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幕間 秘めた想い

3 アリアの覚悟

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「おい、ちょっと待てよアリア!」

『まほうつかいの国』王都、『ダイヤの館』の地下にある薄暗い石造りの一室。
 人を招くには相応しくない古ぼけた椅子とテーブルだけが並ぶ、あまりにも粗末な空間。
 その古びた椅子に腰掛けながら、レオは震える声をあげた。

「お前、本気か? あの人を、今更信用できんのかよ!?」
「本気だよ。私はいつだって、ずっと本気」

 アリアは淡々と応えながら逃げる様に立ち上がり、背を向けて部屋の隅に足を進めた。
 しかしレオはそれを許さずに駆け寄り、冷たい石の壁にアリアを押し込む。
 覆いかぶさる様に立ちはだかるレオの顔をやはり見ず、アリアは彼の黒コートの胸元に視線を流した。

「ロード・デュークスがアリスに何をしようとしてるか。俺たちに何をしたのか、わかってんだろ? なのにどうして、あの人に付けるんだ!」
「説明したでしょう、レオ。ロード・デュークスの一番の目的は、アリスを殺すことじゃない。その中にあるドルミーレの力を破壊すること。その為のロードの計画は、理に適ってる。アリスを本当の意味で救う為には、ジャバウォックが必要なんだよ」
「けどよ……」

 アリアは静かにそう吐き出しながら、レオの胸に手を預ける。
 鍛えられた厚い胸板は、幼い頃と比べ物にならないくらい頼もしい。
 けれど頭の固さは相変わらずだ。

 ロード・デュークスに捕縛された後、アリアは彼の計画に賛同することに決めた。
 レオもまた必ず賛助させるという約束で、アリアは二人分の仮初の自由を得て、裏切りの処罰を受けずにここで逗留している。
 だから彼女は、絶対にレオを説得しなければならないのだが、この男にはそれが通じない。

「アリア……俺は納得しきれねぇよ。お前みたいに難しいことはわからねぇけどさ。でも俺には、アリスが傷つく様な気がしてならねぇんだ」
「それは…………でもレオ。これは私たちの当初の計画通りだったでしょ? ロード・デュークスのジャバウォックの研究の成果を利用する為に、私たちはずっとこの立場を守ってきたんだから」
「そりゃそうだけどよ。でもこれはなんだか、違う気がするんだ……」
「………………」

 壁につく手を握りながら不安を口にするレオに、アリアは思わず項垂れる。
 そのまま目の前の胸に頭を預けて、歯を食いしばった。

「他に、方法がないんだよ、レオ。私たちがあの人の部下になった時から、もう逃れることなんてできなかったの。なら、それを活用するしかないでしょ?」
「近道をしたつもりが、遠回りだったってことか……」

 肩を震わせ、しかし必死に涙を流さないでいるアリアに、レオをそっと腕を下ろした。
 その細い首に腕を回して、そっと抱き寄せる。

 アリスが国から疾走し、二人が魔女狩りを目指す様になってからアリアが見つけたもの。
 ドルミーレを打倒しうる可能性がある伝承。混沌の魔物ジャバウォック。
 ロード・デュークスがその研究をしている可能性があると嗅ぎつけ、二人は彼の元に志願した。
 しかし二人は自分たちの願いに気を取られ、デュークスという男の本質、その目的に目を向けてはいなかった。

 しかし後悔してももう遅い。
 二人はそれが最善だと信じ、ここまで進んできたのだから。
 今更引き返すことも、道を変えることもできはしない。

「なぁ、アリア。お前……アリスを殺そうだなんてことは、考えてないよな……?」
「当たり前でしょ。アンタじゃ、ないんだから」

 レオの弱々しい問いかけに、アリアは預けていた頭をぐいっと胸に押し付けた。
 その圧迫感にレオは少し呻きながら、「悪い」とバツが悪そうに謝る。

 しかしレオの心配も仕方がないと、アリアは内心理解していた。
 ドルミーレを内包するアリスの、その心を救おうとする二人の想いはそう簡単ではない。
 彼女を解放するという意味では、彼女諸共、ともいうのも最終手段として存在する。
 しかし、それをしない為に身を粉にしてきたのだ。

 レオは恐らく、自分と同じ様な選択をアリアがしようとしているのではないかと、それを危惧している。
 レオの身を守る為、アリスには心の救済という形をとろうとしているのではないかと。

 しかしアリアにそんな選択肢はなかった。二人の命を天秤にかけ、片方を選ぶことなどできない。
 二人とも同じく愛おしく、その命は掛け替えがない。
 アリアにとって二人は大切な親友であると同時に、弟や妹の様な存在だからだ。
 だってアリアは、一番のお姉さんなのだから。

「でもね、レオ。私は、覚悟は決めてるの」
「…………?」
「あの子の命も心も、何が何でも守る。その為なら私は、あの子に憎まれたって……構わない」
「アリア、お前……」

 顔をうずめたまま、噛み締めるように言葉を吐き出すアリアに、レオは声を詰まらせた。
 アリスに対するアリアの気持ちは、レオもよくわかっている。自分だって同じだからだ。
 それと同時に、アリアという少女の気性も、いやというほどわかっている。
 彼女は親友のためならば、どこまでも盲目になれると。

 しかしだからこそ、自分がしっかりと支えなければならない。
 レオはアリアを抱きしめる腕に力を込めた。

「あんまり、思いつめんな。お前のこともアリスのことも俺が────」
「お願い、レオ」

 ぐいっと体を押し除け、レオの腕から逃れるアリア。
 しかしレオのコートの胸元を握りしめ、縋るようにその顔をあげる。
 勢いで、一雫だけ涙が頬を伝った。

「私の言うことを聞いてよ、レオ。お願いだから……!」
「………………」

 レオは、口にするべき答えを見つけることができなかった。



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