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第0章 Dormire
71 どう思ってるの?
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「ドルミーレ無事────!?」
まるで小屋を吹き飛ばしそうな勢いで、そう叫びながらホーリーとイヴが飛び込んできたのは、ファウストが立ち去ってから少し経った頃のこと。
帰っていった彼の余韻を感じながらお茶の片付けをしている私の所に、二人は血相を変えてやってきたのだった。
まるでこの世の終わりのよう顔をしている二人は、私がキョトンとしている様子を見て同時にその場でクズ折れてしまったしまった。
どうしたのかと尋ねてみても、極度の緊張から解けたであろう二人はしばらく何も返事ができなくて。
仕方なく私は、二人を魔法で仲間で運び込んで椅子へと座らせた。
「誰か、お客さんが来てたの?」
少しして、机に突っ伏すように脱力していたホーリーが、ポツリと口を開いた。
私が二人分の茶器を片付けているところに、訝しげな視線を送ってくる。
まぁ確かに、二人以外のお客様なんて普通ならあり得ないことだから仕方がない。
「ええ、珍しいことにね────それよりも、どうしてあなたたちはそんなに慌ただしくやって来たの?」
「お客さんって…………あぁ、もう。何から話していいかわからないなぁ」
ファウストのことについて二人に話したい気持ちは大きかったけれど、それよりも彼女たちの様子が気になった。
自分のこともそこそこに私が尋ねると、イヴは目を向きながら唸った。
それから二人は互いに顔を見合わせて、少し目配せしてから、二人のために新しくお茶を入れようとしている私を見た。
その視線はどこか鬼気迫るものを感じて、私は手を止めて二人の正面の椅子に座ることにした。
「ねぇドルミーレ、まず聞くけど……お客さんって一体誰?」
「人間の男だったわ。魔女の討伐の命を受けてやって来たそうよ」
「はぁ!?」
身を乗り出して尋ねて来たホーリーに素直に答えると、彼女は未だかつて聞いたことのない、悲鳴のような仰天の声を上げた。
ホーリーがいくら奔放な性格をしているとはいえ、それは些か女性としての品性に欠けている叫びだった。
そんなホーリーは堪らず立ち上がってテーブルに手を着き、私に向かって前のめりになった。
「やっぱりあの人たち、ここまで来てたんだ! それでドルミーレ、なんともないの!? 無事!?」
「見ての通り無事よ。ただ話をしただけで、少し前に帰っていったわ。やっぱりってどういうこと?」
「私たちの町に、魔女の討伐部隊と名乗る連中が立ち寄ったんだよ。だから私たちは慌ててここまで飛んできたのさ」
私が首を傾げると、イヴが苦い顔をしながら答えた。
ホーリーのように飛び上がりこそしていないけれど、彼女もまた驚愕に満ち、そして混乱しているようだった。
努めて冷静にしようとしながらも、逸る気持ちが彼女の姿勢を前のめりにしている。
「魔女の噂の発信源である私たちの町で、情報収集をしてから向かう手筈だったんだろう。鎧を着た一団がやって来たからたまげたよ。ただ彼らは馬に乗っていたから、私たちの足ではとても先行して君に伝えることはできなくて……」
「なるほど、そういうことだったのね」
そこでようやく、私は二人の慌てぶりに合点が言った。
二人は私がその討伐隊に襲われてしまうのではないかと、気が気でなく飛んできたんだ。
しかし平然とした私がいたものだから、状況がさっぱり理解できなかったのだろう。
二人の状況が理解できて、私は思わず笑みをこぼしてしまった。
二人には悪いけれど、私からしてみれば彼女たちの慌てぶりは微笑ましい。
それと同時に、そこまで必死に想ってくれることが嬉しかった。
未だ混乱している二人は、そんな私を見て不満そうな表情を浮かべた。
けれどそれで、二人が心配しているような事態は起きていないと伝わったようで、同時に安堵の様子を浮かべる。
ホーリーは椅子に座り直して、イヴも背もたれに背中を預けた。
「ごめんなさいね。あなたたちの事情はわかったわ。心配してくれてありがとう。でも、何のことはなかったわ。今度は私が話す番ね」
不服そうな二人に私は気持ちを切り替えて、先ほどまでの出来事を話して聞かせた。
私が出会った、不思議で特別な青年のことを。
二人は始終ポカンと口を開けて、信じられないものを見るような目で私を見続け、ひたすらに耳を傾けてくれた。
「────ちょっと、ちょっと、ちょっと待って……!」
大体話し終えたところで、ホーリーがつっかえながら声を上げた。
ポニーテールに縛った頭を抱えて、うんうんと難しい顔をしている。
「つまりさぁ、それってさぁ……その人、ドルミーレのことが好きになっちゃったってこと!?」
「やけにストレートに言うなぁ君は」
やっとのことで言葉を絞り出したホーリーに、イヴが眉をしかめた。
しかしそんな彼女の様子などお構いなしに、ホーリーはハラハラした様子で言葉を続ける。
「だってだって、魔女の討伐部隊に来たのに、全部なしにしちゃったんでしょ!? ドルミーレと仲良くお喋りして、しかも魔女なんていなかったことにするって、そう言ったんでしょ!? そんなの……そんなの、ねぇ!?」
「まぁそうなんだけど……もう少し言葉を選ぶというか、もっと言い方ってものがあるだろう」
浮ついた様子のホーリーに、イヴは大きな溜息をついた。
二人にはもう心配や緊張の色はなく、私の話に対する好奇心に完全に切り替わっていた。
ホーリーの言動に呆れているイヴも、しかしその瞳は興味を示している。
「まぁ具体的なところは置いておくにしても……それにしても驚いた。君に出会って、そう判断する人間がいるなんて」
「私もよ。でも彼は、確かに本心からそう思っているようだった。上手く言葉にはできないのだけれど……私のことを想ってくれていると、そう思えてしまったの」
「ほほーう……」
先程の彼の言葉を思い出しながら答えると、イヴは静かにニヤリとした。
意地の悪そうなその笑みは、私の様子や語り口を楽しんでいる表情だ。
「どこの馬の骨かはさておいて、でも君に友好的なヒトの存在は私たちにとっても素直に喜ばしい。君の無実の証明に尽力してくれるというのなら、尚のことね」
「本当、私もそう思う! やっぱり、ちゃんとわかる人にはわかるってことだよね! ドルミーレは悪い人じゃない、とっても素敵でいい子なんだって!」
ここへ駆け込んできた時の緊迫感はどこへやら。
二人は完全に、私とファウストの出会いを喜び、浮き足立っていた。
二人が向けてくる好奇の眼差しが含むものを、私は正確に把握することはできなかったけれど。
でも二人がよく思ってくれていることは、私にも喜ばしいことだった。
「それでそれで、ドルミーレはどう思っているの?」
まるでうら若き乙女のように、黄色い声を上げたホーリーが嬉々として尋ねて来た。
その意図するところがわからなかった私が首を傾げると、彼女は焦ったそうに次の句を紡いだ。
「だーかーらー! ドルミーレはその人のことどう思ったのって聞いたの? 好きになった!?」
ポカリと、イヴがホーリーの頭を叩いた。
しかし彼女は気にすることなく、ワクワクとした瞳を私に向けてくる。
それに顔をしかめているイヴも、しかし私の反応をチラチラと伺ってくる。
ホーリーが尋ねてくる「好きになった」という感情が、今の私にはよくわからなかった。
今の自分の感情はその言葉に当て嵌まるのか、そうでなかったらどう表現するべきなのか、わからない。
「何て言えばいいのか……でも、そうね────」
だから私はとりあえず、今の自分の状態を口にすることにした。
「彼の表情や言葉や、色々なことが……不思議と、心に残っているわ」
何故だか、二人が甲高い声でざわついた。
まるで小屋を吹き飛ばしそうな勢いで、そう叫びながらホーリーとイヴが飛び込んできたのは、ファウストが立ち去ってから少し経った頃のこと。
帰っていった彼の余韻を感じながらお茶の片付けをしている私の所に、二人は血相を変えてやってきたのだった。
まるでこの世の終わりのよう顔をしている二人は、私がキョトンとしている様子を見て同時にその場でクズ折れてしまったしまった。
どうしたのかと尋ねてみても、極度の緊張から解けたであろう二人はしばらく何も返事ができなくて。
仕方なく私は、二人を魔法で仲間で運び込んで椅子へと座らせた。
「誰か、お客さんが来てたの?」
少しして、机に突っ伏すように脱力していたホーリーが、ポツリと口を開いた。
私が二人分の茶器を片付けているところに、訝しげな視線を送ってくる。
まぁ確かに、二人以外のお客様なんて普通ならあり得ないことだから仕方がない。
「ええ、珍しいことにね────それよりも、どうしてあなたたちはそんなに慌ただしくやって来たの?」
「お客さんって…………あぁ、もう。何から話していいかわからないなぁ」
ファウストのことについて二人に話したい気持ちは大きかったけれど、それよりも彼女たちの様子が気になった。
自分のこともそこそこに私が尋ねると、イヴは目を向きながら唸った。
それから二人は互いに顔を見合わせて、少し目配せしてから、二人のために新しくお茶を入れようとしている私を見た。
その視線はどこか鬼気迫るものを感じて、私は手を止めて二人の正面の椅子に座ることにした。
「ねぇドルミーレ、まず聞くけど……お客さんって一体誰?」
「人間の男だったわ。魔女の討伐の命を受けてやって来たそうよ」
「はぁ!?」
身を乗り出して尋ねて来たホーリーに素直に答えると、彼女は未だかつて聞いたことのない、悲鳴のような仰天の声を上げた。
ホーリーがいくら奔放な性格をしているとはいえ、それは些か女性としての品性に欠けている叫びだった。
そんなホーリーは堪らず立ち上がってテーブルに手を着き、私に向かって前のめりになった。
「やっぱりあの人たち、ここまで来てたんだ! それでドルミーレ、なんともないの!? 無事!?」
「見ての通り無事よ。ただ話をしただけで、少し前に帰っていったわ。やっぱりってどういうこと?」
「私たちの町に、魔女の討伐部隊と名乗る連中が立ち寄ったんだよ。だから私たちは慌ててここまで飛んできたのさ」
私が首を傾げると、イヴが苦い顔をしながら答えた。
ホーリーのように飛び上がりこそしていないけれど、彼女もまた驚愕に満ち、そして混乱しているようだった。
努めて冷静にしようとしながらも、逸る気持ちが彼女の姿勢を前のめりにしている。
「魔女の噂の発信源である私たちの町で、情報収集をしてから向かう手筈だったんだろう。鎧を着た一団がやって来たからたまげたよ。ただ彼らは馬に乗っていたから、私たちの足ではとても先行して君に伝えることはできなくて……」
「なるほど、そういうことだったのね」
そこでようやく、私は二人の慌てぶりに合点が言った。
二人は私がその討伐隊に襲われてしまうのではないかと、気が気でなく飛んできたんだ。
しかし平然とした私がいたものだから、状況がさっぱり理解できなかったのだろう。
二人の状況が理解できて、私は思わず笑みをこぼしてしまった。
二人には悪いけれど、私からしてみれば彼女たちの慌てぶりは微笑ましい。
それと同時に、そこまで必死に想ってくれることが嬉しかった。
未だ混乱している二人は、そんな私を見て不満そうな表情を浮かべた。
けれどそれで、二人が心配しているような事態は起きていないと伝わったようで、同時に安堵の様子を浮かべる。
ホーリーは椅子に座り直して、イヴも背もたれに背中を預けた。
「ごめんなさいね。あなたたちの事情はわかったわ。心配してくれてありがとう。でも、何のことはなかったわ。今度は私が話す番ね」
不服そうな二人に私は気持ちを切り替えて、先ほどまでの出来事を話して聞かせた。
私が出会った、不思議で特別な青年のことを。
二人は始終ポカンと口を開けて、信じられないものを見るような目で私を見続け、ひたすらに耳を傾けてくれた。
「────ちょっと、ちょっと、ちょっと待って……!」
大体話し終えたところで、ホーリーがつっかえながら声を上げた。
ポニーテールに縛った頭を抱えて、うんうんと難しい顔をしている。
「つまりさぁ、それってさぁ……その人、ドルミーレのことが好きになっちゃったってこと!?」
「やけにストレートに言うなぁ君は」
やっとのことで言葉を絞り出したホーリーに、イヴが眉をしかめた。
しかしそんな彼女の様子などお構いなしに、ホーリーはハラハラした様子で言葉を続ける。
「だってだって、魔女の討伐部隊に来たのに、全部なしにしちゃったんでしょ!? ドルミーレと仲良くお喋りして、しかも魔女なんていなかったことにするって、そう言ったんでしょ!? そんなの……そんなの、ねぇ!?」
「まぁそうなんだけど……もう少し言葉を選ぶというか、もっと言い方ってものがあるだろう」
浮ついた様子のホーリーに、イヴは大きな溜息をついた。
二人にはもう心配や緊張の色はなく、私の話に対する好奇心に完全に切り替わっていた。
ホーリーの言動に呆れているイヴも、しかしその瞳は興味を示している。
「まぁ具体的なところは置いておくにしても……それにしても驚いた。君に出会って、そう判断する人間がいるなんて」
「私もよ。でも彼は、確かに本心からそう思っているようだった。上手く言葉にはできないのだけれど……私のことを想ってくれていると、そう思えてしまったの」
「ほほーう……」
先程の彼の言葉を思い出しながら答えると、イヴは静かにニヤリとした。
意地の悪そうなその笑みは、私の様子や語り口を楽しんでいる表情だ。
「どこの馬の骨かはさておいて、でも君に友好的なヒトの存在は私たちにとっても素直に喜ばしい。君の無実の証明に尽力してくれるというのなら、尚のことね」
「本当、私もそう思う! やっぱり、ちゃんとわかる人にはわかるってことだよね! ドルミーレは悪い人じゃない、とっても素敵でいい子なんだって!」
ここへ駆け込んできた時の緊迫感はどこへやら。
二人は完全に、私とファウストの出会いを喜び、浮き足立っていた。
二人が向けてくる好奇の眼差しが含むものを、私は正確に把握することはできなかったけれど。
でも二人がよく思ってくれていることは、私にも喜ばしいことだった。
「それでそれで、ドルミーレはどう思っているの?」
まるでうら若き乙女のように、黄色い声を上げたホーリーが嬉々として尋ねて来た。
その意図するところがわからなかった私が首を傾げると、彼女は焦ったそうに次の句を紡いだ。
「だーかーらー! ドルミーレはその人のことどう思ったのって聞いたの? 好きになった!?」
ポカリと、イヴがホーリーの頭を叩いた。
しかし彼女は気にすることなく、ワクワクとした瞳を私に向けてくる。
それに顔をしかめているイヴも、しかし私の反応をチラチラと伺ってくる。
ホーリーが尋ねてくる「好きになった」という感情が、今の私にはよくわからなかった。
今の自分の感情はその言葉に当て嵌まるのか、そうでなかったらどう表現するべきなのか、わからない。
「何て言えばいいのか……でも、そうね────」
だから私はとりあえず、今の自分の状態を口にすることにした。
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