
「戻るのが嫌になるじゃないですか」
確かにアメリアは怒りそうだ。
「陛下も、お止め下さい。一応、ユイ様は女性です」
「一応は余計です!」
冗談ですなんて返すオスカーだが、本当にそうなのか、無表情なので結衣にはいまいち分からない。
「すまない。ユイが自由に動き回っているのを見るのが好きだから、つい」
アレクの返事に、オスカーがにがっというように顔をしかめた。
「隙あらばのろけるのはやめて下さい。お元気そうなので、私は調査に戻りますよ。息抜きもかねて出てきただけなので」
「ありがとう。よろしく頼む」
「くれぐれもお怪我なさいませんように。お二人とも、お気を付け下さいよ」
オスカーは念押しすると、お辞儀をしてから城の方へ歩き出す。
「あ、待って、オスカーさん。私も行きます。それじゃあ、アレク。衛兵の服に着替えてくるので、また後で」
「ええ」
アレクに手を振って、結衣は少し先で待っているオスカーの方へと駆けだした。
「オスカーさん、調査の方、どんな感じですか?」
オスカーの隣に並ぶと、結衣はさっそく質問した。
「鋭意、進めておりますよ。呪いの記録はあるのですから、以前、かけられた者がいるということです。私があの呪いについて覚えているのですから、恐らく聖竜様にまつわる資料のどれかだと思うんですが、なかなか見つかりませんでね」
疲れの混じった溜息を吐き、オスカーは眉間に皺を刻んだ。
睡眠不足もあるのか、いつも以上に怖い顔をしている。
「どうして聖竜の資料なんです? 呪いなら魔族じゃないの?」
結衣の問いに、オスカーは歩きながら返す。
「私は聖竜様が好きで、勉学の傍ら、資料をよく漁っておりましてね。陛下の教育係になった際、王家の方しか借りられないような資料も、陛下から見せて頂けたので、結構詳しいんですよ」
「ああ、だから詳しいんですね」
結衣は納得した。ソラを育てる際、分からないことがあればオスカーを訪ねていたが、彼はすぐに教えてくれた。まさか聖竜のファンだから詳しいとは思わなかったが。
「お医者さんの方はどうなんです?」
「どの本かまでは覚えていないそうです。手伝ってくれていますがね、芳しくありませんよ。ひとまず明日いっぱいまで調べてみて、それでも見つからなければ、ソラ様に天界まで足を運んで頂かなければなりませんね」
オスカーはそう言ったが、どこか嫌そうである。結衣の視線での問いに、オスカーか肩をすくめて返す。
「呪いをかけた者の一味が、この辺りに潜んでいるのかもしれません。聖竜様に国を留守にされると、その間に何か仕掛けてくるかも……。心配は尽きませんよ」
「一味って、あの人だけじゃないんですか?」
「呪いをかければ自分が死ぬようなものですよ。個人でしたら、余程の恨みがなければしないでしょう。ユイ様をそこまで恨む魔族はいないと思いますから、組織的なものではないかと思うのです」
「そうですね、私、恨まれる程、魔族と会ったことないですもん」
結衣はなるほどと納得したし、そうであって欲しいと思った。殺したいと思う程、恨まれると考えるのは恐ろしい。
「ユイ様は陛下にお付添い下さい。陛下は危機管理はしっかりなさっておいでですが、あの通り、ご自分のことを他人事みたいに扱うことが多いので……。お気持ちが和むならそれが一番かと」
「マイペースですよね、確かに」
「ええ、肝が据わってらっしゃるところは尊敬しておりますがね。盟友としての意識が先行してしまって、個人が置いてきぼりになっているのは、少し気がかりです。立場上、必要だから仕方ないんですが……臣下としては心配ですよ」
だからくれぐれもよろしくとオスカーは続ける。
「それに、陛下はあまり欲しがらない方なので、やきもきします。戦に行くたびに不安になったものですよ。生きて戻りたいと思えるものがないので、いつかそのまま飛び立って戻らない気がして」
「そ、そうですね。今回の件だって、全然響いてない感じですもんね」
アレクにときどき感じる違和感の正体を見た気がした。
結衣は深刻な顔で口元に手を当てる。
「執着が薄いっていうんです?」
「ええ。ですから私は、ユイ様がいらしてくれて嬉しいんです。あの方は、ユイ様が『待っている』と言えば、何が何でも戻ってこようとするでしょう」
オスカーの不意打ちな言葉に、結衣の目にじわっと涙が浮かんだ。
「ずるいですよ、オスカーさん! このタイミングでそれを言います?」
「このタイミングだから言うんです。あなたの決断が何にせよ、せめてこの一週間だけは、陛下の命綱になって下さい。よろしくお願いします」
「分かりました。頑張ります」
結局、こんな普通の言葉しか返せなくて、結衣はなんだか悔しくなった。
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