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最終章 氷室 霰のレクイエム

24 悠久の剣戟

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 みんなが私にくれた剣を、ドルミーレに向かって振るう。
 金色こんじき煌めく剣は、私たちの希望を表して強く輝いて。
 例え相手がどんなに強大だったとしても、全く恐れなんて感じられなかった。

 漲る力をこの胸に、私はドルミーレへと突撃して。
 そしてドルミーレはそんな私を忌々しげに睨んで、その黒く染まった『真理のつるぎ』を振るった。
 漆黒と黄金がぶつかり合って、カンと虚しい音が響く。

 この剣を振るうことに全身全霊を込める私に、ドルミーレもまたひたすらに剣で応戦する。
 魔法の力を、『始まりの力』を使えなくなった私には、この繋がりの力による剣しかもう戦う手段はない。
 けれど原初の力を持つドルミーレはそんなこと関係なく、その膨大な力で私を蹂躙できるはずなのに。
 手を抜いているのか、はたまたそんな余裕がないのか。彼女もまた、剣戟に全てを込めている。

「どうして……どうしてあなたは食らい付いてこれるの……! そんなちっぽけな存在で、そんな消えてしまいそうな非力さで。どうして、私に噛み付くだけの気力を、保っていられるというの!」

 迫る私の剣を跳ね除けながら、ドルミーレは顔をしかめる。
 私が振るう剣は全て打ち弾かれて、全く彼女に届かない。
 けれどそれでも、一瞬も止まることなく進撃する私に、ドルミーレは唸った。

「夢に過ぎない、幻に過ぎないあなたが。私の糧になるだけの、ただそれだけのあなたが。どうして、そこまで前を向くことができるのよ! あなたは何も、持ってなんかいないのに!」
「そんなこと、全部関係ないからだよ! 私がどんな存在だとか、あなたにとってどうだとか、何にも関係ない。私は私だから……私として生きてきた日々が、あなたの幻に過ぎなかった私に、私だけの意味を与えてくれたんだ!」

 無我夢中で、ただ剣を振るう。
 細かいことなんて考える余裕はなくて、ただ目の前の障害に対して挑み続ける。
 今の私にできることは、諦めずに前に進むことだけだから。

「私を、こんな私を愛してくれる人がいる。大切だって言ってくれる人がいる。いつだって手を取ってくれる人がいる。そういったみんなの想いが、繋がりとなって私の心を結んでくれた。それが、どんな力にも劣らない、大きな力を与えてくれたんだ。だから私は、心じゃ絶対に負けない。みんながいる限り私は、絶対にあなたに屈したりしないんだ!!!」
「戯言を……!」

 ドルミーレは怒りに震えて喚く。
 その感情が乗った剣が私に叩きつけられて、私はよろめいてしまった。

「そんな一過性のもので、何ができるっていうの? そんなハリボテみたいな継ぎ合せの力、すぐに瓦解してしまうわ。曖昧な力に縋るしかないあなたが、幻想を抱くことしかできないあなたが、世界の命運を担うことを強いられた私に歯向かうなんて、おこがましいよ!!!」
「ッ────!」

 そうして振り下ろされた剣が、私の左腕を切りつけた。
 ぱっくりと裂かれた痛みに目がチカチカして。
 けれどその傷にとても温かな力が集結し、途端に痛みは消え去った。

 みんなが私を助けてくれている。守ってくれている。
 心の繋がりを辿って流れてくる力が、私に負けるなと言っている。
 すぐに治った腕に力を込め、私は剣を両手で握り直して振り返した。

「あなたが何者かなんて、私にはどうでもいい! その力がどんなに偉大で、それを担うあなたがどんなに崇高な存在だったとしても。私にとってのあなたは、ただのわがままな、寂しい人だ!」
「知った口を!」

 再び、二つの剣がぶつかり合う。
 お互い、体に溢れかえる激情を剣に込めて、力任せに叩きつけ合う。
 それは剣戟というよりは、怒鳴り合いだった。
 決して相容れない私たちの、交わることのない感情のぶつけ合いだ。

「この呪いのような力を持って生まれたから、私は誰とも交れなかった。誰もが私を特別だと言って、遠ざけて。私がどんなに歩み寄ろうとしても、誰も理解なんてしてくれなかった。でも、それが全てなのよ! それが真実なのよ! ヒトは結局、自分しか愛せない。他人に囁く想いなんてただの気まぐれで、いつかは必ず消える。結局独りこそが、世界の真理なのよ!」

 ドルミーレのそれは悲鳴のようで、けたたましく、そして冷たい。
 けれどそこにこそ彼女の全ての気持ちがこもっていて、剣はとても鋭かった。

 打ち返される猛攻が、激しく、そして重い。
 お互いに振るっているのは剣一本のはずなのに、ドルミーレの攻撃は怒涛の勢いだった。
 剣だけでは防ぎきれず、こぼれた攻撃は私の心だけの体を切り裂いていく。

 その度にみんなの力が私の損傷を補って、支えてくれる。
 どんなに傷を受けても、痛みを負っても、だから私は立ち続けられて。
 嵐のような攻撃の中でも、引かずにドルミーレを睨み続けられた。

「愛も友情も絆も、全て私を裏切った。私が何よりも大切だと思っていたものが、私を蝕んで殺したのよ! そんなものに、一体どんな価値があるっていうの。どうしていつまで信じ続けろっていうのよ! 無意味じゃない。愚かじゃない。だから私は、もうそんなもの、絶対に信用しないって決めたのよ! 繋がりなんて実在しないと、私を囲む全てが、教えてくれたんだもの!!!」
「繋がりは、ある! 今あなたの目の前にあるものが、その証明だよ!」

 沢山の傷を負いながら、それでも諦めずに突き進んで。
 ドルミーレに向けて剣を振るい続ける。
 その黒い剣を凌ぎながら、その悲鳴をかき分けて。

「あなたはそうやって、人のせいにしてばっかりだ。人からの気持ちを求めるばっかりで、自分が気持ちを向けきれなかったことに気づいてない。繋がりが途切れてしまったのは、相手のせいだけじゃない。あなたが諦めてしまったから、どんなに手を伸ばしてもらっても、繋ぐことができなかったんだ!!!」

 きっと、とても辛いことがあったんだろう。絶望に沈んでしまうような裏切りがあったのかもしれない。
 それでも、ドルミーレにはお母さんと夜子さんという、潰えない気持ちを向けてくれる人がちゃんといるのに。
 そこに気持ちを感じ取れないのは、ただドルミーレが目を背けてしまっただけだ。

 繋がりが嘘なわけでも、想いが不確かなわけでもない。
 ドルミーレが信じることを諦めて背を向けてしまったから、繋がれなくなってしまっただけなんだ。
 だって人と人は、一方的になんて繋がれない。
 お互いが手を伸ばしあって手を取り合わなきゃ、心を交わすことなんてできなんだから。

「自分の心の弱さを、人のせいにしないでよ。自分が信じられなくなったことを、周りの不信のせいにしないでよ。あなたが諦めさえしなければ、絶対に、必ず、先はあったはずなんだから!」
「うるさい! 私の夢の中で生きて、頭の中にお花が咲きまくっているようなあなたに、何がわかるっているのよ!!!」
「わかるよ! 私だって、信じられないような辛いことを、沢山経験してきたんだから。私は、あなたの夢だから! それでも私は、友達を信じることを諦めなかったから、今こうしてあなたに立ち向かえているんだ! こうして、抗えているんだ!」

 戦いは、常にギリギリ。いや、私は明らかに力で劣っている。
 剣の打ち合いだけでも、ただの小娘である私の方が圧倒的に力が弱い。
 原初の魔法の力を持つドルミーレが、その全霊を込めて打ち込んでくる剣撃を、私は全然捌き切れていない。

 それでも私がこうしてまだ立ち続けて、辛うじて打ち合いを続けていられるのは。
 それは、そんな暴力的な力だけではない、強い支えがあるからだ。
 私に足りないものを補って、力を貸してくれる繋がりがあるからだ。

 本当ならば一振りで終わるような攻防を、もう何合も交わしている。
 その事実に、ドルミーレは僅かな焦りとともに歯を食いしばった。

「どうして……なぜ! あなたはまだ消えないの! あなたなんて、取るに足らないちっぽけな、馬鹿馬鹿しい幻なのに。ただの、私の夢の霞に過ぎないのに! どうして……!」
「まだわからないの? それは私が、一人じゃないからだ。独りぼっちのあなたと違って私は、この剣をみんなで握っているからだ!」
「ッ……! うるさい……うるさい、うるさい!!!」

 ヒステリックな声をあげて、ドルミーレは私に剣を叩きつける。
 私も負けじと無我夢中で剣を振るって、ギリギリの凌ぎを続ける。

 その剣戟は何度も何度も、永遠に続くかのように繰り返される。
 ただただ、お互いに一心不乱に剣を振るって、相手を下さんと体を突き動かす。
 相手がどうしようもなく受け入れられなくて、認めたくなくて。だから戦うしかない。
 その在り方は正反対すぎるから、否定しないわけにはいかないんだ。

 ドルミーレにとって私は、取るに足らないちっぽけな存在で。
 私にとってドルミーレは、あまりにも大き過ぎる絶対的な脅威で。
 絶対に並び立つはずなんてないのに、それでもどうしても、無視はできなくて。
 真正面から、全霊を込めて叩きのめすしかなくて。

 だから私たちは、その想いを剣にこめて、ただただぶつけ合った。

 私の運命を散々翻弄し続けたドルミーレ。
 彼女の夢なんだから仕方ないのかもしれないけれど、それでも、私の人生は彼女のせいで大きく乱れた。
 私自身の人生を狂わせ、周りの人を沢山傷つけて、そして奪っていって。
 そんなドルミーレを、絶対に許すことなんてできないんだ。

 でも、私は彼女から生まれた存在だから。彼女の夢だから。
 もしかしたら私もまた、彼女と同じような生き方をした可能性も、あったかもしれなくて。
 たまたまこうなっただけで、彼女の焼き回しになることだって十分にあり得て。
 だからきっとドルミーレだって、私のように生きることができたはずなんだ。

 でもできなくて。私たちは正反対になった。
 けれどこれはある意味、自分自身との戦い。
 あり得たかもしれない、あり得なかった自分との戦いなんだ。

 それを乗り越えないことには、お互いに自分を認められなくて。
 それを討ち果たさないことには、自分を許すことができない。

 剣戟はやまない。
 全身全霊を込めているはずなのに、一合一合があやふやになっていく。
 それでも剣を振るうこの手を止めず、前に進むこの足を止めることはない。
 この戦いは、この気持ちは、相手を斬り伏せるまで絶対に途切れることはないんだ。

『────いけ、アリス』

 黒い剣が私の脚を切断する。
 けれど痛みは一瞬で、優しい声とともに傷は癒え、踏ん張りが効いた。
 晴香が、体を支えてくれている気がした。

『────いって、アリスちゃん』

 右腕が肩から落とされる。
 けれどそれも、暖かな力がすぐに繋ぎ合わせてくれて、剣を握り続けられた。
 霰ちゃんが、私の手を引いてくれている。

「ドル、ミーーーレ────────!!!」

 落ちていたはずの剣を、突き出す。
 剣を振り下ろし切っていたドルミーレの腕は、すぐには上がらない。
 本当ならば、とっくに切り刻まれていた私。
 でも、こうしてみんなが繋いでくれたから、私はまだ剣を伸ばすことができる。

 けれど、ドルミーレはギリギリ腕を持ち上げて、黒い『真理のつるぎ』で防御を取った。
 その漆黒の刃を、金色こんじきの鋒が突く。
 私の攻撃はあと一歩、及ばなかった。けれど────

「私の────私たちの力を、舐めるなぁ────!!!」

 その足りない一歩を、後押ししてくれる人たちが私にいるから。

 防がれたはずの剣を、私はそのまま力の限りに押し込んだ。
 みんなの手が一緒に金色こんじきの剣を握って、足りない力を貸してくれて。

 そして、金色こんじきが漆黒を貫いた。

 ドルミーレが手にする完全な『真理のつるぎ』が砕けて、私の剣がその先に進む。
 金色こんじきの剣はそのまま、何に阻まれることもなく。
 ドルミーレの黒い胸に、深々と突き刺さった。
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