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第7章 リアリスティック・ドリームワールド
136 孤高に憧れ、優しさの味を知る
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妖精は大自然の権化。世界を構成するあらゆる要素を司る存在です。
妖精の多くはエネルギーや環境、物質を管理する者たちですが、形無きものを扱う者もいました。
その内の一種が、希少属性・感情の妖精。レイは、そこから生じた存在でした。
この世に存在する全ての生物には、心があり感情が灯っています。
人や動物、虫、森の木々や草花にも。
そういった世界を埋め尽くす感情を管理し、この世の命に豊かさを与えるのが彼らの役割でした。
様々な種類の妖精が暮らす『ようせいの国』は、自然に溢れた豊かな国です。
緑が多く水は清らか。柔らかく流れる風に、恵み溢れる土。そして命を灯す炎。
世界の自然の安寧の発祥たる『ようせいの国』は、世界のどこよりも伸び伸びと、漲る神秘と共に生きていました。
そんな『ようせいの国』に一人の人間の少女が訪れたのは、今から二千年ほど前のことでした。
唯一神秘を持たない人間では、そうでなくとも一個人では想像できないほどの力を持った少女でした。
群体である妖精が、その全属性で束になっても到底達しないほどの力を小さな身に抱える少女。
その少女は、自らをドルミーレと名乗りました。
その来訪が、大勢のうちの一人でしかなかったレイと、彼女の出会いでした。
大きな力を持って尚、その力の使い方を知らなかったドルミーレに、妖精たちは手を貸すことにしました。
十数年程の時しか重ねていない少女は、自然と共にあり老いという概念がいない妖精にとっては、赤子の様なものだったからです。
幼く弱い存在には手を差し伸べ助けてあげようと、妖精たちはドルミーレを迎えました。
様々な属性の妖精たちが入れ替わり立ち代わり彼女の元を訪れ、様々な力の流れを教えました。
右も左もわかっていなかったドルミーレは、その全てに興味を示し、瞬く間に吸収していったのです。
その中でドルミーレは、レイたち感情の妖精の力に一際関心を示しました。
この世界における心という概念。その中で移ろう感情の流れ。
ドルミーレはそれらについてよく学びましたが、しかし彼女本人は最初から一度たりとも、誰にも心を開きませんでした。
そんな彼女に、レイは興味を持つ様になったのです。
心を学びながら決して心を開かず、ただひたすらに力を貪る少女。
妖精たちから力の使い方を吸収しながらも、決して交流をしようとはしない少女。
そんな彼女に、レイは何度か尋ねてみたことがありました。
どうして力を扱う術を求めるのか。何をしようとしているのか、と。
しかしドルミーレは、それを決して語りはしませんでした。
彼女と時を重ねれば重ねるほど、レイの疑問は増えるばかりでした。
妖精と違い決められた枠組みなどなく、課せられた役割もなく、何にも囚われない彼女は、その自由な心をどのように使おうとしているのか。
世界を動かすほどの力を持つ彼女は、その果てに何を目指すのか。
疑問と興味は混ざり合い、レイは常に彼女を追う様になりました。
ドルミーレが力の使い方を見出し、それを魔法と定義して『ようせいの国』を去った後も、レイは彼女を忘れることができませんでした。
大いなる力を持った偉大な少女。その何にも囚われない自由さゆえに、何をするかわからない少女。
そんな彼女の無限大の可能性に、レイは惹かれていたのです。
感情の妖精は世界の多くを見渡す属性。
レイはその立場を利用して、度々ドルミーレの元を訪れました。
一度たりとも歓迎されたことはありません。
けれどそれでもレイは、ドルミーレの傍で彼女の心を感じられるのが幸せだったのです。
そうやって彼女の元に訪れるにつれ理解したのは、彼女の深い孤独でした。
本来神秘を持たない人間は、彼女の大いなる力が理解できずに恐れ、虐げていたのです。
レイはその事実を怒り嘆きましたが、しかし多くの人間の考えを根本的に変えることは、感情を司る妖精でもできませんでした。
なのでレイは、ドルミーレの元に足繁く通い続け、その心と力を見守り続けました。
喜ばれず、寧ろ邪険に扱われようとも。
大いなる力を持ちつつも一人心を閉ざすドルミーレが、何を成すのかを見たかったから。
そして何より、ドルミーレという孤高の女に憧れていたから。
群体である妖精には、一人という概念がなかったからです。
そうしてレイは、事ある毎にドルミーレの元を訪れました。
彼女が生まれ育った森にも。その後居を構えたお花畑の城にも。
その中でレイは、世界の命運を左右する出来事を目の当たりにしました。
しかしそれはドルミーレの孤独を加速させることとなり、そして、やがてその時を迎えたのです。
レイは、ドルミーレが純白の剣で貫かれた時、その場に居合わせていました。
けれど、何もできなかったのです。ちっぽけないち妖精であるレイには、何をすることもできなかったのです。
しかし偶々そこに居合わせたことで、レイはドルミーレの呪いを間近で受け、変質してしまいました。
呪いは瞬く間に人間の国を覆い尽くし、多くの人々が侵されました。
そしてレイもまたそれを受けたと知った仲間たちは、繋がっている自分たちへの影響を恐れ、レイとの繋がりを絶ったのです。
身を切り、魂を引き裂くような痛みを伴ど、属性の者全てが呪いに侵されることを阻止するために。
そしてレイは、唐突に孤独を叩きつけられたのです。
大自然の一員として多くの同種と共に過ごし、希少な属性とはいえ複数の仲間と精神が繋がっていたレイに訪れた初めての孤独。
それは想像を絶する恐怖であり、しかしそれを感じたことでドルミーレが抱いていたものを理解したのです。
その時からレイは、その呪いを抱いてドルミーレの後を歩むことを決めたのでした。
彼女の心と、その孤独に報いるために。
妖精でありながら繋がりの断ち切れたレイは、妖精としての生き方を貫くことが難しくなっていました。
存在としての力は保たれていれど、大自然の環から外されたレイには妖精の役割を果たすことができなくなっていたのです。
それに呪いによって変質したその肉体は、到底普通の妖精と呼べるものではなくなっていました。
それ故にレイは、後に魔女と呼ばれる存在として生きていくことを覚悟したのです。
ドルミーレが討ち果たされたことで、元より彼女を忌み嫌ってきた人間たちは、その存在をなかったものとし語ることをやめました。
そして彼女の呪いに侵され変質した者を魔女と呼んで蔑み、迫害するようになったのです。
死して尚尊厳を奪われ続けることに、レイは我慢なりませんでした。
そしてなにより、それほどまでに忌み嫌いながらも、魔法を手にするや否や掌を返す身勝手さが許せませんでした。
それは魔法使いという人種への強い憎しみとなり、そしてドルミーレへの強い執着へと繋がりました。
本来尊ばれるべきもの、崇められるべきもの、称えられるべきものが、醜い身勝手さで泥を塗られた屈辱。
それをそそぎ、本来あるべき形を取り戻さなければと、そう思う様になったのです。
そのために必要なのは、世界を覆すほどの力。ドルミーレの力でした。
彼女はその身を滅ぼされましたが、しかしレイには心が完全に消えていないことがわかっていました。
心に干渉する術を知っているドルミーレは、その心をどこかで眠らせているのだろうと思ったのです。
故にレイは、ドルミーレの心を探し彼女を復活させることを目指す様になりました。
ドルミーレの呪いである『魔女ウィルス』について知れば知るほど、彼女もまたそれを望んでいると確信し、その為の術を模索しました。
そして同時に、同胞でもあるドルミーレの血肉を受け継いだ魔女たちも救わなければと、救うべきだと思う様になりました。
ドルミーレが受けた苦しみ、そして彼女への憎しみを、これ以上伝播させてはいけないと思ったのです。
魔女が蔑まれ続ければ、永久にドルミーレの尊厳は取り戻せない。
今を生きる魔女たちを救い、そして魔女が日の目を浴びることこそが、ドルミーレの名誉を守ることになる。
それがレイの指針となったのです。
しかし、状況は好転することなく長い月日が流れました。
魔法使いは日を追うごとに魔法を研ぎ澄ませ、そして国を繁栄させていく。
そうやって人間が栄えていけばいくほど、ドルミーレの存在は闇の奥底へと沈んでいくのです。
そんな中で、レイはドルミーレがかつて生まれ育った森の中の、彼女が住んでいた家の跡地に、彼女を祀る神殿を作りました。
そこでひたすらにドルミーレを想い、そして多くの魔女たちを想い続けたのです。
全ての始まりたるドルミーレが、いつの日か世界をあるべき形に正すと信じて。
彼女を想いつつがていれば、その心は決して消えぬと信じて。
そんな果てしない日々の中で、レイは花園 アリスを見つけたのです。
ドルミーレが作り出した眠りの世界の中に、彼女の心がある。
一人の少女として形を得た夢の中に、深く眠っている。
そのことを、ある日突然レイの心が感じ取ったのです。
レイは急いでアリスを招き、囲いました。
自らの魅了を緩やかに浸透させ、その心の奥底で眠るドルミーレを呼び起こそうとしたのです。
しかしその為の時間の中で、アリスの心がレイの心をほぐしていきました。
アリスの心に触れ、その優しさ、想いに触れるうちに、レイはその少女を失いたくないと思う様になったのです。
羨望を向けていたドルミーレには見向きもされず、魔女となったことで仲間から切り離されたレイにとって、アリスの無償の笑顔は掛け替えのないものとなりました。
それが、レイの生き方を変えたのです。
決して届かぬドルミーレに手を伸ばし続けるのではなく、アリスと共に新しい世界を目指したいと。
今を生きる魔女たちを救い、ドルミーレの尊厳を取り戻した本当の世界を目指すことこそが幸せだと、そう思うようになったのです。
しかしアリスは豊かな心を持つが故にレイの思惑通りにはいかず、彼女は手を離れていってしまいました。
挙げ句の果てに力と記憶は強力に封印され、再び夢の世界へと戻されてしまったのです。
狂った魔女と噂されていたクリアランスにより封印の事実を知ったレイは、彼女と結託してその鍵を奪う算段を立て、再び世界を渡りました。
そこで見つけたのが、類稀なる『魔女ウィルス』の適性を持つ白純 真奈実でした。
その適性と『純白』という特異体質、そして揺るぎない正義の精神を見抜いたレイは、アリスの奪還と並行して真奈実を獲得することを決めたのです。
ロード・ホーリーの介入により、レイは封印の鍵を奪取することはできませんでした。
しかし、明確な敵であり魔女に対する悪である魔法使いを前にした状況で、真奈実を懐柔することは容易でした。
討ち果たすべきもの、守るべきものを前にした真奈実はレイの後押しを素直に受け、魔女のための正義を掲げることを決めたのです。
それからレイは、彼女の類稀なる正義感とカリスマ性を見込んで、真奈実を主軸とするレジスタンス組織・ワルプルギスを結成しました。
それまで魔女のレジスタンスといえば、個人単位の特攻や暴動ばかりで組織だったものはありませんでした。
そんな中で、『始まりの魔女』ドルミーレを信奉し、始祖による魔女の世界を目指す思想を掲げるワルプルギスは、真奈実ことホワイトの指針の元、多くの同胞を集めたのです。
レイはホワイトへあらゆる知識と事実を伝え、その正義感を煽りました。
そして魅了を持って緩やかに彼女の方針を誘導し、自らが目指す未来を共に歩んだのです。
始祖ドルミーレを心より仰いだホワイトは、自らを彼女の贄とすることこそを望みました。
しかしアリスを首に据えたかったレイは、それを肯定しつつもアリスを受け入れる方針に彼女を誘導し、あらゆる計画を進めました。
レイにとってその手段は飽くまで保険だったからです。
レイが今一番望むものは、アリスと共にある新しい未来だったのです。
そして再びアリスと巡り合える日のために、ゆっくりと確実に準備を進めたのでした。
そこまでして、あらゆるものを踏みにじってまで突き進んできたのは、やはりドルミーレのことが好きだったからでした。
彼女の名誉が傷つき続け、そしてそれを受け継ぐ魔女たちが苦しむ様を見るのが何より苦痛だったのです。
しかし、その想いは決して届かない。
わかっていても、でも止まれなかった。想い続けないことはできなかったのです。
だってそれが、人を想う心だから。
だからレイは、愛する者を踏みにじり蔑ろにしてでも、かつて憧れたものに手を伸ばし続けました。
けれど、それももうただ傷つくだけだと、思い知らされました。
自分では彼女の隣に立つことはできないと、向き合うことはできないんだと。
そして彼女には自分は疎か、何一つとして必要ないんだと。
今更ながらに、いやというほど思い知らされてしまったのです。
そうしてレイは、ようやくわかりました。
自分が本当に守るべきもの、慈しむべきものは何なのかを。
この想いに応えてもらえずとも、受け入れてくれる心は目の前にあるのだと。
悠久の時の中でただ一人の背中を追いかけてきたレイは、永遠の中に現在を見出しました。
今自分が心を寄せるべきもの、寄せたいものを。
二千年の孤独の答えの在り処を。
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妖精は大自然の権化。世界を構成するあらゆる要素を司る存在です。
妖精の多くはエネルギーや環境、物質を管理する者たちですが、形無きものを扱う者もいました。
その内の一種が、希少属性・感情の妖精。レイは、そこから生じた存在でした。
この世に存在する全ての生物には、心があり感情が灯っています。
人や動物、虫、森の木々や草花にも。
そういった世界を埋め尽くす感情を管理し、この世の命に豊かさを与えるのが彼らの役割でした。
様々な種類の妖精が暮らす『ようせいの国』は、自然に溢れた豊かな国です。
緑が多く水は清らか。柔らかく流れる風に、恵み溢れる土。そして命を灯す炎。
世界の自然の安寧の発祥たる『ようせいの国』は、世界のどこよりも伸び伸びと、漲る神秘と共に生きていました。
そんな『ようせいの国』に一人の人間の少女が訪れたのは、今から二千年ほど前のことでした。
唯一神秘を持たない人間では、そうでなくとも一個人では想像できないほどの力を持った少女でした。
群体である妖精が、その全属性で束になっても到底達しないほどの力を小さな身に抱える少女。
その少女は、自らをドルミーレと名乗りました。
その来訪が、大勢のうちの一人でしかなかったレイと、彼女の出会いでした。
大きな力を持って尚、その力の使い方を知らなかったドルミーレに、妖精たちは手を貸すことにしました。
十数年程の時しか重ねていない少女は、自然と共にあり老いという概念がいない妖精にとっては、赤子の様なものだったからです。
幼く弱い存在には手を差し伸べ助けてあげようと、妖精たちはドルミーレを迎えました。
様々な属性の妖精たちが入れ替わり立ち代わり彼女の元を訪れ、様々な力の流れを教えました。
右も左もわかっていなかったドルミーレは、その全てに興味を示し、瞬く間に吸収していったのです。
その中でドルミーレは、レイたち感情の妖精の力に一際関心を示しました。
この世界における心という概念。その中で移ろう感情の流れ。
ドルミーレはそれらについてよく学びましたが、しかし彼女本人は最初から一度たりとも、誰にも心を開きませんでした。
そんな彼女に、レイは興味を持つ様になったのです。
心を学びながら決して心を開かず、ただひたすらに力を貪る少女。
妖精たちから力の使い方を吸収しながらも、決して交流をしようとはしない少女。
そんな彼女に、レイは何度か尋ねてみたことがありました。
どうして力を扱う術を求めるのか。何をしようとしているのか、と。
しかしドルミーレは、それを決して語りはしませんでした。
彼女と時を重ねれば重ねるほど、レイの疑問は増えるばかりでした。
妖精と違い決められた枠組みなどなく、課せられた役割もなく、何にも囚われない彼女は、その自由な心をどのように使おうとしているのか。
世界を動かすほどの力を持つ彼女は、その果てに何を目指すのか。
疑問と興味は混ざり合い、レイは常に彼女を追う様になりました。
ドルミーレが力の使い方を見出し、それを魔法と定義して『ようせいの国』を去った後も、レイは彼女を忘れることができませんでした。
大いなる力を持った偉大な少女。その何にも囚われない自由さゆえに、何をするかわからない少女。
そんな彼女の無限大の可能性に、レイは惹かれていたのです。
感情の妖精は世界の多くを見渡す属性。
レイはその立場を利用して、度々ドルミーレの元を訪れました。
一度たりとも歓迎されたことはありません。
けれどそれでもレイは、ドルミーレの傍で彼女の心を感じられるのが幸せだったのです。
そうやって彼女の元に訪れるにつれ理解したのは、彼女の深い孤独でした。
本来神秘を持たない人間は、彼女の大いなる力が理解できずに恐れ、虐げていたのです。
レイはその事実を怒り嘆きましたが、しかし多くの人間の考えを根本的に変えることは、感情を司る妖精でもできませんでした。
なのでレイは、ドルミーレの元に足繁く通い続け、その心と力を見守り続けました。
喜ばれず、寧ろ邪険に扱われようとも。
大いなる力を持ちつつも一人心を閉ざすドルミーレが、何を成すのかを見たかったから。
そして何より、ドルミーレという孤高の女に憧れていたから。
群体である妖精には、一人という概念がなかったからです。
そうしてレイは、事ある毎にドルミーレの元を訪れました。
彼女が生まれ育った森にも。その後居を構えたお花畑の城にも。
その中でレイは、世界の命運を左右する出来事を目の当たりにしました。
しかしそれはドルミーレの孤独を加速させることとなり、そして、やがてその時を迎えたのです。
レイは、ドルミーレが純白の剣で貫かれた時、その場に居合わせていました。
けれど、何もできなかったのです。ちっぽけないち妖精であるレイには、何をすることもできなかったのです。
しかし偶々そこに居合わせたことで、レイはドルミーレの呪いを間近で受け、変質してしまいました。
呪いは瞬く間に人間の国を覆い尽くし、多くの人々が侵されました。
そしてレイもまたそれを受けたと知った仲間たちは、繋がっている自分たちへの影響を恐れ、レイとの繋がりを絶ったのです。
身を切り、魂を引き裂くような痛みを伴ど、属性の者全てが呪いに侵されることを阻止するために。
そしてレイは、唐突に孤独を叩きつけられたのです。
大自然の一員として多くの同種と共に過ごし、希少な属性とはいえ複数の仲間と精神が繋がっていたレイに訪れた初めての孤独。
それは想像を絶する恐怖であり、しかしそれを感じたことでドルミーレが抱いていたものを理解したのです。
その時からレイは、その呪いを抱いてドルミーレの後を歩むことを決めたのでした。
彼女の心と、その孤独に報いるために。
妖精でありながら繋がりの断ち切れたレイは、妖精としての生き方を貫くことが難しくなっていました。
存在としての力は保たれていれど、大自然の環から外されたレイには妖精の役割を果たすことができなくなっていたのです。
それに呪いによって変質したその肉体は、到底普通の妖精と呼べるものではなくなっていました。
それ故にレイは、後に魔女と呼ばれる存在として生きていくことを覚悟したのです。
ドルミーレが討ち果たされたことで、元より彼女を忌み嫌ってきた人間たちは、その存在をなかったものとし語ることをやめました。
そして彼女の呪いに侵され変質した者を魔女と呼んで蔑み、迫害するようになったのです。
死して尚尊厳を奪われ続けることに、レイは我慢なりませんでした。
そしてなにより、それほどまでに忌み嫌いながらも、魔法を手にするや否や掌を返す身勝手さが許せませんでした。
それは魔法使いという人種への強い憎しみとなり、そしてドルミーレへの強い執着へと繋がりました。
本来尊ばれるべきもの、崇められるべきもの、称えられるべきものが、醜い身勝手さで泥を塗られた屈辱。
それをそそぎ、本来あるべき形を取り戻さなければと、そう思う様になったのです。
そのために必要なのは、世界を覆すほどの力。ドルミーレの力でした。
彼女はその身を滅ぼされましたが、しかしレイには心が完全に消えていないことがわかっていました。
心に干渉する術を知っているドルミーレは、その心をどこかで眠らせているのだろうと思ったのです。
故にレイは、ドルミーレの心を探し彼女を復活させることを目指す様になりました。
ドルミーレの呪いである『魔女ウィルス』について知れば知るほど、彼女もまたそれを望んでいると確信し、その為の術を模索しました。
そして同時に、同胞でもあるドルミーレの血肉を受け継いだ魔女たちも救わなければと、救うべきだと思う様になりました。
ドルミーレが受けた苦しみ、そして彼女への憎しみを、これ以上伝播させてはいけないと思ったのです。
魔女が蔑まれ続ければ、永久にドルミーレの尊厳は取り戻せない。
今を生きる魔女たちを救い、そして魔女が日の目を浴びることこそが、ドルミーレの名誉を守ることになる。
それがレイの指針となったのです。
しかし、状況は好転することなく長い月日が流れました。
魔法使いは日を追うごとに魔法を研ぎ澄ませ、そして国を繁栄させていく。
そうやって人間が栄えていけばいくほど、ドルミーレの存在は闇の奥底へと沈んでいくのです。
そんな中で、レイはドルミーレがかつて生まれ育った森の中の、彼女が住んでいた家の跡地に、彼女を祀る神殿を作りました。
そこでひたすらにドルミーレを想い、そして多くの魔女たちを想い続けたのです。
全ての始まりたるドルミーレが、いつの日か世界をあるべき形に正すと信じて。
彼女を想いつつがていれば、その心は決して消えぬと信じて。
そんな果てしない日々の中で、レイは花園 アリスを見つけたのです。
ドルミーレが作り出した眠りの世界の中に、彼女の心がある。
一人の少女として形を得た夢の中に、深く眠っている。
そのことを、ある日突然レイの心が感じ取ったのです。
レイは急いでアリスを招き、囲いました。
自らの魅了を緩やかに浸透させ、その心の奥底で眠るドルミーレを呼び起こそうとしたのです。
しかしその為の時間の中で、アリスの心がレイの心をほぐしていきました。
アリスの心に触れ、その優しさ、想いに触れるうちに、レイはその少女を失いたくないと思う様になったのです。
羨望を向けていたドルミーレには見向きもされず、魔女となったことで仲間から切り離されたレイにとって、アリスの無償の笑顔は掛け替えのないものとなりました。
それが、レイの生き方を変えたのです。
決して届かぬドルミーレに手を伸ばし続けるのではなく、アリスと共に新しい世界を目指したいと。
今を生きる魔女たちを救い、ドルミーレの尊厳を取り戻した本当の世界を目指すことこそが幸せだと、そう思うようになったのです。
しかしアリスは豊かな心を持つが故にレイの思惑通りにはいかず、彼女は手を離れていってしまいました。
挙げ句の果てに力と記憶は強力に封印され、再び夢の世界へと戻されてしまったのです。
狂った魔女と噂されていたクリアランスにより封印の事実を知ったレイは、彼女と結託してその鍵を奪う算段を立て、再び世界を渡りました。
そこで見つけたのが、類稀なる『魔女ウィルス』の適性を持つ白純 真奈実でした。
その適性と『純白』という特異体質、そして揺るぎない正義の精神を見抜いたレイは、アリスの奪還と並行して真奈実を獲得することを決めたのです。
ロード・ホーリーの介入により、レイは封印の鍵を奪取することはできませんでした。
しかし、明確な敵であり魔女に対する悪である魔法使いを前にした状況で、真奈実を懐柔することは容易でした。
討ち果たすべきもの、守るべきものを前にした真奈実はレイの後押しを素直に受け、魔女のための正義を掲げることを決めたのです。
それからレイは、彼女の類稀なる正義感とカリスマ性を見込んで、真奈実を主軸とするレジスタンス組織・ワルプルギスを結成しました。
それまで魔女のレジスタンスといえば、個人単位の特攻や暴動ばかりで組織だったものはありませんでした。
そんな中で、『始まりの魔女』ドルミーレを信奉し、始祖による魔女の世界を目指す思想を掲げるワルプルギスは、真奈実ことホワイトの指針の元、多くの同胞を集めたのです。
レイはホワイトへあらゆる知識と事実を伝え、その正義感を煽りました。
そして魅了を持って緩やかに彼女の方針を誘導し、自らが目指す未来を共に歩んだのです。
始祖ドルミーレを心より仰いだホワイトは、自らを彼女の贄とすることこそを望みました。
しかしアリスを首に据えたかったレイは、それを肯定しつつもアリスを受け入れる方針に彼女を誘導し、あらゆる計画を進めました。
レイにとってその手段は飽くまで保険だったからです。
レイが今一番望むものは、アリスと共にある新しい未来だったのです。
そして再びアリスと巡り合える日のために、ゆっくりと確実に準備を進めたのでした。
そこまでして、あらゆるものを踏みにじってまで突き進んできたのは、やはりドルミーレのことが好きだったからでした。
彼女の名誉が傷つき続け、そしてそれを受け継ぐ魔女たちが苦しむ様を見るのが何より苦痛だったのです。
しかし、その想いは決して届かない。
わかっていても、でも止まれなかった。想い続けないことはできなかったのです。
だってそれが、人を想う心だから。
だからレイは、愛する者を踏みにじり蔑ろにしてでも、かつて憧れたものに手を伸ばし続けました。
けれど、それももうただ傷つくだけだと、思い知らされました。
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そして彼女には自分は疎か、何一つとして必要ないんだと。
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そうしてレイは、ようやくわかりました。
自分が本当に守るべきもの、慈しむべきものは何なのかを。
この想いに応えてもらえずとも、受け入れてくれる心は目の前にあるのだと。
悠久の時の中でただ一人の背中を追いかけてきたレイは、永遠の中に現在を見出しました。
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