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第8章 私の一番大切なもの

105 許せないけど許したい

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 大きく羽を伸ばす火の鳥は、まるで太陽が迫ってくるかのように熱く、そして力強い。
 その姿はどこか神々しくも、けれど地獄からの使者のように禍々しくもあって。
 死や破滅、あらゆるものを屠るという、破壊の意思を感じさせた。

 これが、これこそがクリアちゃんの意思。
 自らを拒絶し、目を背けてきたものを、全て焼き尽くさんという彼女の心。
 私のことを大切に思いながらも、けれどその私すら思うままにいかないのなら、力尽くで引き寄せようとする。
 自分が信じたものを疑わず、自らの価値観だけに縛られて、広く多くのものに決して目を向けない。

 クリアちゃんがそうなってしまったのは、魔女になってしまったから。
 魔女が排斥されるこの国で、最もそれを受け入れない女王様の元に生まれてしまったから。
 根底から存在を否定され、いなくなることを願われて。しかもそれは家族のみならず、この国全ての意思のようなもので。
 そんなものに晒されてしまったから、彼女は自らをなかったものにせざるを得なかったんだ。

 でもきっと、それだけならばここまで拗れてしまわなかったんだろう。
 その身の上はこの世界の魔女であれば、多かれ少なかれ味わう苦しみだ。
 多くを失い苦しみを背負った魔女たちは、それでも仲間を得て、身を寄せ合って生きている。

 ただクリアちゃんは、誰の目にも止まらなくなってしまって。そしてそれを私が見つけたから。
 私たちの出会いを悪いことだとは、私は決して思ったりはしないけれど。
 でも、空っぽだった心を埋める存在に私がなってしまったから、彼女はそれにしか目を向けられなくなってしまったんだ。

 どうすれば、クリアちゃんは道を踏み外さなくて済んだんだろう。
 どんなに考えても、私には答えを見つけ出すことはできない。
 でも、今の彼女を作ってしまった原因は私にあるんだから、その責任は私が取らなきゃいけない。
 彼女の世界を私が堰き止めてしまったのだから、それを取り払ってあげるのは私の役目なんだ。

 大切に想ってくれることは嬉しい。でも、もっと広い世界を見てほしい。
 私一人が与えられる幸せなんて、たかが知れているんだから。
 一つのものだけに囚われて、他のもの全てを捨てるような生き方は、誰のためにもなりはしないんだ。

「クリアちゃん……」

 私は『真理のつるぎ』を両手でしっかりと握って、この身に巡る魔力を集中させた。
 この目は、覆い被さるように飛び込んでくる火の鳥と、その先のクリアちゃんに向ける。

「クリアちゃんのやり方じゃ、誰も救えない。私も救われないし、何よりクリアちゃんが救われないんだよ……!」

『真理のつるぎ』を中心に、白い輝きが強く煌めく。
 私の体からも勢いよく力が吹き出して、自分自身が魔力の白光に包まれているのがわかった。
 今持つ力を、意思を、気持ちを、全て剣に込めて振りかぶる。

「私は、あなただけとは生きられない。沢山の友達と一緒に、手を取り合う未来を選ぶ。だって、そうじゃないと私は私じゃないから。それはクリアちゃん、あなただってそうなんだよ。人は、沢山の人たちと繋がらなきゃ、生きていけないんだ!」

 声が届くのか、言葉が届くのか、気持ちが届くのか、わからない。
 火の鳥は鋭い嘴を大きく開いて、全てを灰燼に帰す勢いで迫っている。
 それでも私は、決して躊躇わなかった。語りかけることを、想いをぶつけることをやめなかった。

「私は、あなたには救われない。でも、あなたがいなくてもきっと救われない。だからクリアちゃん、全てを受け入れて、多くに目を向けて、そして一緒に前に進もうよ。選択肢は、決して一つなんかじゃない!」

 火の鳥はもう目の前。
 私が掲げた『真理のつるぎ』は、溢れかえる魔力を一つに束ね、極光の刃をまとっていた。

「私を救いたいなら、同じ道を歩いてよ。クリアちゃん!!!」

 渾身の力を込め、『真理のつるぎ』を大きく振り抜く。
 剣に充填されていた魔力は勢いよく弾け、斬撃と共に波動となって放たれて、白く眩い閃光が真正面に突き抜けた。
 それは容易く火の鳥を飲み込んで、その炎全てを喰らい尽くし、そして何事もなかったかのように掻き消してしまう。

 そこには力のぶつかり合いはなく、抵抗もなく、ある種手応えもなく。
 魔法によって編まれた事象は、『真理のつるぎ』の能力ちからによって瞬時に分解された。
 一片の漏れもなくその炎は現象を打ち消され、鳥の炎に覆われていた視界は一瞬にして払われた。

「っ………………!」

 その先で、クリアちゃんはたじろいで足を引いた。
 そんな彼女に向け、私は間髪を容れず飛び込み、突撃をかける。
 クリアちゃんは一瞬反応が遅れ、けれどすぐに炎を撃ち放って牽制を図った。
 でも動揺を孕んだ攻撃はとてもか細く、それは私にとって障害になり得なかった。

 全ての炎を斬り伏せて、怒涛の勢いで接近する。
 クリアちゃんは何かを叫びながら魔法を放ち続けて、でもそれはもう言葉にはなっていなくて。
 その全てを踏み倒して、私は彼女の姿の前まで到達し、『真理のつるぎ』をその首元に突き付けた。

「もう、終わりにしようよ、クリアちゃん」
「…………」

 眼前まで迫っても、クリアちゃんは帽子とマントで器用に顔を隠して、その表情を見せようとはしない。
 けれど戸惑いに満たされた様子はその震えを見れば明らかで。
 クリアちゃんは、ストンとその場で膝を折って俯いた。

「……私を、殺すの……?」
「まさか、そんなことするわけないでしょ? もちろん、あなたがこれまでしてきたことの責任は、とってもらわなきゃいけないけど」
「嘘、嘘よ! だってあなたは、私を拒絶した。私はこんなにあなたを想っているのに、あなたは私の全てを否定して、踏み倒して、私に剣を突きつけた。殺すんでしょ!? 私なんて、いらないんでしょ!?」

 頭を抱え、クリアちゃんは泣き喚くように叫んだ。
 駄々を捏ねる様はさながら幼い子供で、彼女の精神性を窺わせた。
 幼い頃から人元を離れ、誰とも触れ合わずに一人で過ごしてきた彼女は、もしかしたらずっと子供のままなのかもしれない。
 あの時の、無垢なクリアちゃんのままなのかもしれない。
 ただその無色透明さが、捻れてしまっただけで。

 とても痛ましく、心が締め付けられる。
 でも、同情だけをする段階はとうに過ぎてしまっている。
 私は心を鬼にして、剣を突きつけ続けた。

「友達だって、全てを肯定なんてできないし、受け入れることだってできないよ。大切な人が相手だって、意見が合わなくて喧嘩する時もある。でも、それでも一緒にいたいと思えるから、友達なんだよ」

 ここ数日だけでも、私は望まぬ争いを多くしてきた。
 それらを思い起こしながら、私はクリアちゃんを見下ろす。

「あなたの意見を否定しても、あなたの存在を否定するわけじゃない。クリアちゃんは昔から、私の大切な友達だよ。でも、友達でも許せないことはある。見過ごせないことはある。だけど友達だから、それだけに囚われないでちゃんと向き合いたいと私は思うんだ」

 切り捨てるのは苦しくても、でも目を背けると決めれば簡単なこと。
 けれど、大切な友達をそんな風に失うことなんて私はしたくないから。
 だから、切り離して楽になりたいけど、でも真正面から向き合うんだ。

「クリアちゃん、私はあなたを許せない。でも、友達だから許したい。だからお願い。私の声を聞いて」
「………………」

 剣を下ろしてしまいそうになるのを堪えて、しっかりと構え続ける。
 クリアちゃんはその刃に晒されながら、ただただ俯き続けた。
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