目隠し姫と鉄仮面

草野瀬津璃

文字の大きさ
上 下
44 / 62
スピンオフ レネ編「木陰の君」

00

しおりを挟む
 -あらすじ-

 失恋したレネは、仕事をして忘れろと、副団長ロベルトに新人の教育係を任される。
 そんな折、レネに一目ぼれした新人が、レネに告白したりするけれど、レネはいつもの「仲間愛」だと相手にしない。
 研修が終わってから、税物を狙う盗賊が街道に現れて、警備団が護衛に行くことになり……。
 (予定なので、事件内容は変わるかもしれません)
----------------------------------------------------------

 レネ・アイヒェンには密かな悩みがあった。
 それは、男勝りの性格のせいで、付き合いが恋愛に至らず、友人関係で終わってしまうことだ。
 レネは五人兄弟の真ん中に生まれた。兄二人、弟二人に囲まれて育ったレネは、兄弟について回るうちに、男勝りで喧嘩は強いが、女らしい家事は苦手になってしまった。
 特に料理は下手で、まともに作れるのは焚火で焼く魚くらい。裁縫は何とかこなすけれど、縫い目が雑なせいで、几帳面な長兄が見かねてやり直す始末。むしろ女子力は長兄の方が高く、一家の台所は母と兄が牛耳っている。

 レネは女の遊びも苦手だ。
 同年代の友人達が人形遊びやおままごとに興じている間、レネは木剣を手に取って、男友達と共に走り回っていた。
 そんな風に暮らすうち、男からは、性別の垣根を越えた「仲間」扱いされるようになった。
 レネは結構惚れっぽくて、小さい頃から密かに恋をしていたが、そのどれもが、「俺達、ずっと友達だよな」の一言で玉砕していった。
 ならばと試しに女っぽいことをしてみたが、性に合わず、三日ともたない。
 結婚願望は強かったが、このままでは行き遅れどころかいかず後家になって、親の迷惑になると思ったレネは、せめて食い扶持だけでも稼ごうと、ウォルトホル領のメリーハドソンで、警備団に入った。

 数は少ないが、女性団員も活躍中だ。ここで初めて気の合う女友達が出来たが、相変わらず、異性からは女扱いはされていない。
 最近、レネが密かに好きだったのは、同僚のゲイクだった。彼とは入団以来の良き友人である。
 失恋した時に慰められ、うっかり惚れてしまったが、この恋はあっという間に終わった。ゲイクに恋人が出来たのだ。
 そういうわけで、レネはその日、酒場で管を巻いていた。

「ああもう、腹が立つ! こんなに飲んでも酔えやしない! ここまで男っぽくなくてもいいだろう、私!」

 テーブルの上には、ビールのジョッキが五つは転がっていたが、レネは酒にも強い。頬を赤くして、可愛らしく酔ってみたいのに、それも出来ないなんて神様はひどいと嘆きつつ、店員を呼んでもう一杯追加する。
 溜息を吐いていると、向かいの席に座る人がいた。
 いったい誰だと睨むと、上司である副団長のロベルト・アスレイルだった。彼はテーブルの上を見回して、呆れたように言う。

「随分飲んだな、レネ」
「勤務時間外のはずですけど、副団長」
「知ってるから大丈夫だ」

 むすっと口をへの字にするレネに構わず、ロベルトも酒を注文して、勝手に相席して飲み始める。
 しばらく黙り込んでいたレネだが、渋々尋ねる。

「それで、何を気遣ってらっしゃるんですかね」

 ロベルトは苦い顔をした。

「部下から通報――いや、相談があってな。君が不機嫌そうに、酒を飲みまくっている、と。ゲイクがいないようだから止めてやってくれとな」
「誰ですか、そいつ。明日の訓練でシメます」

 目を据わらせて宣言するレネに、ロベルトは素知らぬ態度で返す。

「残念だがそれは言わない約束でな」
「もう、だったら放っておいて下さいよ!」
「まあまあ、落ち着け。それで、ゲイクはどうした?」
「今はその名前、聞きたくないです!」

 レネはジョッキをドンと音を立てて置いて、テーブルに突っ伏した。やがて小声で白状する。

「……失恋したんです」

 ぐずぐずと鼻をすするレネ。
 向かいのロベルトはきょとんとした後、首を傾げる。

「お前、この間はアビィが好きだと言ってなかったか?」
「リーダーにはヘレンさんがいるじゃないですかぁ! 勝てるわけないでしょ!」
「なるほど」

 ロベルトは頷いたものの、気まずげに視線をあちこちに向ける。ややあって、諦めて問う。

「なあ、レネ。俺に恋愛を相談するのは、人選ミスだと思うんだが……」
「私も今ちょうど、後悔したところです。もう、あっち行って下さいよ。いいですよね、新婚さんは。とっととお帰りになって下さい」

 さあどうぞ、と出口を示すレネ。ロベルトは苦笑する。

「お前、酔ってないように見えて、実は酔ってるな?」
「酔ってませんー」
「酔っ払いは皆そう言うんだ。はあ、何だかなあ、お前を見てると他人事に思えないんだよな。ところどころ俺と似てるからな」
「失礼な! そこまで表情筋は死んでません!」
「……よし、明日の訓練は覚えてろよ」

 不穏な言葉が聞こえた気がしたが、レネは酔っぱらった振りをして聞き流した。失恋したばかりの女子に声をかけるから悪いのだ。そう、ロベルトが悪い。
 レネは一方的に決めつけて、ジョッキの残りをあおる。

「ああもう、最悪ですよ。何でよりによってゲイクに惚れたんだろ。もう、忘れたい! そうだ、酒だ。私には酒が必要ですよ。記憶を吹っ飛ばすんです」
「……毎回そんなことを言って、翌日にはっきり覚えていて、二日酔いでのた打ち回ってるのは、皆知ってるぞ?」

 ロベルトの余計な言葉も、レネは聞いていない振りをした。
 今こそ酒の力が必要なのだ。

「忘れたいんなら、ちょうどいい。レネ、お前に一週間後に入る新人の教育を任せるよ」
「は?」

 唖然と顔を上げるレネに、ロベルトは平然と言ってのける。

「忘れるんなら、仕事をするのが一番だ」

 レネは、鉄仮面とあだ名されているロベルトの仏頂面をまじまじと眺めた後、椅子を立つ。酔いは完璧に冷めた。

「え、な、何。新人? 教育? ちょ、ちょっと副団長……」
「ああ、ちょうど良かった。君の弟達が迎えに来てくれたぞ。良かったな、レネ」

 ロベルトは朗らかに言い、レネが飲んでいた分の酒代も置いて席を立つ。

(副団長、太っ腹! 流石! ――じゃない、ちょっと待て。今、さらっと面倒なことを押し付けられたような……)

 レネは必死に動揺を落ち着け、ロベルトに問う。

「ええーと、副団長。今のお話は……」
「新人教育だよ。よろしく頼むぞ、レネ。お前なら大丈夫だ」
「…………承知しました」

 レネにはそう返事する以外、道が無かった。
 レネの弟にその場を託して、そのまま帰るロベルトの背中を呆然と眺めるレネ。ただでさえ失恋中だというのに、更に泣きたくなった。
 酒場には他に同僚や後輩がいて、レネを気の毒そうに見やる。

「頑張れ、先輩」
「負けるんじゃないぞ」

 口々に囁くのを聞きながら、レネは耐え切れずに叫んだ。

「副団長の鬼――っ!」

 だが、誰もレネをとがめない。その代わりに、弟が優しくレネの肩を叩いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

今さら後悔しても知りません 婚約者は浮気相手に夢中なようなので消えてさしあげます

神崎 ルナ
恋愛
旧題:長年の婚約者は政略結婚の私より、恋愛結婚をしたい相手がいるようなので、消えてあげようと思います。 【奨励賞頂きましたっ( ゚Д゚) ありがとうございます(人''▽`)】 コッペリア・マドルーク公爵令嬢は、王太子アレンの婚約者として良好な関係を維持してきたと思っていた。  だが、ある時アレンとマリアの会話を聞いてしまう。 「あんな堅苦しい女性は苦手だ。もし許されるのであれば、君を王太子妃にしたかった」  マリア・ダグラス男爵令嬢は下級貴族であり、王太子と婚約などできるはずもない。 (そう。そんなに彼女が良かったの)  長年に渡る王太子妃教育を耐えてきた彼女がそう決意を固めるのも早かった。  何故なら、彼らは将来自分達の子を王に据え、更にはコッペリアに公務を押し付け、自分達だけ遊び惚けていようとしているようだったから。 (私は都合のいい道具なの?)  絶望したコッペリアは毒薬を入手しようと、お忍びでとある店を探す。  侍女達が話していたのはここだろうか?  店に入ると老婆が迎えてくれ、コッペリアに何が入用か、と尋ねてきた。  コッペリアが正直に全て話すと、 「今のあんたにぴったりの物がある」  渡されたのは、小瓶に入った液状の薬。 「体を休める薬だよ。ん? 毒じゃないのかって? まあ、似たようなものだね。これを飲んだらあんたは眠る。ただし」  そこで老婆は言葉を切った。 「目覚めるには条件がある。それを満たすのは並大抵のことじゃ出来ないよ。下手をすれば永遠に眠ることになる。それでもいいのかい?」  コッペリアは深く頷いた。  薬を飲んだコッペリアは眠りについた。  そして――。  アレン王子と向かい合うコッペリア(?)がいた。 「は? 書類の整理を手伝え? お断り致しますわ」 ※お読み頂きありがとうございます(人''▽`) hotランキング、全ての小説、恋愛小説ランキングにて1位をいただきました( ゚Д゚)  (2023.2.3)  ありがとうございますっm(__)m ジャンピング土下座×1000000 ※お読みくださり有難うございました(人''▽`) 完結しました(^▽^)

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。