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第0章 Dormire

110 Dormire

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 私という存在が生まれた意味を考える。
 深い深い眠りの中、終わりのない、定めていない夢の中。
 私はどうして、私という個として誕生したのかを。

 世界から、ヒトとの橋渡しの役目を与えられた。
 ヒトビトを眠りへと誘なって、夢を通じて深い神秘と交わらせる為に。
 特にそれは、神秘を手にすることができていなかった人間を、次に歩ませる意味合いを含んでいた。

 いつだか、誰かが私にそんな勝手なことを言った。
 その時はそれに対して特に思うところはなく、漠然と納得したけれど。
 今思えば、人を馬鹿にするのも大概にしろ、と思う。

 そんな大層な役割を私に課したくせに、どうしてその世界そのものが私を排除にしにかかるのかと。
 私がその役割に反したからだろうという話だったけれど、それはあまりにも身勝手だ。
 私に一人のヒトとしての形を与え、そして自由意志を持たせたのだから、私が何をどうしようと勝手だろうに。

 それなのに世界は、自らの都合だけで私の扱いを決めて、最悪の形で牙を剥いてきた。
 私にとって一番おぞましく思えるものに、私の全てと世界自身を破壊させようとして。
 私はただ、一人のヒトして幸せに生きたかっただけなのに、世界はそれすらも許してはくれなかった。

 神秘に通ずるヒトビトは、世界からいずるこの強大な力を、大層褒め称えて喜んでいたけれど。
 私からしてみればこんな力、それこそ呪い以外の何物でもない。
 望んでもいないのに押し付けられて、それ故に興味のないことを強要されて。そして従わなければ恨まれる。
 そんなもの、誰が持っていたいと思うのか。

 私は別に、特別な力なんていらない。大層な役割もいらない。
 神秘の片鱗すら持たないちっぽけなヒトだとしても、大切な人たちと穏やかに暮らせれば、それで満足だと思っていたのに。
 それでも私という存在からは、この力は切っても切れなくて。
 こうして肉体は朽ち果て、心は眠りに落ちていようとも、私という存在にこの力は紐付いている。

 でももう、どうでもいい。あんな身勝手で穢れた世界、どうとでもなってしまえばいいんだ。
 誰も彼も自己中心的で、浅慮で愚かな、あんな醜い世界なんて。
 私が信じていた繋がりなどどこにもなく、友情も愛情も、まやかしに過ぎない偽物。
 誰も信じられるヒトはいない、煩雑の中の孤独。笑い話にもならない。

 世界なんて壊れてしまえばいい。そこに生きるヒトビトも。
 私の呪いに犯されて、私と同じように無辜むこの苦しみを味わえばいい。
 私を否定し嘲笑ったものたちが、私と同じ末路を辿っていく様は、さぞかし滑稽だろう。

 それで、もういい。あとはもういい。
 私はもう、何かに関わるのは疲れてしまった。
 こうしてひっそり穏やかに、誰にも邪魔されない世界の裏側で、静かな眠りについていたい。
 希望を抱くことなく、そして絶望を味わうことなく、あらゆる感情を封殺して、ただ微睡だけを感じ続ける。

 世界とかいう人智を超えた大いなる存在や、神秘という超常の力と現象。そしてそれらを取り巻く数多の思惑。
 もうそんなものはうんざりで、二度と関わりに合いになんてなりたくない。
 ヒトはどうしてわざわざ、自ら分不相応なものに手を伸ばして、そして自ら破滅に向かっていくのか。
 そんなものなくなって、むしろない方が、ヒトはヒトらしくまともに生きていけるんじゃないんだろうか。

 まぁ、そんなこともまた、もうどうでもいいのだけれど。

 それでも、悠久の眠りの中でふと思ってしまう。
 もしそんな、ヒトが超常とは無縁の世界があったのならば、と。
 もしそんな世界があれば、私もまた、なんの変哲もない普通の女として、普通の日々を送ることができたのではないのかと。
 世界も、そこに住まう多くのヒトビトも関係ない。ただ手の届く範囲のヒトたちと過ごす、穏やかな日々を。

 くだらないと思いつつ、眠りの中だと夢を描くのをついついやめられない。
 そんなもしもを夢想して、ありえない空想を走らせてしまう。

 ただ、そうやって妄想に耽っていると、ふと我に返った時に虚しくなる。
 私を決して受け入れなかった世界と、私を拒絶したヒトビトのことを思い出して。
 そうして必ず私は、決まって同じ顔を思い浮かべてしまうんだ。

 愛なんて幻想に過ぎず、本来は存在しないもの。
 もう嫌というほど理解しているのに、それを再認識する度に虚しさが心を満たす。
 でもそれを繰り返していくうちに、段々と私の感情も鈍くなっていって。
 いつしか私は、ヒトを愛していた感情そのものに蓋をできるようになっていった。
 かつての日々を忘れることはできなくても、その時抱いていた気持ちを、覆い隠すことくらいは。

 そうして私は、彼に対する想いを深い闇の中に葬った。

 しかしそれでも、何故かどうしても捨てきれないもの。
 それが、ホーリーとイヴニングに対する想いだった。
 彼女たちとのことだって同じはずなのに、あの時二人が見せた顔が、どうしても消えなくて。

 友情だって、あらゆる絆と同じく脆いものなのに。
 彼女たちだって私のことを裏切ったことには変わらないのに。
 それでも、あの時気の迷いのように感じた最後の希望が、心のとても奥底で燻っていて。
 二人のことだけはどうしても、この心から追い出すことができなかった。

 またいつか、三人で共に過ごせる日が来るのだろうか、なんて。
 そんな夢にもならない、妄想ですらないことを、本当にたまに思ってしまったり……。

 ただ、今更私が何を考えて何を感じようとも、私がこの世界から消えたことには変わらない。
 自らの力である真理の刃を受けて、私は絶命したのだ。
 こうして心だけは保って、眠りにつくことで私という存在の消滅は避けているけれど。
 でもただそれだけ。一人で深い闇の中で眠る私は、もういないようなものだ。きっともう、誰も私を覚えてはいない。

 でもそれでいい。それがいい。
 私はあの世界に未練なんてないし、心残りだってない。
 私がもし何かを望むことがあるとすれば、それは。
 それは、夢の中でそれをそうと知らず、甘やかな時を過ごすこと、だろうか。

 私ではない私になって、何にも縛られない普通の人になって。
 そして何の変哲もない、普通の生活を歩むことができたのなら。
 誰も私を知らず、奇異の眼差しで見ることなく、もちろん私も何も特別ではなくて。
 そんな、今の私とはかけ離れた日々を、過ごすことができたのなら……。

 本当にただの夢のような、そんなくだらない妄想。
 それでも万が一、そんな日々を過ごすことができるのなら。
 その私ではない私なら、真に人と心を結ぶことができるかもしれない。
 夢のような出来事なのだから、それくらいのことを思い描いたって構わないだろう。

 決してあり得るはずのない、夢物語。
 少なくとも、私の知る世界では絶対にそうならないだろうと思える、ただの理想。いや、妄想。
 そんなものくだらないと、ありはしないものだと思うからこそ、夢に中には描いてしまう。
 現実には、決して存在しないものから。

 そんなことを思いながら、私は長い長い時を眠り続けた。
 世界とヒトビトを眠りへと誘なうのが役割だった私。
 そんな私はその全てを無視して、一人で眠り続ける。
ドルミーレ眠り』という名に相応しい最期だ。

 誰にも邪魔されることなく、私は夢を描き続ける。
 現実に蓋をして、深い深い眠りのその先で、ありもしない幻想を。

 でもたまに、ほんの少しだけ、私を親友と呼んだ二人の女のことを、思い出したりもしながら。



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