上 下
761 / 984
第0章 Dormire

44 帰郷

しおりを挟む
 ────────────



『にんげんの国』の南端にある小さな町。
 ほぼ国外れといって相違ないその町は、ささやかながらも活気に溢れていた。
 林に並んだ町並みは、自然と混ざり合いながら豊かで穏やかな時を刻んでいる。

 巨木を囲む町の中心地が火災にあったのは、凡そ五年前のこと。
 多くの家屋、木々が焼失し倒壊したが、現在はその爪痕も大分ささやかなものになっている。
 倒壊物は撤去され、代わりに新しい建物が立ち、焼け落ちた木は新たなものが据えられた。
 万全とは言えずとも、町は以前の様相を取り戻しつつあった。

 小さな町故に火災は大事であったが、被害の程はとてつもなく大きいとは言えなかった。
 再建に注力し、人々が日々を励めば、暮らしぶりを取り戻すことは難しくはない。
 小さな町だからこそ、町民は力を合わせて再建に奮起したのだった。

 町の南には、怪物的な森がある。
 天高くそびえる不気味な巨木が群れた、奇怪な森だ。
 そこには町に災いをもたらした悪魔が住むとされ、町民は一層に恐れ、決して近づこうとはしなかった。
 一度は悪魔の討伐の声も上ったが、更なる災いを恐れ、触れないことを決め込んだのだ。

 それが功を奏したのか、以降町に超常的な災いは起きていない。
 少女の形をした悪魔の姿も、その後誰一人見かけていないという。
 国外れの森は、悪魔が住む森という畏怖の念だけを残し、誰に踏み入られることなくそこにあり続けた。

 ここ五年間は実害のない、悪魔が住むとされる森が近隣にある。それ以外は平凡で平和な町。
 その中心地にそびえる巨木の枝の上に、女が一人座っていた。
 いや、女というにはまだ未熟が見えるが、しかし少女というほど幼くもない。
 しかし成人に達していないその女は、やはり少女と呼ぶべきだろう。

 昼下がりの木漏れ日を浴びて、少女は木の幹に背を預けながら、片脚をだらりと枝から下ろして座り込んでいた。
 乗せたもう片方の脚は膝を立たせ、その上に器用に本を乗せて、緩やかにページをめくっている。
 林から抜けてきたそよ風が巨木の枝葉を撫で、彼女の乱雑な長髪を踊らせるため、少女はうざったそうに片手で髪を押さえた。

 切るかまとめるかすればいいだろうに、少女は面倒がってそれをしない。
 ただ無作為に伸ばした髪は整えることなくそのままで、身にまとう衣服は手軽さ重視の軽装でダボついたもの。
 およそ身嗜みと呼べるものを一切していない彼女だが、その目付きには聡明さが窺える。

 外見的な淡麗さには欠けるが、内側には輝くものを持つ。
 少女はそれで満足しているが故に、自身を一切取り繕おうとしないのだった。
 自分のことは自分がわかっていればいい。あるいは、わかって欲しい人にわかってもらえていれば、それでいいからだ。

「ん……?」

 ふと、少女は本から顔を上げ、巨木の上から見渡せる町並みに目を向けた。
 それと同時に一陣の風が吹き抜け、何かに気を取られた少女の髪をバサバサと拐い、そして本のページを乱した。
 しかし少女はそれに気に留めることなく、遠く町の北側に目を凝らす。

 そして瞳に小さな何かを映して、少女は一人ニィッと笑う。
 それはいつも淡白な彼女には珍しい、少女らしい花のような笑顔。
 しかし花に例えるには少し鮮やかさに欠ける、やや歪んだ笑みだった。
 だがそれでも、少女にとっては喜びによるもので間違いない。

「────まったく、人の虚を突くのは相変わらずか」

 少女はそう独言てから、どこまで読んだのかわからなくなった本をバタリと閉じた。今はもう、そんなことなどどうでもいい。
 閉じた本を小脇に挟むと、巨木の枝から滑るように身を落とし、三メートルはある高さからするりと地面に着地する。
 幼少期からこの木に登っている彼女にとって、この程度のことはもう造作でもない。

 少女は着地した勢いそのままに、木の上から見たものを目指して北の方に駆け出した。
 その足取りは軽くしなやかで、まるで好奇心に満ち溢れた子供のようだ。
 新しい玩具を手にした時のように、彼女にはもうそれしか見えていない。

 少女は風ではためく長髪を無視し、逸る気持ちを本を抱きしめることで抑え込みながら、一目散に走った。
 巨木のある中心地から伸びる町の大通り。町の北側は主に他の町々から来るものを迎え入れる場であり、大通りは北へ向かうほど人の行き交いが多くなる。
 そんな人の道行をかわしながら走った少女は、やっと目的のものを間近に捉えた。

 人の行き交いが多いとはいえ、元々大きくない町の人手。
 探し物を見つけるのに苦労はなく、そして目的のものを見失うこともなかった。
 少女はそのまま、視線の先にあるもう一人の少女に向かって走り続ける。

「あぁーーー! おーーーい!!!」

 白いローブに身を包んだポニーテールの少女が、彼女に気がついて満面の笑みを浮かべた。
 そして大手を振り上げて、駆け寄る少女に向けて同じように駆け出す。
 二人はお互い足を緩めることなく、駆け込んだ勢いのままにぶつかり合い、しかしどちらともよろめくことなく固く抱き合った。

「ただいま、イヴ! 会いたかったー!」
「帰ってくるならそう言いなよ、ホーリー。まったく君は……」

 奔放に明るい声で再会の喜びを上げるホーリーに、イブニングは嘆息を漏らす。
 しかし久しぶりの友人の帰還に歓喜の方が勝り、嫌味もそこそこに強く白い体を抱きしめた。

 町が火災に見舞われてから、五年が経った。
 二人の少女はすっかり大人び、十七歳になっている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美少女だらけの姫騎士学園に、俺だけ男。~神騎士LV99から始める強くてニューゲーム~

マナシロカナタ✨ラノベ作家✨子犬を助けた
ファンタジー
異世界💞推し活💞ファンタジー、開幕! 人気ソーシャルゲーム『ゴッド・オブ・ブレイビア』。 古参プレイヤー・加賀谷裕太(かがや・ゆうた)は、学校の階段を踏み外したと思ったら、なぜか大浴場にドボンし、ゲームに出てくるツンデレ美少女アリエッタ(俺の推し)の胸を鷲掴みしていた。 ふにょんっ♪ 「ひあんっ!」 ふにょん♪ ふにょふにょん♪ 「あんっ、んっ、ひゃん! って、いつまで胸を揉んでるのよこの変態!」 「ご、ごめん!」 「このっ、男子禁制の大浴場に忍び込むだけでなく、この私のむ、む、胸を! 胸を揉むだなんて!」 「ちょっと待って、俺も何が何だか分からなくて――」 「問答無用! もはやその行い、許し難し! かくなる上は、あなたに決闘を申し込むわ!」 ビシィッ! どうやら俺はゲームの中に入り込んでしまったようで、ラッキースケベのせいでアリエッタと決闘することになってしまったのだが。 なんと俺は最高位職のLv99神騎士だったのだ! この世界で俺は最強だ。 現実世界には未練もないし、俺はこの世界で推しの子アリエッタにリアル推し活をする!

1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!

マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。 今後ともよろしくお願いいたします! トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕! タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。 男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】 そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】 アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です! コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】 よろしくお願いいたします。 マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。 見てください。

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが集団お漏らしする話

赤髪命
大衆娯楽
※この作品は「校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話」のifバージョンとして、もっと渋滞がひどくトイレ休憩云々の前に高速道路上でバスが立ち往生していた場合を描く公式2次創作です。 前作との文体、文章量の違いはありますがその分キャラクターを濃く描いていくのでお楽しみ下さい。(評判が良ければ彼女たちの日常編もいずれ連載するかもです)

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

私たち、博麗学園おしがまクラブ(非公認)です! 〜特大膀胱JKたちのおしがま記録〜

赤髪命
青春
街のはずれ、最寄り駅からも少し離れたところにある私立高校、博麗学園。そのある新入生のクラスのお嬢様・高橋玲菜、清楚で真面目・内海栞、人懐っこいギャル・宮内愛海の3人には、膀胱が同年代の女子に比べて非常に大きいという特徴があった。 これは、そんな学校で普段はトイレにほとんど行かない彼女たちの爆尿おしがまの記録。 友情あり、恋愛あり、おしがまあり、そしておもらしもあり!? そんなおしがまクラブのドタバタ青春小説!

【R18】異世界魔剣士のハーレム冒険譚~病弱青年は転生し、極上の冒険と性活を目指す~

泰雅
ファンタジー
病弱ひ弱な青年「青峰レオ」は、その悲惨な人生を女神に同情され、異世界に転生することに。 女神曰く、異世界で人生をしっかり楽しめということらしいが、何か裏がある予感も。 そんなことはお構いなしに才覚溢れる冒険者となり、女の子とお近づきになりまくる状況に。 冒険もエロも楽しみたい人向け、大人の異世界転生冒険活劇始まります。 ・【♡(お相手の名前)】はとりあえずエロイことしています。悪しからず。 ・【☆】は挿絵があります。AI生成なので細部などの再現は甘いですが、キャラクターのイメージをお楽しみください。 ※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・思想・名称などとは一切関係ありません。 ※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません ※この物語のえちちなシーンがある登場人物は全員18歳以上の設定です。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...