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第一部
02
しおりを挟む東都エルハイマを出たハル達は、都の北に広がる塩湖を迂回して、北上することにした。
もうすぐエルドア王国を一周する。徒歩で旅をしていて半年くらいなので、どれだけ人間の領土が狭いか分かる。
ユリアスがふいに立ち止まり、遠くにいる魔物の影を指さす。
「なあ、ハル。魔物をシャシンにしてみるのはどうだ?」
「え? 魔物?」
「そうだ。前に評価されたものが、浮き水晶と蜂の巣食らいだっただろう? あれの共通点は女神様にかかわることではないだろうか」
「女神ちゃんにかかわること……」
えっ、待って。ちょっと待って。
ハルは顎に手を当てて、真剣に考え込む。
今まで、ハルは自然や人工物ばかりを写真に撮っていた。
浮き水晶がなんなのかはよく分からないが、女神と会える場所なのだから、何かしら女神と関係がありそうだ。そして、魔物は女神の統制しきれないエネルギーの片鱗を核としている生き物のことを指す。
「ううん? 何か引っかかるわね」
女神リスティアに初めて会った時、こう言っていたではないか。
「女神ちゃんは未熟で、世界も同じ。だから魔物がいる」
「え?」
「それだよ、ユリユリ!」
ハルは興奮して、目を輝かせる。ジンスタグラムでのイイネ獲得に向けての光明が見えてきた。何をしていいか分からないから、これまでは手当り次第という感じだったのだ。
「むしろ、なんで私、魔物の写真を撮ってなかったんだろ?」
「それは戦うのに忙しかったからだろ」
「そっか、そうだね。ここが未熟な世界であることを逆手に取ればいいんだ! だって未熟な時期にしか魔物がいないってことだもん!」
神様が立派に成長したら、魔物が現れないのだと仮定すると、この時期にしか見られない貴重なものだということになる。
人工物や景色に無反応なのは、他の神様の世界ではありふれているからだろう。
「これはさっそくこの仮説を証明しなきゃ! ちょっとあそこの魔物の傍に行ってくるね!」
「あ、おいっ、危ないぞ!」
ユリアスの制止を無視して、ハルはこの世界に来て跳ね上がった身体能力に物を言わせ、あっという間に魔物に近付く。フォトの魔法で何枚か撮ってから、魔物を退治した。
「ありがとう、ユリユリ! 仮説は大成功! イイネが多くて最高で十ももらえたよ」
あまりのうれしさに、ハルはその場をピョンピョンと飛び跳ねる。高く跳んでとんぼ返りなんてしてしまう。
「分かったから、落ち着け」
「落ち着けないよ! 十だよ、十! 最高で三だったのよ。喜ぶしかないでしょ!」
「ああ、お前だけでなく女神様も大喜びみたいだな」
「へ?」
ユリアスに指摘されて、ハルは目を真ん丸にした。
短い草が生えていた平原に、白い花が咲き乱されている。前に浮き水晶で女神と会った時と同じ状況だ。
「女神ちゃんが喜ぶとお花が咲くのね。ファンタジー」
「見事なものだな」
「でもね、ユリユリ。魔物ならなんでもいいわけじゃないみたい。さっき虹色のヒルが飛びかかってきたじゃない?」
そのまま、レインボーヒルという魔物だ。見た目は虹色のボールなのだが、これが中型犬くらいの大きさをしていて気持ち悪い。生き物に吸い付いて血と魔力をすすり、干からびさせて殺すというえぐいやつである。
「おい、まさかあれが評価が高かったのか?」
「そうなのよ!」
評価の付き具合を見ていると、どうも地球にもいそうな虫型や、犬やトカゲといったものはさほど反応がないのだ。
つまり、ちょっと変わっている魔物のほうが受けがいいようだ。
あの金色カブトムシにイイネが三つついたのは、大きくて金色をしていたからだろうか。
「神様の好みって謎すぎる! なんか変わってる魔物を知らない? 例えばドラゴンとか!」
そういえばこの世界に来てから、一度もドラゴンを見ていない。せっかくだし見てみたいなあと、のほほんと考えてしまうハルだが、ユリアスは顔を引きつらせた。
「お前な。ドラゴンの等級は1だぞ。俺が呪いを受けて追い払ったナーガが等級2の最上級格だ。そんなのが一頭でも出てきたら、国が滅ぶんだぞ、そうそういてたまるか!」
ユリアスが声を荒げるのももっともだ。ナーガ種で災害級で、ドラゴンだと破滅級だ。ハルはがっかりした。
「あ~、そっか~、そうだよね~。でも見てみたいなあ、ドラゴン」
「お前は強いが、あんなのを相手にするほどではない。せめて東側の魔物の巣を攻略できるくらいでないと……」
「東かあ。魔の山のふもとにある沼地だっけ?」
ナーガ種がごろごろしている場所だ。
「あ」
ユリアスが何か思い出したようだ。
「どうしたの?」
「ドラゴンではないが、ナーガ種の低級ならば神様受けするかもしれんと思ってな。鉱龍というんだ」
「コウリュウ?」
いったいどういう魔物なんだろうか。
移動をやめ、いったん休憩することにして、水と軽食をとりながらユリアスが説明してくれた。
「鉱石の龍という意味だ。ナーガとは蛇神のことだが、蛇種の魔物の中でも知能が高く強いものを、我々はそう呼んでいる。こいつらの厄介なところは、空を飛ぶことなんだ」
なるほど、蛇が空を飛んでいたら龍っぽい。
「鉱龍は鱗が鉱石でできていてな。空飛ぶ宝石と思えばいい」
「私の想像力では難しいけど、なんか綺麗なのね?」
「ああ。しかもその鱗には魔力がたっぷり入っていてな。倒すのが難しい魔物だが、一匹分の素材があれば十年は遊んで暮らせるだろう」
「すごい!」
「ドラゴンの鱗ならもっとすごいらしいぞ。あいにくと討伐記録はほとんどないが、巣に財宝を蓄える習性があって、人界に来ることがある。多くの犠牲を出して倒したらしく、どれだけ貴重かが書いてあったな。まあ、たいがいはドラゴン一頭で国が滅ぶ」
「そうなんだ……」
ドラゴンってどれだけ強いのだ。観光気分で見てみたいなんて言っていいレベルではない。
「でも見たい」
「行くなら、修行してからな。俺は同行できないぞ」
「うん、分かってるよ。ユリユリをそんなとこに連れていかないってば」
そう答えてから、ハルは良いことを思いついた。
「ねえ、その沼地って、ユリユリを呪った魔物がいるんだよね?」
「そうだが?」
「鉱龍の写真を撮るついでに、一緒に退治に行かない?」
この提案には驚いたようで、ユリアスは少し黙った。考え込むように足元を見ている。
「今のユリユリには厳しいかな」
「俺一人なら、盾の山脈を越えた時点で、餌にしろと言っているようなものだが……。お前となら、あるいは」
「うーん、それなら私一人で行ったほうがいいかな。でも、どんな魔物か分かんないし……」
遠くから狙い撃ちしてもいいが、標的を知らないので手当り次第になってしまう。
「行く。俺の敵だ。ハルの助けがあれば、今度こそ奴にとどめを刺せるはずだ」
「じゃあ、行こう! がんばろうね!」
北のほうの砦町で物資を補給してから、盾の山脈を目指すことに決まった。
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