上 下
565 / 984
第0.5章 まほうつかいの国のアリス

95 まほうつかいの国のアリス7

しおりを挟む
 パッとすぐに振り返って見ると、大きな木と草の陰から一人の女の子がぴょっこりと顔を出した。
 自分と同じくらいの大きさの葉っぱを、手を使わずに見えない力で押しのけて、わたしにニッコリ優しく笑いかけてくる。

 初めて見る、知らない子だった。
 魔法を使っていたし、その気配は魔女だ。
 でもこの『魔女の森』で、こんな子に会うのは初めてだった。

 わたしと同じくらいか、すこし年上くらいの女の子。
 長いサラサラな黒髪がとってもキレイで、そのお顔はお人形さんみたいに整った美人さん。

 わたしがここを飛び出した後に来た子なのかな。
 でも、どうしてわたしの名前を知ってるんだろう。

「あら、あなたが来たのね」
「えぇ、こんにちはミス。色々と事情があるみたいで、わたしに任せてもらえたの」

 ミス・フラワーはその子のことを知っているみたいで、普通に話しかけた。
 女の子はチラッと上に目を向けてうなずいてから、またわたしのことを見てニッコリと笑う。

「こんにちは、アリスちゃん」
「こ、こんにちは……えっと、あなたはだれ?」

 ていねいにあいさつされて、わたしもつっかえながらあいさつを返す。
 とってもしたしげに、まるで元々お友達だったみたいに話しかけてくるから、ちょっとドキマギしちゃう。
 わたしのだれという質問に、女の子はニコニコと笑うだけで答えなかった。

「わたしはね、あなたを迎えに来たの。あなたを救いに来たの。守るために、来たの」
「え、どういうこと……?」
「あなたを、その残酷な運命から救うために来たのよ」

 女の子はそう言いながらわたしの前までやってくると、すっとその手を差し出してきた。
 わたしの子供っぽい手とはちがう、スラっとしたキレイな手。

 初めて会った子で、名前もわからないし何が何だかわからないけど。
 でもどうしてだか、わたしはこの子のことを信じてもいいって気がした。
 まるで前から知っている仲のいい友達みたいな気がするんだ。
 わたしの心につながってる、大切な友達みたいに。

 でも、そのつながりを感じようとすると、なんだかモヤがかかってよくわからなくなる。
 こうして目の前にいるのに、信じていいって気がするのに、ハッキリとしたつながりが見当たらない。
 でもわたしの直感が、この子はわたしの味方だって言った。

 だからわたしは、思わず差し出された手を取った。
 あったかくてやわらかいその手は、優しくわたしの手をにぎってくれる。
 その『かんしょく』は、悪い人のものとは思えなかった。

「すこし、歩きましょうか」

 女の子はそう言ってわたしの手を引いた。
 言われるがままにうなずいて、わたしはミス・フラワーにバイバイと手を振って女の子の後に続く。
 ミス・フラワーがやんわりと笑いながら葉っぱをふっているのを目の端で見ながら、わたしたちは開けた場所を出た。

 草花をかき分けて、大きな木の根っこを越えて。
 森の中を歩きながら、わたしは質問をした。

「ねぇ。わたしを救いに来たって言ったけど、どうやって? あなたは、何を知ってるの?」
「何でも知ってる。アリスちゃんのことなら何でも。それに心配しないで。状況はナイトウォーカー────夜子さんから聞いてるから」
「よ、夜子さんから……」

 その名前が出てきて、さらにこの子は信じて大丈夫だと思えた。
 夜子さんが信じてこの子に話したのなら、きっと問題はないだろうし。
 夜子さんはとっても適当な人でいつもめちゃくちゃだけど、でも仲良しだし、なんだかんだと良くしてくれるから。
 夜子さんを知ってる人なら、信じても大丈夫だ。

「『始まりの魔女』ドルミーレを心の中に抱えるアリスちゃん。全ての魔法の根源たる『始まりの力』を持って、その重苦しい運命に立ち向かおうとしているアリスちゃん。わたしは、そんなあなたを守りたいの」
「あ、ありがとう。でも、どうして? どうしてあなたは、わたしを助けてくれようとしてるの?」
「そんなの、アリスちゃんが大切な友達だからに決まってるでしょ?」

 女の子はそう言って、とっても優しく笑った。
 とっても大事なものを見つめるみたいに、トロンとやわらかい笑顔。
 その甘い顔に、ちょっぴりドキッとする。

 わたしのことを友達って言ってくれるけど、わたしにはだれだかわからない。
 友達だって気は確かにするけど、その顔も声も知らなくて。
 でも、何故だかうたがうような気持ちはぜんぜんわいてこない。

 しばらく歩いていると、木の根っこ辺りに大きなキノコが生えていた。
 昔わたしがここにきた時、寝っ転がっていたキノコによく似てる。
 もしかしたら、同じキノコかもしれない。

 わたしがなんとなくそっちを見ると、女の子はすっとキノコの方に足を向けた。
 そしてキノコの前までくると、わたしの脇を持って軽々と持ち上げてキノコの傘の上に座らせた。

 自分と同じくらいの女の子に簡単に持ち上げられてびっくりしちゃったけど、よく考えれば魔法を使ったのかもしれない。
 女の子はぴょいと飛び上がってわたしの隣に座ると、ピッタリくっついてからゆったりとわたしの頭をなでた。

「アリスちゃんはとっても偉い。とっても頑張ってるわ。『始まりの魔女』なんて物騒なものに、逃げずに立ち向かおうとしてる。怖くて、苦しくて、辛いはずなのに」
「それは……うん。だって、ドルミーレはわたしの友達を、この国の人たちをたくさん苦しめてる。もしわたしの中でドルミーレが目を覚ましちゃったら、きっともっと大変なことになっちゃうから……」

 もうこれ以上、だれも苦しんでほしくない。
 ウィルスに感染した魔女を救いたい。魔女のせいで苦しむ人をなくしたい。魔女と魔法使いの争いをなくしたい。
 そしてなにより、ドルミーレのあの邪悪な感情でだれかに傷付いてほしくない。

 全てを憎んで全てを拒絶するあの人が、目を覚ましたらこの国がどうなるかわからない。
 わたしの友達がどうなるかわからない。
 そんなの、ぜったいにいやなんだ。

「だからわたしが、ドルミーレを心の中で眠らせているわたしが、なんとかしなくちゃいけないんだよ。わたしの大切なものを守るためには、わたしがなんとかしなくちゃ」
「あなたが、そう思うのならわたしは応援する。でも今のアリスちゃんでは、ドルミーレに立ち向かうのは難しい。それはわかっているよね?」
「うん。夜子さんに言われたし、自分でもそう思う。今のままじゃ、このままじゃわたしは押しつぶされて飲み込まれるだけだと思う。それじゃあ、だれも守れない……」

 今なんとかしたい。そういう気持ちもある。
 ちょっとでも、一瞬でも早く解決したいって思う。
 でもそうやって焦ってつぶれちゃったら何の意味もないから。

 急がば回れじゃないけど、ちゃんと解決させるためには焦っちゃいけない。
 だからわたしはもう、夜子さんに言われたことの覚悟を決めていた。

「問題を、先送りにする。今のわたしは『みじゅく』で、何にもできないから。『たいか』があったとしても、わたしは友達をちゃんと守れる道を選びたい」
「……そう。あなたならそう言うと思った。だからわたしは、あなたを迎えに来たの」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小説教室・ごはん学校「SМ小説です」

浅野浩二
現代文学
ある小説学校でのSМ小説です

二穴責め

S
恋愛
久しぶりに今までで1番、超過激な作品の予定です。どの作品も、そうですが事情あって必要以上に暫く長い間、時間置いて書く物が多いですが御了承なさって頂ければと思ってます。

愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

憧れのあの子はダンジョンシーカー〜僕は彼女を追い描ける?〜

マニアックパンダ
ファンタジー
憧れのあの子はダンジョンシーカー。 職業は全てステータスに表示される世界。何かになりたくとも、その職業が出なければなれない、そんな世界。 ダンジョンで赤ん坊の頃拾われた主人公の横川一太は孤児院で育つ。同じ孤児の親友と楽しく生活しているが、それをバカにしたり蔑むクラスメイトがいたりする。 そんな中無事16歳の高校2年生となり初めてのステータス表示で出たのは、世界初職業であるNINJA……憧れのあの子と同じシーカー職だ。親友2人は生産職の稀少ジョブだった。お互い無事ジョブが出た事に喜ぶが、教育をかってでたのは職の壁を超越したリアルチートな師匠だった。 始まる過酷な訓練……それに応えどんどんチートじみたスキルを発現させていく主人公だが、師匠たちのリアルチートは圧倒的すぎてなかなか追い付けない。 憧れのあの子といつかパーティーを組むためと思いつつ、妖艶なくノ一やらの誘惑についつい目がいってしまう……だって高校2年生、そんな所に興味を抱いてしまうのは仕方がないよね!? *この物語はフィクションです、登場する個人名・団体名は一切関係ありません。

悪魔だと呼ばれる強面騎士団長様に勢いで結婚を申し込んでしまった私の結婚生活

束原ミヤコ
恋愛
ラーチェル・クリスタニアは、男運がない。 初恋の幼馴染みは、もう一人の幼馴染みと結婚をしてしまい、傷心のまま婚約をした相手は、結婚間近に浮気が発覚して破談になってしまった。 ある日の舞踏会で、ラーチェルは幼馴染みのナターシャに小馬鹿にされて、酒を飲み、ふらついてぶつかった相手に、勢いで結婚を申し込んだ。 それは悪魔の騎士団長と呼ばれる、オルフェレウス・レノクスだった。

【完結】公爵令嬢の私に騎士も誰も敵わないのですか?

海野幻創
ファンタジー
公爵令嬢であるエマ・ヴァロワは、最高の結婚をするために幼いころから努力を続けてきた。 そんなエマの婚約者となったのは、多くの人から尊敬を集め、立派な方だと口々に評される名門貴族の跡取り息子、コンティ公爵だった。 夢が叶いそうだと期待に胸を膨らませ、結婚準備をしていたのだが── 「おそろしい女……」 助けてあげたのにも関わらず、お礼をして抱きしめてくれるどころか、コンティ公爵は化け物を見るような目つきで逃げ去っていった。 なんて男! 最高の結婚相手だなんて間違いだったわ! 自国でも隣国でも結婚相手に恵まれず、結婚相手を探すだけの社交界から離れたくなった私は、遠い北の地に住む母の元へ行くことに決めた。 遠い2000キロの旅路を執事のシュヴァリエと共に行く。 仕える者に対する態度がなっていない最低の執事だけど、必死になって私を守るし、どうやらとても強いらしい── しかし、シュヴァリエは私の方がもっと強いのだという。まさかとは思ったが、それには理由があったのだ。

西谷夫妻の新婚事情~元教え子は元担任教師に溺愛される~

雪宮凛
恋愛
結婚し、西谷明人の姓を名乗り始めて三か月。舞香は今日も、新妻としての役目を果たそうと必死になる。 元高校の担任教師×元不良女子高生の、とある新婚生活の一幕。 ※ムーンライトノベルズ様にも、同じ作品を転載しています。

処理中です...