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第0章 Dormire

59 七年半ぶりの訪問

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 二人と約束をした数日後、私は七年半ぶりに彼女たちの町に訪れることになった。
 不安や困惑は拭いきれないけれど、それはきっと二人も同じはずだから。
 私は努めて平静さを保ち、なるべく穏やかな心持ちで臨むことにした。

 魔法で町の近くまで瞬間移動し、そこで二人と合流しようかと思ったけれど、彼女たちは頑なに迎えにくると言って聞かなかった。
 初めて行くわけでもないし、彼女たちの町へ行くのに迎えに来てもらうのは申し訳なかったのだけれど。
 でもきっと、町へ行く前に私の様子を確認しておきたいのだろうと思い、私は彼女たちの主張に黙って従うことにした。

 約束の日は天気が良く過ごしやすい気候で、遠出日和だった。
 深い森の中でも良くわかる、ポカポカと暖かな日差しと、爽やかに駆け抜ける風。
 その爽快さは、不安に揺れる私の心を僅かに宥めてくれる。

 昼前ごろに小屋にやってきた二人は、案の定私のことを細く見遣ってチェックした。
 私のいつもの黒い長髪と黒のロングワンピースの組み合わせは、暗いと言われつつも普段からきちんとはしているから問題なしとのこと。
 それから更に顔色や面持ち、気分まで事細かく確認してくるから、少し目眩がしそうだった。

 しかしそれほどまでに、二人は町の人々が得る私の印象をいいものにしたいんだろう。
 もう少し明るめの、華やかな服装にしてはどうかとも言われたけれど、それは気分が乗らなかったから却下した。
 でもそうして思ってくれる気持ちはありがたかったから、できるだけ悪印象を与えないように振る舞うように心がけることにした。

「よし、まぁいいでしょう! 後はもうなるようになれだね!」

 散々人のことをああだこうだ言ってから、ホーリーはふぅと息を吐いてそう言った。
 その表情にはやや緊張が窺えるけれど、懸命にいつも通りの笑顔を浮かべている。
 小屋の真ん中に私を立たせ、その周りをぐるぐると回りながら隅々まで観察して、私の様子を窺う。

「まぁ、大体はいつも通りの感じだけど……でもドルミーレは美人さんだし、くらーい顔とかしてなければ、印象的には問題ないよね、きっと」
「私、そんなに暗い顔している?」
「うーん、最近は比較的笑ってくれるようになったって思うけどね。でもそうだなぁ、どちらかというと、暗めなことが多いかもね」

 自分では自覚できていないことを尋ねると、ホーリーはあっさりとそう答えた。

「暗いっていうか、静か? まぁドルミーレって私みたいに騒がしいタイプじゃないし、別にいいと思うけど。美人さんな分、沈黙に凄みがあるって感じかな」
「だからって愛想笑いする必要もないさ。君は君らしくしていればそれでいい」

 そう同意して、イヴは腕を組みながらうんうんと頷いた。
 ホーリーとは違い、少し離れて私を俯瞰的に見ているイヴは、やや目を細めて微笑んだ。

「ドルミーレは佇まいが綺麗だし、ぱっと見は良いとこの貴婦人だ。そのままなら悪印象は与えないだろう。親しみを与えられたらベストだけれど、まぁその辺は私たちの仕事かな」
「私、あなたたち以外との仲良くの仕方なんかわからないわ」
「いいよいいよ。仲良くしなくても友好的な意思は伝えられるし、少なくとも害意的でないことが証明できれば良い。むしろ最初からグイグイいくと逆に拗れてしまうかもしれないしね。昔のこともあるし」

 不安を口にすると、イヴはハハハと軽く笑ってそう言った。
 基本的に他人に興味のない私には、誰かと交友を深める関わり方を知らない。
 唯一の例外である二人とのことだって、向こうから積極的にコンタクトを取ってくれたからこそ成り立ったものだから。
 でも今回は彼女が言う通り、私が悪魔のような存在ではないとわかってもらえればそれでいいのだから、特に無理をする必要はないだろう。

 そもそも特別彼らと仲良くしたいと思っていない私なのだから、無理をすればむしろボロが出てしまうかもしれない。
 二人が暮らす町を守りたいと、そこに住む人の助けになりたいと頑張った結果、それが裏目に出た挙句、ひどく否定されてしまった以前のように。
 だから今回は大人しく、そして極力悪印象を与えないようにして、最低限の容認を得られるように努めればいいだろう。

「まぁまぁ、そんなに気張らなくても大丈夫だよ。私たち全員昔とは違うし、もっとちゃんと伝えられるよ。ドルミーレがいい子で、その力は素晴らしいものなんだってね」

 ホーリーはにっこりと笑みを作ってそう言うと、私の腕に強く腕を絡めた。
 その抱擁は暖かくて柔らかく、固まった心をゆっくりと解してくれる。

「私たちがちゃんとついてるから。昔はそう言いつつあんな目に合わせちゃったけど。今度こそ、ちゃんと守るよ」
「ええ、よろしくね。ホーリー、イヴ」

 二人の友人の顔を見て、私は信頼の言葉を口にする。
 他人は恐ろしく、ヒトの浅ましさは耐えがたい。
 けれど二人と一緒ならば、そういった恐怖に対しても歩んでいける。
 例えそれが上手くいかなかったとしても、彼女たちがいれば私は苦痛に満たされることはないだろう。

 だって、彼女たちだけは他の誰とも違うのだと、もう私は知っているから。

 少ししてから、私たちはようやく森を出ることにした。
 三人で手を取り合って、いつも国中を旅する時のように、魔法による空間転移で町の付近まで移動する。
 町とそれに隣接する林を囲む草原に姿を現すと、胸に抱いている緊張が更に強さを増した。
 しかし両の手を握ってくれている二人の手の感触が、胸の鼓動を穏やかにしてくれる。

 私たちは三人で顔を見合わせてから、ゆっくりと町に向かって歩み出した。
 燦々と輝く日の光は、明るい昼を彩り、輝かしい道行を照らしているよう。
 不安と恐怖に満ちている私の心を反転させているかのように、明るく爽やかだ。

 その輝かしさと、何より前向きな二人に身を任せるようにしよう。
 これが上手くいけば、私たちの生活はきっとより良いものになるのだろうから。
 何より、私の大切な友人二人が喜んでくれるだろうから。

 そう前を向いて町の中に足を踏み入れた瞬間。
 何だかとても、嫌な予感が私の心を駆け抜けた。
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