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最終章 氷室 霰のレクイエム

21 あなたが気に食わない

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「くだらない。本当にくだらないわ。私に、そんな綺麗事を聞かせないでちょうだい」

 ドルミーレはそう、心底不機嫌そうに言って。
 私を哀れむように見下し、そしてお母さんと夜子さんにも眉を寄せる。

「私は、そんなことを望んだりしないわ。だって知っているんだもの。わかっているんだもの。それが、決して実在しない幻だということを。痛いほど理解しているんだもの。だから私に、そんなものを求める純粋さなんて、もうないわ」
「じゃあ……じゃあどうして! どうしてあなたは、私を夢見たの!? どうして、私を乗っ取ろうとしているの!? おかしいでしょ!?」
「なにもおかしくなんてないわ。あなたたちが勝手に、見当違いなことを考えていただけ」

 どんなに強く問いかけても、ドルミーレは全く動じない。
 その不動の有り様は、何かを偽っているようには見えない。
 望んでいない深層の望み。夜子さんはそんなことを言っていたけれど。
 こうやって相対して見ると、それはとても疑わしく思えてきた。

 私も、彼女の在り方にはそぐわないとは思いつつも、それなりに筋は通っているかなと思っていたけれど。
 ドルミーレはその全てをくだらないと切り捨てて、私たちを嘲笑う。

「言ったでしょう。私はたまたま、夢を見ただけなのよ。魔法や神秘の存在しない、平坦な世界を。そしてそこで、もし私じゃない私が生きていたらどんな生き方をするのかと。ただ、それだけの空想。そこに意味なんて、全くなかった」
「じゃあ、私という存在を夢見たのは……?」
「私とは違う、ある意味正反対の存在を思い描いたら、あなたのようなものが生まれた。ただそれだけ。別にその生き方に憧れたわけじゃない。ただ単純に、そういう仮定を妄想しただけに過ぎないわ。私自身が受け入れられないような、真逆の生き方をするとしたら、どういう人になるのか。そんな絵空事を思い浮かべただけよ」
「…………」

 それはそれで辻褄が合っていて、反論のしようがない。
 私とドルミーレは在り方があまりにも正反対すぎて、確かに憧れるには遠すぎる。
 お互いにどうしようもなく受け入れられなくて、彼女なんかは私を嫌悪するくらいだ。
 だからこそ、という言い方もできなくはないけれど。
 それでも、彼女が私になりたい、なろうとしているという話はやっぱり、少し無理があるように思えた。

「あなたを礎にしようとしているのは、この世界で目覚めようとしているから。私が思い描いた夢の世界で生きるには、そこの住人として育ったあなたの存在を糧にするのが、一番順応しやすいもの。別にあなたになりたいわけじゃない。あなたの生き方を模倣したいわけじゃない。ただの、方法よ」
「……なら、そもそもどうして目覚めようとしたの? あなたは、ずっと眠ていた方が幸せだったんじゃないの? 夢を見て、新しい世界を作ってまで、どうして……」

 はなからまるで私に興味がないというドルミーレ。
 それでも私の存在を糧にこの世界で新しく目覚めるというんだから、そこには意味があるはずだ。
 食らいついて尋ねると、ドルミーレは溜息をついた。

「私だって、生きているもの。肉体は消滅し、心は眠りにつかざるを得なかったけれど。それでも私にだって、一つの命として、消えたくないという願望はあるわ。けれど、あの残酷な世界とはもう二度と関わりたくなんてなくて。だから、私の夢が生んだ世界で、もう一度生きてみようと思った。何か、違う人生があるかと、そう願って」
「新しい、別の生き方を望んでいたなら……そこで繋がりをもう一度信じようと思う気は、なかったの?」
「あるわけないでしょう。だって私は散々、あなたがそれに苦しめられるところを見てきた。程度は違えど、ヒトの世に確かな繋がりがないことに、変わりはなかった。だから私は、もう一度返り咲いたって、そんなものを望もうとは思わなかったわ」

 クツクツと、嘲笑をこぼすドルミーレ。
 環境を変えたいと思い、新しい人生を歩みたいと願いつつも、自分はまるで変わる気がない。
 周りへの目の向け方、他人への接し方、そして自分の在り方を見つめ直そうとなんて思っていない。
 それじゃあ、どんなに世界が変わっても、条件が変わっても、何にも変わらないというのに。

「まぁでも、そうね。あなたが散々喚くヒトとヒトの確かな繋がりを、全く望んでいないと言えば嘘になるわね。でもそれこそ、夢物語だと私はわかっている。幻想に過ぎないと理解しているからこそ、妄想として夢を見るだけ。そんなものは現実ではあり得ないのだから、本気で望むわけがない。それだけの話よ」
「なに、それ…………」

 全てを諦めて、それを納得した様子で、ドルミーレはあっさりと言う。
 それが現実なんだから、夢を見ても意味がないと、言う。
 そんなものはくだらないのだから、ふさわしい現実にしか目を向ける必要はないと。
 それは、これから生きようとしている人の言葉とは、到底思えなかった。

「そんなんだから、あなたは自分しか見ることができないんだよ。全部わかったような顔をして、悟ったような口ぶりで、勝手に全部諦めて、切り捨てて。そんなんだからあなたは、繋がりを感じることができないんだ!」

 ドルミーレのあまりの身勝手さに、無性に腹が立った。
 心だけになってしまったこの体が、わなわなと震える。
 今自分が置かれている危険な状態よりも、彼女に対する怒りの感情が勝った。

「あなたの過去にどんな辛い出来事があったかなんて、私は知らない。心の底から人を信じられなくなるようなことが、あったのかもしれないけど。でもそれで、繋がりは偽りだとか、人は必ず裏切るとか、そうやって決め付けているのはあなたの勝手だよ! 人が、他人があなたに偽りの感情を向けているんじゃない。あなたが、人からの気持ちを跳ね除けているから、繋がりを見出せないだけだ!」
「なん、ですって……」

 堪らず叫んだ私に、ドルミーレはぴくりと眉を動かした。
 今まで平然と人を見下して嘲っていた彼女が、静かな怒りを表情に出す。
 けれどそんなことお構いなしに、私は思っていることをそのまま口に出した。

「あなたは、人が信じられないものだと理解したんじゃない。ただ、あなたが人を信頼しなくなっただけだ。そうやってあなたが全部切り捨てたから、どんな親愛も、感じられなくなっちゃったんだよ。それを何にも理解しないくせに、全部夢だとか幻だとか、絵空事に過ぎないとか馬鹿にして。他人に目を向けないあなたに、繋がりを語る資格なんてない!」
「……随分と、生意気な口を聞くのね。元からそうではあったけれど、そんな朧げな存在になってもまだ、浮ついた言葉を並べることができるなんて」

 ドルミーレはそう淡々と言葉を返して。
 けれどその中には、ふつふつと滾る静かな怒りが込められていた。
 言葉は重く冷ややかで、とても黒い。

「いくらでも言うよ。私は、あなたのその否定的な在り方が気に食わない。あなたが私を嫌うのと同じように。そんなあなたに、私のこの存在を奪われるわけにはいかない。私が愛するこの世界に、生かすわけにはいかない。お母さんと夜子さんを、これ以上傷つけさせるわけにはいかない!」
「この二人のことも、あなたは思いやってあげるというの? あなたをずっと騙し続けて、私の生贄にしようとしたこの二人を。お門違いなところはあったけれど、二人があなたを育て導いたからこそ、私はこうして目覚められるようになった部分は、確かにある。それでも、庇うというの?」
「当たり前だよ。二人の全部が嘘だったわけじゃない。私はその中に、確かな想いを感じてきた。暖かい愛情を感じてきた。それを見つめて想いを返せるのが、人の心なんだ。あなたには、わからないかもしれないけれど!!!」

 大きく踏ん張って言葉を返すと、ドルミーレはとても不機嫌そうに顔を歪めた。
 そして唾棄するように私を睨み、唸る。
 私はそれに負けじと視線をぶつけて、拳を強く握った。

「ドルミーレ。私はあなたを認めない。だから、あなたになに一つ奪われたくなんてない。あなたが私を夢見ている大元だとしても。私は、あなたを否定する。あなたが夢幻だと嗤うもので、その現実を砕いてやる。そうして私はまた明日も、自分の足で生きるんだ!」
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