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第8章 私の一番大切なもの

38 決して届かない言葉

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「ダメ……ダメだよ。そんなことさせられない、して欲しくないよ、クリアちゃん……!」

 どうしても合致しない目的と意思に、私は声を張り上げた。
 しかしその言葉は全くクリアちゃんに届かなくて、返ってくるのは噛み合わない返答だけ。

「大丈夫よ、安心して。私がちゃんと、万事うまくやってあげるから。何を犠牲にしたって、アリスちゃんのことは私が救ってあげるの。だからあなたは、大船に乗った気になっていればいいわ」
「そんなこと言わないでよ。犠牲なんて、一人だって出したくないの。私は、自分だけが救われたいわけじゃない!」
「でも、私はアリスちゃんさえ救えればそれでいいし……それに、この国なんてなくなっちゃえばいいのにっていうのは、昔から思ってたことだし……一石二鳥で手っ取り早いのよ。だから気にしないで」
「そういうことを言ってるんじゃ……」

 会話が成立しているようで、どうしようもなく噛み合わなくて、頭がごちゃごちゃする。
 根本的な考え方の違いや、価値観の違い、前提条件の違いが、私たちの間に大きな隔たりを作っているように思えた。
 それでも、何がなんでも止めなちゃと食らいつこうとすると、クリアちゃんはカラカラと笑った。

「私ね、アリスちゃんが大好きよ。あなたのこと、とっても大切な友達だと思ってる。だって、あなたはいつだって私の心を救ってくれるから。だからね、私はそんな大切なアリスちゃんのことが救えれば、それ以外はどうでもいいの。むしろ、他のものなんて邪魔じゃない? 特にこの国は、私嫌いだし。だから、別に壊れてしまって構わないでしょ? それで、アリスちゃんが救えるんだもの……!」
「────────!!!」

 その言葉に、私は彼女との決定的な断裂を感じた。
 彼女は私のことを想ってくれているけれど、でもそれはただ彼女が私のことを好いてくれているだけだ。
 彼女が彼女の都合で、ただ私を救いたいだけ。
 そこに私の気持ちは全く考慮されてなくて、だから私の意思も、私が守りたいものも全く関係ないんだ。
 だってクリアちゃんは、私のことを救えればそれで満足なんだから。

 それで世界がどうなろうが、他の人がどうなろうが関係なくて、むしろ余計なものがなくなって助かるくらいで。
 それほどまでに彼女にとって、私以外のものはどうでもよくて仕方がない。
 私の気持ちすら、クリアちゃんにとってはどうでもいいことなのかもしれない。

 私は、ずっとクリアちゃんのことを友達だと思っていた。
 どんなに狂った魔女の噂を聞かされていても、自分が知る、優しい彼女を信じ続けてきた。
 けれど、これこそが彼女本来の在り方だというのなら。
 これ以上、友達だからと足踏みしているわけにはいかないかもしれない。

「────クリアちゃんが、どうしてもジャバウォックを使うって、そう言うんなら……」

 歯を食いしばり、私は覚悟を決めて、その燃え盛る姿を真っ直ぐ見つめた。

「私は力尽くでも止めるよ。相手がクリアちゃんでも、友達でも……それだけは、絶対に許せないから……!」
「そうなの? じゃあ、頑張らないと。アリスちゃんが他のものを切り捨てられないのなら、私がしてあげる。優しいアリスちゃんの代わりに、私が全部壊して、アリスちゃんを楽にしてあげるからね」

 決意の言葉も、やはり届かない。
 敵対するしかないのだと伝えても、それすらもクリアちゃんには意味をなさない。
 やっぱり関係ないんだ。私がどう思っているかなんて、彼女には。
 私がそれを真っ向から反対したって、それは彼女の意思を揺るがすものにはなり得ない。

 躊躇っていたら、全て彼女に呑まれてしまう。
 彼女に対しては、遠慮や気遣いは全く意味をなさない。
 それどころか、そんな二の足を踏んでいたら出遅れてしまって、取り返しがつかなくなってしまう。
 全力で止めにかからないと、一瞬で破滅だ。

「そんなこと、絶対にさせない! あなたのことは絶対に私が止める! クリアちゃん、あなたは一体、今どこにいるの!?」
「うーん、それを教えちゃんと邪魔されちゃいそうだし、内緒ね。それと、もう少しお喋りしていたいところだけれど、そろそろお終いにしないとね。さっき振り払ってきた人たちが集まり出しちゃったし」

 気を急く私とは対照的に、クリアちゃんはマイペースな声を上げる。
 そんな彼女の視線は、先程破壊された壁の外に向けれられていた。
 チラリに背後を振り返ってみれば、広場の向こうから魔女狩りたちが徐々に群がっているのがわかった。
 そんな彼らを見て、クリアちゃんはクスクスと笑う。

、この状態の方が力は出せるから、まだまだ遊んであげてもいいんだけどね。でも、ロード・スクルドは何だか出てきてくれないし、つまんないからそろそろお暇するわ。欲しいものは手に入ったし、それに色々準備しなきゃいけないから」
「逃さないよ! ジャバウォックを使わせるわけにはいかない……!」
「そうは言っても、今の私は本体じゃないし、どの道どうにもできないわよ?」
「ッ…………!」

 分身である今のクリアちゃんを捕らえようとしたところで、本体が別にあってはなんの意味もない。
 彼女がここに自らやってこなかった時点で、既に圧倒的な優位を取られているんだ。
 クリアちゃんがジャバウォックを扱う術を得る前に対処できていれば良かったのだろうけれど。
 でもそれは、誰も予期していなかったのだから言っても仕方のないことだ。

 歯噛みするしかない私を尻目に、クリアちゃんは楽しそうに身を翻し、そして夜子さんに顔を向けた。

「じゃあ、そういうことだから。私をここに呼んでくれてありがとう」
「君の性根がそこまで湾曲しているとはね。君は、何があってもアリスちゃんの味方なんだと思っていたよ」
「もちろん味方よ。だから、何がなんでも助けようとしているんじゃない」

 見誤ったと、悔しそうに歯を食いしばる夜子さん。
 彼女のそんな表情は珍しくて、それほどまでに状況がマズいのだとわかる。
 けれど、今は誰にもどうしようもない。

 対処のしようがない私たちに、クリアちゃんは余裕の笑みを浮かべた。

「それじゃあひとまずさようなら────あ、そうそう、トドメ刺しておかないと可哀想よね」

 クリアちゃんは軽い調子でそう呟くと、指をパチンと弾いてロード・デュークスの方に手を向けた。
 しかしそれと同時にレオが大きく剣を振って、空中で小さな爆発が起き、そしてすぐに掻き消える。

「ナメたまね、してんじゃねぇぞ」
「あら残念。まぁ、どっちにしてももうダメでしょうし」

 クリアちゃんの瞬間的な攻撃をすぐさま防いでみせたレオが、怒りに満ちた視線をぶつける。
 けれどクリアちゃんは全く気にした素振りを見せず、つまらなさそうに溜息をついた。
 しかしそれすらもどうでもいいようで、私の方を見てニッコリと口元を歪ませた。

「楽しみに待っていてね、アリスちゃん。必ず、私があなたを救ってみせるから」

 楽しそうに笑い声をあげながら、クリアちゃんはそう言い残してポンと姿を消した。
 残ったのは、混沌とした最悪の空気だけ。
 私を助けにきたクリアちゃんは、ただ事態を最悪にしただけだった。
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