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第7章 リアリスティック・ドリームワールド

87 混戦の中で

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 私たちはつい先日真っ向からぶつかり合ったばっかりで、禍根がなくなっているわけではない。
 それでもこうして、ロード・スクルドが私の言葉と気持ちに耳を傾けてくれたことは、素直に嬉しかった。

 魔女となった氷室さんを決して受け入れなかった彼は、このことも飲んでくれないと思ったけれど。
 その心境の変化は、例えこの場限りのものだとしてもありがたい。 

 ロード・スクルドはそれ以上口を開くことなく、私のお礼を聞いてすぐに戦いの中に身を投じていった。
 魔女狩りを統べる立場にある彼が止める側に回ってくれれば、状況の改善は早まるかもしれない。
 そんな期待を込めつつ、私もまた自分にできることをしようと気合入れ直した。

 早くレイくんと合流して、大元であるホワイトを止めに行かないと。
 この場の戦いを収束に持ち込むことができても、今の騒ぎは国中で起きている。
 それに根本的な戦う意志を止めなければ、事態の解決にはならないから。

 多くの魔法使い、そして魔女が入り乱れ、魔法が飛び交い火の手が上がり煙が立ち込める。
 そんなお城前の広場で、人を探すのはなかなかに難しい。
 目につく戦いに割って入りながら、襲いかかってくる黒スーツをいなしながら、私は一帯を駆け回った。

 そうして戦いを重ねていくうちに、段々と体が、いや心が重くなっていくのを感じた。
 ドルミーレの存在が、ゆっくりと私の中で大きくなってきている。

 昨日のように彼女自身が怒りに満ちているわけではないから、意識が乗っ取られそうになったりはないけれど。
 それでも彼女の力である『始まりの力』を大きく使い続けてるせいで、その存在感が濃くなってきている。
 これは昔の私も感じていたものだ。

 封印されていた時はドルミーレは隔離されていて、『お姫様』の力を借りていただけだったから、こういう影響はなかった。
 けれどドルミーレとの仕切りがなくなって、彼女の力を直接引き出している今、強い力は私の中の彼女の存在を強める。

 でも、そんなこと言っている場合じゃない。
 彼女自身が浮上してこようとしてないのなら、強い意志で踏ん張ることはできる。
 だから私は迷わず、目の前のことのために力を奮い続けた。

「あぁ、姫様!」

 そうやって必死にレイくんを探し回っていた時。
 悲鳴のような甲高い声を上げて、クロアさんが駆け寄ってきた。

 青白い顔を疲弊と心労で更に青くしたクロアさんは、飛びつくように私に縋りついてくる。
 私がドルミーレの存在感に苦い顔をしているのに気づいたのか、クロアさんは悲痛な声を上げた。

「なんとおいたわしい……! 姫様、ご無理をなさってはなりません」
「クロアさん……。でも、はやくレイくんと合流して、ホワイトを止めに行かないと。レイくんがどこにいるかわかりますか?」
「レイさんは……」

 私の問いかけに、クロアさんは目を逸らして言葉を濁らせた。
 私の手をぎゅぅっと強く握るその指は、小さく震えている。

 この戦乱の中で彼女もまた見失ってしまったのか。それともまさか、やられてしまったなんてことは……。
 嫌な想像が過ぎってゾッとしていると、クロアさんは小さく息を吐いた。
 それはどこか、意を決したかのよう。

「────姫様。わたくしとこの場を離れましょう」
「え、でもレイくんは……」
「まずはあなた様が離脱することが先決でございます。レイさんを探していては、その間に危険が及ぶやもしれません」

 そう言ったクロアさんの黒い瞳は、一切の揺らぎを見せなかった。
 先程までの手の震えもなく、その言葉は決然としている。

「ご安心下さい。あなたは様はわたくしがお守りします。必ず、何があったとしても……!」
「…………」

 優しげな声色の中に、有無を言わさないような強さを含ませるクロアさん。
 普段は柔らかくおっとりとした彼女からは、あまり見えない頑なな姿勢だった。
 その勢いに、飲まれそうになる。

 ただ、クロアさんが言っていることも最もだった。
 この錯綜した戦いの中で、レイくんを探すとなると時間を食うかもしれない。
 クロアさんとこの場を離脱してホワイトの所に行けるのであれば、そちらの方が早い。

「わかりました。クロアさん、私を連れて行ってもらえますか?」
「はい、喜んで。わたくしの愛おしい姫様」

 私が手を握り返してお願いすると、クロアさんはとても幸せそうに微笑んだ。
 場違いなほどに温かな、とても柔らかい笑み。
 まるで母親が子供に向けるような、そんな慈しみを含んだ笑顔だった。

 その優しい笑みに少し見惚れていると、クロアさんの足元から黒いもやのような闇がモクモクと広がった。
 とても冷たく寂しい気持ちにさせる、そんな闇が地面に広がって、そして私たちを徐々に包み込み始める。

 一瞬ゾッとしたけれど、でもクロアさんの魔法だからと受け入れた。
 底無し沼のような不安定さを感じるけれど、それでもクロアさんのことならば信頼はできる。
 彼女は、決して私に害を与えたりはしないから。

「────アリスちゃん!!!」

 クロアさんと手を取り合い、そして闇に包まれている時、上空から割れるような叫び声が降ってきた。
 クリアちゃんが炎をまとい、そして黒マントをはためかせながらこちらに向かっていた。
 彼女の戦いを制しているのか、その脇にはシオンさんとネネさんが並走している。

 二人による制止の妨害をいなしながら、クリアちゃんは私たち目掛けて一直線に飛んでくる。
 まるで私がワルプルギスの元に向かうのを阻止しようとしているかのように。
 けれど、そういうわけにはいかない。
 クリアちゃんとはゆっくりお話をしたいけれど、今はとにかくホワイトを止めることが先決だから。

 そうぐっと堪えて、私はクリアちゃんに言葉を返さなかった。
 その代わり、彼女を食い止めている姉妹へと声をかけた。

「こっちのことは頼みます! 私は、ワルプルギスのリーダーを止めに行ってきます!」
「アリスちゃん……アリスちゃん────!!!」

 二人の返事は、クリアちゃんの叫びに掻き消された。
 姿を黒く覆ったまま、けれど懸命に私へと手を伸ばすクリアちゃん。
 その切羽詰まった叫びに、私も思わず手を伸ばしてしまった。

 伸ばし合った手は、後数センチの距離。
 しかしそれが触れ合うことはなかった。

 姉妹の制止を振り切ったクリアちゃんが、私の元へと到達する寸前。
 私はクロアさんと共に闇にすっぽりと覆われ、この場を離脱した。
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