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第8章 私の一番大切なもの
33 ロードたちの対立
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まるで部屋が浸水してくかのように、窓から流れ込んできた黒猫が室内を埋め尽くしていく。
ただでさえ窓からの光がなくなって暗くなった室内は、漆黒の猫が溢れることで余計に暗闇に満ちた。
私は咄嗟に魔法で視覚の補助をして、暗闇での視界を確保した。
そして同時に、自分とレオとアリア、三人の周りに障壁を張って、濁流の如き黒猫たちから身を守る。
今までのやり取りでショックに打ちのめされていた二人だけれど、急変したこの状況にすぐに我を取り戻して、ソファの背ををぴょんと乗り越え、私のすぐ側に身を寄せてくれた。
応接室に雪崩れ込んできた大量の黒猫。これには見覚えがある。
猫というよりは、暗闇を猫の形に繰り抜いただけのもののような、そんな空虚なもの。
生気を全く感じさせない、影でできた猫を操る人物といえば、思い当たるのは一人だけだ。
「こざかしい……!」
どっぷりと闇の中に沈みゆく室内の中で、ロード・デュークスが荒々しく叫ぶ声が聞こえた。
次の瞬間、彼の周囲に群がっていた猫たちが一斉に押し退けられ、吹き飛んだ。
解放されたロード・デュークスは、その青い顔から少し余裕を損なわせながら、苛立ちから肩を震わせていた。
「なるほど、根回しは既にしてあるということか。王族特務の中でも、わざわざ此奴を……」
憎々しげに悪態をつき、ロード・デュークスは立ち上がった。
自身が腰を下ろしていたソファを魔法で乱雑に後方へと押し除け、その勢いで周囲の黒猫たちをまた吹き飛ばす。
今まで余裕綽々と踏ん反り返っていた面影はなく、苛立ちと怒りに震え立っている。
彼は荒い呼吸のまま、こちらに向けて口を開いた。
「しばらく姿を見せなくなったと思えば、ずいぶんな挨拶だな、ナイトウォーカー」
「久しぶりだね、坊や。年甲斐もなくイライラしててね、これでも大分加減してるんだよ?」
気が付けば私のすぐ後ろ、ソファの背もたれに夜子さんが腰掛けていた。
いつもと変らぬマイペースでルーズな出立ちのまま、こちらに背を向ける形でちょこんと腰を落ち着けている。
そんな夜子さんはゆっくりと体を捻ると、私の肩に腕を置いて前のめりになった。
「君も一流の魔法使い、君主の一人なんだ。別にこのくらい大したことはなかっただろう。そう怒るなって」
いつも通りの飄々とした態度で、夜子さんはカラカラと笑って言う。
その合間に私をチラリと見遣って、唇を薄く釣り上げた。
「テリトリーを土足で荒らされて、苛立ちすら覚えないというのは無理な話だろう。貴様ら、節操というものがないのか」
「言うことは一丁前だなぁ、坊や。ホーリーとも同じようなやり取りをしてそうだけど、私からも言わせてもらおう。君には言われたくない。そっくりそのままお返ししよう」
夜子さん口調は普段の軽い調子と全く変らないのに、そこに含まれている威圧は尋常ではなかった。
にこやかに緩やかに、ふわふわとニヤニヤとしているけれど、どうやら夜子さんは大分怒っているようだった。
そんな彼女の裏側の感情に、対面しているロード・デュークスは歯軋りをした。
「先に手を出してきたのは君だよ? そちらのちょっかいは散々目を瞑ってきてあげたのに、ちょっと反撃したくらいで怒られてちゃあ堪らないなぁ」
「私がいつ、貴様に手を出したというのだ。そもそも貴様は、自らの立場も忘れて長らく姿を消していたではないか」
「何言ってんのさ、自覚がある癖に。君は散々、私たちのものに手を出してきただろう。私たちが様子見をしているのをいいことに、散々好きなようにさ」
ロード・デュークスは意味がわからないと言うふうに顔をしかめ、しかしすぐにハッとした顔になった。
そこには驚愕と同時に、呆れを含んだ笑みが含まれていた。
「そうか、やはり貴様か、ナイトウォーカー。いや、貴様らか。五年前、姫君を封印した上で失踪させたのは、貴様らの仕業だったと」
ロード・デュークスは夜子さんとお母さんを交互に見遣って、クツクツと笑った。
「貴様らがそれぞれ姿を現さなくなったのは、姫君の失踪と時期が近い。そのあからさまなタイミングと、真っ当そうな言い訳で誤魔化していたわけだ。つまり貴様らは、とっくの昔に我ら魔法使いを裏切っていたということか」
「いやまぁ、君がどう思うかは知ったことではないけれど。でも私たちは別に、魔法使いを裏切っちゃいないよ。そもそも魔法使いに特別仲間意識を持っていたわけでもないしさ。それに、裏切り者という表現は、君にこそぴったりじゃないか」
夜子さんは顔だけならば笑っているけれど、瞳は鋭く言葉は刺々しい。
そこにはロード・デュークスに対する明確な怒りが込められていて、それを向けられていない私でさえ、背筋が凍りそうだった。
「私は基本、全てを外野から眺めているつもりだった。けれど君がここまで踏み込んで、剰え禁忌に触れるような行いをしようとしているのであれば、流石に傍観はできない。時は近いんだ。ジャバウォックなんて、許せるか」
「ほう、貴様もそういう口か」
ロード・デュークスは夜子さんの威圧に屈することなく、真正面からその視線を受け止めた。
彼のプライドがそうさせるのか、臆するそぶりなど全くなく、堂々とした佇まいで夜子さんに向かい立つ。
「ホーリーもそうだが、ジャバウォックに対するその反応は、些か異常だな。まるで見てきたかのようだ………………。あれの真価を知っているというのであれば、その後の世界がいかに救われるかも理解できると思うがな」
「馬鹿だなぁ。あれは何も救わないよ。全てを平等に破壊して、何もかも台無しにしてしまうだけさ。それに例えそうではなくても、私たちはあんなもの二度と見たくはないけれどね」
「なるほど。つまり貴様らは、魔法使いでありながら『始まりの魔女』に毒されているということだな。穢らわしい」
「────────!」
ロード・デュークスがそう溜息をついた瞬間、室内で殺気に満ちた魔力が破裂した。
応接室の中で蠢いていた黒猫たちが一斉に彼の元に突撃して、食い付かんばかりに飛びかかった。
瞬きの速さよりも素早い攻撃に、ロード・デュークスは全く反応できないでいた。
「落ち着いてよイヴ。安い挑発よ」
夜子さんの猫の攻撃は、すんでのところで届いてはいなかった。
届いていなかっというよりは、届く前に猫が消えていて、攻撃そのものが到達しなかった。
ロード・デュークスの飛びかかっていた影の猫たちがあったはずのところで、沢山の花びらがハラハラと舞っていた。
どうやらお母さんの魔法が、夜子さんの攻撃を止めたらしい。
何が起きたのかわからない一瞬の中で、ものすごい力が交差したことだけがなんとなく認識できた。
「こんな人でなしでも、今殺してしまうわけにはいかないわ」
「……ごめんホーリー。いつカッとなっちゃってね」
溜息まじりのお母さんと、獰猛な殺気を引っ込めてニヤニヤ顔に戻る夜子さん。
二人のそんな少しの会話の中に、お互いを知り尽くした親愛の情が見て取れた。
二人が親友ということは、どうやら本当のことみたいだ。ということは、やっぱりドルミーレとも……。
切迫した状況の中でも、どうしてもそんなことを考えてしまう。
今はロード・デュークスと、どう決着をつけるかに気を向けなきゃいけないのに。
それでも、こうして飛び込んできたお母さんと夜子さんが、一体どういうつもりで何を考えているのかがとても気になってしまう。
それは、二人が現れてくれたことで少なからず安心してしまっているからなんだろうか。
お母さんも夜子さんも、今や何を考えているのかわからない、味方と言っていいのかわからない人たちだけれど。
それでも、この状況においては私を助けてくれるんじゃないかって、そう思ってしまって。
「失礼、ちょっと大人気なかった────とりあえず、アリスちゃんの身柄は君には渡せないよ。そうすれば『ジャバウォック計画』なんてふざけたものを、そう易々とは起こせないだろう」
気を取り直したようにケロリとした夜子さんが、無傷のロード・デュークスに言った。
ロード・デュークスは、彼は彼で、今自分に攻撃が仕掛けられたことに全くリアクションをとらず、平然と鼻を鳴らした。
「随分と勝手な言い分ではないか。ここまできて、私が貴様らの思い通りになるとでも思っているのか。目的まで、あと一歩なのだ」
「思うね。というかこれ、別に要求とかじゃないから。ただの宣言さ。君に選択の余地はない」
ニンマリと笑う夜子さんに、ロード・デュークスが訝しげに首を捻った、その時。
暗闇に覆われた窓の外、屋外でものすごい爆音が轟いた。
ただでさえ窓からの光がなくなって暗くなった室内は、漆黒の猫が溢れることで余計に暗闇に満ちた。
私は咄嗟に魔法で視覚の補助をして、暗闇での視界を確保した。
そして同時に、自分とレオとアリア、三人の周りに障壁を張って、濁流の如き黒猫たちから身を守る。
今までのやり取りでショックに打ちのめされていた二人だけれど、急変したこの状況にすぐに我を取り戻して、ソファの背ををぴょんと乗り越え、私のすぐ側に身を寄せてくれた。
応接室に雪崩れ込んできた大量の黒猫。これには見覚えがある。
猫というよりは、暗闇を猫の形に繰り抜いただけのもののような、そんな空虚なもの。
生気を全く感じさせない、影でできた猫を操る人物といえば、思い当たるのは一人だけだ。
「こざかしい……!」
どっぷりと闇の中に沈みゆく室内の中で、ロード・デュークスが荒々しく叫ぶ声が聞こえた。
次の瞬間、彼の周囲に群がっていた猫たちが一斉に押し退けられ、吹き飛んだ。
解放されたロード・デュークスは、その青い顔から少し余裕を損なわせながら、苛立ちから肩を震わせていた。
「なるほど、根回しは既にしてあるということか。王族特務の中でも、わざわざ此奴を……」
憎々しげに悪態をつき、ロード・デュークスは立ち上がった。
自身が腰を下ろしていたソファを魔法で乱雑に後方へと押し除け、その勢いで周囲の黒猫たちをまた吹き飛ばす。
今まで余裕綽々と踏ん反り返っていた面影はなく、苛立ちと怒りに震え立っている。
彼は荒い呼吸のまま、こちらに向けて口を開いた。
「しばらく姿を見せなくなったと思えば、ずいぶんな挨拶だな、ナイトウォーカー」
「久しぶりだね、坊や。年甲斐もなくイライラしててね、これでも大分加減してるんだよ?」
気が付けば私のすぐ後ろ、ソファの背もたれに夜子さんが腰掛けていた。
いつもと変らぬマイペースでルーズな出立ちのまま、こちらに背を向ける形でちょこんと腰を落ち着けている。
そんな夜子さんはゆっくりと体を捻ると、私の肩に腕を置いて前のめりになった。
「君も一流の魔法使い、君主の一人なんだ。別にこのくらい大したことはなかっただろう。そう怒るなって」
いつも通りの飄々とした態度で、夜子さんはカラカラと笑って言う。
その合間に私をチラリと見遣って、唇を薄く釣り上げた。
「テリトリーを土足で荒らされて、苛立ちすら覚えないというのは無理な話だろう。貴様ら、節操というものがないのか」
「言うことは一丁前だなぁ、坊や。ホーリーとも同じようなやり取りをしてそうだけど、私からも言わせてもらおう。君には言われたくない。そっくりそのままお返ししよう」
夜子さん口調は普段の軽い調子と全く変らないのに、そこに含まれている威圧は尋常ではなかった。
にこやかに緩やかに、ふわふわとニヤニヤとしているけれど、どうやら夜子さんは大分怒っているようだった。
そんな彼女の裏側の感情に、対面しているロード・デュークスは歯軋りをした。
「先に手を出してきたのは君だよ? そちらのちょっかいは散々目を瞑ってきてあげたのに、ちょっと反撃したくらいで怒られてちゃあ堪らないなぁ」
「私がいつ、貴様に手を出したというのだ。そもそも貴様は、自らの立場も忘れて長らく姿を消していたではないか」
「何言ってんのさ、自覚がある癖に。君は散々、私たちのものに手を出してきただろう。私たちが様子見をしているのをいいことに、散々好きなようにさ」
ロード・デュークスは意味がわからないと言うふうに顔をしかめ、しかしすぐにハッとした顔になった。
そこには驚愕と同時に、呆れを含んだ笑みが含まれていた。
「そうか、やはり貴様か、ナイトウォーカー。いや、貴様らか。五年前、姫君を封印した上で失踪させたのは、貴様らの仕業だったと」
ロード・デュークスは夜子さんとお母さんを交互に見遣って、クツクツと笑った。
「貴様らがそれぞれ姿を現さなくなったのは、姫君の失踪と時期が近い。そのあからさまなタイミングと、真っ当そうな言い訳で誤魔化していたわけだ。つまり貴様らは、とっくの昔に我ら魔法使いを裏切っていたということか」
「いやまぁ、君がどう思うかは知ったことではないけれど。でも私たちは別に、魔法使いを裏切っちゃいないよ。そもそも魔法使いに特別仲間意識を持っていたわけでもないしさ。それに、裏切り者という表現は、君にこそぴったりじゃないか」
夜子さんは顔だけならば笑っているけれど、瞳は鋭く言葉は刺々しい。
そこにはロード・デュークスに対する明確な怒りが込められていて、それを向けられていない私でさえ、背筋が凍りそうだった。
「私は基本、全てを外野から眺めているつもりだった。けれど君がここまで踏み込んで、剰え禁忌に触れるような行いをしようとしているのであれば、流石に傍観はできない。時は近いんだ。ジャバウォックなんて、許せるか」
「ほう、貴様もそういう口か」
ロード・デュークスは夜子さんの威圧に屈することなく、真正面からその視線を受け止めた。
彼のプライドがそうさせるのか、臆するそぶりなど全くなく、堂々とした佇まいで夜子さんに向かい立つ。
「ホーリーもそうだが、ジャバウォックに対するその反応は、些か異常だな。まるで見てきたかのようだ………………。あれの真価を知っているというのであれば、その後の世界がいかに救われるかも理解できると思うがな」
「馬鹿だなぁ。あれは何も救わないよ。全てを平等に破壊して、何もかも台無しにしてしまうだけさ。それに例えそうではなくても、私たちはあんなもの二度と見たくはないけれどね」
「なるほど。つまり貴様らは、魔法使いでありながら『始まりの魔女』に毒されているということだな。穢らわしい」
「────────!」
ロード・デュークスがそう溜息をついた瞬間、室内で殺気に満ちた魔力が破裂した。
応接室の中で蠢いていた黒猫たちが一斉に彼の元に突撃して、食い付かんばかりに飛びかかった。
瞬きの速さよりも素早い攻撃に、ロード・デュークスは全く反応できないでいた。
「落ち着いてよイヴ。安い挑発よ」
夜子さんの猫の攻撃は、すんでのところで届いてはいなかった。
届いていなかっというよりは、届く前に猫が消えていて、攻撃そのものが到達しなかった。
ロード・デュークスの飛びかかっていた影の猫たちがあったはずのところで、沢山の花びらがハラハラと舞っていた。
どうやらお母さんの魔法が、夜子さんの攻撃を止めたらしい。
何が起きたのかわからない一瞬の中で、ものすごい力が交差したことだけがなんとなく認識できた。
「こんな人でなしでも、今殺してしまうわけにはいかないわ」
「……ごめんホーリー。いつカッとなっちゃってね」
溜息まじりのお母さんと、獰猛な殺気を引っ込めてニヤニヤ顔に戻る夜子さん。
二人のそんな少しの会話の中に、お互いを知り尽くした親愛の情が見て取れた。
二人が親友ということは、どうやら本当のことみたいだ。ということは、やっぱりドルミーレとも……。
切迫した状況の中でも、どうしてもそんなことを考えてしまう。
今はロード・デュークスと、どう決着をつけるかに気を向けなきゃいけないのに。
それでも、こうして飛び込んできたお母さんと夜子さんが、一体どういうつもりで何を考えているのかがとても気になってしまう。
それは、二人が現れてくれたことで少なからず安心してしまっているからなんだろうか。
お母さんも夜子さんも、今や何を考えているのかわからない、味方と言っていいのかわからない人たちだけれど。
それでも、この状況においては私を助けてくれるんじゃないかって、そう思ってしまって。
「失礼、ちょっと大人気なかった────とりあえず、アリスちゃんの身柄は君には渡せないよ。そうすれば『ジャバウォック計画』なんてふざけたものを、そう易々とは起こせないだろう」
気を取り直したようにケロリとした夜子さんが、無傷のロード・デュークスに言った。
ロード・デュークスは、彼は彼で、今自分に攻撃が仕掛けられたことに全くリアクションをとらず、平然と鼻を鳴らした。
「随分と勝手な言い分ではないか。ここまできて、私が貴様らの思い通りになるとでも思っているのか。目的まで、あと一歩なのだ」
「思うね。というかこれ、別に要求とかじゃないから。ただの宣言さ。君に選択の余地はない」
ニンマリと笑う夜子さんに、ロード・デュークスが訝しげに首を捻った、その時。
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