上 下
691 / 984
第7章 リアリスティック・ドリームワールド

122 光へ

しおりを挟む
 半分もたれかかる様になりながら、善子さんは震える足に力を込めて、親友を優しく抱く。
 二人の血が混ざり合って、お互いを濡らす。

「私には、アンタの責任を肩代わりしてやれる力はないし、一緒にやろうと肩を並べるだけの正しさも、ない。アンタにとって私は、ただの邪魔者かもしれない。けどさ、私はそれでも……誰よりもアンタの心に寄り添える、親友のつもりなんだ……」
『わたくしは…………わたくし、は……』
「だから、真奈実…………頼りないかもしれないけど、何もしてやれないかもしれないけど……ひとりぼっちになんて、ならないでよ。私は誰よりも、アンタのことを想ってるんだから……」

 揺るぎない正義を持ち、それを振えるだけの力を持っていたホワイト。
 強かったが故に、誰よりも正しかったが故に、誰かを頼ることができなかったんだ。
 人に意見を仰ぐことも、助力を求めることも、安らぎを求めることも。
 彼女はあまりにも正しすぎたから。

『そんなこと……そんな、こと……!』

 善子さんの抱擁を拒まず、しかしその言葉は受け入れられないと、ホワイトは声をあげる。

『貴女に頼るなど、一番、できない……できるはずがない。貴女は、弱い。いつもわたくしが目を光らせていなければならないほど。ひと時も目を離せないほど、貴女は……弱く、愚かで────だから、貴女は……善子さん、貴女にだけは……!』
「うん……うん。そうだね、真奈実。ありがとう」

 善子さんは掠れる声で頷いた。
 ホワイトの言葉は善子さんを否定する、罵倒のようだったけれど。
 しかしそれは、何よりも善子さんを守らなければならないと思っていたという、気持ちの現れだった。
 だってホワイトはその正義の元、弱きを守ろうとしていたんだから。

『貴女に頼ることなんて、できるはずがない。貴女にしてもらえることなんて、あるはずがない。貴女はただ、わたくしの正義の元、身の程を弁えて、ただ静かに────ぃぃあぁあぁああああッッッ!!!!』

 ホワイトの体は限界を迎えつつある様だった。
 崩壊が進行した肉体は、もうまともに動かせるかも怪しい。
 瓦解した体で今も尚生きていられるのは、一重にその強靭な生命力のお陰なんだろう。

 苦痛に悶えるホワイトを、善子さんは何とか抱きしめる。
 自分だって、いつ倒れてもおかしくないのに。

「大丈夫……大丈夫だよ、真奈実。こんな私にも、アンタの為にしてやれることが、ある…………その覚悟は最初から……でき、てた……から……」
『善子さん……わたくしは、貴女、に────』
「もう、アンタが苦しまない様に……アンタがこれ以上、その正義に押し潰されない様に……私がずっと、そばに、いてあげる……アンタのその責任を、私も、一緒に…………」

 その声にもう力はなく、膝が折れてその場にへたり込む善子さん。
 けれどホワイトの頭は決して放さず、しっかりと抱きしめたまま。
 肉体が崩壊を続けるホワイトはそれを拒むことなく、うわ言の様に声を上げていた。

「アンタを、『魔女ウィルス』なんかに……『始まりの魔女』なんかに殺させない。違う誰かにその身も心も奪われるなんて、そんなの、私が許さないから」
『善子さん…………』

 ホワイトはもう反論の言葉を並べない。
 それはきっと、もうそんな力がないなんてことではなくて。
 それこそが、彼女が本来求めていたものだったからなのかもしれない。
 蛇の形をしていた黒髪が、バサバサと解けて落ちた。

 ドルミーレの力を持って『領域』を制定したホワイト。
 自身が認めたものしか受け入れない、絶対領域だ。
 その中には彼女自身と、そして狙われた私しかいることはできなかったのに。

 その中に、善子さんはやってきた。
 それはきっと、善子さんが私との繋がりを辿ってきたからじゃなくて。
 ホワイトがはじめから、善子さんのことを拒んでなどいなかったからだ。

 だって善子さんは、彼女の親友だから。
 変わり果てたその姿を見て、一目で「真奈実」と呼んだ人だから。

 顔はいくらか名残があれど、その姿はあまりにも変貌していて、面影なんてない。
 それなのに善子さんは、決して彼女を見紛うことはなかった。
 それは、二人の確かな繋がりの証だ。

「安心して、真奈実。私には、アンタみたいに全てを救う力はないけど……手の届くところにいる、友達くらいは……救ってみせるから……」

 善子さんがそう言った瞬間、弱り切ったその体に魔力が集い出した。
 それに悪い予感が駆け巡った私は、ほんの少しだけ回復した体に鞭を打って、強引に立ち上がった。

「まって────待ってください、善子さん……! 何を────」
「ごめんね、アリスちゃん。私、ここまでだ……」

 フラつく体を剣で支える私に、善子さんは背を向けたまま呟いた。

「最後まで、守れなくてごめん。私には、果たさなきゃいけない責任がある。この子の側に、ずっといてあげるっていう、大事な責任が……」
「まって、だめ……善子さん……!」

 駆け寄りたくても、足が動かない。立つだけで精一杯だ。
 今動かなきゃ後悔するって、わかってるのに。それでも、体がいうことを聞いてくれない。
 そんな私に、善子さんはのっそりと振り返って、ぎこちなく、でも明るく微笑んだ。

「ありがとう、アリスちゃん。私を、信じてくれて…………アリスちゃんは、もっと先へ────」
「よしこ、さん……善子さん……! いやだ、善子さんいやだよぉ……!」

 私の叫びは、覚悟を決めた善子さんには届かない。
 優しく明るい笑顔は背を向けてしまって、善子さんは強くホワイトを抱きしめ直す。

 その体には果てしない魔力が高まって、肉体の『魔女ウィルス』が活性化しているのがわかった。
『魔女ウィルス』の進行を促し、瞬発的に出力を跳ね上げている。
 そしての魔力は、全て自分の体の内側に。そこから連想できるものを、私は受け入れたくなかった。

「もう、放さないから。いつまでも一緒だから。ずっと私を正して守ってくれたアンタを、今度は……私が守る番だ」
『だめ、です……善子さん。貴女は……貴女は、私と違って、沢山の人に、求められて……』

 善子さんの魔力が輝きと共に膨れ上がる。
 その全身が光にあふれ、煌々と周囲を照らす。

「いいんだ、大丈夫。大切な友達を守る────それだけが、私が唯一誇れる、正義だから……」
『────まったく……貴女は本当に、わたくしの言うことを、聞かない人ですね……』
「うん、ごめんね。あとで、叱ってよ────」

 そして、輝きが弾けた。
 極限まで高めた魔力が濃密な熱エネルギーとなって暴発し、全てを喰らい尽くす輝きとなった。
 二人を中心とした閃光の爆発は、瞬きの間に炸裂し、瞬時に全てを吹き飛ばした。

 私には、自分の身を守ることしかできなくて。
 そして輝きが晴れた先で、何もなくなったその場所を、呆然と眺めることしか、できなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

美少女だらけの姫騎士学園に、俺だけ男。~神騎士LV99から始める強くてニューゲーム~

マナシロカナタ✨ラノベ作家✨子犬を助けた
ファンタジー
異世界💞推し活💞ファンタジー、開幕! 人気ソーシャルゲーム『ゴッド・オブ・ブレイビア』。 古参プレイヤー・加賀谷裕太(かがや・ゆうた)は、学校の階段を踏み外したと思ったら、なぜか大浴場にドボンし、ゲームに出てくるツンデレ美少女アリエッタ(俺の推し)の胸を鷲掴みしていた。 ふにょんっ♪ 「ひあんっ!」 ふにょん♪ ふにょふにょん♪ 「あんっ、んっ、ひゃん! って、いつまで胸を揉んでるのよこの変態!」 「ご、ごめん!」 「このっ、男子禁制の大浴場に忍び込むだけでなく、この私のむ、む、胸を! 胸を揉むだなんて!」 「ちょっと待って、俺も何が何だか分からなくて――」 「問答無用! もはやその行い、許し難し! かくなる上は、あなたに決闘を申し込むわ!」 ビシィッ! どうやら俺はゲームの中に入り込んでしまったようで、ラッキースケベのせいでアリエッタと決闘することになってしまったのだが。 なんと俺は最高位職のLv99神騎士だったのだ! この世界で俺は最強だ。 現実世界には未練もないし、俺はこの世界で推しの子アリエッタにリアル推し活をする!

1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!

マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。 今後ともよろしくお願いいたします! トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕! タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。 男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】 そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】 アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です! コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】 よろしくお願いいたします。 マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。 見てください。

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが集団お漏らしする話

赤髪命
大衆娯楽
※この作品は「校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話」のifバージョンとして、もっと渋滞がひどくトイレ休憩云々の前に高速道路上でバスが立ち往生していた場合を描く公式2次創作です。 前作との文体、文章量の違いはありますがその分キャラクターを濃く描いていくのでお楽しみ下さい。(評判が良ければ彼女たちの日常編もいずれ連載するかもです)

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜

墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。 主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。 異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……? 召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。 明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...