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第三部 命花の呪い 編

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『盟友、ひどいぞ。無事なら、すぐに顔を見せにきてもいいだろう!』

 聖竜の寝床に顔を出すと、案の定、ソラはぷんすかと怒った。

「すみません、ソラ。あまり実感が湧かず……とりあえず公務をしていました」
『そのマイペースさには呆れるぞ。もう少し慌てたらどうだ。よりによって、命花の呪いなんぞくらいおって……』

 ソラは溜息混じりに言い、大きな頭をアレクへと近付け、頬をべろんとなめた。アレクはよろめきつつ、驚きに緑の目を丸くする。

「なんです、珍しいですね」
『慰めておるのだろ。ユイを庇うとはなかなかやる。少しは認めてやろうかな』
「まだ認めてくれてなかったんですか。狭量きょうりょうな方ですね」
『うるさい! ユイは我の導き手だ!』

 アレクとソラが言い合いをして、何故かにらみあい始めたので、結衣は恐る恐る声をかける。

「えっと……何の話? 認めるって、なんだかお父さんみたいなことを言うのね」
「育ての親を独り占めしたいそうですよ。ソラは体は成長しても、まだまだ子どもっぽいんです」

 アレクがからかうように言うと、ソラはむすっと目を吊り上げた。

『我は大人だ!』
「ええ、分かってます」
『実は馬鹿にしておるだろう、盟友!』

 にこにこと返すアレクに、ソラが噛みつく。じゃれあっている一人と一頭を、結衣は微笑ましく思って眺めた。

「それよりソラ、私、聞きたいことがあって」

 結衣が背伸びをしてソラの頭を見上げると、ソラは居住まいを正して座った。

『呪いの解き方を知りたいのだろう? 我は月の女神セレナリア様の使いだ、闇の領域はあまり詳しくはない。だが、宰相が部下を総動員して文献を当たっている。侍医が前に何か読んだ覚えがあるというんでな』
「そうなの?」
『ああ。最悪、天界まで出かけてみるしかないと思っているが……この状況で留守にするのも怖い。その答え次第で決めるつもりだ。だが、期待はするな。光と闇はコインの裏表のようなもの。相容れないせいで、お互いに手出し出来ぬ領域がある』

 結衣は不安をこめてソラに問う。

「じゃあ、聖竜のソラにも呪いがかかっちゃうの?」
『まさか! 魔族程度の呪いは効かない。夜闇の神ナトクにかけられたら、流石に参るが……相手が神では成すすべがない』
「そっか、ソラはひとまずは大丈夫なのね。良かった」

 ひとまず安堵したものの、ソラは気に入らない様子だ。

『ユイと盟友には、我からの祝福がかかっておるから、ちょっとした呪いは効かぬのだがな。捨て身の呪いであったから、防ぎきれなかったようだ』
「つまり代償は命だと?」

 アレクの慎重な問いに、ソラは頷いた。

『命を奪う呪いは、使った者も命を奪われる。呪いには代償が必要だ。魔族が滅多と使わないのはこのせいだろう。他にも天候や月の満ち欠けなど、色々と条件があるようだぞ。深くは知らぬがな』

「え? それじゃあ、あの半魔族の人って、ディランさんが斬ったから亡くなったわけじゃないの?」

 結衣が質問すると、ソラは僅かに首を傾げる。

『その者の死因がどちらかは知らぬが、騎士が出るまでもなく、すぐに代償を払うこととなっただろう。命を何だと思っているのやら、嘆かわしいことだ』

 やれやれと溜息を吐くソラは、魔族を嫌いつつも、心配しているようだ。

「ソラ、優しいわね。良い子に育ってくれて、私、とても嬉しい」
『そうか? 褒めるのならばほら、撫でてくれていいのだぞ』

 いそいそと頭を近付けてくるソラに、結衣は噴き出した。鼻の頭辺りを、結衣はよしよしと撫でる。しばらくして満足したのか、ソラは改めてアレクを呼ぶ。

『盟友』
「はい」
『ひとまずだな。あの呪いは、朝日からカウントが始まる。明日の朝、花弁が一枚減るだろう。心して備えておけ。よいな?』
「……分かりました」

 思案げな様子で、アレクは頷いた。
 結衣は不安になってアレクを振り返る。

「心細いなら、傍についてようか?」
「えっ」

 結衣の提案に、アレクは面食らったようだ。結衣は急いで返す。

「あ、大丈夫よ! いくらアレクが格好良くていいにおいがするからって、襲ったりしないから!」
「そちらの心配はしてませんが……。傍についていてくれるのは嬉しいですけど、うーん……耐えられるかどうか」

 深刻な顔で、何かぼそぼそと呟くアレクに、ソラがすごい剣幕で口を挟む。

『駄目だっ! 絶対に駄目だぞ、ユイ。結婚前に、交際相手の部屋に泊まるなんて、淑女のすることではないぞ!』
「あ、この国ってそういう価値観なのね。マナー違反だったわ、ごめんなさい。郷に入っては郷に従えっていうものね、気を付ける」

 結衣は頭をかいて謝った。だが、アレクが断りを入れる。

「いえ、看病なら大丈夫です。問題ありません」
「そうなの?」
『こらっ、盟友! 駄目だったら駄目だ!』

 ソラがぎゃんぎゃんと騒ぐので、結衣は渋々諦めた。

「分かったわよ、ソラ。でもアレク、私に出来ることがあったら、何でも言ってね。頑張るから」
「何でもいいんですか?」
「え? う、うん。私に出来ることなら、だけど」

 悪戯っぽく目を光らせるアレクに、結衣は首を傾げて返す。何故だろうか、こちらを見る目に熱のようなものを感じて、結衣は知らず頬を赤くする。そこで、またソラがわめき始めた。

『こらー! 盟友、何だいきなり、本気を出すな!』
「しかしソラ、人生の残りが少ないなら、後悔はしたくありませんし……」
『駄目ったら駄ー目ーだー!』

 仕舞には低い声でうなり始めたソラに、アレクは気にした様子もなく微笑み返す。よく分からないが、どちらも譲らない様子に、結衣はいったいどうしたと両者を見比べて首をひねった。
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