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第0章 Dormire

64『魔女』

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 人々から大いに恐れられ、そして非難を浴びた私は、結局町を後にすることしかできなかった。
 町の人たちと対話することはもちろんできず、わかり合うなんて以ての外。
 私が彼らにとって無害であるだなんて、現状では受け入れてもらえるはずもなかった。

 だから私は、大人しく町から離れるしかなかった。
 昔と同じようで、しかし違うことがあるとすれば、逃げたわではないという点。
 以前の私は酷く傷つき、絶望して向けられる非難から逃走したけれど。
 でも今回の私は冷静に、この場にいるべきではないと判断し、そっと身を引いたのだ。

 正直、今回のことで私はあまり傷付いていない。
 もちろん、向けられた敵意や浴びせられた非難、そしてそれらが孕む侮蔑と否定に何も感じないわけではないけれど。
 でも、こうなる可能性が高いと思っていた私は、特別な落胆を覚えはしなかった。
 まぁ、ヒトなんて所詮こんなものかと、肩を落としはしたけれど。
 既に一度絶望を味わった私は、彼らに期待なんてしていなかった。

 だからこそ私は、冷静にその場を引く判断をできた。
 もう無理だと、これ以上いても状況と感情は悪くなる一方だと、かつての経験から察せられたから。

 町の人たちは去りゆく私に怒りの叫びをぶつけてきたけれど、でも誰も追いかけてくることはなかった。
 魔物に蹂躙されて疲弊した状態だったから、とてもそんな余裕はなかったんだろう。
 いや、言葉では強気でも、私という恐ろしい力を持った存在に立ち向かう勇気はなかった、というのも大きいのだろう。

 人間たちによる二度目の拒絶に、特段の落胆を覚えなかった私だけれど、むしろホーリーとイヴの方がショックを受けていた。
 今度こそ私を受け入れてもらおうと気合を入れていた分、その失敗の衝撃が大きいのだろう。
 それに自分たちが自信たっぷりに促した上でのことだから、私を傷付けたと酷く気に病んでいるようだった。

 魔物が現れた日の翌日、二人は慌てて私の元にやってきて、何度も何度も謝ってきた。
 私は気にしていないし、こうなると思っていたから大丈夫と言っても、それでも何度も。
 もう大人と呼んでも差し支えのない女が二人、憚らずに泣きながら謝ってくる様子は、とても胸が痛んだ。

 謝られている私が宥めるという、ちぐはぐしたやり取りをして、淹れたお茶を半ば無理やり飲ませて落ち着かせるまでに、なかなか時間がかかった。
 私のことはもう良いのだと言い切って、むしろ町での二人の立場の方が心配だと尋ねると、二人は気まずそうにポツポツと話してくれた。

 要約すれば、やはり相当の叱りを受けたらしい。
 まだ成人はしていないとはいえ、仕事などもしている良い歳の二人は、本来であれば重い咎め受けてもおかしくなかったとか。
 しかし魔物による被害が甚大だったたため、人手不足などもあり、処分は保留になったらしい。

 飽くまで実行犯は私で、二人は直接的には何もしていない、というところでギリギリそうなったのだろう。
 それでも周りからの目は相当厳しいものになるであろうし、翌日に町を飛び出してきた二人の胆力に舌を巻く。
 まぁ、それ程までに私のことを想い、そして申し訳なく思ってくれていたということなんだろう。

 話によれば、奇跡的に二人とも、身内に大きな被害を受けた人はいないようだった。
 少なくとも命を落としたり、大怪我を負った人はいないようで、その情報は少なからず私にも安堵を与えた。
 当人たちのことは知ったことではないけれど、これ以上二人に悲しんで欲しくはないから。

 しかしそれでも、町単位で見れば魔物の被害はやはり大きかったらしい。
 死者や重症人の数はとても多く、また町自体も荒らされていることから、町の機能は著しく低下しているとか。
 その影響は、七年半前の火災の時と比にならないらしい。

 二人が町の人たちから聞いた話によると、魔物は南側から姿を現したらしい。
 その方角には私が住むこの森があるから、尚更彼らは、あれが私の差し金だと信じて疑わなかったのだろう。
 あの魔物が何なのかは、私だって知りたいというのに。

 ホーリーとイヴはそういった話をしつつ、始終私の様子を窺っていた。
 二度にわたって人間たちから非難を浴び、そして全ての責を負わされたことを、私が恨み怒っていないかを心配していた。
 傷付いていないといっても、気にしていないといっても、それでも人間に対する悪印象は増してしまったのではないかと。

 でも私はそれを強く否定した。今更、これ以上思うことはないのだと。
 ただ相入れないことが明白になっただけなんだと。
 元から無かったものが、改めて無いとハッキリしただけのことだから。
 無実の責を負わされたことに全く憤りがないかと言われると、それはまぁ嘘になるけれど。
 だからといって、それに対して感情をぶつけても仕方がないから。

 それに私には、掛け替えの無い友人がいる。
 昔はヒトに拒絶されたショックから、その友情すらも疑ってしまったけれど。でも今は、それは関係ないと知っているから。
 私は誰に否定され、誰に嫌われようとも、二人さえいてくれれば生きていける。

 それを伝えると、二人は少し寂しそうに、でも安堵の表情を浮かべてくれた。
 私がまたどこかへ消えてしまうのではないかと、それを案じていたのだろう。
 また自分たちのことも拒絶してしまうのではないかと、心配でたまらなかったのだろう。

 でも、それだけは決してないから。
 どれだけ人間の暗部を見せられ、ヒトの浅ましさを知ったとしても。
 ホーリーとイヴは、私にとってとても大切な友人だから。
 人間にはほとほと愛想が尽きたけれど、でもそれはそういうヒトたちと関わらなければ良い話。
 二人は、全くの別物だと私はもう知っている。

 だから私はそれからも、『にんげんの国』の外れの森で一人ひっそりと暮らし続けた。
 関わるのは遊びに来るホーリーとイヴの二人だけ。
 いつもと同じ、今までと特に変わりない日々だ。

 ただ少し変わったことがあるとすれば、二人と色々なところに赴く時、人里に訪れなくなったこと。
 人の手の及んでいない場所を選んで、のどかな時間を過ごすようになった。
 何故なら、私の噂はどうやら国中に広がってしまったようだったからだ。

 ホーリーとイヴの話によれば、あの日を境に、他の場所でもあの魔物によく似たものが現れ始めたらしい。
 それに起因して、彼女たちの町での私のことも話が流れ、『魔物』という化け物を従える女として、国中に悪評が回ったとか。

 そうして私は、厄災を振り向く悪魔のような女として、いつしか『魔女』と呼ばれるようになった。
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