715 / 984
幕間 秘めた想い
3 アリアの覚悟
しおりを挟む
────────────
「おい、ちょっと待てよアリア!」
『まほうつかいの国』王都、『ダイヤの館』の地下にある薄暗い石造りの一室。
人を招くには相応しくない古ぼけた椅子とテーブルだけが並ぶ、あまりにも粗末な空間。
その古びた椅子に腰掛けながら、レオは震える声をあげた。
「お前、本気か? あの人を、今更信用できんのかよ!?」
「本気だよ。私はいつだって、ずっと本気」
アリアは淡々と応えながら逃げる様に立ち上がり、背を向けて部屋の隅に足を進めた。
しかしレオはそれを許さずに駆け寄り、冷たい石の壁にアリアを押し込む。
覆いかぶさる様に立ちはだかるレオの顔をやはり見ず、アリアは彼の黒コートの胸元に視線を流した。
「ロード・デュークスがアリスに何をしようとしてるか。俺たちに何をしたのか、わかってんだろ? なのにどうして、あの人に付けるんだ!」
「説明したでしょう、レオ。ロード・デュークスの一番の目的は、アリスを殺すことじゃない。その中にあるドルミーレの力を破壊すること。その為のロードの計画は、理に適ってる。アリスを本当の意味で救う為には、ジャバウォックが必要なんだよ」
「けどよ……」
アリアは静かにそう吐き出しながら、レオの胸に手を預ける。
鍛えられた厚い胸板は、幼い頃と比べ物にならないくらい頼もしい。
けれど頭の固さは相変わらずだ。
ロード・デュークスに捕縛された後、アリアは彼の計画に賛同することに決めた。
レオもまた必ず賛助させるという約束で、アリアは二人分の仮初の自由を得て、裏切りの処罰を受けずにここで逗留している。
だから彼女は、絶対にレオを説得しなければならないのだが、この男にはそれが通じない。
「アリア……俺は納得しきれねぇよ。お前みたいに難しいことはわからねぇけどさ。でも俺には、アリスが傷つく様な気がしてならねぇんだ」
「それは…………でもレオ。これは私たちの当初の計画通りだったでしょ? ロード・デュークスのジャバウォックの研究の成果を利用する為に、私たちはずっとこの立場を守ってきたんだから」
「そりゃそうだけどよ。でもこれはなんだか、違う気がするんだ……」
「………………」
壁につく手を握りながら不安を口にするレオに、アリアは思わず項垂れる。
そのまま目の前の胸に頭を預けて、歯を食いしばった。
「他に、方法がないんだよ、レオ。私たちがあの人の部下になった時から、もう逃れることなんてできなかったの。なら、それを活用するしかないでしょ?」
「近道をしたつもりが、遠回りだったってことか……」
肩を震わせ、しかし必死に涙を流さないでいるアリアに、レオをそっと腕を下ろした。
その細い首に腕を回して、そっと抱き寄せる。
アリスが国から疾走し、二人が魔女狩りを目指す様になってからアリアが見つけたもの。
ドルミーレを打倒しうる可能性がある伝承。混沌の魔物ジャバウォック。
ロード・デュークスがその研究をしている可能性があると嗅ぎつけ、二人は彼の元に志願した。
しかし二人は自分たちの願いに気を取られ、デュークスという男の本質、その目的に目を向けてはいなかった。
しかし後悔してももう遅い。
二人はそれが最善だと信じ、ここまで進んできたのだから。
今更引き返すことも、道を変えることもできはしない。
「なぁ、アリア。お前……アリスを殺そうだなんてことは、考えてないよな……?」
「当たり前でしょ。アンタじゃ、ないんだから」
レオの弱々しい問いかけに、アリアは預けていた頭をぐいっと胸に押し付けた。
その圧迫感にレオは少し呻きながら、「悪い」とバツが悪そうに謝る。
しかしレオの心配も仕方がないと、アリアは内心理解していた。
ドルミーレを内包するアリスの、その心を救おうとする二人の想いはそう簡単ではない。
彼女を解放するという意味では、彼女諸共、ともいうのも最終手段として存在する。
しかし、それをしない為に身を粉にしてきたのだ。
レオは恐らく、自分と同じ様な選択をアリアがしようとしているのではないかと、それを危惧している。
レオの身を守る為、アリスには心の救済という形をとろうとしているのではないかと。
しかしアリアにそんな選択肢はなかった。二人の命を天秤にかけ、片方を選ぶことなどできない。
二人とも同じく愛おしく、その命は掛け替えがない。
アリアにとって二人は大切な親友であると同時に、弟や妹の様な存在だからだ。
だってアリアは、一番のお姉さんなのだから。
「でもね、レオ。私は、覚悟は決めてるの」
「…………?」
「あの子の命も心も、何が何でも守る。その為なら私は、あの子に憎まれたって……構わない」
「アリア、お前……」
顔を埋めたまま、噛み締めるように言葉を吐き出すアリアに、レオは声を詰まらせた。
アリスに対するアリアの気持ちは、レオもよくわかっている。自分だって同じだからだ。
それと同時に、アリアという少女の気性も、いやというほどわかっている。
彼女は親友のためならば、どこまでも盲目になれると。
しかしだからこそ、自分がしっかりと支えなければならない。
レオはアリアを抱きしめる腕に力を込めた。
「あんまり、思いつめんな。お前のこともアリスのことも俺が────」
「お願い、レオ」
ぐいっと体を押し除け、レオの腕から逃れるアリア。
しかしレオのコートの胸元を握りしめ、縋るようにその顔をあげる。
勢いで、一雫だけ涙が頬を伝った。
「私の言うことを聞いてよ、レオ。お願いだから……!」
「………………」
レオは、口にするべき答えを見つけることができなかった。
────────────
「おい、ちょっと待てよアリア!」
『まほうつかいの国』王都、『ダイヤの館』の地下にある薄暗い石造りの一室。
人を招くには相応しくない古ぼけた椅子とテーブルだけが並ぶ、あまりにも粗末な空間。
その古びた椅子に腰掛けながら、レオは震える声をあげた。
「お前、本気か? あの人を、今更信用できんのかよ!?」
「本気だよ。私はいつだって、ずっと本気」
アリアは淡々と応えながら逃げる様に立ち上がり、背を向けて部屋の隅に足を進めた。
しかしレオはそれを許さずに駆け寄り、冷たい石の壁にアリアを押し込む。
覆いかぶさる様に立ちはだかるレオの顔をやはり見ず、アリアは彼の黒コートの胸元に視線を流した。
「ロード・デュークスがアリスに何をしようとしてるか。俺たちに何をしたのか、わかってんだろ? なのにどうして、あの人に付けるんだ!」
「説明したでしょう、レオ。ロード・デュークスの一番の目的は、アリスを殺すことじゃない。その中にあるドルミーレの力を破壊すること。その為のロードの計画は、理に適ってる。アリスを本当の意味で救う為には、ジャバウォックが必要なんだよ」
「けどよ……」
アリアは静かにそう吐き出しながら、レオの胸に手を預ける。
鍛えられた厚い胸板は、幼い頃と比べ物にならないくらい頼もしい。
けれど頭の固さは相変わらずだ。
ロード・デュークスに捕縛された後、アリアは彼の計画に賛同することに決めた。
レオもまた必ず賛助させるという約束で、アリアは二人分の仮初の自由を得て、裏切りの処罰を受けずにここで逗留している。
だから彼女は、絶対にレオを説得しなければならないのだが、この男にはそれが通じない。
「アリア……俺は納得しきれねぇよ。お前みたいに難しいことはわからねぇけどさ。でも俺には、アリスが傷つく様な気がしてならねぇんだ」
「それは…………でもレオ。これは私たちの当初の計画通りだったでしょ? ロード・デュークスのジャバウォックの研究の成果を利用する為に、私たちはずっとこの立場を守ってきたんだから」
「そりゃそうだけどよ。でもこれはなんだか、違う気がするんだ……」
「………………」
壁につく手を握りながら不安を口にするレオに、アリアは思わず項垂れる。
そのまま目の前の胸に頭を預けて、歯を食いしばった。
「他に、方法がないんだよ、レオ。私たちがあの人の部下になった時から、もう逃れることなんてできなかったの。なら、それを活用するしかないでしょ?」
「近道をしたつもりが、遠回りだったってことか……」
肩を震わせ、しかし必死に涙を流さないでいるアリアに、レオをそっと腕を下ろした。
その細い首に腕を回して、そっと抱き寄せる。
アリスが国から疾走し、二人が魔女狩りを目指す様になってからアリアが見つけたもの。
ドルミーレを打倒しうる可能性がある伝承。混沌の魔物ジャバウォック。
ロード・デュークスがその研究をしている可能性があると嗅ぎつけ、二人は彼の元に志願した。
しかし二人は自分たちの願いに気を取られ、デュークスという男の本質、その目的に目を向けてはいなかった。
しかし後悔してももう遅い。
二人はそれが最善だと信じ、ここまで進んできたのだから。
今更引き返すことも、道を変えることもできはしない。
「なぁ、アリア。お前……アリスを殺そうだなんてことは、考えてないよな……?」
「当たり前でしょ。アンタじゃ、ないんだから」
レオの弱々しい問いかけに、アリアは預けていた頭をぐいっと胸に押し付けた。
その圧迫感にレオは少し呻きながら、「悪い」とバツが悪そうに謝る。
しかしレオの心配も仕方がないと、アリアは内心理解していた。
ドルミーレを内包するアリスの、その心を救おうとする二人の想いはそう簡単ではない。
彼女を解放するという意味では、彼女諸共、ともいうのも最終手段として存在する。
しかし、それをしない為に身を粉にしてきたのだ。
レオは恐らく、自分と同じ様な選択をアリアがしようとしているのではないかと、それを危惧している。
レオの身を守る為、アリスには心の救済という形をとろうとしているのではないかと。
しかしアリアにそんな選択肢はなかった。二人の命を天秤にかけ、片方を選ぶことなどできない。
二人とも同じく愛おしく、その命は掛け替えがない。
アリアにとって二人は大切な親友であると同時に、弟や妹の様な存在だからだ。
だってアリアは、一番のお姉さんなのだから。
「でもね、レオ。私は、覚悟は決めてるの」
「…………?」
「あの子の命も心も、何が何でも守る。その為なら私は、あの子に憎まれたって……構わない」
「アリア、お前……」
顔を埋めたまま、噛み締めるように言葉を吐き出すアリアに、レオは声を詰まらせた。
アリスに対するアリアの気持ちは、レオもよくわかっている。自分だって同じだからだ。
それと同時に、アリアという少女の気性も、いやというほどわかっている。
彼女は親友のためならば、どこまでも盲目になれると。
しかしだからこそ、自分がしっかりと支えなければならない。
レオはアリアを抱きしめる腕に力を込めた。
「あんまり、思いつめんな。お前のこともアリスのことも俺が────」
「お願い、レオ」
ぐいっと体を押し除け、レオの腕から逃れるアリア。
しかしレオのコートの胸元を握りしめ、縋るようにその顔をあげる。
勢いで、一雫だけ涙が頬を伝った。
「私の言うことを聞いてよ、レオ。お願いだから……!」
「………………」
レオは、口にするべき答えを見つけることができなかった。
────────────
0
お気に入りに追加
99
あなたにおすすめの小説
チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!
芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️
ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。
嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる!
転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。
新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか??
更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
美少女だらけの姫騎士学園に、俺だけ男。~神騎士LV99から始める強くてニューゲーム~
マナシロカナタ✨ラノベ作家✨子犬を助けた
ファンタジー
異世界💞推し活💞ファンタジー、開幕!
人気ソーシャルゲーム『ゴッド・オブ・ブレイビア』。
古参プレイヤー・加賀谷裕太(かがや・ゆうた)は、学校の階段を踏み外したと思ったら、なぜか大浴場にドボンし、ゲームに出てくるツンデレ美少女アリエッタ(俺の推し)の胸を鷲掴みしていた。
ふにょんっ♪
「ひあんっ!」
ふにょん♪ ふにょふにょん♪
「あんっ、んっ、ひゃん! って、いつまで胸を揉んでるのよこの変態!」
「ご、ごめん!」
「このっ、男子禁制の大浴場に忍び込むだけでなく、この私のむ、む、胸を! 胸を揉むだなんて!」
「ちょっと待って、俺も何が何だか分からなくて――」
「問答無用! もはやその行い、許し難し! かくなる上は、あなたに決闘を申し込むわ!」
ビシィッ!
どうやら俺はゲームの中に入り込んでしまったようで、ラッキースケベのせいでアリエッタと決闘することになってしまったのだが。
なんと俺は最高位職のLv99神騎士だったのだ!
この世界で俺は最強だ。
現実世界には未練もないし、俺はこの世界で推しの子アリエッタにリアル推し活をする!
キャンピングカーで往く異世界徒然紀行
タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》
【書籍化!】
コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。
早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。
そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。
道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが…
※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜
※カクヨム様でも投稿をしております
1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!
マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。
今後ともよろしくお願いいたします!
トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕!
タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。
男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】
そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】
アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です!
コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】
よろしくお願いいたします。
マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。
見てください。
校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが集団お漏らしする話
赤髪命
大衆娯楽
※この作品は「校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話」のifバージョンとして、もっと渋滞がひどくトイレ休憩云々の前に高速道路上でバスが立ち往生していた場合を描く公式2次創作です。
前作との文体、文章量の違いはありますがその分キャラクターを濃く描いていくのでお楽しみ下さい。(評判が良ければ彼女たちの日常編もいずれ連載するかもです)
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜
墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。
主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。
異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……?
召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。
明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる