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第0.5章 まほうつかいの国のアリス
90 まほうつかいの国のアリス2
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『まほうつかいの国』のお姫様としてのお仕事は、まだ子供のわたしにはちゃんとできない。
だから大体のことは王族特務の人たちが代わりにやってくれるんだけれど。
でもせっかくお姫様になったんだから、わたしにも何かこの国のためにできることをしたかった。
だからわたしは、お城の中での会議だったり、家来さんたちの報告だったり、そんな『かたくるしい』お仕事の合間に、なるべく町に出るようにしていた。
お城の中に閉じこもっていても面白くないし、それにこの国が今どうなっていて、何が必要かをちゃんと知りたかったから。
一人であんまり遠くに行くと怒られちゃうから、基本は城下町に行くことが多いけど、たまには王族特務の人にお供をしてもらって他の町にも顔を出したりする。
そこで町の人たちと直接お話をして、たくさん『こうりゅう』をするようにした。
みんなはわたしが行くといつもとっても喜んでくれて『かんげい』してくれる。
それがうれしくって、わたしもみんなのためにできるだけのことはしたいって思うんだ。
この国で生活している人たちは魔法使いじゃない人たちの方が多いから、魔法を使ってあからさまに助けてあげることはできない。
だからわたしは、町でもらった意見とか自分で気づいたことを王族特務の人たちに提案するようにした。
直接の手助けはできないし、お姫様としてのむずかしいお仕事もまだできないから、それがせめてもの国のためにできる仕事だった。
それでいくつか変わったこと、よくなったことがあって、それをみんなが喜んでくれて。
そんな国の様子を見ていると、『まほうつかいの国』のお姫様になってよかったなぁなんて思うんだ。
そんな風に、がんばってお姫様をやってきたある日の夜のこと。
一日の仕事やお勉強が終わって、わたしは気分転換にお城の中の庭園にお散歩に出ていた。
この世界の夜はちゃんと暗くって、お月様やお星様の光と、あとはお城からこぼれてくるやんわりとして灯りだけしかない。
だからキレイに咲きそろえられているお花や、動物の形にととのえられている木なんかもあんまりよく見えない。
でも、ふんわりと流れる風が気持ちいいし、シーンと静かな『ふんいき』がわたしは好きだった。
お城の中はたくさんの人がいるからにぎやかで、そういう意味では退屈しないけど。
でも、たまには静かにゆっくりしたい時もあるから。
だからわたしは、一人で庭園のベンチにすわって、ぼんやりとお空の宝石みたいなお星様をながめていた。
「────アリスちゃん」
そんな時、急に小さな声で名前を呼ばれて、わたしはビクンととびはねた。
お姫様になってから名前で呼んでくれるのはレオとアリアくらいで、なんだか変な感じがしたし。
あわてて立ち上がってまわりを見渡してみても、庭園のうすぐらい景色しか見えない。
だれがわたしを呼んだんだろうと首をかしげていると、ふふふと小さく笑う声が聞こえた。
「こっちよ、こっち。わたしはここにいるよ」
その声は、どこかで聞いたことのある声だった。
そんなとってもなつかしい声と共に、目の前の暗がりから人がすーっと現れた。
真っ黒のローブで体をすっぽりかくして、大きなツバのついた三角ぼうしをかぶった人。
なんだか、絵本とかに出てきそうなあからさまな魔女っぽい格好。
わたしと同じくらいの身長のその人の顔は、ぼうしの大きなツバにかくれて見えなかった。
でも、その人の姿を見た瞬間、わたしはそれがだれだかわかった気がした。
『こんきょ』や理由はないけれど、わたしの心がそれがだれだか感じたんだ。
「もしかして……クリアちゃん……?」
「うん。そうだよ、アリスちゃん。どうしても会いたくて、来ちゃった」
感じたままの名前を言うと、その人はコクンとうなずいた。
かろうじて見える口元が、うれしそうにニコッとゆるむ。
「うそ……クリアちゃん……!? あぁ、久しぶり! 元気にしてた?」
「うん、元気。わたしはとっても元気。アリスちゃんこそ、調子はどう?」
「わたしも元気にやってるよ。いろんなことがあったけどね」
久しぶりに会えた友達に、なんて言って良いかわからなくて、でもとにかくうれしいって気持ちが口から飛び出した。
そんなわたしにクリアちゃんはふんわりと笑って、とっても落ち着いた感じで答えてくれる。
なんだか、前に会った時よりも大人っぽくなっている気がした。
というか、そんなことよりも重大なことがあった。
とってもおっきい変化がそこにあるのに、久しぶりに会えたびっくりで、わたしはそれをすっ飛ばしちゃってた。
「クリアちゃん、透明じゃなくなったんだね!? すごい! よかったね!」
顔はぼうしにかくれてちゃんと見えないけど、でも口元はちゃんとあるのがわかる。
それに前みたいに服も透明になっちゃってないのが大きい。
何にも見えなくて、いるのかいないのかもわからなかった前のクリアちゃんとはぜんぜんちがう。
「ええ。あれからわたしも色々がんばって、すこしはね。でもほら、これはちゃんとまだつけてるよ」
クリアちゃんははずかしそうにうなずいて、黒い髪にむすんであるリボン付きのヘアゴムを見せてくれた。
昔、何にも見えないクリアちゃんにわたしがあげたやつだ。
ローブから出した手もちゃんと肌色で、一つひとつの動きがよくわかる。
「見えるようになって、本当によかった! わたしとってもうれしいよ。ねぇ、お顔よく見せて?」
「ダ、ダメ……!」
わたしがかけよって顔をのぞき込もうとすると、クリアちゃんは悲鳴をあげてぼうしをギュッと下ろした。
まさかダメって言われるとは思わなかったわたしはびっくりしちゃって、そんなわたしにクリアちゃんはあわてて言葉を続けた。
「ご、ごめんなさい。いやなわけじゃ、ないんだけど……でも、その……恥ずかしいから、顔は、見ないで。ごめんね」
「う、ううん。わたしの方こそ、急に見ようとしてごめんね」
両手でぼうしのツバを押さえて顔をかくすクリアちゃんは、もじょもじょしながら首を横にふった。
今まで透明でだれにも見られたことがなかったから、見られることになれてないのかもしれない。
見つけてもらえないってさみしがってたけど、でも今は見られるのがはずかしいんだ。
なら、友達として『むりじい』しちゃかわいそうだ。
クリアちゃんのお顔をちゃんと見たかったけど、今はグッとガマンすることにしよう。
「ごめんね。次会うときは、ちゃんとできるようにするから」
「わかった、楽しみにしてるよ。ていうか、わたしがまず謝らなきゃだったよ。急に森からいなくなっちゃってごめんね。あいさつ、なんにもできなかったから……」
わたしが昔のことを謝ると、クリアちゃんは体の力を抜いてから首を横にふった。
「気にしないで。アリスちゃんが森を飛び出していっちゃったから、わたしも自分を変えようと思って色々頑張ることができたの。またアリスちゃんに会いたくて、今度はちゃんと会いたくて。だから今は、こうして会えたことが嬉しいから、もういいの」
「そうだったんだ……。わたしもまた会えてとってもうれしいよ!」
クリアちゃんは『魔女の森』にいる時、いろんなお話をしたり遊んだりした大事なお友達。
あれっきり会えなくなっちゃってたから、こうして会えたのは本当にうれしいんだ。
だた、わたしは前にレイくんから聞いた話を思い出しちゃった。
レジスタンス活動をしている危険な魔女が、もしかしたらクリアちゃんかもしれないって話を。
でもこうしてお話してても、やっぱりクリアちゃんが関係ない人殺しちゃったりするような、そんな悪い人には思えなかった。
優しくてはずかしがり屋で、ひかえめな女の子。だからきっと、かんちがいなんだよ。
そう思ってわたしは、クリアちゃんにそれを直接確認する気にはなれなかった。
だってそんな話をしちゃったら、せっかくのうれしい気持ちが台無しになっちゃう。
だからわたしは、自分の友達を信じることにした。
「アリスちゃんも、なんだかちょっと変わったね」
「え、そうかなぁ?」
顔をかくしながらひかえめにわたしを見てくるクリアちゃん。
その声はなんだか心配そうだった。
「自分の中の『始まりの力』を使うようになって、この国のお姫様になって、成長したように見えるけど、でもなんだか悩み事がありそう。ほんの少し、元気がないような」
「うーん。そう、かな。元気は元気だけど……でも確かに最近、いろいろ感が考えちゃうかなぁ」
クリアちゃんのするどい『してき』に、わたしは正直にうなずいた。
ドルミーレや魔女とこの国のこと。人にはなかなか相談できなくて、解決も進展もしなくて。
一人でよくもやもやと考えちゃってる。それをクリアちゃんにすぐに見抜かれちゃった。
でもやっぱりそれをだれかに相談する気にはなれなかった。
「ちょっと悩み事はあるけどね。でも大丈夫。大したことじゃないよ」
「……そう。あなたがそう言うなら、いいんだけれど」
ニカっと笑って言ってみたけれど、クリアちゃんはなんだか不満そうだった。
わたしにモヤモヤがあることを見抜いたクリアちゃんには、大したことじゃなくないことも見抜かれてるんだ。
「わたしはアリスちゃんの味方だから、いつだって力になるよ。あなたがわたしを救ってくれたように、わたしもあなたを救いたいの」
「救ったって……わたしは何にもしてないよ」
「いいえ。アリスちゃんはわたしを見つけてくれた。友達になってくれた。それがわたしにとって何よりの救いになった。だからわたしも、あなたの力になりたいの」
声に熱を入れて、クリアちゃんはわたしにググッと近づいてきた。
相変わらず器用にぼうしで顔をかくしたまま、両手でわたしの手をぎゅうっとにぎる。
その肌色の手は、とってもやわらかくてあったかかった。
「友達のわたしは、アリスちゃんと繋がってる。だから魔女のわたしには、『始まりの力』を持っているあなたの機微がよくわかるの。だから、アリスちゃんがその力に戸惑っていることも、わたしにはよくわかる」
「クリアちゃん……」
顔は見えないけれど、クリアちゃんの気持ちは痛いほど伝わってきた。
その言葉が、手の温もりが、わたしを想ってくれてる教えてくれる。
わたしはそれが、とってもとってもうれしかった。
「だから、わたしはそんなアリスちゃんを助けたいの、救いたいの。わたしは、アリスちゃんの為なら何をかなぐり捨ててでも駆けつけて、何を置いても一番にあなたを守るから」
「ありがとうクリアちゃん。わかったよ。本当に困った時は、クリアちゃんに頼らせてもらうね」
かくれている顔に向かって、にこっり笑ってお礼を言う。
こんなに大切に想ってくれる友達がいて、わたしは幸せ者だ。
でも、そんな大切な友達が魔女になった原因は、わたしの中にある。
だからまだわたしには、自分自身の問題と悩みを、人に言う勇気がなかった。
クリアちゃんはそんなわたしに気づいたのか、唇をきゅっとむすんで手をはなした。
それからくるっとこっちに背中を向ける。もしかしたら怒らせちゃったのかもしれない。
でもわたしがあわてて何か言おうと口を開くと、クリアちゃんはまたパッとこっちを向いて、ニコッと笑った。
「うん、必ずそうして。わたしがアリスちゃんを、困っていることから救うんだから。絶対に、わたしが」
そう、クリアちゃんは『ほがらか』に言った。
おだやかに、やさしく、包み込むように。そして、力強く。
「わたし、もう行くね」
クリアちゃんはポツポツと後ろ向きに歩き出しながら言った。
わたしのことをまっすぐ見たまま、手を後ろで組みながら。
「あんまり長居してると、お城の魔法使いに気づかれちゃうし」
「また、すぐ会えるよね?」
「もちろん。わたしたちは友達だもの」
ゆっくりとはなれていくクリアちゃんを見ていると、なんだかさみしいような『ふあん』なような気持ちになった。
クリアちゃんの存在自体が、わたしから遠ざかっちゃうみたいな。
でもクリアちゃんが言う通り、ここに長居はさせられない。
わたしが魔法使いと一緒にいる限り、魔女のクリアちゃんとはずっと一緒にはいられないんだ。
「次会う時は、もっとずっとちゃんとしたわたしで。しっかりアリスちゃんに向き合えるわたしで、あなたを迎えに来るから」
真っ黒なローブで体をおおっているクリアちゃんの姿が、ゆっくりと暗闇の中にとけていく。
それがとっても悲しく思えて、わたしは思わず手を伸ばしそうになった。
でも、ギリギリでガマンする。今のわたしに、その『しかく』はないから。
だからわたしはグッとこらえて、精一杯の笑顔を向けた。
「またね、クリアちゃん。今度はちゃんと、お顔見せてね」
優しい優しいクリアちゃん。とっても心配してくれてるのに、わたしの気持ちを『そんちょう』してくれる。
だからそのクリアちゃんの優しさに応えるためにも、わたしは心配をかけないように元気に見送った。
わたしたちは友達だ。この心はつながってる。わかりあってる。だからこそ、わたしの『ふあん』が移らないように、笑顔を向けるんだ。
クリアちゃんは暗闇にまぎれながら口元をにっこりとゆるめて、やんわりと手を振ってくれた。
わたしも元気よく手を振り返して、クリアちゃんが見えなくなるまで見送った。
だから大体のことは王族特務の人たちが代わりにやってくれるんだけれど。
でもせっかくお姫様になったんだから、わたしにも何かこの国のためにできることをしたかった。
だからわたしは、お城の中での会議だったり、家来さんたちの報告だったり、そんな『かたくるしい』お仕事の合間に、なるべく町に出るようにしていた。
お城の中に閉じこもっていても面白くないし、それにこの国が今どうなっていて、何が必要かをちゃんと知りたかったから。
一人であんまり遠くに行くと怒られちゃうから、基本は城下町に行くことが多いけど、たまには王族特務の人にお供をしてもらって他の町にも顔を出したりする。
そこで町の人たちと直接お話をして、たくさん『こうりゅう』をするようにした。
みんなはわたしが行くといつもとっても喜んでくれて『かんげい』してくれる。
それがうれしくって、わたしもみんなのためにできるだけのことはしたいって思うんだ。
この国で生活している人たちは魔法使いじゃない人たちの方が多いから、魔法を使ってあからさまに助けてあげることはできない。
だからわたしは、町でもらった意見とか自分で気づいたことを王族特務の人たちに提案するようにした。
直接の手助けはできないし、お姫様としてのむずかしいお仕事もまだできないから、それがせめてもの国のためにできる仕事だった。
それでいくつか変わったこと、よくなったことがあって、それをみんなが喜んでくれて。
そんな国の様子を見ていると、『まほうつかいの国』のお姫様になってよかったなぁなんて思うんだ。
そんな風に、がんばってお姫様をやってきたある日の夜のこと。
一日の仕事やお勉強が終わって、わたしは気分転換にお城の中の庭園にお散歩に出ていた。
この世界の夜はちゃんと暗くって、お月様やお星様の光と、あとはお城からこぼれてくるやんわりとして灯りだけしかない。
だからキレイに咲きそろえられているお花や、動物の形にととのえられている木なんかもあんまりよく見えない。
でも、ふんわりと流れる風が気持ちいいし、シーンと静かな『ふんいき』がわたしは好きだった。
お城の中はたくさんの人がいるからにぎやかで、そういう意味では退屈しないけど。
でも、たまには静かにゆっくりしたい時もあるから。
だからわたしは、一人で庭園のベンチにすわって、ぼんやりとお空の宝石みたいなお星様をながめていた。
「────アリスちゃん」
そんな時、急に小さな声で名前を呼ばれて、わたしはビクンととびはねた。
お姫様になってから名前で呼んでくれるのはレオとアリアくらいで、なんだか変な感じがしたし。
あわてて立ち上がってまわりを見渡してみても、庭園のうすぐらい景色しか見えない。
だれがわたしを呼んだんだろうと首をかしげていると、ふふふと小さく笑う声が聞こえた。
「こっちよ、こっち。わたしはここにいるよ」
その声は、どこかで聞いたことのある声だった。
そんなとってもなつかしい声と共に、目の前の暗がりから人がすーっと現れた。
真っ黒のローブで体をすっぽりかくして、大きなツバのついた三角ぼうしをかぶった人。
なんだか、絵本とかに出てきそうなあからさまな魔女っぽい格好。
わたしと同じくらいの身長のその人の顔は、ぼうしの大きなツバにかくれて見えなかった。
でも、その人の姿を見た瞬間、わたしはそれがだれだかわかった気がした。
『こんきょ』や理由はないけれど、わたしの心がそれがだれだか感じたんだ。
「もしかして……クリアちゃん……?」
「うん。そうだよ、アリスちゃん。どうしても会いたくて、来ちゃった」
感じたままの名前を言うと、その人はコクンとうなずいた。
かろうじて見える口元が、うれしそうにニコッとゆるむ。
「うそ……クリアちゃん……!? あぁ、久しぶり! 元気にしてた?」
「うん、元気。わたしはとっても元気。アリスちゃんこそ、調子はどう?」
「わたしも元気にやってるよ。いろんなことがあったけどね」
久しぶりに会えた友達に、なんて言って良いかわからなくて、でもとにかくうれしいって気持ちが口から飛び出した。
そんなわたしにクリアちゃんはふんわりと笑って、とっても落ち着いた感じで答えてくれる。
なんだか、前に会った時よりも大人っぽくなっている気がした。
というか、そんなことよりも重大なことがあった。
とってもおっきい変化がそこにあるのに、久しぶりに会えたびっくりで、わたしはそれをすっ飛ばしちゃってた。
「クリアちゃん、透明じゃなくなったんだね!? すごい! よかったね!」
顔はぼうしにかくれてちゃんと見えないけど、でも口元はちゃんとあるのがわかる。
それに前みたいに服も透明になっちゃってないのが大きい。
何にも見えなくて、いるのかいないのかもわからなかった前のクリアちゃんとはぜんぜんちがう。
「ええ。あれからわたしも色々がんばって、すこしはね。でもほら、これはちゃんとまだつけてるよ」
クリアちゃんははずかしそうにうなずいて、黒い髪にむすんであるリボン付きのヘアゴムを見せてくれた。
昔、何にも見えないクリアちゃんにわたしがあげたやつだ。
ローブから出した手もちゃんと肌色で、一つひとつの動きがよくわかる。
「見えるようになって、本当によかった! わたしとってもうれしいよ。ねぇ、お顔よく見せて?」
「ダ、ダメ……!」
わたしがかけよって顔をのぞき込もうとすると、クリアちゃんは悲鳴をあげてぼうしをギュッと下ろした。
まさかダメって言われるとは思わなかったわたしはびっくりしちゃって、そんなわたしにクリアちゃんはあわてて言葉を続けた。
「ご、ごめんなさい。いやなわけじゃ、ないんだけど……でも、その……恥ずかしいから、顔は、見ないで。ごめんね」
「う、ううん。わたしの方こそ、急に見ようとしてごめんね」
両手でぼうしのツバを押さえて顔をかくすクリアちゃんは、もじょもじょしながら首を横にふった。
今まで透明でだれにも見られたことがなかったから、見られることになれてないのかもしれない。
見つけてもらえないってさみしがってたけど、でも今は見られるのがはずかしいんだ。
なら、友達として『むりじい』しちゃかわいそうだ。
クリアちゃんのお顔をちゃんと見たかったけど、今はグッとガマンすることにしよう。
「ごめんね。次会うときは、ちゃんとできるようにするから」
「わかった、楽しみにしてるよ。ていうか、わたしがまず謝らなきゃだったよ。急に森からいなくなっちゃってごめんね。あいさつ、なんにもできなかったから……」
わたしが昔のことを謝ると、クリアちゃんは体の力を抜いてから首を横にふった。
「気にしないで。アリスちゃんが森を飛び出していっちゃったから、わたしも自分を変えようと思って色々頑張ることができたの。またアリスちゃんに会いたくて、今度はちゃんと会いたくて。だから今は、こうして会えたことが嬉しいから、もういいの」
「そうだったんだ……。わたしもまた会えてとってもうれしいよ!」
クリアちゃんは『魔女の森』にいる時、いろんなお話をしたり遊んだりした大事なお友達。
あれっきり会えなくなっちゃってたから、こうして会えたのは本当にうれしいんだ。
だた、わたしは前にレイくんから聞いた話を思い出しちゃった。
レジスタンス活動をしている危険な魔女が、もしかしたらクリアちゃんかもしれないって話を。
でもこうしてお話してても、やっぱりクリアちゃんが関係ない人殺しちゃったりするような、そんな悪い人には思えなかった。
優しくてはずかしがり屋で、ひかえめな女の子。だからきっと、かんちがいなんだよ。
そう思ってわたしは、クリアちゃんにそれを直接確認する気にはなれなかった。
だってそんな話をしちゃったら、せっかくのうれしい気持ちが台無しになっちゃう。
だからわたしは、自分の友達を信じることにした。
「アリスちゃんも、なんだかちょっと変わったね」
「え、そうかなぁ?」
顔をかくしながらひかえめにわたしを見てくるクリアちゃん。
その声はなんだか心配そうだった。
「自分の中の『始まりの力』を使うようになって、この国のお姫様になって、成長したように見えるけど、でもなんだか悩み事がありそう。ほんの少し、元気がないような」
「うーん。そう、かな。元気は元気だけど……でも確かに最近、いろいろ感が考えちゃうかなぁ」
クリアちゃんのするどい『してき』に、わたしは正直にうなずいた。
ドルミーレや魔女とこの国のこと。人にはなかなか相談できなくて、解決も進展もしなくて。
一人でよくもやもやと考えちゃってる。それをクリアちゃんにすぐに見抜かれちゃった。
でもやっぱりそれをだれかに相談する気にはなれなかった。
「ちょっと悩み事はあるけどね。でも大丈夫。大したことじゃないよ」
「……そう。あなたがそう言うなら、いいんだけれど」
ニカっと笑って言ってみたけれど、クリアちゃんはなんだか不満そうだった。
わたしにモヤモヤがあることを見抜いたクリアちゃんには、大したことじゃなくないことも見抜かれてるんだ。
「わたしはアリスちゃんの味方だから、いつだって力になるよ。あなたがわたしを救ってくれたように、わたしもあなたを救いたいの」
「救ったって……わたしは何にもしてないよ」
「いいえ。アリスちゃんはわたしを見つけてくれた。友達になってくれた。それがわたしにとって何よりの救いになった。だからわたしも、あなたの力になりたいの」
声に熱を入れて、クリアちゃんはわたしにググッと近づいてきた。
相変わらず器用にぼうしで顔をかくしたまま、両手でわたしの手をぎゅうっとにぎる。
その肌色の手は、とってもやわらかくてあったかかった。
「友達のわたしは、アリスちゃんと繋がってる。だから魔女のわたしには、『始まりの力』を持っているあなたの機微がよくわかるの。だから、アリスちゃんがその力に戸惑っていることも、わたしにはよくわかる」
「クリアちゃん……」
顔は見えないけれど、クリアちゃんの気持ちは痛いほど伝わってきた。
その言葉が、手の温もりが、わたしを想ってくれてる教えてくれる。
わたしはそれが、とってもとってもうれしかった。
「だから、わたしはそんなアリスちゃんを助けたいの、救いたいの。わたしは、アリスちゃんの為なら何をかなぐり捨ててでも駆けつけて、何を置いても一番にあなたを守るから」
「ありがとうクリアちゃん。わかったよ。本当に困った時は、クリアちゃんに頼らせてもらうね」
かくれている顔に向かって、にこっり笑ってお礼を言う。
こんなに大切に想ってくれる友達がいて、わたしは幸せ者だ。
でも、そんな大切な友達が魔女になった原因は、わたしの中にある。
だからまだわたしには、自分自身の問題と悩みを、人に言う勇気がなかった。
クリアちゃんはそんなわたしに気づいたのか、唇をきゅっとむすんで手をはなした。
それからくるっとこっちに背中を向ける。もしかしたら怒らせちゃったのかもしれない。
でもわたしがあわてて何か言おうと口を開くと、クリアちゃんはまたパッとこっちを向いて、ニコッと笑った。
「うん、必ずそうして。わたしがアリスちゃんを、困っていることから救うんだから。絶対に、わたしが」
そう、クリアちゃんは『ほがらか』に言った。
おだやかに、やさしく、包み込むように。そして、力強く。
「わたし、もう行くね」
クリアちゃんはポツポツと後ろ向きに歩き出しながら言った。
わたしのことをまっすぐ見たまま、手を後ろで組みながら。
「あんまり長居してると、お城の魔法使いに気づかれちゃうし」
「また、すぐ会えるよね?」
「もちろん。わたしたちは友達だもの」
ゆっくりとはなれていくクリアちゃんを見ていると、なんだかさみしいような『ふあん』なような気持ちになった。
クリアちゃんの存在自体が、わたしから遠ざかっちゃうみたいな。
でもクリアちゃんが言う通り、ここに長居はさせられない。
わたしが魔法使いと一緒にいる限り、魔女のクリアちゃんとはずっと一緒にはいられないんだ。
「次会う時は、もっとずっとちゃんとしたわたしで。しっかりアリスちゃんに向き合えるわたしで、あなたを迎えに来るから」
真っ黒なローブで体をおおっているクリアちゃんの姿が、ゆっくりと暗闇の中にとけていく。
それがとっても悲しく思えて、わたしは思わず手を伸ばしそうになった。
でも、ギリギリでガマンする。今のわたしに、その『しかく』はないから。
だからわたしはグッとこらえて、精一杯の笑顔を向けた。
「またね、クリアちゃん。今度はちゃんと、お顔見せてね」
優しい優しいクリアちゃん。とっても心配してくれてるのに、わたしの気持ちを『そんちょう』してくれる。
だからそのクリアちゃんの優しさに応えるためにも、わたしは心配をかけないように元気に見送った。
わたしたちは友達だ。この心はつながってる。わかりあってる。だからこそ、わたしの『ふあん』が移らないように、笑顔を向けるんだ。
クリアちゃんは暗闇にまぎれながら口元をにっこりとゆるめて、やんわりと手を振ってくれた。
わたしも元気よく手を振り返して、クリアちゃんが見えなくなるまで見送った。
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