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第8章 私の一番大切なもの
4 これからすべきこと
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「なんだ、先客がいたのか」
氷室さんと身を寄せ合って、何とか気持ちを切り替えた時。
ノックもそこそこに部屋の扉が開いて、レイくんがするりと中に入ってきた。
もうすっかり普段通りに戻ったその姿は、私がよく知る黒尽くめのスタイリッシュなもの。
昨日の一悶着を感じさせない、通常運転の爽やかな笑みを浮かべて、相変わらず見た目の良い顔をキラキラとさせている。
「お姫様を優しく起こしてあげようと思っていたのに、先を越されるとは不覚だよ」
溜息をつきながら肩を竦めるレイくん。
その声色は冗談ぽいのだけど、氷室さんに向けられる視線は少しだけ非難がましいような気もした。
けれどそんなレイくんの言葉も視線を、氷室さんは意に介さなかったから、結果として空気はさほど損なわれなかった。
「おはよう、レイくん。ごめん、私ゆっくり休み過ぎてたかな?」
「おはよう、アリスちゃん。全然そんなことはないから気にしなくて良いよ。単に僕が、君の寝顔を見たかっただけなのさ」
全く引け目を感じさせないいつも通りのレイくんに、どうもリアクションに困ってしまう。
レイくんからの烈々な気持ちを断った後ろめたさを感じる、というよりは、そのめげなさに圧倒される。
まぁ、それだけ私に対して真剣になってくれているって、そういうことなんだろうけれど。
苦笑い一歩手前の笑顔を作って、レイくんも来たことだしと、氷室さんにもたれかかっていた体を起こす。
でも氷室さんは、自分の体に巻きついている私の手を、握ったまま決して放してくれなくて。
強引に引き剥がすわけにもいかず、私は氷室さんに後ろから抱きついているポーズを解くことができなくなってしまった。
嫌ではないのだけれど、でもどうしたんだろう。
その顔に視線を向けてみても、氷室さんはこっちから顔を逸らして前を向いてしまって、様子を窺うこともできない。
仕方なし、直接質問を投げかけようとした時、レイくんがベッドの端にストンと腰を下ろした。
「アリスちゃんとの仲睦まじい様子を僕に見せつけようだなんて、君は結構意地悪なんだね。そっちがそう来るのなら、僕ももう少しアプローチを過激にせざるを得ないなぁ」
「………………」
氷室さんから少し距離を置いて、並んで座ったレイくん。
その目は、黒髪に遮られた氷室さんの顔を真っ直ぐ見つめていて、柔らかな笑みの奥に妙な鋭さがあった。
対する氷室さんは、無視を決め込むように沈黙を保ちながら、けれど体がピクリと揺れたのが、身を寄せている私にはわかった。
「穏便にいこうよ。僕らはお互いアリスちゃんの友達だ。独り占めはよくないよ。僕は確かにアリスちゃんに振られたけれど、でも別に諦めたわけじゃない。それに魔法や力を使わなくたって、一晩の夢を見させることくらい、僕にはできる自信があるよ?」
「………………」
飽くまで穏やかに語りかけるレイくんだけれど、そこには含みがてんこ盛りだ。
一晩の夢って……それが意味するところは、あんまり考えない方がいい気がした。
その言葉に、沈黙は変わらず、しかし氷室さんがまとう空気が変わったのを感じた。
垂れた黒髪で表情はわからないけれど、その奥では鋭い目をしていてもおかしくはない。そんな顔、想像できないけど。
物理的に空気が凍りついたような、そんな冷たさと静かさが部屋を満たす。
話題の中心である私は何も言葉を発することができず、二人の様子を見ることしかできなくて。
でも何だか氷室さんがかわいそうで、私はレイくんにバレないように、そっと彼女の手を握り返した。
すると私の気持ちが伝わったのか、張り詰めていた氷室さんの空気が、緩やかに萎んでいった。
「…………」
何も言葉を発さず、氷室さんは私の手を放した。
それによって私はようやく氷室さんの背中から自由を得て、体を引き剥がすことができた。
その細やかな抵抗を可愛らしく思いつつ、私は体を離して氷室さんとレイくんの間に滑り込んで、ベッド端に腰掛ける。
レイくんが透かさず私の太腿に手を置こうとしてきたから、やんわりと牽制して自分の脚の上に置かせた。
「さてと」
何だか微妙な空気になってしまったのを切り替えるべく、私は声を上げた。
二人のことは好きだけれど、今のこの雰囲気はとても居心地がいいとは言えない。
けれど逃げ出すわけにもいかないし、話さなければいけないことも盛り沢山。
無理矢理にでも切り替えないと、進むものも進まない。
「そういえば、レイくん。魔女の人たちの様子はどう?」
少し話題に悩んでから、一番手近な疑問を問いかける。
レイくんは少しだけ不満そうにしながらも、にこやかに頷いた。
「みんな別室でゆっくりとしているよ。ホワイトがいなくなって茫然自失としている子もいるけれど。でも概ね、みんな安息を得られて落ち着いてる」
「そっか。ならとりあえずよかった」
ワルプルギスの中には、進んで戦いをしていた人もいれば、言われるがままにただ投入されていた人もいる。
リーダーがいなくなった今、その辺りがまとまるか不安だったんだけれど。
でもみんなここでゆっくりできているのなら、とりあえずは一安心だ。
「元々過激派だった子は、不満そうにしてたりもするけれど。でもここに君がいることで、彼女たちも大分気性を押さえているよ」
「お姫様の私が、魔女の味方をしているから?」
「ああ。君としては一方の味方のつもりはないだろうけれど、それでも君に守られているという意識は、彼女たちにとっては大きい。しばらくは勝手な動きはしたりしないだろうさ」
正直私は、彼女たちに何もできていないと思うけれど。
でも、私という存在が少しでも安らぎになるのであれば、その事実は私にとっても少しの救いになる。
彼女たちが苦しんでいる根本的な原因は、私の中にあるから。
「まぁ、ここの魔女たちのことは心配いらないよ。僕も目を向けているし、それに信頼できる一部の子たちに取りまとめを頼んでる。だから君は、これからの自分の進み方を考えればいい」
「うん、そうだね」
再び手を持ち上げたレイくんは、今度は私の手の上にそれを重ねてきた。
それはとても純粋な気持ちによるものだったから、今回は振り払うことはできなくて。
それをそのまま受け入れていると、反対の手を氷室さんが握った。
「これからどうするのか、決めてるかい? 僕はどんなことでも協力するよ。場合によっては、ワルプルギス総出でね」
これからどうするのか。
前に進むと決めたのだから、次に目を向けないといけない。
ワルプルギスと決着をつけた今、私がやらなければならないこと。
それは、私を狙ってくる魔法使いとの問題の解決だ。
でも、それよりも前にまず私は、レオとアリアを助けなきゃいけない。
氷室さんと身を寄せ合って、何とか気持ちを切り替えた時。
ノックもそこそこに部屋の扉が開いて、レイくんがするりと中に入ってきた。
もうすっかり普段通りに戻ったその姿は、私がよく知る黒尽くめのスタイリッシュなもの。
昨日の一悶着を感じさせない、通常運転の爽やかな笑みを浮かべて、相変わらず見た目の良い顔をキラキラとさせている。
「お姫様を優しく起こしてあげようと思っていたのに、先を越されるとは不覚だよ」
溜息をつきながら肩を竦めるレイくん。
その声色は冗談ぽいのだけど、氷室さんに向けられる視線は少しだけ非難がましいような気もした。
けれどそんなレイくんの言葉も視線を、氷室さんは意に介さなかったから、結果として空気はさほど損なわれなかった。
「おはよう、レイくん。ごめん、私ゆっくり休み過ぎてたかな?」
「おはよう、アリスちゃん。全然そんなことはないから気にしなくて良いよ。単に僕が、君の寝顔を見たかっただけなのさ」
全く引け目を感じさせないいつも通りのレイくんに、どうもリアクションに困ってしまう。
レイくんからの烈々な気持ちを断った後ろめたさを感じる、というよりは、そのめげなさに圧倒される。
まぁ、それだけ私に対して真剣になってくれているって、そういうことなんだろうけれど。
苦笑い一歩手前の笑顔を作って、レイくんも来たことだしと、氷室さんにもたれかかっていた体を起こす。
でも氷室さんは、自分の体に巻きついている私の手を、握ったまま決して放してくれなくて。
強引に引き剥がすわけにもいかず、私は氷室さんに後ろから抱きついているポーズを解くことができなくなってしまった。
嫌ではないのだけれど、でもどうしたんだろう。
その顔に視線を向けてみても、氷室さんはこっちから顔を逸らして前を向いてしまって、様子を窺うこともできない。
仕方なし、直接質問を投げかけようとした時、レイくんがベッドの端にストンと腰を下ろした。
「アリスちゃんとの仲睦まじい様子を僕に見せつけようだなんて、君は結構意地悪なんだね。そっちがそう来るのなら、僕ももう少しアプローチを過激にせざるを得ないなぁ」
「………………」
氷室さんから少し距離を置いて、並んで座ったレイくん。
その目は、黒髪に遮られた氷室さんの顔を真っ直ぐ見つめていて、柔らかな笑みの奥に妙な鋭さがあった。
対する氷室さんは、無視を決め込むように沈黙を保ちながら、けれど体がピクリと揺れたのが、身を寄せている私にはわかった。
「穏便にいこうよ。僕らはお互いアリスちゃんの友達だ。独り占めはよくないよ。僕は確かにアリスちゃんに振られたけれど、でも別に諦めたわけじゃない。それに魔法や力を使わなくたって、一晩の夢を見させることくらい、僕にはできる自信があるよ?」
「………………」
飽くまで穏やかに語りかけるレイくんだけれど、そこには含みがてんこ盛りだ。
一晩の夢って……それが意味するところは、あんまり考えない方がいい気がした。
その言葉に、沈黙は変わらず、しかし氷室さんがまとう空気が変わったのを感じた。
垂れた黒髪で表情はわからないけれど、その奥では鋭い目をしていてもおかしくはない。そんな顔、想像できないけど。
物理的に空気が凍りついたような、そんな冷たさと静かさが部屋を満たす。
話題の中心である私は何も言葉を発することができず、二人の様子を見ることしかできなくて。
でも何だか氷室さんがかわいそうで、私はレイくんにバレないように、そっと彼女の手を握り返した。
すると私の気持ちが伝わったのか、張り詰めていた氷室さんの空気が、緩やかに萎んでいった。
「…………」
何も言葉を発さず、氷室さんは私の手を放した。
それによって私はようやく氷室さんの背中から自由を得て、体を引き剥がすことができた。
その細やかな抵抗を可愛らしく思いつつ、私は体を離して氷室さんとレイくんの間に滑り込んで、ベッド端に腰掛ける。
レイくんが透かさず私の太腿に手を置こうとしてきたから、やんわりと牽制して自分の脚の上に置かせた。
「さてと」
何だか微妙な空気になってしまったのを切り替えるべく、私は声を上げた。
二人のことは好きだけれど、今のこの雰囲気はとても居心地がいいとは言えない。
けれど逃げ出すわけにもいかないし、話さなければいけないことも盛り沢山。
無理矢理にでも切り替えないと、進むものも進まない。
「そういえば、レイくん。魔女の人たちの様子はどう?」
少し話題に悩んでから、一番手近な疑問を問いかける。
レイくんは少しだけ不満そうにしながらも、にこやかに頷いた。
「みんな別室でゆっくりとしているよ。ホワイトがいなくなって茫然自失としている子もいるけれど。でも概ね、みんな安息を得られて落ち着いてる」
「そっか。ならとりあえずよかった」
ワルプルギスの中には、進んで戦いをしていた人もいれば、言われるがままにただ投入されていた人もいる。
リーダーがいなくなった今、その辺りがまとまるか不安だったんだけれど。
でもみんなここでゆっくりできているのなら、とりあえずは一安心だ。
「元々過激派だった子は、不満そうにしてたりもするけれど。でもここに君がいることで、彼女たちも大分気性を押さえているよ」
「お姫様の私が、魔女の味方をしているから?」
「ああ。君としては一方の味方のつもりはないだろうけれど、それでも君に守られているという意識は、彼女たちにとっては大きい。しばらくは勝手な動きはしたりしないだろうさ」
正直私は、彼女たちに何もできていないと思うけれど。
でも、私という存在が少しでも安らぎになるのであれば、その事実は私にとっても少しの救いになる。
彼女たちが苦しんでいる根本的な原因は、私の中にあるから。
「まぁ、ここの魔女たちのことは心配いらないよ。僕も目を向けているし、それに信頼できる一部の子たちに取りまとめを頼んでる。だから君は、これからの自分の進み方を考えればいい」
「うん、そうだね」
再び手を持ち上げたレイくんは、今度は私の手の上にそれを重ねてきた。
それはとても純粋な気持ちによるものだったから、今回は振り払うことはできなくて。
それをそのまま受け入れていると、反対の手を氷室さんが握った。
「これからどうするのか、決めてるかい? 僕はどんなことでも協力するよ。場合によっては、ワルプルギス総出でね」
これからどうするのか。
前に進むと決めたのだから、次に目を向けないといけない。
ワルプルギスと決着をつけた今、私がやらなければならないこと。
それは、私を狙ってくる魔法使いとの問題の解決だ。
でも、それよりも前にまず私は、レオとアリアを助けなきゃいけない。
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