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第0章 Dormire

5 来客

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 名乗り合ったことで、イヴニングとホーリーという二人の人間の少女は完全に私に気を許したようだった。
 対面した時の警戒心はもうなく、とても和やかな様子で私の近くまで歩み寄ってくる。
 子供ならではの無邪気さなのか、それとも人間とはそういう生き物なのか。
 それは定かではなかったけれど、私はなし崩し的に二人を小屋に招き入れることになった。

「わぁー! キレイなおうち!」

 小屋に入るなり、ホーリーは歓声を上げて中を駆け回った。
 私が一人で生活するための最低限の空間しかない屋内を見回って、すぐにベッドへと飛び乗る。
 来客などあったことがないから、椅子は一人分しかないのだから仕方ない。
 元気の良すぎる客人に戸惑いつつも私が何も言わないでいると、イヴニングもまたホーリーの隣にそっと腰掛けた。

 聞いたところによると、二人とも今年十二才になったばかりだということ。
 私も確か十二年を数えたところだったから、私たち三人は同い年というものみたい。
 人間の十二才、子供というのはこれくらいに無邪気で奔放なものなんだと、私は実物を見てようやく把握した。

 けれど相手がいくら子供とはいえ、来客はもてなさないといけない。
 私も一応、同じ人間なのだし。そして同い年の子供に当て嵌まるのだし。

 だからいつまでもベッドに座らせておくのは良くないと思って、私は椅子を増やすことにした。
 私があと二脚椅子が欲しいと意識を向けると、小屋の外に積んであった木材が屋内に飛び込んできて、それを材料に瞬時に椅子が組み上がる。
 それをテーブルの周りに揃て置くと、イヴニングとホーリーは口をポカンと開けていた。

「い、今のは……何だい?」

 何を固まっているのかと訝しんでいる私に、イヴニングはつっかえながら尋ねてきた。
 それを受けてようやく私は、自分の過ちに気付いた。
 私が持つこの力は、普通の人間は持ち得ないもの。だって人間は、神秘を持たない種族なのだから。

 知識としては知っていたけれど、他の人間と関わったことがなかったから忘れていた。
 自分の力や、それを持つことに疑問を持っていなかったせいで、平然と使ってしまった。
 何て説明しようか迷っていると、今度はホーリーが声を上げた。

「す、すごい! 今のどうやったの!? もう一回見せて!」

 警戒心を取り戻しつつあるイヴニングとは対照的に、ホーリーはキラキラと目を輝かせている。
 人間にとって神秘は羨望の対象であると同時に、物珍しいものでもある。
 本来人間が持ち得るはずがないことに訝しんでいるイヴニングとは違い、ホーリーは未知への好奇心の方が勝っているようだった。

「……私にも、よくはわからないの。生まれつき思い描くことを現実に興す力があって」
「生まれつき? 君はどこの生まれなんだい? 人間が神秘を持って生まれたのならば、大きな話題になっていてもおかしくないと思うけれど」
「私はこの森で生まれたの。それからずっと一人」

 イヴニングは私が創り出した新しい椅子に駆け寄ろうとしているホーリーを押さえながら、慎重に尋ねてくる。
 向けられる警戒心に私も警戒心で返しながら、けれど問いかけに対して事実だけを返した。
 そもそも会話に不慣れな私には、彼女がしてくるような探りや、虚偽を述べるような余裕はなかった。

 ただ、初めて対面する人間とのコミュニケーションで精一杯。
 相手からどう思われ、それに対して自分がどう感じ、何をしたいのかもわからず、何もかもあやふやだった。

 イヴニングは私の返答で更に難しい表情をしたけれど、ホーリーはさして気にしていなさそうに私にその燦々とした目を向けてきた。

「神秘の力が使えるなんて、アイリスはとってもすごい女の子なんだね! ねーねーもう一回見せてー!」
「ホーリー。君はもう少し警戒心を持った方がいいよ。人間が神秘を持ってるなんて、どう考えたって普通じゃない。それに、こんな森で子供がずっと一人っていうのも……」
「普通じゃなかったとしても、アイリスはアイリスでしょ? わたしたちと同じ女の子ってことには変わらないんだし、なんで警戒するの? オバケとかでもないしさー」

 ホーリーの純粋な問いかけに、イヴニングはうっと言葉を詰まらせた。
 私の知識としては、イヴニングが抱く警戒心の方が妥当だと感じられる。
 人間は神秘を持たず、そのことに劣等感を抱きずっと求めてきた種族。
 こんな辺境の森に一人で暮らす私のような人間が神秘を持っていたら、疑問を持たない方がおかしい。

 私はもっと慎重に行動するべきだった。
 そもそも私なんかが他の人間と関わり合いになるべきではなかったのかもしれない。
 今までずっと一人だったのだし、誰かと関わりたいと思ったこともなかったのだから。

「別にアイリス、何も悪いことしてないよ? 神秘を持ってることも、ただすごいことでしょ? そんな怖い顔なんてしないで、わたしは仲良くしたいなぁ……!」
「……まったく、君ってやつは」

 爛々と言葉を発するホーリーに、イヴニングは観念したように苦笑いを浮かべた。
 それからすぐに私の目を見て、警戒心を取り払った穏やかな表情に変えた。

「ごめんね、アイリス。悪気はなかったんだ。わたしはどうしても、何かと気にしちゃうタチでね。君がよかったら、仲良くしてくれると嬉しい」
「………………」

 その心境の変化が私には理解できず、すぐに返答の言葉が出てこなかった。
 私への対応としては、イヴニングのように疑問を抱くのが正しいというのに。
 それでも彼女たちは、私のことを自分たちと同じ女の子として、仲良くしたいという。

 その意図、心境は全くわからなかったけれど、不思議と悪い気はしなかった。
 人と関わりたいと思ったことはない私だけれど、だからといって特に関わりたくないと思っていたわけでもない。
 ただ今までは、そこに必要性を感じていなかっただけ。

 私は、イヴニングの言葉に無意識に頷いていた。
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