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第8章 私の一番大切なもの
5 ロード・デュークスの企み
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「魔法使いの人たちと、ちゃんと話をつけなきゃいけないと思ってる。でもまず、私は友達を助けないといけないの」
シオンさんとネネさんの話では、レオとアリアはロード・デュークスに捕まったということだった。
恐らく私をおびき寄せるための人質だろうから、そう簡単に酷い目に合わされることはないだろうけれど。
でもそうだとしても、まずは二人の安全を確保するのが最優先だ。
「私の親友が、ロード・デュークスに捕まってる。まずは助け出さないと、二人の身の安全もそうだし、魔法使いたちとの話し合いにも不利になると思うんだ」
「なるほど、ロード・デュークスか。アリスちゃんの命を狙っているのも彼だし、どちらにしろ激突は避けられそうにないね」
「可能な限り穏便に済ませたいとは、思ってるんだけどね……」
ロード・デュークスの名前に眉を上げたレイくんは、難しい顔をしながら頷いた。
ワルプルギス同様、私に対して明確な敵ではない魔法使いだけれど、そのスタンスが私と合わない以上、争いになってしまう可能性は大いにある。
魔法使いは基本的には、私をお姫様だと言って仰いでくれるけれど、ロード・デュークスに関しては完全に害意を向けられているし。
「僕としても、ロード・デュークスの企ては無視できない。奴は、ジャバウォックを再現しようとしているかるね」
「それ、クロアさんが言ってたけど、結局なんなの? 何だか、名前を聞いただけで嫌な感じがするんだけど……」
「よくないもの、その権化だよ。僕たち魔女の天敵、その大元たるドルミーレの天敵さ」
言葉の意味は理解できないのに、心がとても嫌悪感を覚える、その『ジャバウォック』という名前。
私が問いかけると、レイくんは表情を強く歪めて、吐き捨てるように言った。
「遙か昔、まだ『始まりの魔女』が生きていた二千年前に、実際に現れた混沌の魔物。あらゆる法則を破壊し、全てを台無しにしてしまう災厄。ドルミーレを否定するために生まれた、彼女に対する抑止の獣だ」
「ドルミーレに対する抑止……だから、ドルミーレの天敵なんだね。ということはつまり、巨大な力を持つドルミーレを打倒する手段になるって、そういうこと?」
「まぁ、そう。ロード・デュークスはそう考えたんだろう。確かに、間違いじゃない」
とても嫌な気分にはなるけれど、実際がわからないからイマイチ実感が湧かない私。
対してレイくんは、唾棄すべきことだと言わんばかりに、引き立った顔をしている。
その張り詰めた声色だけで、その『ジャバウォック』がどれだけ嫌な存在かということが、かなり伝わってきた。
「ジャバウォックの力はドルミーレの魔法の法則を乱し、打ち破ることができる。そしてなにより、ドルミーレを否定するために生まれた奴は、彼女という存在を破壊する概念のようなものだ。ドルミーレの血肉を分けている、僕ら今の魔女や、それそのものである『魔女ウィルス』をも、奴は圧倒的に葬り去るだろうさ」
「そう聞くと、ドルミーレを倒すっていう意味では結構有用な手段な気がするけど……でも、そうじゃないってことだよね?」
「その通り。あれは、そんな単純なものじゃないんだ」
そもそもレイくんをはじめとするワルプルギスは、ドルミーレを信奉し、そしてその復活を望み、魔女の世界を作り上げようとしていた。
だから根本としては、その対極、天敵であるジャバウォックを許容できない、というのが理由だったんだろう。
けれどレイくんの様子から、それ以上のものが窺えた。
私が続きを促すと、私の手を握るレイの手に少し力が入った。
その手の内は、少し汗ばんでいる。
「あれは、世界に存在してはならないものなんだ。ドルミーレを否定するという前提から始まって、奴はこの世の全てを有耶無耶にする。ヒトでは到底理解できない混濁とした性質を持って、あらゆるものを崩壊へ誘なう悍ましさを孕んでる。端的に言うとね、奴が姿を表せば、世界が壊れてしまうんだよ」
「え…………!」
いきなりものすごくスケールの大きなことを言われて、私の頭は全然ついていかなかった。
けれどレイくんの目を見てみれば、決して大袈裟に言っているわけではなさそうで。
それは、事実として噛み締めなければならないのだと理解した。
「この世に存在する、あらゆる生物が嫌悪を感じる醜悪の獣。そして、世界を崩壊へと誘なう混沌と破壊の権化。それがジャバウォックだ。二千年前にドルミーレが打ち破ったことで消え去ったというのに、ロード・デュークスはそれを再現しようとしている。とてもじゃないけれど、容認できないよ」
「じゃ、じゃあ、ロード・デュークスは世界を壊してしまおうとしてるってこと!? 魔女を掃討するとか、そういうことじゃなくて……」
「彼がどこまで考えているのか、残念ながらわからない。ドルミーレの天敵という点にだけ目をつけて、奴の本質を理解していない可能性だってある。でもどちらにしたって、止めなければ大変なことになるんだ」
「そういう、ことだったんだ……」
魔女として、とても受け入れられない存在。そしてそうでなくても、世界を脅かす害悪。それがジャバウォック。
そんなものを、魔法使いのロードである人が生み出そうとしているだなんて。
魔女を根絶やしにしようとしたら、それどころか全てがなくなってしまうということだ。
そんなこと、絶対にさせるわけにはいかない。
「尚更、ロード・デュークスとは早く話をつけないと。私の友達のことも、そのジャバウォックのことも、どっちも好きになんてさせられないよ」
「そうだね。ただ君は、ドルミーレの力である『始まりの力』を持つ君は、ジャバウォックを天敵とするのと同時に、奴の天敵でもある。ロード・デュークスが君を早々に始末しようとしたのは、恐らくそこが原因だと思うよ」
「ジャバウォックは、私に弱いってこと?」
「簡単に言うとね。正反対であるが故に、どちらにとっても相手が天敵なのさ。実際、ドルミーレはジャバウォックに反する力を持って、その混沌を下したんだから」
話しているうちに落ち着きを取り戻したのか、レイくんは普段通りに近いゆったりとした笑みを向けた。
その視線は温かくて柔らかく、どこか誇らしさを抱いている。
「今は君が手にしている『真理の剣』。その真実を内包する力は、ジャバウォックの混沌を斬り払う。全てを台無しにする奴を屠れる可能性があるのは、君のその力だけなのさ」
「だから周りの反対を押し切って、私が魔女になったからとか言って、あの手この手で私を殺そうとしてたんだ。そんな、危ないものの為に……」
命を狙われたことに対する怒りはもちろんだけれど、その為に差し向けられた人たちのことを思うと、とてもやるせない気持ちになった。
彼らはちゃんとわかっていたんだろうか。自分たちが、何のために私を殺そうとしていたのか。
いや、きっとわかっていなかったと思う。だってみんな、主君への忠義や、自分の信念を胸に戦っていたから。
愛する人と自分を救ってくれた人の為に、命令をこなそうとしていたD7。
私とアリアを救うため、私を殺すという選択肢を取らざるを得なかったレオ。
大切な妹を守るため、ロード・ケインに踊らされるしかなかったアゲハさんと、その気持ちに応えようとした千鳥ちゃん。
みんな、そんな悍ましいものの為に戦っていたわけじゃない。
「ただ、君に対してどうしようもない天敵であることも事実だ。ジャバウォックの誕生を阻止し、相対さないことがベストだよ。あれは、目にするべきではない、そういう類の邪悪だからね」
「うん、わかったよ。友達を助けて、ロード・デュークスの計画を止める。そうすれば魔法使いとのゴタゴタは大分落ち着くはずだし、まず目標はそれだね」
レイくんの真剣な眼差しに頷いて、当面の目標を固める。
私の『始まりの力』を利用しようという、魔法使いの根本的な方針に対してもケリをつけなきゃいけないけど。
でもそれは、ロード・デュークスを押さえた後ならば、そこまで難しくない問題に思える。
やっぱり今一番に考えるべきは、実際的な害意を向けてくる、彼のことだ。
意識しなければいけない問題が見えてきたことで、私の意思はハッキリと固まってきた。
私の大切な友達も、みんなが住む世界も、何一つ、誰にも傷付けさせたりなんてしない。
シオンさんとネネさんの話では、レオとアリアはロード・デュークスに捕まったということだった。
恐らく私をおびき寄せるための人質だろうから、そう簡単に酷い目に合わされることはないだろうけれど。
でもそうだとしても、まずは二人の安全を確保するのが最優先だ。
「私の親友が、ロード・デュークスに捕まってる。まずは助け出さないと、二人の身の安全もそうだし、魔法使いたちとの話し合いにも不利になると思うんだ」
「なるほど、ロード・デュークスか。アリスちゃんの命を狙っているのも彼だし、どちらにしろ激突は避けられそうにないね」
「可能な限り穏便に済ませたいとは、思ってるんだけどね……」
ロード・デュークスの名前に眉を上げたレイくんは、難しい顔をしながら頷いた。
ワルプルギス同様、私に対して明確な敵ではない魔法使いだけれど、そのスタンスが私と合わない以上、争いになってしまう可能性は大いにある。
魔法使いは基本的には、私をお姫様だと言って仰いでくれるけれど、ロード・デュークスに関しては完全に害意を向けられているし。
「僕としても、ロード・デュークスの企ては無視できない。奴は、ジャバウォックを再現しようとしているかるね」
「それ、クロアさんが言ってたけど、結局なんなの? 何だか、名前を聞いただけで嫌な感じがするんだけど……」
「よくないもの、その権化だよ。僕たち魔女の天敵、その大元たるドルミーレの天敵さ」
言葉の意味は理解できないのに、心がとても嫌悪感を覚える、その『ジャバウォック』という名前。
私が問いかけると、レイくんは表情を強く歪めて、吐き捨てるように言った。
「遙か昔、まだ『始まりの魔女』が生きていた二千年前に、実際に現れた混沌の魔物。あらゆる法則を破壊し、全てを台無しにしてしまう災厄。ドルミーレを否定するために生まれた、彼女に対する抑止の獣だ」
「ドルミーレに対する抑止……だから、ドルミーレの天敵なんだね。ということはつまり、巨大な力を持つドルミーレを打倒する手段になるって、そういうこと?」
「まぁ、そう。ロード・デュークスはそう考えたんだろう。確かに、間違いじゃない」
とても嫌な気分にはなるけれど、実際がわからないからイマイチ実感が湧かない私。
対してレイくんは、唾棄すべきことだと言わんばかりに、引き立った顔をしている。
その張り詰めた声色だけで、その『ジャバウォック』がどれだけ嫌な存在かということが、かなり伝わってきた。
「ジャバウォックの力はドルミーレの魔法の法則を乱し、打ち破ることができる。そしてなにより、ドルミーレを否定するために生まれた奴は、彼女という存在を破壊する概念のようなものだ。ドルミーレの血肉を分けている、僕ら今の魔女や、それそのものである『魔女ウィルス』をも、奴は圧倒的に葬り去るだろうさ」
「そう聞くと、ドルミーレを倒すっていう意味では結構有用な手段な気がするけど……でも、そうじゃないってことだよね?」
「その通り。あれは、そんな単純なものじゃないんだ」
そもそもレイくんをはじめとするワルプルギスは、ドルミーレを信奉し、そしてその復活を望み、魔女の世界を作り上げようとしていた。
だから根本としては、その対極、天敵であるジャバウォックを許容できない、というのが理由だったんだろう。
けれどレイくんの様子から、それ以上のものが窺えた。
私が続きを促すと、私の手を握るレイの手に少し力が入った。
その手の内は、少し汗ばんでいる。
「あれは、世界に存在してはならないものなんだ。ドルミーレを否定するという前提から始まって、奴はこの世の全てを有耶無耶にする。ヒトでは到底理解できない混濁とした性質を持って、あらゆるものを崩壊へ誘なう悍ましさを孕んでる。端的に言うとね、奴が姿を表せば、世界が壊れてしまうんだよ」
「え…………!」
いきなりものすごくスケールの大きなことを言われて、私の頭は全然ついていかなかった。
けれどレイくんの目を見てみれば、決して大袈裟に言っているわけではなさそうで。
それは、事実として噛み締めなければならないのだと理解した。
「この世に存在する、あらゆる生物が嫌悪を感じる醜悪の獣。そして、世界を崩壊へと誘なう混沌と破壊の権化。それがジャバウォックだ。二千年前にドルミーレが打ち破ったことで消え去ったというのに、ロード・デュークスはそれを再現しようとしている。とてもじゃないけれど、容認できないよ」
「じゃ、じゃあ、ロード・デュークスは世界を壊してしまおうとしてるってこと!? 魔女を掃討するとか、そういうことじゃなくて……」
「彼がどこまで考えているのか、残念ながらわからない。ドルミーレの天敵という点にだけ目をつけて、奴の本質を理解していない可能性だってある。でもどちらにしたって、止めなければ大変なことになるんだ」
「そういう、ことだったんだ……」
魔女として、とても受け入れられない存在。そしてそうでなくても、世界を脅かす害悪。それがジャバウォック。
そんなものを、魔法使いのロードである人が生み出そうとしているだなんて。
魔女を根絶やしにしようとしたら、それどころか全てがなくなってしまうということだ。
そんなこと、絶対にさせるわけにはいかない。
「尚更、ロード・デュークスとは早く話をつけないと。私の友達のことも、そのジャバウォックのことも、どっちも好きになんてさせられないよ」
「そうだね。ただ君は、ドルミーレの力である『始まりの力』を持つ君は、ジャバウォックを天敵とするのと同時に、奴の天敵でもある。ロード・デュークスが君を早々に始末しようとしたのは、恐らくそこが原因だと思うよ」
「ジャバウォックは、私に弱いってこと?」
「簡単に言うとね。正反対であるが故に、どちらにとっても相手が天敵なのさ。実際、ドルミーレはジャバウォックに反する力を持って、その混沌を下したんだから」
話しているうちに落ち着きを取り戻したのか、レイくんは普段通りに近いゆったりとした笑みを向けた。
その視線は温かくて柔らかく、どこか誇らしさを抱いている。
「今は君が手にしている『真理の剣』。その真実を内包する力は、ジャバウォックの混沌を斬り払う。全てを台無しにする奴を屠れる可能性があるのは、君のその力だけなのさ」
「だから周りの反対を押し切って、私が魔女になったからとか言って、あの手この手で私を殺そうとしてたんだ。そんな、危ないものの為に……」
命を狙われたことに対する怒りはもちろんだけれど、その為に差し向けられた人たちのことを思うと、とてもやるせない気持ちになった。
彼らはちゃんとわかっていたんだろうか。自分たちが、何のために私を殺そうとしていたのか。
いや、きっとわかっていなかったと思う。だってみんな、主君への忠義や、自分の信念を胸に戦っていたから。
愛する人と自分を救ってくれた人の為に、命令をこなそうとしていたD7。
私とアリアを救うため、私を殺すという選択肢を取らざるを得なかったレオ。
大切な妹を守るため、ロード・ケインに踊らされるしかなかったアゲハさんと、その気持ちに応えようとした千鳥ちゃん。
みんな、そんな悍ましいものの為に戦っていたわけじゃない。
「ただ、君に対してどうしようもない天敵であることも事実だ。ジャバウォックの誕生を阻止し、相対さないことがベストだよ。あれは、目にするべきではない、そういう類の邪悪だからね」
「うん、わかったよ。友達を助けて、ロード・デュークスの計画を止める。そうすれば魔法使いとのゴタゴタは大分落ち着くはずだし、まず目標はそれだね」
レイくんの真剣な眼差しに頷いて、当面の目標を固める。
私の『始まりの力』を利用しようという、魔法使いの根本的な方針に対してもケリをつけなきゃいけないけど。
でもそれは、ロード・デュークスを押さえた後ならば、そこまで難しくない問題に思える。
やっぱり今一番に考えるべきは、実際的な害意を向けてくる、彼のことだ。
意識しなければいけない問題が見えてきたことで、私の意思はハッキリと固まってきた。
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