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連載 / 第四部 世界の終末と結婚式 編

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 以前、約束した通り、結衣の専属護衛がもう一人増えた。ごつい体格の男で、二十代後半くらい。茶色い髪と目を持っていて、ディランと同じく堅物な雰囲気がある。
 ディランが紹介してくれた。

「陛下のご要望で、既婚者の中から、強い方が選ばれました。アベル・イフォン殿です。ご実家は伯爵家ですよ。私の先輩に当たります」
「よろしくお願いします、ドラゴンの導き手様」

 左膝を着いてあいさつするアベルに、結衣も笑顔でこたえる。

「こちらこそ、よろしくお願いします、アベルさん。結衣でいいですよ」
「では、ユイ様。本日はどういったご予定でしょうか」

 アベルの問いに、結衣はぐっと拳を握ってみせる。

「はい。結婚式への体力作りをしたいので、外を走ろうかと!」
「……走る?」
「ジョギングです!」
「ええと、ディラン、これはいったいどういう……」

 困惑しきりのアベルに、ディランは真面目に答える。

「だからお話ししたじゃないですか、先輩。ユイ様といると、たくさん走るって」
「訓練レベルとは思わないだろ」

 ごちゃごちゃと話している二人を放置して、結衣は廊下を歩きだす。

「さあ、第一竜舎まで軽く走るよーっ!」
「ユイ様、転ばないようにお気を付けくださいね」

 アメリアに見送られ、結衣は護衛騎士とともに建物の外に出た。
 第一竜舎に着くと、中型ドラゴン達が日なたぼっこをしていた。ドラゴン嫌いのディランがすかさず木陰に隠れたが、今回はアベルがついてくる。

「あ、オニキス!」

 黒ドラゴンを見つけて、そちらに近付こうとした結衣だが、その前に黄土色のドラゴンが割り込んだ。アレクの相棒で、第一竜舎のリーダー格の雄だ。名はニールムという。金目をじとっと半眼にして、結衣をにらんでくる。

「オニキスに近付くなって? あんな真似はもうしないよ」
「ルルー?」
「うう、信用されてない」

 以前、ニールムの制止を振り切って、オニキスとともに飛び出し、飛行禁止区域で危うく隣国の兵士に撃墜されるところだった。また同じことをしないかと、ニールムは結衣を警戒しているようだ。

「ユイ様ではないですか、もうお戻りになったんですか?」

 第一竜舎から出てきたフォリーが、こちらに歩み寄って来る。灰色の髪をした小柄な男だが、力仕事が多いだけあって、よく見ると筋肉質な体躯だ。四十代という年齢よりも若く見える、この竜舎の責任者である。

「フォリーさん、おはようございます。正式にこちらに嫁ぐことになったので、今後ともよろしくお願いします」

 ぺこっと頭を下げる結衣に、フォリーもお辞儀を返す。フォリーは目元を緩めて、微笑みを浮かべている。

「それは陛下がお喜びでございましょうね。こちらこそ、よろしくお願いします。それで、今日はどうなさいました?」
「結婚式に向けて、ジョギングしてるんですよ」
「はい?」

 訳が分からないという顔をするフォリーに、結衣は事情を説明する。

「はあ、そうなのですか。私の身分では、王族や貴族の結婚式には参列できませんから、分からない苦労です。上の方も大変なのですね。体力作りでしたら、ドラゴンのうろこ磨きでもしていかれますか? 腕を鍛えられますよ」
「いいんですか? 是非!」

 ガッツポーズをする結衣に、フォリーはにこにこと笑いかける。アベルのほうは呆れ返って呟く。

「ドラゴンの世話をしたがる女性は、初めて見ました」
「ええっ、もったいない。鱗磨きをしている時のドラゴンって可愛いのに」
「この作業は大変ですが、私も好きですよ。オニキスをお願いして構いませんか?」
「はい!」

 水入りのバケツとたわしを引き取って、結衣はオニキスのほうへ行く。真っ黒い鱗を持ち、首の後ろや尻尾にトゲがついていて、凶悪な見た目だ。実際、アスラ国では怯えて暴れ、飼育員を十人も食べた凶悪なドラゴンだといわれていた。だが、オニキスは怖がりなだけで、優しく接すれば大人しい。

「オニキス、今日は私が磨くね!」
「グルル」

 結衣とオニキスは種を越えた友達だ。オニキスは嬉しそうに目を細め、結衣が作業をしやすいように、身を低くする。その傍にニールムが座り、こちらをじろじろと監視し始めた。

「ははっ、ユイ様、すっかりニールムに警戒されておりますな」
「自業自得なので、つつしんでにらまれておきます」

 結衣の返事が面白かったのか、フォリーは笑いだす。そして、ニールムの鱗磨きを始めた。
 三十分ほどかけてオニキスの鱗を磨き終えると、アレクがやって来た。灰色の上着と白いズボンという平服で、腰に宝石飾りのついたベルトと剣をさげている。

「ユイ、こちらでしたか」
「アレク」

 周りの人々がお辞儀をする中、結衣は作業の手を止めて、アレクに問う。

「どうしたの?」
「お部屋にいらっしゃらないので、どちらに行かれたのかと探しておりました。飾り紐をお忘れですよ」
「あ、すみません」

 結衣は髪に手で触れて、初めて気付いた。
 聖竜の鱗が入ったお守り袋と竜呼びの笛は首からさげたが、それですっかり準備が整ったと思い込んでしまったようだ。アメリアから預かったのか、金属製の飾りがついた青い飾り紐を、アレクは結衣の髪に結び付ける。

「はい、これでいいです。建物の外には結界はありませんから、気を付けてください。また魔族が現われるかもしれません」

 飾り紐についている飾りには、アレクが強固な守りの魔法をかけている。ドラゴンでも倒せる威力があるらしい。

「ごめんなさい。気を付けます」
「イシュドーラは転移魔法が使えるので厄介です。心配なので、ずっと私の傍にいて欲しいくらいですよ」
「仕事の邪魔はしたくないから、それはちょっと」

 結衣は慌てて止めたが、アレクは更に問う。

「書類仕事の間は、私の執務室にいませんか? アメリアも呼んで、お茶をしながら文字の勉強をするなんてどうでしょう?」
「文字! そうね、そうしようかな」
「書けるようになったら、是非、私に手紙をください」
「え? 近くにいるのに、どうして?」
「実際に書いたほうが上達しますし、書き始めたばかりの可愛らしい文章をたくさん読めるでしょう?」
「もう、何よそれ」

 アレクの軽口に、結衣は思わず笑いをこぼす。
 二人のやりとりに、フォリーやアベルは生温かい目になる。

「甘酸っぱいですなあ」
「居合わせるのが、少々いたたまれないですよ」

 二人はひそひそと言い合う。そこで、アレクは不思議そうに結衣に問う。

「ところで、こちらで何をされてらっしゃるんです?」
「結婚式に向けて、体力を付けようと思って。オスカーさんに、結婚に当たって何をしたらいいか聞いてきたの。まずは結婚式への特訓と礼儀作法の基礎の復習をして欲しいって。式ってすごく大変なんでしょ? 負けてられないわ!」

 憤然と言い放つ結衣を、アレクは微笑ましげに見つめる。

「がんばってくださってるんですね、うれしいです、ユイ。しかし、体力を付けるとはいったい……?」
「ジョギングついでにここまで来て、今はオニキスの鱗磨きよ。結構、腕力を使うの。鍛えられるわ」
「ユイは走るのがお好きですよね」
「犬の散歩で鍛えてたからね、動き回ってないと、逆に気持ち悪くって」

 長年の習慣のせいか、じっとしていると体がなまってしまいそうで落ち着かないのだ。

「犬……」
「何?」
「どういった犬がお好きなんですか?」
「大型で、優しくて賢い子かな。黒い犬が特に好きよ」
「なるほど、分かりました」

 何を? と思ったが、アレクは何か考え込んで頷いている。

「アレク?」
「いえ、なんでもありません。そうでした、夕方頃に細工師を呼ぶので、一緒に立ち会ってください。アクセサリーの準備で必要なので」
「分かりました」

 結衣が了承すると、アレクは一緒に戻ろうと誘った。道具の片付けについて考えていると、フォリーがさっと桶とたわしを引き取る。

「ユイ様、手伝っていただいてありがとうございました。オニキスも満足そうですよ」
「ガルル」

 オニキスは同意するように鳴き、結衣のほうへ鼻面を近付ける。結衣はオニキスの頭に抱き着いて、ポンポンと撫でた。

「それじゃあ、またね、オニキス」
「グルッ」

 オニキスは短く鳴くと、結衣の頬をベロンとなめた。

「オニキスったら、甘えてどうしたの? また来るから、寂しがらなくて大丈夫よ」
「ガルル」

 嬉しそうに目を細めてから、オニキスはアレクのほうを向いて、フンと鼻を鳴らす。

「また対抗するんですか。ユイはあげませんからね? 行きましょう、ユイ」
「え? ドラゴン相手に何を言ってるのよ、アレクってば。じゃあね、オニキス、ニールム」

 結衣は笑ってしまいながら、アレクに肩を押されるまま歩きだす。去り際にドラゴン達に手を振ると、それぞれ尻尾を緩く振ってこたえてくれた。
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