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第7章 リアリスティック・ドリームワールド

65 二回目のお泊まり

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 夜子さんと別れて再び三階に降りると、いつだかのように寝袋が三人分用意されていた。
 千鳥ちゃんいわく、夜子さんが今日は帰らない方がいいからここに泊めると言ったらしい。

『魔女ウィルス』の感染増幅による被害は、世間に大きな混乱を生んでいる。
 夜子さんたちの行いのおかげで、それそのものが被害を拡大させたことは今のところないようだけれど。
 それでも、人が苦悶に倒れ、異形に歪んだ光景は、鮮烈に焼きついているはずだ。

 その被害を極力食い止める為に、夜子さんたちは躊躇いなく魔法を使った。
 それに上空での私たちの戦いも、決して人目を避けたものではなかった。
 目を覆いたくなるような恐ろしい光景と、この世のものとは思えない超常が一気に日の目を浴び、パニックに近い状態になっているとか。

 二次被害が起きていないことだけがせめてもの救いだけれど、それがいつ崩れてしまうかもわからない。
 だから今は、一人でいない方がいいという夜子さんの判断だ。

 流石の夜子さんでも、この状況で不特定多数の人間の記憶や認識を塗り替えることはできなかったらしい。
 けれどせめてものケアとして、魔法を使って戦っていた私たちに対する認識には、ボカシをかけられたとか。
 その姿を見た人の記憶を消すことはできないけれど、それが私たちであるということはわからなくなる、というものみたい。

 写真や動画を撮られている可能性もあったから、それは素直にありがたかった。
 実際携帯でネットを覗いてみれば、今日の件に関する話題が散見していて、物議が醸されていた。
 バイオテロだとか魔界からの侵略だとか、まるで映画の中みたいな憶測が飛び交っている。
 けれどそれはあながち間違いではないというところが、なんとも言えない。

 この世界でもう既に起きてしまったこの騒ぎを、収束することは難しい。
 今できることは、『魔女ウィルス』による死者を野放しにせず、二次被害を抑えることだけ。
 だから少しでも早く根本的な解決を図る為に、向こうの世界でケリをつけなきゃいけないんだ。

 けれど、それでも休むときはちゃんと休まなきゃいけない。
 一時的に落ち着いている今は、カノンさんとカルマちゃんが対処してくれているというし。
 今私にできること、すべきことは、明日に向けてしっかりと休息と準備をすることだ。

 気になること、悩むこと、苦しいこと、悲しいこと。
 心を曇らせることは沢山あるけれど、それでも明日に目を向けなければ未来は見えてこないんだから。
 いつまでもくよくよと下を向いてはいられない。

 千鳥ちゃんもそう思っているのか、普段とあまり変わらない態度で明るく接してくれた。
 慣れない仕事を立て続けにして、自分だって疲れているだろうに。
 それでもたわいもない話やちょっとした愚痴なんかで、努めて朗らかに話をしてくれた。

 古くさびれた部屋の中で、寝袋の上に座り込んで三人でぽつりぽつりとお喋りをする。
 たったそれだけのことでも、今は大分気が紛れた。
 差し迫った状況だからこそ、友達とのちょっとした会話やコミュニケーションが心の安らぎになる。

 しばらくそうやってお喋りをしていた時、携帯がブルブルと震えた。
 それは創からのメールで、よく見れば結構な数が溜まっていた。着信もかなりある。
 さっき携帯を見た時は情報を確認しようと急いでいたから、通知を全く気にしていなかった。

 来ていたメールは全て、私の安否を確認するものだった。
 この街で起きていることは衆知されているし、それに私の事情を知っている創は、その関わりに気付いたんだ。
 とりあえず無事を知らせる返信をすると、まるで待ち構えていたかのようにすぐさま電話がかかってきた。

『アリス! お前今どこにいるんだ!?』

 部屋の隅に移動して電話を取ると、スピーカーから破れんばかりの声が飛び出した。
 静かな部屋の中でその声はよく響いたようで、千鳥ちゃんが「また男か!」と声を上げた。

「ごめんね創、心配かけて。今氷室さんと一緒に安全なところにいるから大丈夫だよ」
『ちっとも連絡がねぇから気が気じゃなかったぞ────やっぱり、お前の問題が関係してるんだな』
「う、うん。まさか、こっちの世界でこんな被害が出ることになるなんて、思ってもみなかったけど……」

 携帯を握り締めながら答えると、電話の向こうから低い呻き声が聞こえてきた。

『……なぁ、アリス。今からちょっと会えねぇか? 直接、話したい』
「え、あー……うん」

 低く落ち着いた声は、まるで何かを覚悟したかのように含みを持っていた。
 そんな声を聞かされたら、断ることなんてできない。

 この廃ビルにいることが一番安全なんだってことはよくわかっているけれど。でも今は、私も創に会いたかった。
 これからあちらの世界に行って、自分の命運を左右する戦いをしようとしているのだから。
 もちろん絶対帰ってくるつもりだけれど、それでも大切な幼馴染みの顔を見ておきたいという気持ちがあった。

「私も付いていく」

 近くの公園で待ち合わせの約束をして電話を切ると、氷室さんが空かさずそう言った。

「今、あなたを一人で出歩かせるわけには、いかないから」
「そう、だよね。ごめん、お願いしようかな」

 冷静な眼差しで淡々と言う氷室さん。
 しかしそこには決して断らせないという強い意志が込められていて、私は頷く他なかった。
 それに実際、氷室さんの言う通りでもあるし。

 封印が解け本来の力を取り戻した私は、そこらの魔女や魔法使いにはやられないと思う。
 けれど力を取り戻したことで、魔法使いが本腰を入れて私を連れ去りにくるかもしれないし、引き下がったワルプルギスだって次にどう動いてくるかわからない。
 楽観的になって軽率な行動をとっている場合ではないんだ。

「そういうことだから。千鳥ちゃん、私たちちょっと出てくるね。すぐ戻るから!」

 やっぱりあの男とはデキてるのか、という興味津々な千鳥ちゃんの追求をはらりとかわして、私は氷室さんと共に急いで階段を降りた。
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