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第8章 私の一番大切なもの
87 仇討ち
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澄ました顔を崩し、ネネはくしゃりと顔を歪めた。
その叫びは決して怒りではなく、だからといって泣き言でもなく。
しかし、確かな訴えだった。
「だって、姉様はいつだって冷静で、落ち着いてて、大人で。ライト様の言いつけとか考え方をちゃんと理解して飲み込んで。そうやって姉様は、全然怒ったり憎んだりしなかったから。心の中では絶対に思ってるのに、それを表には出さなかったから。だから私が、代わりに怒ってたんだよ……!」
「ネネ……私は……」
ハッと息を飲み、口を開こうとするシオン。
しかしネネが、わかっているというように首を横に振る。
「そうするべきで、そうしなきゃいないことだもん。姉様みたいな振る舞いが、正しいんだって私もわかってる。私たちはライト様の教えに納得して、それがいいって思ったんだもん。でもさ、この気持ちはどうしたってなくならない。それを姉様は、ずっと自分の中で押し殺してるから……」
拳を強く握り、ネネは俯いた。
ホーリーの教えの元、魔法使いと魔女の中間に立つ彼女たちにとって、魔女を憎むことは避けるべきこと。
だからこそ姉妹は、クリアに対する個人的な憎悪と葛藤してきた。
それを踏まえれば、感情を露わにしないシオンの振る舞いは何も間違ってはいない。
しかしずっと姉と一緒にいたネネには、気持ちを無理して抑え込んでいるようにしか見えなかった。
正しさを前に自分の気持ちに蓋をして、平気なフリを、納得したフリをしていると。
決して殺すことのできない気持ちを、自分を押し殺して押し込めていると。
それは一人の人として、大人としては正しい行動なのかもしれない。
常に凛と振る舞い、理知的で理性的なシオンはそうすることしかできないのなら。
姉よりも少しだけ子供な自分が、代わりに吐き出そうと、ネネはそう思ったのだ。
「別に私の気持ちが嘘だってわけじゃないけど。でも私がいつも怒りとか憎しみを口に出してたのは、姉様は言えないからって思ったから! 姉様が言えない分、私が言わなきゃ、無かったことになっちゃんじゃないかって、そう思ったから……!」
「ネネ…………」
振り絞るように言葉を吐き出す妹に、シオンは自らの弱さを恥じた。
クリアを憎む感情を抑えるため、正しさという理性で取りつくって、逞しい自分を偽っていた。
妹を守り導いていくためには、自分がしっかりとして、決して感情的になってはいけないと思っていた。
けれどそれは、ただ妹に余計な心労をかけていただけだった。そしてそれに全く気づいていなかった。
いや、シオン自身、ネネのそういった振る舞いに救われ、依存していたのかもしれない。
妹の代弁の甘え、それによって燻った感情を慰めていたのかもしれない。
だとすればそれは、ある意味関係性としては成り立っているけれど。
しかしそれは、決して正しい形とはいえないと、シオンは気づいた。
「ごめんなさい、ネネ。あなたにそんな気を使わせてしまっていたなんて……」
「ううん、別に、それ自体はいいんだよ。姉妹だし、気持ちは同じだし。でもね、私が言いたいのは……」
「ここまでは、しなくても良かったってことね」
シオンから歩み寄り、妹の手をとる。
ネネは控えめに顔を上げてから、小さく頷いた。
「クリアのことは今でも憎んでるし、仇を打てるならって気持ちはもちろんあるけど。でも、アリス様と約束したし、今しなきゃいけないことはわかってる。だから、こんなことは……」
「そうね。私もアリス様と話した時はちゃんと納得してた。ただ目の前にチャンスがあって、その時、ネネの気持ちを考えたら……でもそれは、間違っていたのね」
お互いが相手の気持ちを慮って、結果意思がすれ違ってしまった。
二人とも導き出していた結論は同じはずったのに、相手を思う気持ちが別の道筋を選んでしまった。
ずっと一緒にいて、ずっと見てきたからこそ、わからないものもある。
「今からでも、きっと遅くないよ。ロード・ケインを止めて、アリス様を助けよう。ね、姉様」
ずっと迷っていた結論を口にするネネ。
クリアに復讐を果たすことは彼女のたちの望みではあるが、今それを選択することは最善とはいえない。
既に二人の行いの結果、ケインがアリスの道行を妨げてしまっている。
けれど今ならばまだ、それを挽回する猶予があるはずだ。
一時の感情と姉妹への思いやりで、一度は選択を誤ってしまった。
しかしまだ間に合うはずだと、ネネは姉に縋りついた。
「…………」
けれど、シオンは渋い顔して俯き、首を縦に振らない。
「いいえ。このまま、いきましょう」
「ど、どうして!?」
そう小さく言って手を放すシオン。
そこにある苦渋の表情に、ネネは理解が及ばなかった。
「だって、ここまでしなくていいんだよ? 姉様だって、わかってるって言ったじゃん。なら今からでも────」
「だってもう、遅いじゃない……!」
震える声でそう叫んだシオンは、妹に背を向けて肩を落とした。
長い茶髪が揺れる背中は、とても小さい。
「私たちはもう、アリス様を裏切ってしまった。ライト様の教えを破ってしまった。ロード・ケインは国を好きなように動かして、既にアリス様を苦しめてる。今更私たちが戻った所で、もうどうにもならない……」
「けど、でも今からでもロード・ケインを止めれば……!」
「私たちは私利私欲に走って、アリス様の信頼を裏切ってしまったのよ。もしそれをアリス様が知らなくても、おめおめと戻ることなんて、できるわけが……」
アリス様なら許してくれると、ネネは言おうとしてやめた。
それはきっとシオンもわかっていることで、しかしだからこそできないのだろう。
自分は許されないことをしてしまったとわかっているからこそ、許されることが恐ろしい。
常に理性的なシオンだからこそ、そう考えてしまうのだとわかるから。
「でも、じゃあどうするの……?」
「ここまでしてしまったんだもの、突き進みましょう。そうするしかないわ。でもそれは私たちだけのためじゃなく、みんなのために」
復讐心に駆られた敵討ちではなく、飽くまでジャバウォック顕現阻止のため。
誰にも邪魔されることなくクリアに挑むことができる今、自分たちにできる罪滅ぼしはそれしかない。
シオンのその言葉に、ネネは唇を結んだ。
クリアは現在、人払いをされた玉座の間にて、ジャバウォック顕現の最終準備に取り掛かっている。
王城に集う魔力リソースを集中させ、ケインが持ち込んだ触媒の花を用いた、終焉の儀式。
現在の王城は、本来であれば彼女に協力しているケインの手の者以外は拘束されている。
そんな中、二人は自由な活動を許されている。つまりそこで、クリアに挑めばいいというのが、ケインの提案だった。
故に、今一番クリアを阻止することが可能なのは、二人だけなのだ。
「私たちはもう、アリス様にもライト様にも顔向けできない。ならせめて、役に立つことをしないと」
「姉様……」
振り返り、ぎこちない笑みを浮かべるシオン。
そんな姉の姿に、ネネは反論することができなかった。
今でも、クリア憎しの気持ちは決して消えていない。
自分たちの手で仇を討てるのならと、心の底から思っている。
そして同時に、アリスやホーリーのためになりたいとも。
それを思えば、もうここまできてしまった以上、引き退ることなんてできるだろうか。
贖罪の意味は、言い訳に過ぎないのかもしれない。
不安や迷いは潰えることがない。
それでも、今手の届くところにクリアがいるのであれば。
「……わかったよ、姉様」
止めたい気持ちで張り裂けそうにながらも、ネネは頷いた。
────────────
その叫びは決して怒りではなく、だからといって泣き言でもなく。
しかし、確かな訴えだった。
「だって、姉様はいつだって冷静で、落ち着いてて、大人で。ライト様の言いつけとか考え方をちゃんと理解して飲み込んで。そうやって姉様は、全然怒ったり憎んだりしなかったから。心の中では絶対に思ってるのに、それを表には出さなかったから。だから私が、代わりに怒ってたんだよ……!」
「ネネ……私は……」
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しかしネネが、わかっているというように首を横に振る。
「そうするべきで、そうしなきゃいないことだもん。姉様みたいな振る舞いが、正しいんだって私もわかってる。私たちはライト様の教えに納得して、それがいいって思ったんだもん。でもさ、この気持ちはどうしたってなくならない。それを姉様は、ずっと自分の中で押し殺してるから……」
拳を強く握り、ネネは俯いた。
ホーリーの教えの元、魔法使いと魔女の中間に立つ彼女たちにとって、魔女を憎むことは避けるべきこと。
だからこそ姉妹は、クリアに対する個人的な憎悪と葛藤してきた。
それを踏まえれば、感情を露わにしないシオンの振る舞いは何も間違ってはいない。
しかしずっと姉と一緒にいたネネには、気持ちを無理して抑え込んでいるようにしか見えなかった。
正しさを前に自分の気持ちに蓋をして、平気なフリを、納得したフリをしていると。
決して殺すことのできない気持ちを、自分を押し殺して押し込めていると。
それは一人の人として、大人としては正しい行動なのかもしれない。
常に凛と振る舞い、理知的で理性的なシオンはそうすることしかできないのなら。
姉よりも少しだけ子供な自分が、代わりに吐き出そうと、ネネはそう思ったのだ。
「別に私の気持ちが嘘だってわけじゃないけど。でも私がいつも怒りとか憎しみを口に出してたのは、姉様は言えないからって思ったから! 姉様が言えない分、私が言わなきゃ、無かったことになっちゃんじゃないかって、そう思ったから……!」
「ネネ…………」
振り絞るように言葉を吐き出す妹に、シオンは自らの弱さを恥じた。
クリアを憎む感情を抑えるため、正しさという理性で取りつくって、逞しい自分を偽っていた。
妹を守り導いていくためには、自分がしっかりとして、決して感情的になってはいけないと思っていた。
けれどそれは、ただ妹に余計な心労をかけていただけだった。そしてそれに全く気づいていなかった。
いや、シオン自身、ネネのそういった振る舞いに救われ、依存していたのかもしれない。
妹の代弁の甘え、それによって燻った感情を慰めていたのかもしれない。
だとすればそれは、ある意味関係性としては成り立っているけれど。
しかしそれは、決して正しい形とはいえないと、シオンは気づいた。
「ごめんなさい、ネネ。あなたにそんな気を使わせてしまっていたなんて……」
「ううん、別に、それ自体はいいんだよ。姉妹だし、気持ちは同じだし。でもね、私が言いたいのは……」
「ここまでは、しなくても良かったってことね」
シオンから歩み寄り、妹の手をとる。
ネネは控えめに顔を上げてから、小さく頷いた。
「クリアのことは今でも憎んでるし、仇を打てるならって気持ちはもちろんあるけど。でも、アリス様と約束したし、今しなきゃいけないことはわかってる。だから、こんなことは……」
「そうね。私もアリス様と話した時はちゃんと納得してた。ただ目の前にチャンスがあって、その時、ネネの気持ちを考えたら……でもそれは、間違っていたのね」
お互いが相手の気持ちを慮って、結果意思がすれ違ってしまった。
二人とも導き出していた結論は同じはずったのに、相手を思う気持ちが別の道筋を選んでしまった。
ずっと一緒にいて、ずっと見てきたからこそ、わからないものもある。
「今からでも、きっと遅くないよ。ロード・ケインを止めて、アリス様を助けよう。ね、姉様」
ずっと迷っていた結論を口にするネネ。
クリアに復讐を果たすことは彼女のたちの望みではあるが、今それを選択することは最善とはいえない。
既に二人の行いの結果、ケインがアリスの道行を妨げてしまっている。
けれど今ならばまだ、それを挽回する猶予があるはずだ。
一時の感情と姉妹への思いやりで、一度は選択を誤ってしまった。
しかしまだ間に合うはずだと、ネネは姉に縋りついた。
「…………」
けれど、シオンは渋い顔して俯き、首を縦に振らない。
「いいえ。このまま、いきましょう」
「ど、どうして!?」
そう小さく言って手を放すシオン。
そこにある苦渋の表情に、ネネは理解が及ばなかった。
「だって、ここまでしなくていいんだよ? 姉様だって、わかってるって言ったじゃん。なら今からでも────」
「だってもう、遅いじゃない……!」
震える声でそう叫んだシオンは、妹に背を向けて肩を落とした。
長い茶髪が揺れる背中は、とても小さい。
「私たちはもう、アリス様を裏切ってしまった。ライト様の教えを破ってしまった。ロード・ケインは国を好きなように動かして、既にアリス様を苦しめてる。今更私たちが戻った所で、もうどうにもならない……」
「けど、でも今からでもロード・ケインを止めれば……!」
「私たちは私利私欲に走って、アリス様の信頼を裏切ってしまったのよ。もしそれをアリス様が知らなくても、おめおめと戻ることなんて、できるわけが……」
アリス様なら許してくれると、ネネは言おうとしてやめた。
それはきっとシオンもわかっていることで、しかしだからこそできないのだろう。
自分は許されないことをしてしまったとわかっているからこそ、許されることが恐ろしい。
常に理性的なシオンだからこそ、そう考えてしまうのだとわかるから。
「でも、じゃあどうするの……?」
「ここまでしてしまったんだもの、突き進みましょう。そうするしかないわ。でもそれは私たちだけのためじゃなく、みんなのために」
復讐心に駆られた敵討ちではなく、飽くまでジャバウォック顕現阻止のため。
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シオンのその言葉に、ネネは唇を結んだ。
クリアは現在、人払いをされた玉座の間にて、ジャバウォック顕現の最終準備に取り掛かっている。
王城に集う魔力リソースを集中させ、ケインが持ち込んだ触媒の花を用いた、終焉の儀式。
現在の王城は、本来であれば彼女に協力しているケインの手の者以外は拘束されている。
そんな中、二人は自由な活動を許されている。つまりそこで、クリアに挑めばいいというのが、ケインの提案だった。
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「私たちはもう、アリス様にもライト様にも顔向けできない。ならせめて、役に立つことをしないと」
「姉様……」
振り返り、ぎこちない笑みを浮かべるシオン。
そんな姉の姿に、ネネは反論することができなかった。
今でも、クリア憎しの気持ちは決して消えていない。
自分たちの手で仇を討てるのならと、心の底から思っている。
そして同時に、アリスやホーリーのためになりたいとも。
それを思えば、もうここまできてしまった以上、引き退ることなんてできるだろうか。
贖罪の意味は、言い訳に過ぎないのかもしれない。
不安や迷いは潰えることがない。
それでも、今手の届くところにクリアがいるのであれば。
「……わかったよ、姉様」
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