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第7章 リアリスティック・ドリームワールド
88 美しいもの
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────────────
「アリスちゃん!!!」
花園 アリスが闇に抱かれ、王都から姿を消した。
クリアランス・デフェリアが伸ばした手は空を切り、彼女は勢い余って地面に転がり込んだ。
クリアは回転の勢いそのままに体勢を立て直し、すぐさまその場から飛び立とうと地に足を踏ん張る。
しかしそんな彼女の前に、軍服を着た魔女狩り、シオンとネネが立ち塞がった。
「どこに行こうというの? アリス様には指一本触れさせないわ」
「ッ…………!」
ウェーブのかかった長い茶髪を耳に掛けながら、シオンは努めて冷静に、静かに言葉をかけた。
しかしそれでも内なる想いは言葉になって、どうしても重い声となる。
「クリアランス・デフェリア。あなたは覚えていないでしょうけれど、私たちは片時もあなたを忘れたことはない。そんなあなたを、みすみす逃したりなんてしないわ」
シオンの言葉に、クリアは反応を示さない。
ただゆっくりと立ち上がり、帽子のツバで隠れた顔を向けるだけ。
しかしそれは想定内のことだった。
六年前、彼女たちの両親はクリアによって殺害された。
突如として暴走的なレジスタンス活動を始めたクリアの、多くの犠牲者の内の二人。
殺めた当人が覚えていなくとも、遺された者には深い傷が残る。
これは、そういう関係だからだ。
「私たちは魔女を憎まず、魔法使いと魔女が争わない形を目指してる。でもね、クリア。アンタだけは見過ごせないんだよ!」
「…………見過ごせない、ねぇ」
シオンの傍に立ち噛み付くように言ったネネの言葉に、クリアが重い口を開いた。
気の抜けた、溜息交じりの軽い声が鈴の音のように騒音の中を通り抜ける。
「そんなこといきなり言われても困るわ。私が何をしたっていうの?」
「あなたは私たちの両親を殺した。それだけじゃ飽き足らず、死体をバラバラにして……!」
「あぁ……そう。一人ひとりのことはよく覚えていないけれど。でもきっとあなたたちのご両親は、とっても素敵なものを持っていたのでしょうね」
怒りに震え、しかしそれを噛みしめながら訴えるシオンに、クリアは穏やかに笑った。
まるで淑女が紅茶片手に語らっているような、呑気な笑い声。
「だってあなたたちも美しい。だからきっとご両親も、さぞや美しいものを持っていたに違いないわ。私が、欲しくなるような」
「ふざけんな!!!」
コロコロと笑うクリアに、ネネが溜まらず怒鳴り散らした。
眠たげな仏頂面はそこにはなく、とろけた目尻は釣り上がり、その顔には覇気が満ちている。
「父さんも母さんも、物じゃない! アンタなんかに、アンタなんかに……!」
「じゃあ仕返しに私を殺す? あなたたちは魔女狩りなんでしょう? その使命の元、私を狩る?」
声を荒げるネネに臆することなく、クリアは楽しげに問い掛ける。
できるものならしてみろと、そうからかうように。
そんなあからさまな挑発に身を乗り出そうとしたネネを、シオンが腕を掴んで押さえ込む。
「それができるのなら、どんなに気が楽か。しかし私たちは、ロード・ホーリーの元に集う者。その思想を、想いを分つ者。私たちは、無闇に魔女を害さない」
「ロード・ホーリー、ね…………」
暴発しそうな気持ちを抑え込みながらそう口にするシオンに、クリアはつまらなさそうにその名を繰り返した。
それもまた挑発じみていたが、姉妹はただグッと堪える。
ロード・ホーリーの傘下の魔女狩りたちは、その職務を担いながら魔女を狩らない者たち。
魔女を蔑み忌み嫌うことを良しとしない、ロード・ホーリーの思想に賛同する者たちだからだ。
魔法使いと魔女の軋轢をなくし、この差別的な現状を打破することこそが、彼女たちの目的。
同胞である魔法使いからは、役目を果たさない異端者と謗りを受け、そして魔女たちからは他とは変わらぬ敵意と恨みを向けられる。
しかしそれでも、彼女たちは無用な争いを少しでも抑えるために暗躍を続けてきた。
『魔女ウィルス』や魔女による被害が、少しでも減るように。
魔法使いと魔女のわかり合えぬ争いが生む惨劇を、もう起こさないように。
それ故に、彼女たちは自らが持つ恨みや怒りも抑え込んできた。
「クリアランス・デフェリア。私たちは、自らの憎しみであなたの前に立たない。けれど、あなたの行動は目に余る。あなたを野放しにしては、傷付く人が多く出る。そんなあなたを、ましてアリス様に近付かせるなんて、できるはずがない……!」
「………………」
自らの気持ちを使命の中に込めて、シオンは拳を握りしめた。
『始まりの力』を持ち、そして清く優しい心を持つ姫君アリス。
彼女の存在、そしてその想いは、ロード・ホーリー傘下の魔女狩りたちにとってはシンボルだ。
現状を覆す可能性持つ鍵であり、何よりも守るべき尊き存在。
そんな姫君に怨敵が手を伸ばしている。
それを見逃せる姉妹ではなかった。
「アリス様は、この戦いを止めるために頑張ってる。だからその邪魔なんてさせない。アリス様の側には絶対行かせないんだから!」
「……そう。随分勝手な言い分だこと。あなたたちなんかよりも、私の方が何倍も彼女のことを想っているというのに」
キッと強く睨んで、噛み付くような威嚇を見せるネネ。
しかしクリアはそれに臆することなく、寧ろ苛立ちを返すような言葉を並べた。
怒りを抱くのは自分の方だと言わんばかりに。
「悪いけれど、私はあなたたちに構っている暇はないの。ロード・ホーリーやあなたたちが何を思おうと、私には関係ない。私は、私自身が一番大切だと思う物のために動くだけ。アリスちゃんは、誰の手にも渡さない……!」
「あなたの目的は一体何? ワルプルギスとも魔法使いとも敵対して、それでいてアリス様を求めて。あなたは、一体何を……」
「魔法使いも魔女も、私には何にも関係ないわ。何一つ、私には興味がない。私はただ、アリスちゃんの為に生きてるだけ。あの子を守る為、一緒にいる為に必要なことをしているだけ。その為ならば何でもするし、邪魔をするなら誰であっても容赦はしなしわ!」
ヒステリック気味な声を上げ、クリアは大きく魔力を高めた。
その黒尽くめの姿が倍に膨れ上がったかのように、押し潰すような力強さが広がる。
普通の魔女とは到底思えない、君主レベルの魔法使いに匹敵する力がそこにはあった。
しかし、それを目の前にしても姉妹は臆さない。
それは彼女たち自身の実力故でもあるが、何より目の前の魔女が仇敵だからだ。
私怨によって魔女を誅することはせずとも、しかしクリアの危険性をよく理解している二人。
彼女たちに、怯むという選択肢はなかった。
「……ネネ。最優先は戦いの鎮静化よ。それを忘れないで」
「わかってるよ姉様。その上で、アイツをアリス様の所へは行かせない、でしょ」
凶暴な怪物を見るような目でクリアを眺めながら、シオンとネネは冷静に言葉を交わす。
一人では感情に飲み込まれてしまいそうでも、姉妹で並び立てば心強い。
同じ苦難を乗り越えてきたからこそ、共に支え合うことで心を落ち着けることができる。
二人は、今すべきことのために仇敵に向かい合った。
「そこは通してもらうわ! 邪魔をするなら殺すだけよ!」
そんな姉妹に、クリアは獣のような雄叫びを上げた。
「アリスちゃん!!!」
花園 アリスが闇に抱かれ、王都から姿を消した。
クリアランス・デフェリアが伸ばした手は空を切り、彼女は勢い余って地面に転がり込んだ。
クリアは回転の勢いそのままに体勢を立て直し、すぐさまその場から飛び立とうと地に足を踏ん張る。
しかしそんな彼女の前に、軍服を着た魔女狩り、シオンとネネが立ち塞がった。
「どこに行こうというの? アリス様には指一本触れさせないわ」
「ッ…………!」
ウェーブのかかった長い茶髪を耳に掛けながら、シオンは努めて冷静に、静かに言葉をかけた。
しかしそれでも内なる想いは言葉になって、どうしても重い声となる。
「クリアランス・デフェリア。あなたは覚えていないでしょうけれど、私たちは片時もあなたを忘れたことはない。そんなあなたを、みすみす逃したりなんてしないわ」
シオンの言葉に、クリアは反応を示さない。
ただゆっくりと立ち上がり、帽子のツバで隠れた顔を向けるだけ。
しかしそれは想定内のことだった。
六年前、彼女たちの両親はクリアによって殺害された。
突如として暴走的なレジスタンス活動を始めたクリアの、多くの犠牲者の内の二人。
殺めた当人が覚えていなくとも、遺された者には深い傷が残る。
これは、そういう関係だからだ。
「私たちは魔女を憎まず、魔法使いと魔女が争わない形を目指してる。でもね、クリア。アンタだけは見過ごせないんだよ!」
「…………見過ごせない、ねぇ」
シオンの傍に立ち噛み付くように言ったネネの言葉に、クリアが重い口を開いた。
気の抜けた、溜息交じりの軽い声が鈴の音のように騒音の中を通り抜ける。
「そんなこといきなり言われても困るわ。私が何をしたっていうの?」
「あなたは私たちの両親を殺した。それだけじゃ飽き足らず、死体をバラバラにして……!」
「あぁ……そう。一人ひとりのことはよく覚えていないけれど。でもきっとあなたたちのご両親は、とっても素敵なものを持っていたのでしょうね」
怒りに震え、しかしそれを噛みしめながら訴えるシオンに、クリアは穏やかに笑った。
まるで淑女が紅茶片手に語らっているような、呑気な笑い声。
「だってあなたたちも美しい。だからきっとご両親も、さぞや美しいものを持っていたに違いないわ。私が、欲しくなるような」
「ふざけんな!!!」
コロコロと笑うクリアに、ネネが溜まらず怒鳴り散らした。
眠たげな仏頂面はそこにはなく、とろけた目尻は釣り上がり、その顔には覇気が満ちている。
「父さんも母さんも、物じゃない! アンタなんかに、アンタなんかに……!」
「じゃあ仕返しに私を殺す? あなたたちは魔女狩りなんでしょう? その使命の元、私を狩る?」
声を荒げるネネに臆することなく、クリアは楽しげに問い掛ける。
できるものならしてみろと、そうからかうように。
そんなあからさまな挑発に身を乗り出そうとしたネネを、シオンが腕を掴んで押さえ込む。
「それができるのなら、どんなに気が楽か。しかし私たちは、ロード・ホーリーの元に集う者。その思想を、想いを分つ者。私たちは、無闇に魔女を害さない」
「ロード・ホーリー、ね…………」
暴発しそうな気持ちを抑え込みながらそう口にするシオンに、クリアはつまらなさそうにその名を繰り返した。
それもまた挑発じみていたが、姉妹はただグッと堪える。
ロード・ホーリーの傘下の魔女狩りたちは、その職務を担いながら魔女を狩らない者たち。
魔女を蔑み忌み嫌うことを良しとしない、ロード・ホーリーの思想に賛同する者たちだからだ。
魔法使いと魔女の軋轢をなくし、この差別的な現状を打破することこそが、彼女たちの目的。
同胞である魔法使いからは、役目を果たさない異端者と謗りを受け、そして魔女たちからは他とは変わらぬ敵意と恨みを向けられる。
しかしそれでも、彼女たちは無用な争いを少しでも抑えるために暗躍を続けてきた。
『魔女ウィルス』や魔女による被害が、少しでも減るように。
魔法使いと魔女のわかり合えぬ争いが生む惨劇を、もう起こさないように。
それ故に、彼女たちは自らが持つ恨みや怒りも抑え込んできた。
「クリアランス・デフェリア。私たちは、自らの憎しみであなたの前に立たない。けれど、あなたの行動は目に余る。あなたを野放しにしては、傷付く人が多く出る。そんなあなたを、ましてアリス様に近付かせるなんて、できるはずがない……!」
「………………」
自らの気持ちを使命の中に込めて、シオンは拳を握りしめた。
『始まりの力』を持ち、そして清く優しい心を持つ姫君アリス。
彼女の存在、そしてその想いは、ロード・ホーリー傘下の魔女狩りたちにとってはシンボルだ。
現状を覆す可能性持つ鍵であり、何よりも守るべき尊き存在。
そんな姫君に怨敵が手を伸ばしている。
それを見逃せる姉妹ではなかった。
「アリス様は、この戦いを止めるために頑張ってる。だからその邪魔なんてさせない。アリス様の側には絶対行かせないんだから!」
「……そう。随分勝手な言い分だこと。あなたたちなんかよりも、私の方が何倍も彼女のことを想っているというのに」
キッと強く睨んで、噛み付くような威嚇を見せるネネ。
しかしクリアはそれに臆することなく、寧ろ苛立ちを返すような言葉を並べた。
怒りを抱くのは自分の方だと言わんばかりに。
「悪いけれど、私はあなたたちに構っている暇はないの。ロード・ホーリーやあなたたちが何を思おうと、私には関係ない。私は、私自身が一番大切だと思う物のために動くだけ。アリスちゃんは、誰の手にも渡さない……!」
「あなたの目的は一体何? ワルプルギスとも魔法使いとも敵対して、それでいてアリス様を求めて。あなたは、一体何を……」
「魔法使いも魔女も、私には何にも関係ないわ。何一つ、私には興味がない。私はただ、アリスちゃんの為に生きてるだけ。あの子を守る為、一緒にいる為に必要なことをしているだけ。その為ならば何でもするし、邪魔をするなら誰であっても容赦はしなしわ!」
ヒステリック気味な声を上げ、クリアは大きく魔力を高めた。
その黒尽くめの姿が倍に膨れ上がったかのように、押し潰すような力強さが広がる。
普通の魔女とは到底思えない、君主レベルの魔法使いに匹敵する力がそこにはあった。
しかし、それを目の前にしても姉妹は臆さない。
それは彼女たち自身の実力故でもあるが、何より目の前の魔女が仇敵だからだ。
私怨によって魔女を誅することはせずとも、しかしクリアの危険性をよく理解している二人。
彼女たちに、怯むという選択肢はなかった。
「……ネネ。最優先は戦いの鎮静化よ。それを忘れないで」
「わかってるよ姉様。その上で、アイツをアリス様の所へは行かせない、でしょ」
凶暴な怪物を見るような目でクリアを眺めながら、シオンとネネは冷静に言葉を交わす。
一人では感情に飲み込まれてしまいそうでも、姉妹で並び立てば心強い。
同じ苦難を乗り越えてきたからこそ、共に支え合うことで心を落ち着けることができる。
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