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第0章 Dormire

63 変わらぬ評価

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「ドルミーレ!!!」

 阿鼻驚嘆は太陽の閃光に飲まれたのように消え去り、辺りには静寂が広がっていた。
 魔物の身の毛もよだつような呻き声はもちろんなく、ただ怯え逃げ惑っていた人たちの悲鳴もまた、一旦無に飲み込まれていた。

 私もまたその静謐に飲まれて、少しの間、何もなくなった町中を茫然と眺めていた。
 そんな時、耳心地の良い友人たちの声が聞こえて来て、ようやく意識が現実に回帰した。

「ドルミーレ、大丈夫!? なんだか、すごいことが起こったけど……!」

 血相を変えたホーリーが駆け寄り様に飛びついて来て、息咳切らせて言った。
 今起きた出来事を理解できていないような混乱した面持ちで、しかし私を心配して飛び込んできているようだった。

「私は大丈夫。あなたたちは、怪我はない?」
「私たちも大丈夫だ。君のお陰だよ、ドルミーレ」

 慌てるホーリーを宥めながら尋ねると、イヴが落ち着いた声色で頷いた。
 といっても努めてそうしているというだけで、内心はホーリー同様に戸惑いを感じているように見える。
 私は二人を安心させるために、彼女たちの手をそっと握った。

「この町には、もうあの魔物の気配は感じないわ。全て私の魔法で消し飛ばした。あれが何なのか、気になるところではあるけれど……まずは被害が拡大しないことが優先だと思って」

 あのおぞましい感覚は、私が放った閃光によって完全に消え失せた。
 あの身の毛もよだつ醜悪な物たちの存在は、視認しなくても有無の判別がつく。
 魔物たちがどういう存在なのかはともかく、物理的に消滅させられたのは確かなはずだ。

 私がそう告げると、ホーリーはくしゃっと顔を歪めた。

「すごいよドルミーレ! 辺りが一瞬真っ白になって、熱くなった時は驚いたけど……でも、あなたがこの町を守ってくれた。ありがとう……!」

 そう言って、ホーリーは強く私を抱きしめた。
 普段の柔らかな抱擁と違って力強く、彼女の今のこみ上げる想いが伝わって来た。
 傍にいるイヴもまた、涙ぐんだ表情でうんうんと頷いている。

「あれが何だったのかはわからないけれど、私たち町の人間ではどうにもならなかったのは確かだ。被害を抑えられたのは、君がいてくれたからだ。感謝しても、し切れないよ」
「なら、よかったわ」

 そっと身を寄せてくるイヴを受け止めて、私は安堵の声を返した。
 辺りを見渡せば、魔物の被害を受けて重傷を負った人や、死んでしまった人たちが見受けられる。
 建物や木々も散々で、昔の火災よりも被害は甚大だろう。

 私たちが来た時点で魔物のによる被害は出ていて、私はこの町の全てを救うことはできなかった。
 それでも二人が、今できた最大限のことを喜んでくれるのならば、私のやったことは間違いではなかったと思える。
 実際の被害、どれほどの人たちが犠牲になってしまったのかはわからないけれど、彼女たちがこれ以上苦しまないことを願うばかりだ。

 でも今は、災害のような魔物の襲来を抑えられてことに、ひとまずの安堵を覚えて良いのだろう。
 この町につけれられた爪痕に向き合うのは、もう少しだけ先でもダメではないだろうから。

「────おい、お前」

 二人を抱きしめ、できる限りのことを果たせたことにホッとしていた時。不意に背後から震える声が投げかけられて来た。
 二人と共にその声に向き直ってみると、先ほどまで逃げ惑っていた人々が徐々に集結していて、引きつった顔で私のことを見つめていた。

「あれは……今の化け物は何だったんだ」

 身を寄せ合って集まる町人たちが、口々に疑問を述べた。
 あの魔物たちの姿はなくなったけれど、未だにその相貌から恐怖が張り付いて離れていない。

 私に向けて尋ねている様子だけれど、生憎私にもあれが何かはわからない。
 魔物というのも私が勝手にそう仮定しているだけで、もしかしたら他に適切な名称、あるいは明確な定義があるかもしれない。
 答えあぐねていると、町人たちはポロポロと言葉を続けた。

「あれは、お前が連れて来たのか? お前はあれを、『なんとか』と呼んでいただろう」
「そうだ……そうに違いない。お前はあの悪魔だろう! あのおぞましい化け物は、お前の差し金なんだろう!」
「昔この町に災いをもたらした悪魔が、またしても……! あぁ、なんてことだ……!」

 飛び出した言葉は酷く荒唐無稽で、とても短絡的な物だった。
 自らに降りかかる恐怖や不幸を、全て一つのものの責任する思考停止。
 私という災厄の前例を盾に、全ての理由を私に集約させている。
 今自分たちを救ったもののことなど忘れ、ただ感じた恐怖、与えられた不利益の原因だけに焦点が合わさっている。
 それは、何かのせいにしたいというヒトの弱さに他ならない。

「良い加減にしてよ!」

 口々に私のせいだと騒ぎ立てる人々に、ホーリーが声をあげた。

「今の見てた人沢山いるでしょ!? ドルミーレはみんなの前に立って、この町を助けてくれたんだよ! あの化け物とは何にも関係ない! だってドルミーレが私たちとここに来たときには、あれはもう町に来ていたんだから!」

 私を庇うように前に乗り出して、声を荒げるホーリー。
 そこには以前のような非力な少女の弱さはなく、とても力強く頼もしい。

「ホーリー、またお前か! またお前は、この悪魔を連れて来たのか!」
「天の光で地を焼き尽くす、そんな恐ろしい力を持つ者が、あの奇妙な化け物と無縁なものか!」
「そうだ。その悪魔もあの化け物も、町に災いをもたらす邪悪なものだ。見ればわかる! そいつらからは、同じ気味悪さを感じるのだから!」

 恐怖に振り尽くされた人々は、ホーリーの正論なんてまるで耳を貸さない。
 少し考えれば、私が彼らを助けたことは明白だというのに。
 今の今まで彼らを蝕んでいた恐怖、そして以前私が災いをもたらしたという彼らの中での事実、更に私そのものに対する恐怖と嫌悪。
 それらが混ざり合って、彼らから冷静な思考を完全に奪ってしまっている。

 明確な事実よりも恐怖という先入観が上回って、事実を事実と受け入れられていない。

「みんな、冷静になってよ。ドルミーレも、彼女が持つ魔法も、決して邪悪なんかじゃない。昔も今も、彼女はただ私たちを助けてくれただけなんだ!」

 イブもまた身を乗り出し、臆することなく声を張った。
 普段はのんびりとしる顔をキツく引き締め、いつになく強く主張する。
 しかしそんな彼女の言葉も、耳を閉じた集団には届かない。

「イヴニング、お前たちがなんと言おうと、この惨状が全てを物語っている。あの化け物に大勢殺された。町も、昔の火事の比にならない被害だ。そいつがこの町にいるからなんだ!」
「大層な力があるなら、どうして私たちはこんなに多くのものを失うんだ。助けてくれているというのなら、どうして町はめちゃめちゃなんだ……!」
「そいつが町を助けた? そんなバカなことがあるか! その女が現れるたびに、この町は大惨事だ。万が一そいつが何もしていなくても、俺たちにとっては災いの元なんだよ!」

 そう、町の人々は次々に怒りと不満を吐き出し続ける。
 ホーリーとイヴがどんなに声を張り上げても、一度芽生えた恐怖はそう簡単には拭えない。
 そもそも昔の時点で印象がマイナスに振り切っていた私なのだから、この状況で姿を表せば、その矛先を全て向けられてもおかしくないんだ。
 彼らの主張は決して正しくはないけれど、でもその感情の変遷は間違っていない。
 タイミングが、最悪だったんだ。

「ホーリー、イヴニング。お前たちももう子供じゃないんだ。良い加減目を覚ませ!」

 町人たちの怒りと恐怖は収まらない。
 彼らにとって、今回の元凶は完全に私となって、それを疑う物は誰もいない。

 強気を保ち抵抗し続ける二人だけれど、劣勢は明らかで。
 私は申し訳なくて、前に出る二人の手を弱々しく握った。

「その女は災いそのものだ! 恐ろしい力で町を、人を脅かす。悪魔のような女だ……!」

 それはもう、覆しようのない、私に対する評価だった。
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