悪役令嬢と黒猫男子

草野瀬津璃

文字の大きさ
上 下
9 / 24
本編

 9

しおりを挟む


「わたくし、自分がこんなにお節介だと思わなかったわ」

 ルシアンナは自室の書記机でため息をついた。
 あれ以来、やりすぎは禁物だと言い聞かせているのに、メアリの窮地を見かけると、ほうっておけずに手を差し出してしまう。

「教室でのお嬢様のことは分かりませんが、お嬢様は優しい方ですから、当然ですわ」

 うまくいかなくて愚痴っているのに、メイベルはにこにこするばっかりだ。明日の予習のために教科書をめくるルシアンナの後ろで、ルシアンナの髪を熱心にすいている。薔薇の香油をなじませると、丁寧に三つ編みを作っていった。

「はい、できました。毛先まで美しいです、お嬢様」
「あなたのおかげよ、メイベル」

 幼い頃は勉強だけで手いっぱいで、ルシアンナは自分の身なりまで手が回らなかった。メイベルが気を遣ってくれたので、だらしがないと叱られる事態は避けられたのだ。
 今でも、睡眠を優先しがちで肌の手入れをサボろうとするルシアンナにかわり、メイベルがルシアンナに手をかける。

「でもメイベル、わたくしのことより、あなたも磨かなきゃ。好きな相手はいないの? 口添えするわよ」

 使用人の交際関係は、主人が監督している。下手な相手には、大事なメイベルはあげられない。

「私のことはいいんです。男の方ってどの人も子どもっぽくて嫌になります。大人がいいですわ」
「年上ってこと?」
「同年代でも構いませんけど、精神的に落ち着いてくれないと……。どこぞの放蕩息子みたいな不真面目人間はお断りです」
「そんなにラドが嫌い?」
「私の可愛いお嬢様が、あの方の悪いところに影響されないかが心配なのです」

 過保護なことを言って、メイベルはふるふると震える。想像するだけで怒りがわいてくるらしい。

「あの方、噂ほど悪い人には思えないわ。わざと悪ぶってるんじゃないかしら」
「そういう作戦だったらどうするのですか。お嬢様は素晴らしい魔法をお持ちですし、ご実家はお金持ちなのです。気を付けないと」
「アーヘン様のご実家のほうが格上よ? 辺境伯だもの」

 同じ伯爵でも、格は変わってくる。辺境伯とは、国の辺境を守る領主のことだ。戦になれば最前線になりやすく、隣国との外交手腕も必要になる。交易でのもうけも大きいので、戦で浪費さえしなければ、国内の貴族の中でも飛びぬけて財産持ちだ。

 放蕩息子といわれていても、玉の輿狙いの女性達にとって、ラドヴィック・アーヘンは優良な嫁ぎ先候補になりえる。
 時には王家より金持ちなのだ。

「それでも、です。お嬢様を一途に愛して守ってくださる殿方でなければ、この私が許しませんっ」
「ありがとう、メイベル。良い人とお友達になれて、本当にうれしいわ」
「メイドを友と扱ってくださる方にお仕えできて、私もうれしゅうございます」

 ルシアンナは微笑むと、メイベルに好きな人ができたら教えてくれるように、もう一度お願いした。

「そういえば、お嬢様。そんな優良物件が、スプリング様を口説いて大丈夫なんでしょうか? 余計にひがまれるのでは?」
「分からないわ。ラドの評判が悪いのが、せめてもの救いじゃない?」

 ルシアンナもまた、教室でのラドヴィックを観察していた。ラドヴィックは最低出席数にひびかない程度に授業をサボり、色目を使う女生徒には、わざと怒らせるようなことを言ってひんしゅくを買っている。

 放蕩息子だが、女遊びはしないみたいだ。むしろ邪魔にして、遠ざけている。

『学園生活の思い出に、美少女とダンス。最高じゃないか』

 こんな軽いことを言っていたが、実際の行動は真逆だったりする。

「本当に意味が分からないわ、あの方。自分から不良だと思わせようとしているみたい」

 ルシアンナの共犯者を思い浮かべ、首をかしげる。
 ラドヴィックと話していると、彼は紳士的で優しい人だと分かる。ぶしつけに距離は縮めてこないし、弱い者いじめも嫌いときた。

 いったい、ラドヴィックという人物は、どんなものなのか。

 謎めいていて、気にかかる。

「秘密を守ってくださるのを、祈るばかりですわ」

 欠片もラドヴィックを信用していないらしきメイベルはつぶやいて、手入れ道具を化粧台に片づけると、カーテンを閉めて回る。
 今晩の仕事はこれで終わりという合図だ。

「今日もありがとう、メイベル。おやすみなさい」
「はい、おやすみなさいませ、お嬢様」

 メイベルはお辞儀をすると、ルシアンナの部屋を出て行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます

葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。 しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。 お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。 二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。 「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」 アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。 「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」 「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」 「どんな約束でも守るわ」 「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」 これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。 ※タイトル通りのご都合主義なお話です。 ※他サイトにも投稿しています。

私の婚約者は6人目の攻略対象者でした

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
王立学園の入学式。主人公のクラウディアは婚約者と共に講堂に向かっていた。 すると「きゃあ!」と、私達の行く手を阻むように、髪色がピンクの女生徒が転けた。『バターン』って効果音が聞こえてきそうな見事な転け方で。 そういえば前世、異世界を舞台にした物語のヒロインはピンク色が定番だった。 確か…入学式の日に学園で迷って攻略対象者に助けられたり、攻略対象者とぶつかって転けてしまったところを手を貸してもらったり…っていうのが定番の出会いイベントよね。 って……えっ!? ここってもしかして乙女ゲームの世界なの!?  ヒロイン登場に驚きつつも、婚約者と共に無意識に攻略対象者のフラグを折っていたクラウディア。 そんなクラウディアが幸せになる話。 ※本編完結済※番外編更新中

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします

天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。 側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。 それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。

もう二度とあなたの妃にはならない

葉菜子
恋愛
 8歳の時に出会った婚約者である第一王子に一目惚れしたミーア。それからミーアの中心は常に彼だった。  しかし、王子は学園で男爵令嬢を好きになり、相思相愛に。  男爵令嬢を正妃に置けないため、ミーアを正妃にし、男爵令嬢を側妃とした。  ミーアの元を王子が訪れることもなく、妃として仕事をこなすミーアの横で、王子と側妃は愛を育み、妊娠した。その側妃が襲われ、犯人はミーアだと疑われてしまい、自害する。  ふと目が覚めるとなんとミーアは8歳に戻っていた。  なぜか分からないけど、せっかくのチャンス。次は幸せになってやると意気込むミーアは気づく。 あれ……、彼女と立場が入れ替わってる!?  公爵令嬢が男爵令嬢になり、人生をやり直します。  ざまぁは無いとは言い切れないですが、無いと思って頂ければと思います。

処理中です...