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第7章 リアリスティック・ドリームワールド
138 空虚な闇
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「本当はもう少し眠っていようと思っていたけれど、まぁいいでしょう。私の世界をこれ以上掻き乱されるのも御免だし、あなたを見ているのもうんざりしてきたしね」
森の黒い木々がバキバキと音を立てて折れ曲がり、枝を伸ばして変形する。
炭の様に黒ずみ硬化した枝が縦横無尽に伸び広がって、まるで荊棘のようにトゲトゲと周囲に突き刺さり、ドルミーレと共に私たちを囲んだ。
ドルミーレはそんな中で静かに黒い笑みを浮かべ、私を試す様に視線を向けてくる。
「あなたの目的は、一体……。目を覚まして、何をしようとしているの!?」
「さぁ。あなたには関係ないことよ。幻影に過ぎないあなたには」
ドルミーレの含んだ笑みに嫌な予感を覚えながら、私はレイくんの前に出て剣を強く握った。
しかしレイくんはすぐに私の隣に歩み出てきて、そっと手を重ねてくれた。
その温もりが心強くて、騒つく心は一気に晴れた。
「ちっぽけな心で私に歯向かうのなら、精々抗いなさい。まぁあなたに、それだけの強さがあればの話だけれど」
突然、ドルミーレから黒い力の波動が吹き荒れた。
彼女の力、存在感、感情。その全てが可視化した様な、闇よりも深い黒の波動。
暗闇の森すらも埋め尽くす様な闇が彼女の体から溢れ出して、私たちに覆いかぶさってきた。
ここは心の中で、しかも最深部のドルミーレの領域。
その中で、私には力を使える気配が全くなかった。
だから今私に抗える手段は、この手にある『真理の剣』と自分自身の心だけ。
だから私は無我夢中で純白の剣を目の前に突き出し、黒の波動に対抗した。
濁流のように迫りくる闇を純白の鋒が切り裂いて、辛うじて直撃を免れる。
しかしそれでも彼女の邪悪な力が周囲を埋め尽くし、そこから伝播する冷たい感情が私の精神に食い込んで来た。
暗く重く冷たい感情。孤独と寂しさに塗れた、苦痛が支配する闇。
全ての幸福を棄却して、虚無の彼方へと落ちていくような、そんな絶望感。
それほどまでに空虚なのに、込められた力は底知れず、まるで世界そのものがのしかかってきているかのように大きく重い。
これが、ドルミーレが背負い培ってきた力と心。
漲る力に満たされているようで、けれどどうしよもなく寂しく虚だ。
力の代償なのか、それとも孤独故の力なのか。
どちらにしてもこれは決して素晴らしいものではなく、あまりにも悲しいものだと思った。
人が追い求めてはいけない、そうするべきではないものだ。
「ぅ、あっ…………」
けれど確かに、強い。あまりにも重い。
私一人では決して抱えきれない重みがそこにあり、そして堪えきれないほどの悲しさに満ちている。
今すぐこの重圧に飲まれてしまってもおかしくはない。
この冷たい感情に晒され続けていたら、気が狂ってしまいそうだ。
こうして立ち向かっている今も、この孤独に感化されて、私の心が様々な悲しみを想起する。
今まで味わってきた沢山の恐怖。大切なものを失った悲しみ。人とすれ違うことの苦痛。
様々な痛みが一気に心に溢れかえって、それが彼女の感情と混ざり合い、頭がおかしくなりそうだ。
感情は沈み、嫌なことばかりを想像してしまう。思い浮かべる最悪の未来が、心を蝕んでいく。
こんな悲しい感情に塗れ続けるのならば、一思いに消えてしまいたいと、そう思ってしまうほどに。
「────アリスちゃん、飲まれちゃダメだ! 君が自分に目を向け続けなきゃ、誰の心も届かない!」
闇の濁流に包まれる中、レイくんが私の手を強く握った。
その声が、心が、闇に飲まれそうになっていた私の心を奮い立たせる。
そうだ。挫けている場合じゃない。飲まれている場合じゃない。
どんなに冷たく悲しくても、私は前を向き続けないとけないんだ。
私を想い、繋がり守ってくれる沢山の人のために、前に進み続けきゃいけない。
私の大切な人たちが、私の存在を証明してくれる。
夢から生まれた幻影でしかない私を、みんなの繋がりが形にしてくれる。
だから、私自身が自分を見失っちゃいけないんだ。
どんなにドルミーレが、強くても……!
「負け、ない……私は、絶対に……!」
強く強く、想いを込めて『真理の剣』を突き出す。
この心の全身全霊を注いで、降りかかる闇を切り裂かんと剣を握る。
けれど、迫りくる力はあまりにも強大すぎて。
街を飲み込む津波を人一人で押さえ込もうとしているような現状は、あまりにも無謀が過ぎる。
ドルミーレの力がギリギリと全身を圧迫し、剥き出しの心に浸食してくる。
指先が冷たくかじかんで、剣を握っている感覚がわからなくなりそうになりながら。
それでも私は、闇の中心にいるドルミーレから決して目を離さなかった。
「口程にもないわね。今は堪えているけれど、時間の問題。さっさと、消えてしましなさい」
這いつくばるように闇の濁流に抗う私を嗤って、ドルミーレは吐き捨てるように言った。
それと同時に黒い力の勢いは増し、彼女の姿すらも覆い尽くして私に迫ってきた。
これが彼女の抱いている心の闇。孤独に眠る心の力。
私とは比べるべくもないその強大さに、笑ってしまいそうになる。
けれど、それがなんだっていうんだ。心の強さでは、絶対に負けてない。
だって私は、いつだって一人じゃないんだから。
自分の心を信じる。この心に繋がってくれているみんなを信じる。
それが、それこそが私だけの力だから。
彼女から派生した、彼女の夢でしかない私の、唯一誇れるものだから。
「ドルミーレ! あなたにだけは────────!」
負けない。負けてたまるか。
だって彼女に負けたら私は、本当に何もかもを失ってしまう。
彼女に負けることは、みんなとの繋がりを失ってしまうということだから。
そんなこと、絶対に嫌だ……!
体の感覚がなくなっていくのを感じながら、気持ちだけで『真理の剣』を構え続ける。
全身が冷たくなって、虚無感と喪失感が支配していく。
それでもこの心の中心に灯る熱い気持ちだけが、私の存在を保ち続けた。
しかしそれでも、宇宙のように果てしない黒の力はあまりにも強大で。
どうしたらいいのかわからなくなりながも、踏ん張り続けていた、その時────
『アリス!!!』
心温まる声と共に、目の前で白い光が弾けた。
森の黒い木々がバキバキと音を立てて折れ曲がり、枝を伸ばして変形する。
炭の様に黒ずみ硬化した枝が縦横無尽に伸び広がって、まるで荊棘のようにトゲトゲと周囲に突き刺さり、ドルミーレと共に私たちを囲んだ。
ドルミーレはそんな中で静かに黒い笑みを浮かべ、私を試す様に視線を向けてくる。
「あなたの目的は、一体……。目を覚まして、何をしようとしているの!?」
「さぁ。あなたには関係ないことよ。幻影に過ぎないあなたには」
ドルミーレの含んだ笑みに嫌な予感を覚えながら、私はレイくんの前に出て剣を強く握った。
しかしレイくんはすぐに私の隣に歩み出てきて、そっと手を重ねてくれた。
その温もりが心強くて、騒つく心は一気に晴れた。
「ちっぽけな心で私に歯向かうのなら、精々抗いなさい。まぁあなたに、それだけの強さがあればの話だけれど」
突然、ドルミーレから黒い力の波動が吹き荒れた。
彼女の力、存在感、感情。その全てが可視化した様な、闇よりも深い黒の波動。
暗闇の森すらも埋め尽くす様な闇が彼女の体から溢れ出して、私たちに覆いかぶさってきた。
ここは心の中で、しかも最深部のドルミーレの領域。
その中で、私には力を使える気配が全くなかった。
だから今私に抗える手段は、この手にある『真理の剣』と自分自身の心だけ。
だから私は無我夢中で純白の剣を目の前に突き出し、黒の波動に対抗した。
濁流のように迫りくる闇を純白の鋒が切り裂いて、辛うじて直撃を免れる。
しかしそれでも彼女の邪悪な力が周囲を埋め尽くし、そこから伝播する冷たい感情が私の精神に食い込んで来た。
暗く重く冷たい感情。孤独と寂しさに塗れた、苦痛が支配する闇。
全ての幸福を棄却して、虚無の彼方へと落ちていくような、そんな絶望感。
それほどまでに空虚なのに、込められた力は底知れず、まるで世界そのものがのしかかってきているかのように大きく重い。
これが、ドルミーレが背負い培ってきた力と心。
漲る力に満たされているようで、けれどどうしよもなく寂しく虚だ。
力の代償なのか、それとも孤独故の力なのか。
どちらにしてもこれは決して素晴らしいものではなく、あまりにも悲しいものだと思った。
人が追い求めてはいけない、そうするべきではないものだ。
「ぅ、あっ…………」
けれど確かに、強い。あまりにも重い。
私一人では決して抱えきれない重みがそこにあり、そして堪えきれないほどの悲しさに満ちている。
今すぐこの重圧に飲まれてしまってもおかしくはない。
この冷たい感情に晒され続けていたら、気が狂ってしまいそうだ。
こうして立ち向かっている今も、この孤独に感化されて、私の心が様々な悲しみを想起する。
今まで味わってきた沢山の恐怖。大切なものを失った悲しみ。人とすれ違うことの苦痛。
様々な痛みが一気に心に溢れかえって、それが彼女の感情と混ざり合い、頭がおかしくなりそうだ。
感情は沈み、嫌なことばかりを想像してしまう。思い浮かべる最悪の未来が、心を蝕んでいく。
こんな悲しい感情に塗れ続けるのならば、一思いに消えてしまいたいと、そう思ってしまうほどに。
「────アリスちゃん、飲まれちゃダメだ! 君が自分に目を向け続けなきゃ、誰の心も届かない!」
闇の濁流に包まれる中、レイくんが私の手を強く握った。
その声が、心が、闇に飲まれそうになっていた私の心を奮い立たせる。
そうだ。挫けている場合じゃない。飲まれている場合じゃない。
どんなに冷たく悲しくても、私は前を向き続けないとけないんだ。
私を想い、繋がり守ってくれる沢山の人のために、前に進み続けきゃいけない。
私の大切な人たちが、私の存在を証明してくれる。
夢から生まれた幻影でしかない私を、みんなの繋がりが形にしてくれる。
だから、私自身が自分を見失っちゃいけないんだ。
どんなにドルミーレが、強くても……!
「負け、ない……私は、絶対に……!」
強く強く、想いを込めて『真理の剣』を突き出す。
この心の全身全霊を注いで、降りかかる闇を切り裂かんと剣を握る。
けれど、迫りくる力はあまりにも強大すぎて。
街を飲み込む津波を人一人で押さえ込もうとしているような現状は、あまりにも無謀が過ぎる。
ドルミーレの力がギリギリと全身を圧迫し、剥き出しの心に浸食してくる。
指先が冷たくかじかんで、剣を握っている感覚がわからなくなりそうになりながら。
それでも私は、闇の中心にいるドルミーレから決して目を離さなかった。
「口程にもないわね。今は堪えているけれど、時間の問題。さっさと、消えてしましなさい」
這いつくばるように闇の濁流に抗う私を嗤って、ドルミーレは吐き捨てるように言った。
それと同時に黒い力の勢いは増し、彼女の姿すらも覆い尽くして私に迫ってきた。
これが彼女の抱いている心の闇。孤独に眠る心の力。
私とは比べるべくもないその強大さに、笑ってしまいそうになる。
けれど、それがなんだっていうんだ。心の強さでは、絶対に負けてない。
だって私は、いつだって一人じゃないんだから。
自分の心を信じる。この心に繋がってくれているみんなを信じる。
それが、それこそが私だけの力だから。
彼女から派生した、彼女の夢でしかない私の、唯一誇れるものだから。
「ドルミーレ! あなたにだけは────────!」
負けない。負けてたまるか。
だって彼女に負けたら私は、本当に何もかもを失ってしまう。
彼女に負けることは、みんなとの繋がりを失ってしまうということだから。
そんなこと、絶対に嫌だ……!
体の感覚がなくなっていくのを感じながら、気持ちだけで『真理の剣』を構え続ける。
全身が冷たくなって、虚無感と喪失感が支配していく。
それでもこの心の中心に灯る熱い気持ちだけが、私の存在を保ち続けた。
しかしそれでも、宇宙のように果てしない黒の力はあまりにも強大で。
どうしたらいいのかわからなくなりながも、踏ん張り続けていた、その時────
『アリス!!!』
心温まる声と共に、目の前で白い光が弾けた。
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