上 下
788 / 984
第0章 Dormire

71 どう思ってるの?

しおりを挟む
「ドルミーレ無事────!?」

 まるで小屋を吹き飛ばしそうな勢いで、そう叫びながらホーリーとイヴが飛び込んできたのは、ファウストが立ち去ってから少し経った頃のこと。
 帰っていった彼の余韻を感じながらお茶の片付けをしている私の所に、二人は血相を変えてやってきたのだった。

 まるでこの世の終わりのよう顔をしている二人は、私がキョトンとしている様子を見て同時にその場でクズ折れてしまったしまった。
 どうしたのかと尋ねてみても、極度の緊張から解けたであろう二人はしばらく何も返事ができなくて。
 仕方なく私は、二人を魔法で仲間で運び込んで椅子へと座らせた。

「誰か、お客さんが来てたの?」

 少しして、机に突っ伏すように脱力していたホーリーが、ポツリと口を開いた。
 私が二人分の茶器を片付けているところに、訝しげな視線を送ってくる。
 まぁ確かに、二人以外のお客様なんて普通ならあり得ないことだから仕方がない。

「ええ、珍しいことにね────それよりも、どうしてあなたたちはそんなに慌ただしくやって来たの?」
「お客さんって…………あぁ、もう。何から話していいかわからないなぁ」

 ファウストのことについて二人に話したい気持ちは大きかったけれど、それよりも彼女たちの様子が気になった。
 自分のこともそこそこに私が尋ねると、イヴは目を向きながら唸った。

 それから二人は互いに顔を見合わせて、少し目配せしてから、二人のために新しくお茶を入れようとしている私を見た。
 その視線はどこか鬼気迫るものを感じて、私は手を止めて二人の正面の椅子に座ることにした。

「ねぇドルミーレ、まず聞くけど……お客さんって一体誰?」
「人間の男だったわ。魔女の討伐の命を受けてやって来たそうよ」
「はぁ!?」

 身を乗り出して尋ねて来たホーリーに素直に答えると、彼女は未だかつて聞いたことのない、悲鳴のような仰天の声を上げた。
 ホーリーがいくら奔放な性格をしているとはいえ、それは些か女性としての品性に欠けている叫びだった。

 そんなホーリーは堪らず立ち上がってテーブルに手を着き、私に向かって前のめりになった。

「やっぱりあの人たち、ここまで来てたんだ! それでドルミーレ、なんともないの!? 無事!?」
「見ての通り無事よ。ただ話をしただけで、少し前に帰っていったわ。やっぱりってどういうこと?」
「私たちの町に、魔女の討伐部隊と名乗る連中が立ち寄ったんだよ。だから私たちは慌ててここまで飛んできたのさ」

 私が首を傾げると、イヴが苦い顔をしながら答えた。
 ホーリーのように飛び上がりこそしていないけれど、彼女もまた驚愕に満ち、そして混乱しているようだった。
 努めて冷静にしようとしながらも、逸る気持ちが彼女の姿勢を前のめりにしている。

「魔女の噂の発信源である私たちの町で、情報収集をしてから向かう手筈だったんだろう。鎧を着た一団がやって来たからたまげたよ。ただ彼らは馬に乗っていたから、私たちの足ではとても先行して君に伝えることはできなくて……」
「なるほど、そういうことだったのね」

 そこでようやく、私は二人の慌てぶりに合点が言った。
 二人は私がその討伐隊に襲われてしまうのではないかと、気が気でなく飛んできたんだ。
 しかし平然とした私がいたものだから、状況がさっぱり理解できなかったのだろう。

 二人の状況が理解できて、私は思わず笑みをこぼしてしまった。
 二人には悪いけれど、私からしてみれば彼女たちの慌てぶりは微笑ましい。
 それと同時に、そこまで必死に想ってくれることが嬉しかった。

 未だ混乱している二人は、そんな私を見て不満そうな表情を浮かべた。
 けれどそれで、二人が心配しているような事態は起きていないと伝わったようで、同時に安堵の様子を浮かべる。
 ホーリーは椅子に座り直して、イヴも背もたれに背中を預けた。

「ごめんなさいね。あなたたちの事情はわかったわ。心配してくれてありがとう。でも、何のことはなかったわ。今度は私が話す番ね」

 不服そうな二人に私は気持ちを切り替えて、先ほどまでの出来事を話して聞かせた。
 私が出会った、不思議で特別な青年のことを。
 二人は始終ポカンと口を開けて、信じられないものを見るような目で私を見続け、ひたすらに耳を傾けてくれた。

「────ちょっと、ちょっと、ちょっと待って……!」

 大体話し終えたところで、ホーリーがつっかえながら声を上げた。
 ポニーテールに縛った頭を抱えて、うんうんと難しい顔をしている。

「つまりさぁ、それってさぁ……その人、ドルミーレのことが好きになっちゃったってこと!?」
「やけにストレートに言うなぁ君は」

 やっとのことで言葉を絞り出したホーリーに、イヴが眉をしかめた。
 しかしそんな彼女の様子などお構いなしに、ホーリーはハラハラした様子で言葉を続ける。

「だってだって、魔女の討伐部隊に来たのに、全部なしにしちゃったんでしょ!? ドルミーレと仲良くお喋りして、しかも魔女なんていなかったことにするって、そう言ったんでしょ!? そんなの……そんなの、ねぇ!?」
「まぁそうなんだけど……もう少し言葉を選ぶというか、もっと言い方ってものがあるだろう」

 浮ついた様子のホーリーに、イヴは大きな溜息をついた。
 二人にはもう心配や緊張の色はなく、私の話に対する好奇心に完全に切り替わっていた。
 ホーリーの言動に呆れているイヴも、しかしその瞳は興味を示している。

「まぁ具体的なところは置いておくにしても……それにしても驚いた。君に出会って、そう判断する人間がいるなんて」
「私もよ。でも彼は、確かに本心からそう思っているようだった。上手く言葉にはできないのだけれど……私のことを想ってくれていると、そう思えてしまったの」
「ほほーう……」

 先程の彼の言葉を思い出しながら答えると、イヴは静かにニヤリとした。
 意地の悪そうなその笑みは、私の様子や語り口を楽しんでいる表情だ。

「どこの馬の骨かはさておいて、でも君に友好的なヒトの存在は私たちにとっても素直に喜ばしい。君の無実の証明に尽力してくれるというのなら、尚のことね」
「本当、私もそう思う! やっぱり、ちゃんとわかる人にはわかるってことだよね! ドルミーレは悪い人じゃない、とっても素敵でいい子なんだって!」

 ここへ駆け込んできた時の緊迫感はどこへやら。
 二人は完全に、私とファウストの出会いを喜び、浮き足立っていた。
 二人が向けてくる好奇の眼差しが含むものを、私は正確に把握することはできなかったけれど。
 でも二人がよく思ってくれていることは、私にも喜ばしいことだった。

「それでそれで、ドルミーレはどう思っているの?」

 まるでうら若き乙女のように、黄色い声を上げたホーリーが嬉々として尋ねて来た。
 その意図するところがわからなかった私が首を傾げると、彼女は焦ったそうに次の句を紡いだ。

「だーかーらー! ドルミーレはその人のことどう思ったのって聞いたの? 好きになった!?」

 ポカリと、イヴがホーリーの頭を叩いた。
 しかし彼女は気にすることなく、ワクワクとした瞳を私に向けてくる。
 それに顔をしかめているイヴも、しかし私の反応をチラチラと伺ってくる。

 ホーリーが尋ねてくる「好きになった」という感情が、今の私にはよくわからなかった。
 今の自分の感情はその言葉に当て嵌まるのか、そうでなかったらどう表現するべきなのか、わからない。

「何て言えばいいのか……でも、そうね────」

 だから私はとりあえず、今の自分の状態を口にすることにした。

「彼の表情や言葉や、色々なことが……不思議と、心に残っているわ」

 何故だか、二人が甲高い声でざわついた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

妹を見捨てた私 ~魅了の力を持っていた可愛い妹は愛されていたのでしょうか?~

紗綺
ファンタジー
何故妹ばかり愛されるの? その答えは私の10歳の誕生日に判明した。 誕生日パーティで私の婚約者候補の一人が妹に魅了されてしまったことでわかった妹の能力。 『魅了の力』 無自覚のその力で周囲の人間を魅了していた。 お父様お母様が妹を溺愛していたのも魅了の力に一因があったと。 魅了の力を制御できない妹は魔法省の管理下に置かれることが決まり、私は祖母の実家に引き取られることになった。 新しい家族はとても優しく、私は妹と比べられることのない穏やかな日々を得ていた。 ―――妹のことを忘れて。 私が嫁いだ頃、妹の噂が流れてきた。 魅了の力を制御できるようになり、制限つきだが自由を得た。 しかし実家は没落し、頼る者もなく娼婦になったと。 なぜこれまであの子へ連絡ひとつしなかったのかと、後悔と罪悪感が私を襲う。 それでもこの安寧を捨てられない私はただ祈るしかできない。 どうかあの子が救われますようにと。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

究極妹属性のぼっち少女が神さまから授かった胸キュンアニマルズが最強だった

盛平
ファンタジー
 パティは教会に捨てられた少女。パティは村では珍しい黒い髪と黒い瞳だったため、村人からは忌子といわれ、孤独な生活をおくっていた。この世界では十歳になると、神さまから一つだけ魔法を授かる事ができる。パティは神さまに願った。ずっと側にいてくれる友達をくださいと。  神さまが与えてくれた友達は、犬、猫、インコ、カメだった。友達は魔法でパティのお願いを何でも叶えてくれた。  パティは友達と一緒に冒険の旅に出た。パティの生活環境は激変した。パティは究極の妹属性だったのだ。冒険者協会の美人受付嬢と美女の女剣士が、どっちがパティの姉にふさわしいかケンカするし、永遠の美少女にも気に入られてしまう。  ぼっち少女の愛されまくりな旅が始まる。    

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

悪役令嬢は処刑されました

菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

転生することになりました。~神様が色々教えてくれます~

柴ちゃん
ファンタジー
突然、神様に転生する?と、聞かれた私が異世界でほのぼのすごす予定だった物語。 想像と、違ったんだけど?神様! 寿命で亡くなった長島深雪は、神様のサーヤにより、異世界に行く事になった。 神様がくれた、フェンリルのスズナとともに、異世界で妖精と契約をしたり、王子に保護されたりしています。そんななか、誘拐されるなどの危険があったりもしますが、大変なことも多いなか学校にも行き始めました❗ もふもふキュートな仲間も増え、毎日楽しく過ごしてます。 とにかくのんびりほのぼのを目指して頑張ります❗ いくぞ、「【【オー❗】】」 誤字脱字がある場合は教えてもらえるとありがたいです。 「~紹介」は、更新中ですので、たまに確認してみてください。 コメントをくれた方にはお返事します。 こんな内容をいれて欲しいなどのコメントでもOKです。 2日に1回更新しています。(予定によって変更あり) 小説家になろうの方にもこの作品を投稿しています。進みはこちらの方がはやめです。 少しでも良いと思ってくださった方、エールよろしくお願いします。_(._.)_

処理中です...