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最終章 氷室 霰のレクイエム

26 孤独の魔女は友と共に

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「それで、一体どうするつもりなの……?」

 お母さんと夜子さんを受け止めながら、ドルミーレは私を見る。
 胸を貫かれた彼女からは、その生気が砂のようにこぼれ落ちていっていた。
 その希薄な存在感で、私に問う。

「私は、あなたに敗れた。あなたの剣は私の心を貫いて、私の存在を砕いた。あなたは望む通り、私を倒したわ。流石の私も、これではもう存在を保てない。私は、死ぬ」
「……うん」
「私から派生した魔法は、全て形を失うでしょう。そしてもちろん、私の呪い、『魔女ウィルス』も。そうやって救われる命もあるでしょうけれど、同時に生き永らえることができない子もいると、私は言ったわよ」
「うん、そうだね」

 私の金色こんじきの剣がドルミーレの胸を穿って、その心を貫いた。
 心だけで眠りについて生き残っていた彼女も、心に到達した刃には抗えたない。
 それは彼女に連なる者である私にも、はっきりと伝わってきた。

 そして、その影響で二つの世界に充満していた魔力が崩れていっている。
 ドルミーレが消えかけていることで、その身から溢れた力が失われていく。
 それは私が望んでいたことで、でも同時に、失われるものもあって。
 けれど私はもう、何も諦めないと決めているから。

 根拠なんて何もない。でも私は自信を持って、ドルミーレに言った。

「あなたの『魔女ウィルス』に蝕まれて、それに体を埋め尽くされちゃった人たちも、助けるよ。『魔女ウィルス』がなくなって欠けた部分は、私が補う。私の繋がりの力で、みんなを支えるんだ」
「……あなたらしい答えだけれど、そんなこと本当にできるの?」
「できるよ。するんだ。だって、私たちの心は繋がってる。支えてもらってばっかりじゃなくて、私だってみんなを支えるんだ。この繋がりが生んだ力を、今度は私がみんなに返す番なんだよ」
「……そう」

 ドルミーレは呆れた顔で眉を落として。
 でももう、私を否定する言葉を口にはしなかった。

 転臨した全ての魔女も、必ず救う。
 それは、私の親しい友達ばかりじゃないかもしれないけれど。
 でも人は、どこかで必ず繋がっているから。
 沢山の繋がりを辿った先で、絶対にこの力が届くと信じてる。

 それだけの力を、私はみんなからもらっているんだから。
 この環をうんと広げた先に、私たちはみんな、手を取り合っているんだ。

「アリスちゃんは本当に素晴らしいね。流石だよ。────でも、私たちは、いい」

 私の言葉に夜子さんは嬉しそうに微笑んで。
 けれど、静かに首を振った。

「私たちのことは、もう気にしなくていいよ。目的はもう果たされた。ドルミーレがいなくなった世界に、もう生きる理由はない」
「……そう、ね。もちろん、アリスちゃんとずっと一緒にいたいって気持ちはあるけれど。でも私たちは生きすぎたし、それに、この子を放ってはおけないもの」
「そんな、ちょっと、待ってよ……」

 とても潔くそう言ってのけるお母さんと夜子さんに、私は戸惑いの声をあげた。
 死ななくて済むように、消えなくて済むようにしようとしているのに。
 どうして、そんなことを言うの?

「やだ、ダメだよ。私は、二人にだって消えてほしくない。お母さんのことは今でも大好きだし、夜子さんのことも私、大切だよ……」
「ありがとう、アリスちゃん。でもね、もういいのよ」

 震える私の手を、お母さんがそっと握る。
 とても暖かな、優しいいつもの笑顔を浮かべて。

「ごめんなさい、アリスちゃん。ひどい母親で。でも私たちの生きる希望は、ずっとドルミーレだったから。この子にもう一度会うために、今日まで生きてきたら。その中で、同じくらい大切なあなたに出会って、本当に愛おしかったけれど。でも私たちは、ここで終わるべきなの。ドルミーレを求めてきた私たちは、ドルミーレと一緒に逝くべきなのよ」
「お母さん…………」

 嫌だと、泣き喚きたかった。まだ私を傷つけるのかと、言ってやりたかった。
 でも、そんなことできるわけがなかった。
 だってお母さんも夜子さんも、とても満足そうな顔をしているから。

 ドルミーレに会うためだけに生きてきて、そうしてこうやって寄り添うことができて。
 二人にはもう、思い残すことなんてないんだ。
 私のために生きてよと、そう言いたくもあるけれど。
 でもこれ以上、二人を縛り付けてはいけないと、そう思ってしまった。

「…………」

 わかったとは言えなかった。頷くことはできなかった。
 でも私の無言を、二人は肯定と受け取って微笑む。
 そんな二人を止められないのが、もどかしかった。

「愛してるわ、アリスちゃん」
「…………わたしも」

 それ以上の言葉は交わせなくて。
 でも、想いを伝えるのには、それで十分で。
 別れの言葉は、必要なかった。

 手が、そっと離れる。

「────もう、限界ね」

 そして、ドルミーレが呟いた。
 お母さんと夜子さんに支えられてぐったりする彼女の体は、淡い光に包まれている。
 黒く、けれど眩く輝いているその光は、ゆっくりと彼女を解かしている。

「やがて、全てがほどけるでしょう。それで、全てが終わるわ」
「……うん」
「だから、あなたも少しは、自分のことを考えたらどう? あなたは、私を殺したのよ」
「…………」

 もう憔悴し切っているからか、ドルミーレはらしくもないことを言う。
 私を気遣うだなんて、彼女が最もしないことだろうに。

 そう。私はドルミーレを倒した。その心を打ち砕いて、存在はまもなく消滅する。
 私を夢見ている、その大元であるドルミーレが消えてなくなるんだ。

 私がドルミーレの見ている夢だと知った時から、考えてはいた。
 ドルミーレを打ち倒すことが叶った時、私はどうなるのかって。

 でも、ドルミーレを倒さないという選択肢は、私にはなかった。
 私たちはあまりにも正反対な存在だから、わかりあうなんてことも絶対にないし。
 それをすることでしか、私は自分の運命にケリをつけることはできないと、わかっていたから。

 だから私は、もうこの運命さだめを受け入れている。
 諦めたわけじゃない。全てをやり切って、救った果ての結果なんだから。
 悔いなんて、ないんだ。

「大丈夫。わかってるよ。それでも私は、繋がってくれているみんなを大切にしたかったんだ」
「……あなたは本当に、理解し難いわ。最期まで、意味がわからない」

 私の答えに、ドルミーレは眉を寄せる。
 でも、馬鹿馬鹿しいとは、くだらないとは、もう言わなかった。

「────好きに、しなさい。私はまた、眠るわ」

 そう言って、ドルミーレは目を閉じて。
 その体は黒い輝きと共に霞む。
 寄り添うお母さんと夜子さんもまた、その煌めきに包まれる。

 そして、ドルミーレは。
 お母さんと夜子さんと共に、その体を霞へと消した。
 跡形もなく、心も体も、カケラも残すことなく。

 完全に、この世から消え去った。
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