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本編
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しおりを挟むそれから三日後、ルシアンナは王族用のサロンに足を運んだ。
すでにエドウィンとラドヴィックが席についていた。エドウィンがにこやかにあいさつをし、ルシアンナの後ろに目を向ける。
「いらっしゃい、ルーシー。ところで」
「殿下、メアリは他に用事があるそうですわ」
「そうなのか、残念だな」
ルシアンナは全てを語らなかったが、メアリは文法の女教師を手伝いに行くと言っていた。大掃除を助ける代わりに、彼女のロマンス小説コレクションから、本を貸してもらう約束をしているらしい。
そういうことならルシアンナも手伝いたかったが、この件はルシアンナのためなので、泣く泣くあきらめた。
エドウィンは気を取り直し、話を切り出す。
「さっそく本題に入ろうか。昨晩、母上に呼び出された。宰相から相談を受けたが、私とルーシーに、他に想い人がいるのは本当かと問われたよ。しっかり話しておいた」
「いかがでした?」
「そうだな。『運命に引き裂かれる恋。それはそれでおいしいけれど、息子だとかわいそうだわ』とつぶやいておられたよ。何を言っているのか、私にはよく分からなかったが」
思い返しても理解できないようで、エドウィンはしきりと首を振る。
(王妃様、もしかしてロマンス小説がお好きなのかしら?)
貴族の間では、表立って庶民向けの小説が好きだと言うのは、恥ずかしいことだとされている。だが、メアリから、どう考えても上流社会に詳しい作家がいるらしいと聞いていた。もしかしたら、貴族の中に作家がまぎれているかもしれない。
それならば、隠れ読者がいてもおかしな話ではない。
「とりあえず、だ。アーヘンの言う通り、女性の大好物だという『ロマンス』という餌に、母上はしっかり食いついた」
まるで釣りでもするかのような言いように、ルシアンナは苦笑を浮かべる。
「今度、ルーシーも母上に呼ばれるかもしれない。その時は頼んだぞ」
「ええ。きちんとお話ししますわ」
ルシアンナが頷くと、ラドヴィックがエドウィンに確認する。
「王妃様は殿下の味方をしてくださるでしょうか」
「ああ、私を助けてくださるとお約束してくれた。だが、まずはルーシーの気持ちも知りたいそうだ」
「なるほど。では次の段階に進める時ですね」
ラドヴィックはルシアンナを見る。
「病気になってもらうよ、ルーシー」
そう言ったものの、ラドヴィックの顔はどこかつらそうだ。
「どうかなさったの?」
「将来、王妃になるには体が弱すぎると思わせなければならない。ちゃんと寝込んでもらうつもりだ。俺や父さんが信頼している医師の力を借りる」
ラドヴィックが深刻そうなので、エドウィンが右の人差し指を軽く上げた。
「アーヘン、ふりをするのではないのか?」
「宮廷医をだまさないといけません、殿下。ルーシーには、医師の監督のもと、微量の毒を飲んでもらいます」
「なっ、そこまで危険をおかすのか? 後遺症があったらどうするんだ!」
エドウィンは気色ばんで声を荒げる。ルシアンナもそこまで本格的にするとは思っていなかった。だが、王家に偽りを述べるのだから、どちらにせよ命に関わることだ。体を張るのが当然だ。
ばれれば、ルシアンナだけでなく、宰相家もまずい立場に追い込まれる。
「ルーシー、今からでも遅くない。持病について、母上に話しては?」
エドウィンに、ルシアンナは苦笑を返す。
「あなたの息子さんと一緒にいると、病気が悪化すると告げていいのですか、殿下」
「うっ」
「王妃様だって母親ですわ。嫌な気持ちになるでしょう。私自身、ラドに迷惑をかけるならと一度はそうしようかと思いましたが、不興を買わずに説明する自信がありません。そうなると、お母様のおっしゃる通り、わたくしは家の恥さらしになるのでしょうね」
母の顔を思い浮かべると、自然と憂鬱になる。すると、ラドヴィックが口を挟んだ。
「そもそも、君の母親の過度な教育が原因なんだ。そんなふうに言うほうがおかしいんだよ、ルーシー」
「分かっているけど、気になってしまうの」
「この案は、王家の追及をかわすためのものであると同時に、君の母親を納得させるために必要なんだ。仮病を使っては、母親の目は誤魔化せない。そうなったら、泥沼だ」
ラドヴィックの説明に、なるほどと、ルシアンナは頷く。
「わたくし、毒を飲みますわ。ラドがそうおっしゃるんですもの、これが一番スマートなんでしょう。なんでしたら、必要な植物があるなら、魔法で生やしても構わないわ」
「主治医に確認するよ」
「いいのか? ルーシー、よく考えたほうがいい」
話が進むのを、エドウィンがさえぎる。
「ええ。そもそも殿下、わたくしは気分が悪いからと、すぐに席を離れますでしょう? 病弱と思われているところに、重い病と分かれば、王妃の資格がないとみなされるはず。これは重要な一手ですわ」
ルシアンナが覚悟を決めたのを見て、エドウィンは苦笑する。
「止めても無駄そうだな。私は君の足を引っ張らないようにしよう。ところで、メアリには君からも弁解してくれよ。何故止めなかったのかと責められたらたまらんのでな」
「殿下ったら、メアリには弱くてらっしゃるのね」
微笑ましいとにっこりするルシアンナに、エドウィンはバツの悪そうな顔をする。話がまとまったのを見て、ラドヴィックは切り出す。
「ルーシー、今週末の休日に、また俺の家に来てくれ。主治医が君の体調をじっくり診てから、薬を調合するそうだ」
「必要なものがありましたら、前もってご連絡ください。そうだわ、薬代も必要よね! わたくし、あまり自由になるお金を持っていませんの。植物でよければ、いくらでも生やせますから、それでお代にできませんかしら」
「それについても、主治医に相談しておくよ。貴重な植物なら、喜ぶだろうからね。異国から取り寄せるだけで、金がかかるものだから」
そんなふうに言ってもらえると、この魔法を持って生まれて良かったと思う。
「ありがとう、ラド。あなたへのお礼は?」
「デートしよう!」
ラドヴィックの返事が素早かったので、エドウィンが呆れた。
「即答したな」
ルシアンナも返事に困る。
「わたくし、寝込む予定なのよ」
デートするのは構わないが、あくまでエドウィンとの婚約破棄の後になる。
「そうだった。ハンカチに刺繍して欲しいな。俺のイニシャルと、君の好きな花でどうかな」
刺繍。それなら得意だ。
「それで、君の使う香水を一吹きしておいてくれると、個人的にとてもうれしいんだが」
「アーヘン、やめておけ、変態くさいぞ」
「殿下は、どうせあれでしょ。自分の香水を贈って、相手を同じ香りに染めるんでしょ? ですが、王室の方の香水は特注なんですから、扱いには気をつけてくださいよ。目ざとい方は、すぐにメアリが本命だと勘付くでしょう。特に女の勘は怖い」
「うっ。まだ贈っていないが、気を付ける」
ラドヴィックに指摘されるまで、その危険性に気づいていなかったようだ。もしかして、贈る予定でいたのだろうか。エドウィンは視線をそらした。
そこで、エドウィンはルシアンナが微笑んでいるのに気付く。
「ルーシー、どうしてうれしそうにしているんだ?」
「好きなものを刺繍してなんて、初めて言われたから、うれしくて。殿下に差し上げたものは、お母様の指導入りでしたから。お礼だというのに自由をくださるなんて、ラドってなんて優しいのかしら」
ルシアンナはにこにこと言ってお茶を飲み、顔を上げると、なぜか男達は目頭を押さえて撃沈していた。
「こんなささいなことで喜ぶとは、不甲斐なくてすまなかったな、ルシアンナ嬢!」
「俺は下心で言ってるだけで……。うわぁ、罪悪感が! 君の幸せのためにがんばるよ!」
彼らは口々に言うが、声が重なって聞き取りづらい。
「はぁ……」
とりあえずルシアンナは頷いておいた。
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