上 下
874 / 984
第8章 私の一番大切なもの

46 クリアが壊すもの

しおりを挟む
「────すみません、話を戻しましょう」

 クリアちゃんのおぞましい一面に、みんなの表情はとても暗くなっていた。
 重くなってしまった空気の中、シオンさんは切り替えてゆっくりと話を再開した。

「クリアの行動原理のもう一つである、破壊活動。これはそのまま王都を中心とした街の破壊ですが、ここにも彼女の殺人行為が加わります」
「……? クリアは、気に入った身体を集めるために、人を殺しているのではないのですか?」
「ええ。しかし、意図的に殺しておきながら、収集を行なっていない殺人もあるのです。それは恐らく、こちらに分類される」

 アリアは少し顔を色を悪くしながらも、シオンさんの言葉にしっかりと食らいついている。
 その的確な問い掛けに、シオンさんはそこが問題だと頷いた。

「クリアの破壊活動は、一見衝動的なものに見えて、一つの方向性があるのです。それは恐らく、この国に対する否定です」
「クリアが破壊するのは、大体が国の主要施設だったり、象徴になるようなものだったりするんだよね。王都に関しては街並みそのものが象徴みたいなものだし、全般的に荒らされてたりしてる。アイツはきっと、この国そのものが嫌いなんだと思うよ」
「そういえば、さっきそんなことを言っていました……」

 ネネさんの言うことを聞いて、私はさっきクリアちゃんが言っていたことを思い出した。
 彼女は、この国が嫌いだと、なくなってしまえばいいと、そう思っていると言っていた。
 それは、魔法使いが統べるこの国は、魔女である彼女たちにとって行きにくい場所だから、ということなんだろうか。
 だとすれば、それはレジスタンス活動としては一応真っ当そうな理由ではあるけど。

「なるほど、そうはっきり言ってたのか。なら、やっぱりあの仮説も大分信憑性が増しくる。ね、姉様ねえさま
「そうね────彼女の破壊活動の目的の一つは、これもやはりアリス様のためでしょう」
「私、ですか……? あ、でも確かに、この国から私を解放するとか、そんなことも言っていたかも」

 この国を破壊することが、どう私のためになるのか、いまいちピンとこない。
 私がこの国のお姫様になって、縛られてしまっていると、そう思っているのだろうか。
 確かに、私は『始まりの力』を求められてお姫様になった。最終的には自分で決めたことだけれど、それは望まれたからであって、はじめから自分の意思だったわけじゃない。
 そういう意味では、魔法使いたちに求められたからお姫様にならざるを得なかった、という解釈もできるのかもしれない。

「先ほども言いましたが、彼女はよく暴れまわる最中に、あなたのことを口にしていました。あなたを、姫君という立場から解放して自由にしたい、とでも思っていたのでしょう」
「そうかも、しれません。クリアちゃんとは、私がお姫様になった後で一回会っています。その時色々悩んでいるって話をしたから、彼女は私がその立場に苦しんでいると感じたのかも……」
「ただね、これに関してはアリス様以外にも理由があるって、私たちはそう睨んでるんだよ」

 フムフムと頷きながら、ネネさんは言う。

「理由が他にも? クリアは、アリスのためってことだけで色々めちゃくちゃやってんじゃないのか?」
「まぁ基本はそうなんだけどね。国の破壊の点に関しては、それだけじゃ不可解な部分があるんだよ────まぁ、アイツの思考回路がそもそも不可解だけどさ────これは、もう一つの殺人理由が関わるんだよ」

 眉をひそめるレオに、ネネさんは肩をすくめながら答えた。
 その仕草は少しわざとっぽくて、努めて普通に話そうとしている気がする。
 顔色が少し悪くなっているのが気になった。

「クリアは多分、この国を否定したいって中でも、旧体制、つまり前女王を否定したいっていう意思があると思うんだ」
「女王様────私が倒した、あの……」
「そう。この国に悪政を敷き、好き放題に振る舞っていた、スカーレット・ローズ・ハートレス前女王。クリアは、この国の各所で破壊活動をする中で、前女王の名残があるものを特に重点的に破壊している形跡があるんだ」
「……………」

 七年前、私が戦いの末に打ち倒した、あのわがままの限りを尽くしていた女王様。
 確かに彼女は、自分勝手な暴君で、多くの人たちを苦しめていたけれど。
 でも、今も尚その面影を攻撃し続ける必要はどこにあるんだろう。

「そう当たりをつける理由はもう一つ。彼女が殺めている人間にあります」

 読めない思惑に戸惑っていると、シオンさんが言葉を続けた。
 少し表情が引き攣っている。

「クリアが狙って、意図的に殺めている人たちの中で、身体の収集をされていない者たち。その者たちは主に、生前の前女王に近しかった者たちなのです。そしてその中には、私たちの両親もいた」
「お母さんの方は、両手を持ってかれてけどね。でも、私たちの両親は二人とも王族特務だったから……」
「そんな……」

 目を伏せる二人に、私は傷ましさで胸が痛んだ。
 女王様に近しかったから、ただそれだけの理由で殺されてしまっただなんて、あまりにも理不尽だ。
 もちろんどんな理由だって許される者ではないし、身体を奪うって理由もあんまりだけれど。

 なんて声をかけて良いのかわからず、私は口籠ってしまった。
 あの酷い女王様の側にいたからという理由だけで殺されたなんて、辛すぎる。

「あの女王を止められなかったのは罪だと、そう断罪したいのか。はたまたお前たちも同罪だと、そう言いたかったのか。深いところはわかりませんが……それでも前女王に近しい者たちは、被害者の中にとても多い。魔法使いとはいえ戦闘に不慣れな者も多いですから、彼女のようなトリッキーな魔女に強襲されれば、防げなかった者も多いでしょう」

 辛そうに身体を丸めるネネさんの背中を摩りながら、シオンさんはポツリポツリとそう言った。
 女王様はその横暴っぷりからとても嫌われている人ではあったけれど、でもどうしてクリアちゃんがそこまで彼女を恨むんだろう。
 本人だけではなく、周りの人たちにまで手をかけるなんて、よっぽどの執念だ。
 けれど私が知る限りでは、クリアちゃんから女王様の話が出たことはない。

「ここからは、完全に私たちのだけの推測なのですが……」

 シオンさんも顔色は良くないのに、それでも話を続ける。
 自分たちの感傷よりも、情報を詰め、共有することを優先してくれているんだ。
 私たちは、黙って耳を傾ける。

「両親が王族特務であり、前女王と近い者だったからこそ、断片的に得られてた情報があります。それを元に、私たちが探りを入れた結果に出した仮説です。確証と言えるものはありませんが、私たちはこれこそが答えではないかと思っています。それに、アリス様からお伺いしたかつての彼女の様子も、補強材料になりました」

 シオンさんはそう言うと、ゆっくりと深呼吸をした。
 それを口にすることは、開けてはならい箱を開くことだと、そう言うかのように。
 自然と私は居住まいを正して、真っ直ぐに彼女に視線を向けた。

 少しだけ沈黙が流れて、やがて、シオンさんは意を決して口を開いた。

「私たちの読みでは、彼女は恐らく────前女王の娘です」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

妹を見捨てた私 ~魅了の力を持っていた可愛い妹は愛されていたのでしょうか?~

紗綺
ファンタジー
何故妹ばかり愛されるの? その答えは私の10歳の誕生日に判明した。 誕生日パーティで私の婚約者候補の一人が妹に魅了されてしまったことでわかった妹の能力。 『魅了の力』 無自覚のその力で周囲の人間を魅了していた。 お父様お母様が妹を溺愛していたのも魅了の力に一因があったと。 魅了の力を制御できない妹は魔法省の管理下に置かれることが決まり、私は祖母の実家に引き取られることになった。 新しい家族はとても優しく、私は妹と比べられることのない穏やかな日々を得ていた。 ―――妹のことを忘れて。 私が嫁いだ頃、妹の噂が流れてきた。 魅了の力を制御できるようになり、制限つきだが自由を得た。 しかし実家は没落し、頼る者もなく娼婦になったと。 なぜこれまであの子へ連絡ひとつしなかったのかと、後悔と罪悪感が私を襲う。 それでもこの安寧を捨てられない私はただ祈るしかできない。 どうかあの子が救われますようにと。

私の家族はハイスペックです! 落ちこぼれ転生末姫ですが溺愛されつつ世界救っちゃいます!

りーさん
ファンタジー
 ある日、突然生まれ変わっていた。理由はわからないけど、私は末っ子のお姫さまになったらしい。 でも、このお姫さま、なんか放置気味!?と思っていたら、お兄さんやお姉さん、お父さんやお母さんのスペックが高すぎるのが原因みたい。 こうなったら、こうなったでがんばる!放置されてるんなら、なにしてもいいよね! のんびりマイペースをモットーに、私は好きに生きようと思ったんだけど、実は私は、重要な使命で転生していて、それを遂行するために神器までもらってしまいました!でも、私は私で楽しく暮らしたいと思います!

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

転生することになりました。~神様が色々教えてくれます~

柴ちゃん
ファンタジー
突然、神様に転生する?と、聞かれた私が異世界でほのぼのすごす予定だった物語。 想像と、違ったんだけど?神様! 寿命で亡くなった長島深雪は、神様のサーヤにより、異世界に行く事になった。 神様がくれた、フェンリルのスズナとともに、異世界で妖精と契約をしたり、王子に保護されたりしています。そんななか、誘拐されるなどの危険があったりもしますが、大変なことも多いなか学校にも行き始めました❗ もふもふキュートな仲間も増え、毎日楽しく過ごしてます。 とにかくのんびりほのぼのを目指して頑張ります❗ いくぞ、「【【オー❗】】」 誤字脱字がある場合は教えてもらえるとありがたいです。 「~紹介」は、更新中ですので、たまに確認してみてください。 コメントをくれた方にはお返事します。 こんな内容をいれて欲しいなどのコメントでもOKです。 2日に1回更新しています。(予定によって変更あり) 小説家になろうの方にもこの作品を投稿しています。進みはこちらの方がはやめです。 少しでも良いと思ってくださった方、エールよろしくお願いします。_(._.)_

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

悪役令嬢は処刑されました

菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。

白い結婚の王妃は離縁後に愉快そうに笑う。

三月べに
恋愛
 事実ではない噂に惑わされた新国王と、二年だけの白い結婚が決まってしまい、王妃を務めた令嬢。  離縁を署名する神殿にて、別れられた瞬間。 「やったぁー!!!」  儚げな美しき元王妃は、喜びを爆発させて、両手を上げてクルクルと回った。  元夫となった国王と、嘲笑いに来た貴族達は唖然。  耐え忍んできた元王妃は、全てはただの噂だと、ネタバラシをした。  迎えに来たのは、隣国の魔法使い様。小さなダイアモンドが散りばめられた紺色のバラの花束を差し出して、彼は傅く。 (なろうにも、投稿)

処理中です...