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第8章 私の一番大切なもの
78 母と親友
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「ホーリー」
口を閉ざすお母さんを、夜子さんが肘で小突いた。
戒めていながらも、そこには長年の結び付きが見て取れて、胸がぎゅっと締まった。
「流石にだんまりのままじゃ可哀想だろう。君の口から、ありのままを説明してあげるべきだ。なにも、今結論を出さなくてもいい」
「……そうね」
私がいくら呼びかけても応えてくれなかったお母さんが、夜子さんの言葉に小さく頷く。
そしてゆっくりとこちらへと顔を向けると、顔を覆っているフードを剥いだ。
そこに見えるのはよく知る母親の顔。そっくりな別人ではないことは、一目見ればわかる。
「お母さん……」
「……ごめんなさい、アリスちゃん」
私のことを見るお母さんは、いつものうるさいくらいの朗らかさはなくて。
とても静かで寂しそうな、暗い表情をしていた。
「私もイヴと────夜子と同じよ。あなたももう知っての通り、私はドルミーレの親友なの。眠れる彼女の心を抱くあなたを守るために、私はあなたの母親でいた」
「────────」
もうわかっていたこと、予測できていたことではあるけれど。
でもお母さんの口からそうハッキリと言われて、頭がクラクラした。
視界がパチパチとスパークして、足元がおぼつかなくなる。
それでもなんとか踏ん張る私に、レオとアリアが脇から手を貸してくれて。
私は二人に寄り添われながら、静かに佇むお母さんを見た。
「もうあなたも知っているだろうけれど、アリスちゃんはドルミーレの見ている夢の存在。だから私たちは、あなたを守り続けて、時には降り掛かる試練を見守って。そうやって、あなたの側で彼女の目覚めを待ち続けていたの」
「……。じゃあ、お母さんにとって、二人にとって私は、それだけの存在だったの? ドルミーレが復活するまでの入れ物でしか、なかったの……!?」
「わ、私は────」
潰れそうなほどに締まった喉を何とか押し開いて、問い掛けを投げかける。
お母さんはそれに口籠るだけで、「それは違う」とは言ってくれなかった。
「そう、だったんだ……全部、嘘だったんだね。私のお母さんなんて人は、はじめからいなかったんだ……。もしかしたら、何かの間違いじゃないかとか、私に理解できてない何かがあるんじゃないかって、ちょっと思ってたんだけど……あなたはずっと、ずっとずっと、ドルミーレの親友のホーリーだったんだ……!!!」
頭が真っ白になって、感情が言うことを聞かずに暴れ回る。
お母さんがロード・ホーリーだったんじゃない。私がお母さんだと思っていた人が、ロード・ホーリーだったんだ。
私はずっと、ありもしない嘘を見せられていて、そこにははじめから存在していなかった。
昨日のあの時、お母さんが一方的に言い去ってから、心の奥底では信じていたんだ。
その口から、ドルミーレの親友であるホーリーだと告げられても、何かの間違いかもしれないって思ってた。
だって、私は十七年間ずっとお母さんと一緒に過ごして来て、お母さんがどんな人かよく知っているんだから。
お母さんが、こんな人じゃないって、私は知っているんだから。
でも、それこそが間違いで、私はただ事実から目を背けていただけだった。
告げられた言葉はただ事実でしかなく、そこにはそれ以上の意味なんてなくて。
「お母さんじゃない」という言葉は本当に、本当にそのままの意味だった。
「信じてた……誰よりも、信じてた! だって、お母さんだもん。私の、お母さんだもん! 大好きだったのに……なのにお母さんは、はじめからずっとずっと、私のお母さんじゃ、なかったんだ……!!!」
声が震えて、でも叫ばずにはいられなくて。
沸騰した心で、喚くことしかできなくて。
そんな私を、お母さんは黙って見つめている。
「お母さんなんて、はじめからいなかった……だから、だから! だからあなたは、晴香を犠牲にできたんだ!!!」
「………………」
頭の中はもうぐしゃぐしゃで、まともに物が考えられない。
今はこんなことをしている場合じゃなくて、早く氷室さんを助けて、クリアちゃんを止めなきゃいけない。わかってる。
でも、さっきレオとアリアの前で押さえ込んでいたものをぶちまけたからか、今自分が抱いている感情を抑えることができなかった。
今目の前にいるこの人たちに、自分の気持ちをぶつけたくて仕方がなかった。
ドルミーレの親友だといって、私をずっと謀ってきたこの人たちに。
ドルミーレを守るために、晴香を魔女にして殺した、お母さんに。
「晴香は、晴香は……晴香は! 何にも関係ない、何にも悪くない、優しい子だったのに! 私を守るため……ううん、ドルミーレを守るために、勝手な都合で魔女にして……だからあの子は泣きながら、死んでいったんだ!!! 私は、大好きな晴香を、守れなかったんだあ!!!!!」
脚に力が入らないくらいに震えて、それでも湧き上がるこの感情が私に膝を折らせなかった。
裏切られた絶望と欺かれた悲しみに、怒りがかぶさって心が激震する。
今自分が何を感じているのかわからなくなりながら、それでも感情が爆発している。
「……違うわ。それは、違うの」
そんな私に、お母さんは小さく首を振った。
「晴香ちゃんには、申し訳ないことをしたって思ってる。でも彼女を犠牲にしてまであなたを守ったのは、ただあなたを守りたかったから。ドルミーレを守るためじゃなかった」
「そんなこと、今更信じられないよ……! だって、そんなことする意味ないでしょ!? あなたは、私のことなんてどうでも良かったんだから!」
「────それは、それは違うわ!」
初めて、お母さんが声を張った。
少しムキになって、今更ながらに否定する。
「あなたのことをどうでもいいだなんて、思ったことは一度たりともない。確かに私があなたのお母さんになったのは、ドルミーレの心を守るためだったけれど。でも私にとってあなたは、アリスちゃんは……」
胸元をぎゅっと握りしめて、お母さんは口をパクパクさせる。
咄嗟に声を上げた自分を悔いているようで、けれど何かを必死に訴えようとしていて。
迷いを見せながらも、強く私を見据えている。
「アリスちゃんは、私にとって大切な娘、だから。こんなこと、私に言う資格がないって、わかってるけど。でも私は、あなたをあなたとして、大切に想ってるんだもの!」
「そんなの……そんなこと、今更言われたって信じられないよ!!!」
ドルミーレを守るために私のそばにいたという人が、私のことも大切だなんて、そんなの受け入れられるわけがない。
私にドルミーレを見ている人が、ドルミーレを度外視しているとはとても思えない。
だって自分の口から、私のお母さんではないと、そう言ったんだから。
「こちらの世界に来たアリスちゃんの、記憶と力を封印してあちらに返したのは、あなたの心を守るため。アリスちゃんが穏やかに、健やかに成長できるように、私たちはあなたを守って来たの。それは、アリスちゃんを想ってこそなの」
「それだって、結局はドルミーレのためなんでしょ? ドルミーレの復活のために、私を守ってただけでしょ!? 私に何かあれば、私の中で眠るドルミーレが危ういから!」
「それは……」
やっぱり、お母さんは否定できない。
万が一私を守りたいと思ってのことだとしても、私の中にいるドルミーレを守りたいという意思がなくなるわけじゃないから。
結局はそこに前提があるのだから、ただ私を守りたかっただなんて、そんな言葉は信じられない。
「世界中の人を苦しめる『始まりの魔女』ドルミーレの親友で、彼女を守って、その目覚めを待って。それが第一で、それだけが目的なんでしょ? だから私のことも私の気持ちも、どうでもよかったんでしょ? だから、私の大切な晴香を殺せたんだ!!!」
お母さんにとって、ドルミーレ以外はどうでも良かったんだ。
だから私に何食わぬ顔で嘘のお母さんを演じられて、私の大切なものを平気で奪える。
私を守るとか大切だとか、そんな聞こえのいい言葉で取り繕っているだけで、私のことなんてはなから眼中にない。
それがお母さんという人で、そしてその隣に立つ夜子さんもまた、同じなんだ。
二人とも、つまるところ私のことなんてどうでもいい。
ただ、私の中にドルミーレがいるから、私に死なれたら困るだけ。
そう。そうなんだ。もうよくわかった。嫌というほど。
心はズタズタで、ボロボロで。悲しいのか怒っているのか、もうわからない。
それほどまでに、辛く苦しいのに。それなのに────
「なのに、どうして私は……お母さんが、憎めないの…………」
自分の気持ちがわからない。
心が決壊して、涙が止めどなく溢れて。
私はその場で膝を折ってくずおれた。
口を閉ざすお母さんを、夜子さんが肘で小突いた。
戒めていながらも、そこには長年の結び付きが見て取れて、胸がぎゅっと締まった。
「流石にだんまりのままじゃ可哀想だろう。君の口から、ありのままを説明してあげるべきだ。なにも、今結論を出さなくてもいい」
「……そうね」
私がいくら呼びかけても応えてくれなかったお母さんが、夜子さんの言葉に小さく頷く。
そしてゆっくりとこちらへと顔を向けると、顔を覆っているフードを剥いだ。
そこに見えるのはよく知る母親の顔。そっくりな別人ではないことは、一目見ればわかる。
「お母さん……」
「……ごめんなさい、アリスちゃん」
私のことを見るお母さんは、いつものうるさいくらいの朗らかさはなくて。
とても静かで寂しそうな、暗い表情をしていた。
「私もイヴと────夜子と同じよ。あなたももう知っての通り、私はドルミーレの親友なの。眠れる彼女の心を抱くあなたを守るために、私はあなたの母親でいた」
「────────」
もうわかっていたこと、予測できていたことではあるけれど。
でもお母さんの口からそうハッキリと言われて、頭がクラクラした。
視界がパチパチとスパークして、足元がおぼつかなくなる。
それでもなんとか踏ん張る私に、レオとアリアが脇から手を貸してくれて。
私は二人に寄り添われながら、静かに佇むお母さんを見た。
「もうあなたも知っているだろうけれど、アリスちゃんはドルミーレの見ている夢の存在。だから私たちは、あなたを守り続けて、時には降り掛かる試練を見守って。そうやって、あなたの側で彼女の目覚めを待ち続けていたの」
「……。じゃあ、お母さんにとって、二人にとって私は、それだけの存在だったの? ドルミーレが復活するまでの入れ物でしか、なかったの……!?」
「わ、私は────」
潰れそうなほどに締まった喉を何とか押し開いて、問い掛けを投げかける。
お母さんはそれに口籠るだけで、「それは違う」とは言ってくれなかった。
「そう、だったんだ……全部、嘘だったんだね。私のお母さんなんて人は、はじめからいなかったんだ……。もしかしたら、何かの間違いじゃないかとか、私に理解できてない何かがあるんじゃないかって、ちょっと思ってたんだけど……あなたはずっと、ずっとずっと、ドルミーレの親友のホーリーだったんだ……!!!」
頭が真っ白になって、感情が言うことを聞かずに暴れ回る。
お母さんがロード・ホーリーだったんじゃない。私がお母さんだと思っていた人が、ロード・ホーリーだったんだ。
私はずっと、ありもしない嘘を見せられていて、そこにははじめから存在していなかった。
昨日のあの時、お母さんが一方的に言い去ってから、心の奥底では信じていたんだ。
その口から、ドルミーレの親友であるホーリーだと告げられても、何かの間違いかもしれないって思ってた。
だって、私は十七年間ずっとお母さんと一緒に過ごして来て、お母さんがどんな人かよく知っているんだから。
お母さんが、こんな人じゃないって、私は知っているんだから。
でも、それこそが間違いで、私はただ事実から目を背けていただけだった。
告げられた言葉はただ事実でしかなく、そこにはそれ以上の意味なんてなくて。
「お母さんじゃない」という言葉は本当に、本当にそのままの意味だった。
「信じてた……誰よりも、信じてた! だって、お母さんだもん。私の、お母さんだもん! 大好きだったのに……なのにお母さんは、はじめからずっとずっと、私のお母さんじゃ、なかったんだ……!!!」
声が震えて、でも叫ばずにはいられなくて。
沸騰した心で、喚くことしかできなくて。
そんな私を、お母さんは黙って見つめている。
「お母さんなんて、はじめからいなかった……だから、だから! だからあなたは、晴香を犠牲にできたんだ!!!」
「………………」
頭の中はもうぐしゃぐしゃで、まともに物が考えられない。
今はこんなことをしている場合じゃなくて、早く氷室さんを助けて、クリアちゃんを止めなきゃいけない。わかってる。
でも、さっきレオとアリアの前で押さえ込んでいたものをぶちまけたからか、今自分が抱いている感情を抑えることができなかった。
今目の前にいるこの人たちに、自分の気持ちをぶつけたくて仕方がなかった。
ドルミーレの親友だといって、私をずっと謀ってきたこの人たちに。
ドルミーレを守るために、晴香を魔女にして殺した、お母さんに。
「晴香は、晴香は……晴香は! 何にも関係ない、何にも悪くない、優しい子だったのに! 私を守るため……ううん、ドルミーレを守るために、勝手な都合で魔女にして……だからあの子は泣きながら、死んでいったんだ!!! 私は、大好きな晴香を、守れなかったんだあ!!!!!」
脚に力が入らないくらいに震えて、それでも湧き上がるこの感情が私に膝を折らせなかった。
裏切られた絶望と欺かれた悲しみに、怒りがかぶさって心が激震する。
今自分が何を感じているのかわからなくなりながら、それでも感情が爆発している。
「……違うわ。それは、違うの」
そんな私に、お母さんは小さく首を振った。
「晴香ちゃんには、申し訳ないことをしたって思ってる。でも彼女を犠牲にしてまであなたを守ったのは、ただあなたを守りたかったから。ドルミーレを守るためじゃなかった」
「そんなこと、今更信じられないよ……! だって、そんなことする意味ないでしょ!? あなたは、私のことなんてどうでも良かったんだから!」
「────それは、それは違うわ!」
初めて、お母さんが声を張った。
少しムキになって、今更ながらに否定する。
「あなたのことをどうでもいいだなんて、思ったことは一度たりともない。確かに私があなたのお母さんになったのは、ドルミーレの心を守るためだったけれど。でも私にとってあなたは、アリスちゃんは……」
胸元をぎゅっと握りしめて、お母さんは口をパクパクさせる。
咄嗟に声を上げた自分を悔いているようで、けれど何かを必死に訴えようとしていて。
迷いを見せながらも、強く私を見据えている。
「アリスちゃんは、私にとって大切な娘、だから。こんなこと、私に言う資格がないって、わかってるけど。でも私は、あなたをあなたとして、大切に想ってるんだもの!」
「そんなの……そんなこと、今更言われたって信じられないよ!!!」
ドルミーレを守るために私のそばにいたという人が、私のことも大切だなんて、そんなの受け入れられるわけがない。
私にドルミーレを見ている人が、ドルミーレを度外視しているとはとても思えない。
だって自分の口から、私のお母さんではないと、そう言ったんだから。
「こちらの世界に来たアリスちゃんの、記憶と力を封印してあちらに返したのは、あなたの心を守るため。アリスちゃんが穏やかに、健やかに成長できるように、私たちはあなたを守って来たの。それは、アリスちゃんを想ってこそなの」
「それだって、結局はドルミーレのためなんでしょ? ドルミーレの復活のために、私を守ってただけでしょ!? 私に何かあれば、私の中で眠るドルミーレが危ういから!」
「それは……」
やっぱり、お母さんは否定できない。
万が一私を守りたいと思ってのことだとしても、私の中にいるドルミーレを守りたいという意思がなくなるわけじゃないから。
結局はそこに前提があるのだから、ただ私を守りたかっただなんて、そんな言葉は信じられない。
「世界中の人を苦しめる『始まりの魔女』ドルミーレの親友で、彼女を守って、その目覚めを待って。それが第一で、それだけが目的なんでしょ? だから私のことも私の気持ちも、どうでもよかったんでしょ? だから、私の大切な晴香を殺せたんだ!!!」
お母さんにとって、ドルミーレ以外はどうでも良かったんだ。
だから私に何食わぬ顔で嘘のお母さんを演じられて、私の大切なものを平気で奪える。
私を守るとか大切だとか、そんな聞こえのいい言葉で取り繕っているだけで、私のことなんてはなから眼中にない。
それがお母さんという人で、そしてその隣に立つ夜子さんもまた、同じなんだ。
二人とも、つまるところ私のことなんてどうでもいい。
ただ、私の中にドルミーレがいるから、私に死なれたら困るだけ。
そう。そうなんだ。もうよくわかった。嫌というほど。
心はズタズタで、ボロボロで。悲しいのか怒っているのか、もうわからない。
それほどまでに、辛く苦しいのに。それなのに────
「なのに、どうして私は……お母さんが、憎めないの…………」
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