目隠し姫と鉄仮面

草野瀬津璃

文字の大きさ
上 下
38 / 62
スピンオフ アイシス編「斜陽の女主人」

00

しおりを挟む
 -あらすじ-
 
 アイシスとハーシェルの交際を反対する脅迫文が届く。
 そんな折、何も知らないアイシスは、果たし状を受け取ってはりきって出かけていくのだが……。
 フィオナ達の結婚式の後くらいの時期のお話です。
 ------------------------------------


 春の日差しが緩やかな午後。
 うららかな昼下がりには似あわない沈んだ表情をしたノルマン・トレーズを、ハーシェルは出迎えた。
 メリーハドソンの街の警備団団長を務めるハーシェルは多忙だが、急な来訪だろうとノルマンをむげには出来ない。ハーシェルにとっては、最愛の恋人の父親で、近い将来、義理の父親になる予定の人間だ。

「突然、申し訳ありません、団長様」
「いいえ、大丈夫ですよ、ノルマンさん。あなたが私の所まで一人で訪ねていらっしゃるなんて初めてだ。どうしました? ――ああ、その前に部屋を移動しましょう。ここは客人の相手をするには不釣り合いですからね」

 ハーシェルは書きかけの手紙をテーブルの隅に寄せて椅子を立つと、ノルマンを客室に案内しようと扉へ顔を向けたが、ノルマンはパッと両手を広げ、ハーシェルを押しとどめる仕草をした。

「どうぞお座りください、団長様。よろしければこちらでお願いしたいのです」
「しかし、あなたは膝を悪くしているでしょう? 立ち話というのも……」
「お気遣いなく、立っているだけならそうひどくはないのです。それよりも、こちらをご覧になって頂けないでしょうか?」

 ノルマンはひどく沈んだ顔をして、胸ポケットから出した手紙をハーシェルの前へと差し出した。
 ハーシェルは手紙を受け取りながら、ノルマンの体調を気がかりに思った。彼は今にも倒れそうな青ざめた顔をしている。その原因がこの手紙のせいなら、早々に片付けてやらねばという気持ちにはなった。
 そして、手紙を広げたハーシェルはすぐに目を通し、「ふむ」と呟いて、顎に手を当てた。

 ――アイシス・トレーズ。ハーシェル様との婚約から身を引け。さもないと恐ろしいことがお前の身に振りかかるだろう。

 手紙の内容はこれだけだった。

「分かりやすい脅迫文ですね。――これはいつ?」
「昨日の夕方です」

 ノルマンはそう答えると、落ち着かなげに眼鏡のブリッジを指先で押し上げた。

「団長様、娘のアイシスは、それは男勝りで勝気ですが、こんな風に恨まれるようなことはいたしません。この手紙の主は、婚約そのものへの不快感を持っていると思うのです」

「あなたのおっしゃりたいことは分かりますよ、ノルマンさん。アイシス嬢と出会うまで、私は色んな女性とお付き合いしていましたから、その誰かの仕業ではないか、ということでしょう? まあ、私もその線が妥当ではないかと思うので、こちらでも調べます。私の政治的価値はさほどありませんし、トレーズ商会が領主家の親族と繋がりを持つことへの不満ということにしては、私怨の要素が強く思えますからね」

 ハーシェルが可能性を幾つか挙げると、ノルマンが濁していたことをハーシェルがあっさり話題に上げたことへ、ノルマンは申し訳なさそうな顔をした。
 相手への気遣いを忘れないノルマンを見るにつけ、この商人は思いやりがあるなと、ハーシェルは感心する。ノルマンは少々良い人すぎるきらいはあるが、トレーズ商会は領内外で評判であるから、商人としての手腕は悪くはないのだろう。

「大事な婚約者のことです。アイシス嬢には分からない程度に警備を強化しておきます。ですが、ノルマンさん。何か問題があるようなら、遠慮なく助けを求めに来て下さいね」
「ありがとうございます、団長様」

 ノルマンは深々と頭を下げる。

「ところで、これはロベルトに話しても?」
「ロベルト殿へは構いませんが、フィオナへは伝えないようにお願いします。心配しすぎてボロが出ると困りますから。アイシスにも秘密にしておりますので」
「ええ。余程危なくない限りは内緒にしておきましょう。心痛をかけるのは私も好ましくありませんので」

 ハーシェルがそう返すと、ノルマンは安堵したように息を吐き、礼を言って部屋を後にした。
 ノルマンが帰ると、ハーシェルは手紙の続きを書き終えてから、上着を手にして執務室を出た。
 馬に乗り、向かう先は自分の屋敷だ。北街の領主家に程近い場所にあるそこは、街の中心部から外れているせいか静かだ。この家は、ハーシェルが領主家を出る時に、前領主である父がせめて住む場所くらいはと用意してくれたものだ。

 普通、貴族の子弟は、嫡男以外の男はあまり待遇が良くない。いくばくかの財産を渡されて宿に下宿する者や、嫡男の住む屋敷の一部屋を間借りしての同居をする者、出世を目指して王都で騎士を志す者がほとんどなので、家をもらえたのは運が良かった。
 とはいえ、ハーシェルは、例え父親に屋敷を与えられずとも、家を出る際に与えられる財産で家を用意するつもりではいたが。領主屋敷に同居など、面倒な仕事を押し付けられるに決まっているから御免こうむる。
 屋敷の門から中へ入ると、玄関先に執事が出てきた。

「お帰りなさいませ、旦那様」
「ただいま。テオはいるかい?」
「――こちらに」

 馬から降りながらのハーシェルの問いに、執事の息子であるテオ少年が素早く馬の手綱を引き取ってそう答えた。茶色い髪と目をした優しげな顔立ちの少年は、今年で十六歳になる。執事見習いとして、普段はハーシェルの従者として侍従の仕事をしている。ハーシェルが従者を連れて歩かないので、だいたい屋敷で留守番だ。

「テオ、君に話があってね。ああ、すぐに仕事に戻るから厩には戻さなくていい」
「かしこまりました」

 うまやに駆けていこうとする足を止め、テオは静かに頭を下げた。静かに見えるテオは忙しく動いて回るのが好きな性質らしく、すぐに走り出そうとする。そんなに急がなくていいといつも言っているのに、聞かないので困りものだ。
 何の用件かと期待を込めて見てくるテオに、ハーシェルは僅かに苦笑する。

「君に、私の大切な婚約者の護衛を頼みたいんだ。影から、見つからないように」
「そ、そんな大事な役目を僕なんかがいいんですか?」

 驚きに目をみはるテオに、ハーシェルは大きく頷いた。

「君ぐらいの年齢の方が、怪しまれずに済むからね。――ただし、テオ」
「はい」
「注意しすぎて、アイシス嬢に惚れたら駄目だぞ」
「はあ。――いえ、はい!」

 主人の命令に一瞬きょとんとしたテオだが、すぐに礼儀作法を思い出したのか、慌てた様子で背筋を伸ばして返事をした。
 そんなテオに、ハーシェルは満足げに頷き、頼みの詳細について語り始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

今さら後悔しても知りません 婚約者は浮気相手に夢中なようなので消えてさしあげます

神崎 ルナ
恋愛
旧題:長年の婚約者は政略結婚の私より、恋愛結婚をしたい相手がいるようなので、消えてあげようと思います。 【奨励賞頂きましたっ( ゚Д゚) ありがとうございます(人''▽`)】 コッペリア・マドルーク公爵令嬢は、王太子アレンの婚約者として良好な関係を維持してきたと思っていた。  だが、ある時アレンとマリアの会話を聞いてしまう。 「あんな堅苦しい女性は苦手だ。もし許されるのであれば、君を王太子妃にしたかった」  マリア・ダグラス男爵令嬢は下級貴族であり、王太子と婚約などできるはずもない。 (そう。そんなに彼女が良かったの)  長年に渡る王太子妃教育を耐えてきた彼女がそう決意を固めるのも早かった。  何故なら、彼らは将来自分達の子を王に据え、更にはコッペリアに公務を押し付け、自分達だけ遊び惚けていようとしているようだったから。 (私は都合のいい道具なの?)  絶望したコッペリアは毒薬を入手しようと、お忍びでとある店を探す。  侍女達が話していたのはここだろうか?  店に入ると老婆が迎えてくれ、コッペリアに何が入用か、と尋ねてきた。  コッペリアが正直に全て話すと、 「今のあんたにぴったりの物がある」  渡されたのは、小瓶に入った液状の薬。 「体を休める薬だよ。ん? 毒じゃないのかって? まあ、似たようなものだね。これを飲んだらあんたは眠る。ただし」  そこで老婆は言葉を切った。 「目覚めるには条件がある。それを満たすのは並大抵のことじゃ出来ないよ。下手をすれば永遠に眠ることになる。それでもいいのかい?」  コッペリアは深く頷いた。  薬を飲んだコッペリアは眠りについた。  そして――。  アレン王子と向かい合うコッペリア(?)がいた。 「は? 書類の整理を手伝え? お断り致しますわ」 ※お読み頂きありがとうございます(人''▽`) hotランキング、全ての小説、恋愛小説ランキングにて1位をいただきました( ゚Д゚)  (2023.2.3)  ありがとうございますっm(__)m ジャンピング土下座×1000000 ※お読みくださり有難うございました(人''▽`) 完結しました(^▽^)

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。