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本編
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しおりを挟むそれから三日が経ち、ようやくエドウィンが学園に戻ってきた。
お昼前のことだったので、ルシアンナは婚約者としてエドウィンを出迎えに行き、その場で夕方に時間をとってもらえるように願い出た。
エドウィンはそわそわと落ち着かない様子で、出迎えの生徒達を見ながら、ルシアンナに返事をする。
「それは急ぎなのかな。できれば明日に……」
誰を探しているかなど、一目瞭然だ。ルシアンナはエドウィンをじっと見つめ、小声で付け足した。
「メアリも来ます」
「えっ」
エドウィンは驚き、何をたくらんでいるのかと言いたげに、ルシアンナをうかがう。
「どうして……」
「大事なお話がありますので、できれば三人でお茶をしましょう」
「分かった。ウィル、都合のいい時間は?」
従者に問いかけ、エドウィンは予定を確認する。夕方の五時に、王家用におさえてあるサロンに来るようにと言った。
どうしてルシアンナがメアリの名をあげたのか、エドウィンは気になってしかたないのだろうが、さすがにこんなに人が多い場所で問い詰める愚はおかさなかった。予定があると断り、爽やかに笑って寮に入っていく。
集まっていた生徒達が解散すると、ルシアンナは端のほうに隠れているメアリを見つけた。こっそりエドウィンを見に来たらしい。そのいじらしさに、ルシアンナの胸はきゅんとした。恋している少女は、なんて可愛らしいんだろう。
メアリに夕方の予定について教えると、メアリは頬を赤らめる。エドウィンと堂々と会えるのがうれしいのだろう。メアリを餌にエドウィンの予定を取り付けた身としては、ちょっと罪悪感が湧く。
そして、夕方。約束の時間のため、ルシアンナはメアリと連れ立ってサロンに出向いた。
学園には三か所のサロンがあるが、王家の人間が学園に通っている間は、その一つは王家専用になる。警備しやすいという理由で、ガラス張りの温室がその場所だ。
エドウィンの護衛の騎士が出入り口を守っており、ルシアンナとメアリに礼をとって、中へ入るようにうながす。大きな葉を持つ異国の草花の区画を通り抜けると、さまざまな薔薇が植えられている場所に出る。そこには見事な絨毯が敷かれ、テーブルと椅子、長椅子といった家具が並べられていた。サロンだ。
すでに席についていたエドウィンにすすめられ、ルシアンナ達は椅子に座る。メイドがお茶菓子を並べ、お辞儀をして立ち去った。
「さあ、これで三人だけだ。話とは何かな、ルーシー」
エドウィンの顔は、どことなく緊張している。
「どうしてメアリ嬢も一緒なのか、とても気になるところだ」
「殿下が心配するような理由ではありませんわ。実はお願いしたいことがあって、席を設けていただきましたの」
ルシアンナはちらりとメアリのほうを見る。
「私はすでに協力するつもりでいます、エドウィン様」
「……とりあえず、話を聞こうか」
メアリが前向きな態度を示したので、エドウィンは警戒を解いた。メアリと同じく、ルシアンナが婚約者の権利をふりかざすと思っていたのかもしれない。
しかし、エドウィンを前にすると、やっぱりルシアンナは緊張してしまう。
ルシアンナがたどたどしく説明するのを、たまにメアリが助けてくれて、なんとか話し終えた。
「そういうわけで、エドウィン様からなんとかわたくしとの婚約を取りやめにしていただきたいのですわ」
一息をついて、ルシアンナは口の中がからからに乾いているのに気付き、紅茶を飲む。そして顔を上げると、エドウィンは頭を抱えて撃沈していた。
「えっ、どうなさったのですか? お医者様を……」
「そうではないんだ。その、君が苦境にあるのをまったく気づかなかったから、自分の不甲斐なさにへこんでいるだけだよ」
「わたくしが全力で隠していたのですから、知らないほうがいいのです」
「私といると緊張して体調が悪くなるなんて。それに、たびたび体調不良で退席していたのが、パニック障害のせいだなんて思いもしなかった。貴婦人はコルセットのせいで気分が悪くなる者がよくいるから、君は病弱な上に、美を意識しすぎてそうなっているのではないかと思っていたんだ」
あまり女性の美意識に口を出すのは良くないと考えて、エドウィンは遠巻きにしていたのだと言った。
「君との婚約は政略のものとはいえ、婚約者の様子にも気づけないなんて……。まだまだ王子としては意識に欠けているみたいだな。しかし、伯爵夫人がそんなにひどい方だったとは……。王家の思惑のせいで、君に負担を強いて申し訳ない」
「大変申し訳ないのですが、わたくしには王家のような場所は合いません。婚約をとりやめるために助けてくださるなら、それで十分です」
「ルーシーの申し出は、私にとってもありがたいよ。その……ばればれみたいだが、私はメアリ・スプリングを愛しているんだ」
エドウィンがメアリのほうを見てきっぱりと言い、メアリは耳まで真っ赤になった。ルシアンナには、そんな二人が微笑ましい。
「メアリが現れてくれて、わたくし、とても安堵したのです。彼女の育ちはしかたないとして、家柄も魔法も、王妃となるのに十分な資格があります。精神面でも強いですし、あとは貴族の社交について覚えれば、あの狐狸の巣窟も渡り歩けると思いますの。もちろん、それには殿下の助けが必要ですわよ」
「わ、私をそこまで評価しているの……? 少し買いかぶりすぎでは」
「学園でもがんばっているじゃない。あなたならきっと大丈夫よ」
「そうでしょうか……」
メアリは心配そうにうつむく。
「二人が婚約して、わたくしを自由にしてくださるのでしたら、わたくしはメアリのサポートを惜しみませんわ」
「それはこちらとしても、願ってもないことだ。彼女の実家は資産家だから金銭面では強いが、彼女には社交界での味方がいない。学園での生活をへて、仲間を見つけてくれるように願うばかりだった」
「メアリが努力を続ければ、きっと周りも認めてくれます。勉強でがんばってもいいし、魔法を使って、なにか功績を残せれば……。貴族でなくとも、民衆の支持をえられれば、誰もメアリを無視できない」
「それはおいおい考えていこう」
エドウィンとルシアンナが、その明晰な頭脳をふんだんに使っていると、メアリは戦々恐々として肩をすくめる。
「何かしら。お二人にとんでもないプロデュースをされそうな気がします」
「「評判なんて広報がものを言うから」」
二人の声がそろい、ちょっとびっくりして顔を見合わせる。ルシアンナは自然と微笑んでいた。
「エドウィン様、あなたのことは恋愛面では好きになれませんでしたが、戦友としては素晴らしい相手と思っておりますの」
「失礼だが、私もルーシーのことをそういう目では見られなかったが、良き友だと思っているよ」
男女で友情なんてありえないとささやく人々もいるが、お互いに社交界を乗り越えてきた身として、確かに絆はある。
自然と、ルシアンナとエドウィンは固い握手をかわした。
「メアリのバックアップはわたくしにお任せくださいませ」
「君の要望をかなえられるように、がんばるよ。だが」
エドウィンは手を離し、苦い顔をした。
「これは、王の命令による婚約なんだ。私にもないがしろにはできない。だが、親でもある。しっかり根回しして、周りから崩していこう。――まずは、ラドヴィック・アーヘン。あやつと話をしなくてはな」
気のせいだろうか、エドウィンのこめかみに青筋が浮かんでいる。
(ラド、ごめんなさい。あとの説得はあなたにお任せしますわ!)
ルシアンナは心の中で応援するのだった。
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