上 下
806 / 984
第0章 Dormire

89 真理

しおりを挟む
 今まで必要がなかったから使わなかった力の大部分を、全て惜しむことなく解放する。
 すると体の内側、心の内側から、底知れない力が際限なく溢れ出てきた。
 とても私個人の存在では抱えきれないような、個を飛び越えた大きな力だ。

 それを感じた瞬間、初めて私は、この力が世界から湧き出るものだということを実感した。
 今までは漠然とした認識だったけれど、今ならハッキリとわかる。
 これは紛れもなく、世界という大いなるものから流れ込んでくる、ヒトの枠を超えた無限にも思える力だ。

 大きすぎる力は私の体から勢いよく吹き出し、響き渡る波動となって周囲に渦巻いた。
 強大な力を現したからか、自らの装いを制限していることがやけに息苦しく感じて、私は流れる力に任せて姿を慣れたものに直した。
 編み込んでいた髪は勢いよく解けて舞い、無垢なドレスは着慣れた簡素な黒のものに戻る。
 たったそれだけでも、そんな私らしい装いを取り戻したことで解放感が増した。

 際限なく湧き上がる力を全身に浸透させ、力の根源にある真理に手を伸ばす。
 この力の源である、世界の奥深くにある深層の真実。
 力を通じて世界と繋がった感覚で、私はその真理の概念に手を伸ばした。

「ッ────────────」

 その瞬間、『白』が私の頭を埋め尽くした。
 穢れ一つない、何にも犯されていない究極の無垢。
 揺れることなく揺らぐことなく、絶対的な芯を持つ圧倒的真実。
 その概念があらゆるものを吹き飛ばし、私に侵食してきたのだ。

 これが真理。いや、真理とはなんだろう。
 世界の真実だというけれど、正直私にはそんなものはわからない。
 真理に触れたことで、私は真理を理解しきれないことを理解した。

 世界というものは、その真相というものは、恐らくヒトの身で把握できるものではない。
 それを理解しようとするのならば、それ相応の存在への昇華が必要だ。
 だから飽くまでヒトである私には、この真理をものにすることは恐らくできない。

 けれど、この力が世界から流れてくるものであり、こうやって手を伸ばせるほどに繋がっているのであれば。
 全く扱えないというわけではなく、何かしらの関わり方があるはずだ。
 ヒトの枠を超えられない今の私でも、真理の力を得る方法が何か────。

「ドルミーレ! ねぇ、ドルミーレ……!!!」

 大きな力の奔流を受け止め、そして果てしない真理に晒されるていた時、声が聞こえた。
 真っ白になった頭の中で、真理以外のものが吹き飛んでしまいそうになる中で、私の名前を呼ぶ声が。

「しっかりするんだ、ドルミーレ! 力に飲まれちゃいけない!」

 それは、ホーリーとイヴの声。
 私から吹き出る大きすぎる力と、その真理に圧倒されている私の様に驚いたのだろう。
 その声は酷く切迫していて、何より私を案じていた。

「ドルミーレ……ドルミーレ……!!!」

 そして、ファウストの声が聞こえた。
 必死に、切実に、ひたすらに私を呼ぶ声が。
 その瞬間、ようやく私に現実が帰ってきた。
 真理に手を伸ばしたことで真っ白に覆われた意識が、一気に目の前のものを取り戻す。

「ホーリー……イヴ…………ファウスト────」

 振り返ってみれば、三人が真っ青な顔で私を見ている。
 その張り詰めた顔を見れば、私が如何に我を失って力に飲み込まれていたのか、それがよくわかった。

 このままではダメだ。真理に手を伸ばしても、それに塗り潰されているようではダメだ。
 私には真理を理解することはできないのだから、それを十全に扱うことなんて到底無理な話なんだ。
 欲をかいて手を伸ばせば、きっと私は大切なものを失ってしまう。

「ドルミーレ、貴女の力は強大だけれど、そればかりに頼ってはいけない。力に身を任せて我を失う貴女を、私は見たくない」
「ファウスト……」

 心配そうな顔で、ファウストは優しく、しかし力強くそう言った。
 大きな力を渦巻かせる私に驚きながら、それでも私から決して目を逸らさずに。

「魔法は、貴女の武器だ。しっかりと握りしめ、意思を持って振るわなければ。この剣のように」

 ファウストはそう言って、自らが握っていた剣を私にそっと握らせた。
 武芸を得意としない彼の剣は、実用的なものというよりは、装飾物に近い宝剣の類のものだ。
 しかし華美に過ぎるわけでもなく、洗練されたシンプルな美しさを持つ、優美な武具だ。
 長らく携えているであろうそれは、彼の手によく馴染み、使いこなしていることが窺えた。

「武器……そうよ、武器────!」

 それを受け入れた瞬間、私は閃いた。
 力そのもの、真理という概念そのものを扱うことができないのなら、可能な範囲だけ掴めば良い。
 何も私自身がその力を受け入れなくても、扱えるだけの、真理の一部だけを取り出せばいい。
 はじめから全てを望む方がおかしな話というもの。

 魔法を使うように自由自在に扱うことができなくても、この手に握って一部を振るうことくらいはできるはず。
 そう、まさしく武器のように、自らの力ではなく武装のように身にまとえば、あるいは……!

「ありがとう、ファウスト。あなたの剣、借りるわね」
「ああ。私にできる唯一の助力だ。その剣が、貴女に降りかかる闇を斬り払うことを願うよ」

 優しく微笑んだファウストに頷いて、私はファウストの剣を強く握りしめた。
 彼の意思と心がこもっている剣はとても温かく、そして冴え渡る鋭さを感じさせた。
 何者にも屈することない、道を切り開く強い意志を持った剣だ。

 そんな彼の想いを手に、私はもう一度、力を辿って真理に手を伸ばした。
 しかし今度はそれを力任せに手繰り寄せるのではなく、慎重に窺いながら。
 私の身で扱えるであろう、最低限の部分だけを掴み、そして引き寄せる。
 しかしそれを私自身の力として身に引き寄せるのではなく、この手に握った剣にまとわせた。

 私自身の魔法という力と、その果ての先にある真理という概念。
 それが混ざり合いながら、ファウストの剣に集まり、そして浸透する。
 私自身に真理を呼び込まなかったからか、さっきのように無垢に飲み込まれることなく、ただ純真な力の気配だけを感じた。
 真理の力の一部を、そして更に飽くまで外部的に扱うことで、私の手中に真理が収まった。

 世界の根源から抽出し、そして凝縮させた真理は、剣という形に馴染んで一つの武器として成った。

 私自身から溢れかえる、世界から流れる強大な魔力。
 そしてそれと繋がりつつも、私の手の中だけで収まる真理の力。
 その二つが共鳴し、私の力として更に強大なものとなった。

 ファウストの剣は真理を抱いたことで、その全てが白く染まっていた。
 鋒から柄の端まで、その究極的な無垢を表すかの如く純白に。
 それは正しく真理を現した剣。『真理のつるぎ』と呼ぶに相応しい、純真な姿だった。

 真理という概念を武装することで手にした私は、もはやジャバウォックに負ける気がしなかった。
 止めどなく溢れる力と、澄み渡る純粋な真実を手に、私は混沌を渦巻かせる魔物を再び見上げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小説教室・ごはん学校「SМ小説です」

浅野浩二
現代文学
ある小説学校でのSМ小説です

二穴責め

S
恋愛
久しぶりに今までで1番、超過激な作品の予定です。どの作品も、そうですが事情あって必要以上に暫く長い間、時間置いて書く物が多いですが御了承なさって頂ければと思ってます。

愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

憧れのあの子はダンジョンシーカー〜僕は彼女を追い描ける?〜

マニアックパンダ
ファンタジー
憧れのあの子はダンジョンシーカー。 職業は全てステータスに表示される世界。何かになりたくとも、その職業が出なければなれない、そんな世界。 ダンジョンで赤ん坊の頃拾われた主人公の横川一太は孤児院で育つ。同じ孤児の親友と楽しく生活しているが、それをバカにしたり蔑むクラスメイトがいたりする。 そんな中無事16歳の高校2年生となり初めてのステータス表示で出たのは、世界初職業であるNINJA……憧れのあの子と同じシーカー職だ。親友2人は生産職の稀少ジョブだった。お互い無事ジョブが出た事に喜ぶが、教育をかってでたのは職の壁を超越したリアルチートな師匠だった。 始まる過酷な訓練……それに応えどんどんチートじみたスキルを発現させていく主人公だが、師匠たちのリアルチートは圧倒的すぎてなかなか追い付けない。 憧れのあの子といつかパーティーを組むためと思いつつ、妖艶なくノ一やらの誘惑についつい目がいってしまう……だって高校2年生、そんな所に興味を抱いてしまうのは仕方がないよね!? *この物語はフィクションです、登場する個人名・団体名は一切関係ありません。

悪魔だと呼ばれる強面騎士団長様に勢いで結婚を申し込んでしまった私の結婚生活

束原ミヤコ
恋愛
ラーチェル・クリスタニアは、男運がない。 初恋の幼馴染みは、もう一人の幼馴染みと結婚をしてしまい、傷心のまま婚約をした相手は、結婚間近に浮気が発覚して破談になってしまった。 ある日の舞踏会で、ラーチェルは幼馴染みのナターシャに小馬鹿にされて、酒を飲み、ふらついてぶつかった相手に、勢いで結婚を申し込んだ。 それは悪魔の騎士団長と呼ばれる、オルフェレウス・レノクスだった。

【完結】公爵令嬢の私に騎士も誰も敵わないのですか?

海野幻創
ファンタジー
公爵令嬢であるエマ・ヴァロワは、最高の結婚をするために幼いころから努力を続けてきた。 そんなエマの婚約者となったのは、多くの人から尊敬を集め、立派な方だと口々に評される名門貴族の跡取り息子、コンティ公爵だった。 夢が叶いそうだと期待に胸を膨らませ、結婚準備をしていたのだが── 「おそろしい女……」 助けてあげたのにも関わらず、お礼をして抱きしめてくれるどころか、コンティ公爵は化け物を見るような目つきで逃げ去っていった。 なんて男! 最高の結婚相手だなんて間違いだったわ! 自国でも隣国でも結婚相手に恵まれず、結婚相手を探すだけの社交界から離れたくなった私は、遠い北の地に住む母の元へ行くことに決めた。 遠い2000キロの旅路を執事のシュヴァリエと共に行く。 仕える者に対する態度がなっていない最低の執事だけど、必死になって私を守るし、どうやらとても強いらしい── しかし、シュヴァリエは私の方がもっと強いのだという。まさかとは思ったが、それには理由があったのだ。

西谷夫妻の新婚事情~元教え子は元担任教師に溺愛される~

雪宮凛
恋愛
結婚し、西谷明人の姓を名乗り始めて三か月。舞香は今日も、新妻としての役目を果たそうと必死になる。 元高校の担任教師×元不良女子高生の、とある新婚生活の一幕。 ※ムーンライトノベルズ様にも、同じ作品を転載しています。

処理中です...