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第0.5章 まほうつかいの国のアリス
87 救国の姫君6
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『真理の剣』から放たれた白い光が広間中を埋めつくして、目がチカチカする。
そんな光がしばらくすべてを『しはい』して、すべての魔法をかき消した。
そしてようやく光がおさまって、クラクラした目で真っ直ぐ前を見てみると、そこには赤い塊がうずくまっていた。
女王様だ。女王様がボロボロの姿で床に倒れ込んでる。
炎のように逆立っていた赤い髪の毛はかんぜんにくずれて、まるで血の滝のようにたれ下がってる。
着ていたキレイで豪勢な真っ赤なドレスはやぶけたりさけたりボロボロで。
何だかとっても、みじめな姿だった。
体に力が入らないみたいで、女王様はぐったりしてる。
もう戦えないのは見ればすぐにわかる。
わたしたちは、女王様に勝ったんだ。
「…………」
振り下ろした『真理の剣』をしっかりとにぎったまま、わたしは女王様にゆっくりと近づいた。
倒れた女王様にホッとしつつ、でもまだ『けいかい』しているレオとアリアも、お腹の傷を押さえながらついてくる。
「────私は、負けちゃ、いないよ……」
わたしが目の前まで来たのに気がついた女王様が、ふるえる手をついて顔を持ち上げながら、かすれる声で言った。
声に力はなくて、弱々しくてふるえているのに、それでもまだそのえらそうな言葉は変わらない。
「私は、この国の女王。この国は、私のものなんだ……。全て、何もかも、私の思う通りに、なるんだよ。だから、お前らみたいなクソガキ共に、好き勝手なんか……」
「もうやめようよ、女王様。この国は確かにあなたの国だけど、でもあなたのものじゃない。この国で生きる人たちの命や、気持ち、それに『けんり』は、女王様のものじゃなくてその人たちのものなんだから」
王様は国を『おさめて』守っているんだから、えらいかもしれない。
でも、だからって何でもかんでも王様がぜったいで、ぜんぶ王様の物って考え方ダメだ。
だって国には人が住んでいるんだから。王様なら、国の人のことを一番に考えてほしい。
わたしは女王様を見下ろして、やさしく声をかけた。
わたしだってできれば戦いたくないんだ。
話を聞いて、そしてわかってほしいんだ。
でも、女王様はたれた赤い髪の隙間から真っ赤な目をのぞかせて、ふるえているのにするどい目を向けてくる。
「お前のような小娘が、知ったような口を、聞くんじゃないよ。この国を治める女王たる私は、この国の全ての所有権がある。国を守り、支配するというのは、そういうことなのさ。私に治められているのだから、全てを私に捧げるのは当然の義務。それを果たせない役立たずは、いらないのさ」
「それが、わがままなんだよ。この国で働いている人がいるから、この国は回っているんでしょ? この国の人たち、他の人たち。いろんな人の力を借りて、人はみんなで生きてるんだよ。女王様だけがただ一方的にえらいなんて、そんなことないんだよ」
「うるさい……!!!」
まるで獣が吠えるような声を上げて、女王様が怒鳴る。
ボロボロで動けないのに、それでもわたしたちに敵意をむき出しにして怒り狂う。
「お前に何がわかる。私は英雄の末裔として、この国を治める王族として、王とは何たるかを心得ている! どこの馬の骨とも知らぬ小娘が、知った口を聞くんじゃないよ……!」
「…………」
その叫びを聞いて、わたしはとっても悲しい気持ちになってしまった。
前にアリアは、前の王様はいい人だったって言ってた。
だからこの女王様を育てた人はちゃんとした人だったはずなんだ。
だからきっと、王様としてのことをちゃんと教えていたはずなんだ。
でもそれを、この女王様は勘違いして、自分の都合のいいように『かいしゃく』しちゃったんだ。
自分はえらいって、特別だってことだけ覚えてしまったんだ。
「そんな目で、私を見るな……! 私は女王! 『まほうつかいの国』の女王! 私は誰にも、屈したりしないのさ!!!」
突然、女王様が雄叫びを上げて起き上がった。
急なことでわたしたちは全員まったく反応できなくて、ビクッと体をちぢこませてしまった。
その隙に女王様は飛びかかってきて、わたしの手から強引に『真理の剣』をうばいとった。
「あ! 返して!」
「返す!? これは元から私の物だ! 女王の、英雄の末裔たるこの私のね!!!」
真っ白な剣を高くかかげて、女王様は高らかに笑った。
剣を奪いとってもう負けない自信がついたのか、今の今まで弱っていたのに、ボロボロの体に生気を戻して強い魔力を周りに振りまく。
「英雄の剣は持つべき者の手に返った! この救国の剣で、国家に仇なすお前たちを断罪してやる!!!」
女王様がギャハハと下品に笑いながらわたしたちに向けて剣を振り上げる。
レオとアリアは顔を真っ青にしながら私に身を寄せた。
魔法が効かないあの剣を持つ女王様に、どうやったら『たいこう』できるだろう。
パニックになりそうな頭で必死で考えていた、その時。
『────その手で、私の剣に触れるとはいい度胸ね』
突然、頭の中にドルミーレの冷たく重くとがった声がひびいた。
『よくもその穢らわしい手で私の────私たちの剣を握ったわね。身の程を知りなさい!』
いつもダルそうに興味なさそうに、暗く重苦しい話し方をするドルミーレ。
だから、それはわたしが初めて聞く、あらあらしく怒った声だった。
そしてその叫びと同時に、わたしの心の奥で爆発しそうなほどの熱い力が膨れ上がって、何かが飛び出していくのを感じた。
「待って、ダメ!!!」
何かはわからないけど、とってもいやな予感がして思わず叫ぶ。
ちょうど女王様が剣を振り下ろそうとしていて、わたしが命乞いをしていると思ったのか、うれしそうにいやらしい笑顔を浮かべた。
そして、女王様が剣を振り下ろし始めた瞬間。
その真っ赤な体が、突然爆発的に燃え上がった。
「ぃぃいいぁぁぁぁぁあああああああ!!!!」
この世のものとは思えない悲鳴を上げて、女王様がもだえ苦しむ。
それは女王様が自分で上げた炎じゃなくて、だれかの攻撃だったからだ。
そしてそれは、ドルミーレの怒りによる炎だとわたしにはすぐわかった。
『真理を握る資格もないくせに、私の剣に触れるからいけないのよ。その身が焼かれる痛みに悶えて、消えなさい』
ドス黒い感情を隠しもせずに、ドルミーレはわたしの頭の中でそう吐き捨てた。
そしてもうそれで嫌気がさしたのか、すぐに引っ込んでもう声も気配も感じられなくなってしまった。
女王様は『真理の剣』をにぎりしめたまま、悲鳴を上げながら暴れ回る。
けれどどんなにもがいても、その体についた炎は消えない。
「それはダメ! 死んじゃうのはだれだってダメだよ!」
わたしはあわてて『始まりの力』を使ってその炎をコントロールして引きはがそうとした。
けど、どんなにいつもみたいに魔法をあやつろうとしても、その炎はピクリとも動いてくれない。
きっと、わたしの力の大元のドルミーレが女王様を殺そうとしているから、その力を借りているわたしじゃどうすることもできないんだ。
そう気がついた時には、女王様の体はとってもただれて、真っ赤にはれあがっていた。
代わりにみんなで水の魔法をかけても、当たり前のように火は消えなかった。
何をしても、炎は女王様を燃やし続ける。
「どう、して……! どうして私が……! 私は、この国の女王、なのに……!!!」
火だるまになりながら、かすれてつぶれた声で女王様はわめく。
「女王の私は、偉いんだ。なんでも、思い通りにいくはずだったんだ。なのに、どいつもこいつも……私は、この国を守るために、より、魔法を栄えるさせるために────!」
ドサっと、女王様がひざをついた。
もう暴れ回る力なんてないのかもしれない。
燃えさかる体のまま、力なくへたり込んだ。
「どいつもこいつも、私の理想に届きゃしない。どいつもこいつも、使えないやつばっかりだ。挙げ句の果てに、夫も娘も、私の思い通りにいきゃしない。使えない奴は切り捨てるしかない。だって、そうしなきゃこの国は腐っちまうんだから……!」
女王様は、女王様なりにがんばっていたのかな。
この『まほうつかいの国』が強くなるために、魔法使いがもっとすごくなるように。
でもそう思う考えだけが強くて、周りが見えなくなって、自分の気持ちを人に押し付けてしまったんだ。
自分勝手をしてわがままを通して。そうやって、やり方を間違ってしまったんだ。
「クソッ……クソォッッッ…………!!! 私は、スカーレット・ローズ・ハートレス────『まほうつかいの国』の女王だ……! なのにどうして私が、こんなところで、こんな奴らに……!」
喉がつぶれたようにかすれた声で、女王様はわめき続ける。
それは、心の奥からひねり出した絶叫だった。
「呪ってやる────お前を、この国を、この世界を、この条理を────! 私を拒絶する全てを、呪って、やるッッッ────!!!」
もう声は消えそうなくらい弱いのに、その怒りとにくしみだけは、重苦しいほど伝わってくる。
どんなに炎を取り払おうとしても、消そうとしてもどうにもならない。
女王様を包む炎からは、その体を燃やしつくすまで消えないという意志を感じた。
ずっとみんなにひどいことをしてきた女王様でも、死んじゃうのはダメだ。
それでもどうすることもできなくて、ただただ『だんまつま』の叫びを聞くことしかできなかったその時。
女王様がまだ『真理の剣』をにぎりしめていることに気がついた。
「女王様! その剣をはなして! それを持ってちゃダメなんだよ!」
ドルミーレは『真理の剣』にさわられたことに怒っていた。
それをはなせば、もしかしたら許してくれるかもしれない。
わたしの声が聞こえたのか、それとももうにぎってる力がなくなったのか。
女王様の手から力がぬけて、白い剣がカランと床に落ちた。
「ダメなの……!? どうして!?」
けれど、その炎は消えなかった。
にくしみと怒りに満ちた炎は、ゴウゴウと燃えたまま女王様を焼き続けている。
もうそれは、あまりにも『むざん』な光景だった。
もう真っ黒焦げに近い女王様。
人かどうかもわからなくなって、悲鳴を上げる力も残っていないように見えた。
でも、わたしはあきらめたくなかった。
「────アリス!!!」
アリアの悲鳴のような叫び声を無視して、女王様の足元に飛びつく。
足元に転がった『真理の剣』をあわてて拾い上げて、そのまま振り上げた。
この炎がドルミーレの意思によるものだとしても、魔法なんだったらこの剣で消せるはずだから。
だからわたしは心からの願い込めて、女王様を燃やす炎を斬った。
スパンと、赤い炎を白い刃が通り抜ける。
強い熱を上げていた炎はそれにそってハラハラとほどけて、あっという間に消えた。
そして残ったのは、炭のように真っ黒になった女王様。
「っ────!」
そこに生気はぜんぜん感じられなくて、動けないどころか息をしているようにも見えない。
女王様は、燃え果ててしまっていた。
「あ、あぁっ…………」
間に合わなかった。
体の力がズンとぬけて、持ち上げていた腕が下がる。
『真理の剣』がコンと床にぶつかって、その衝撃を受けたように、女王様だった炭の塊がバラバラと崩れた。
まるで、この剣に斬り倒されたように。
レオとアリアがすぐに駆け寄ってきて、力の限り抱きしめてくれた。
わたしたちは、勝った。勝ったんだ。女王様を倒したんだ。
でも、それを手放しでは喜べなかった。
ひどくて悪い女王様。でもさみしくて悲しい女王様。
死んで欲しかったわけじゃない。ただわかって欲しかったんだ。
だからものすごくモヤモヤした気持ちが心な中で暴れ回った。
でも、それでも。もうひどいことをする女王様はいない。
みんなを苦しめて、好き放題やる人はいない。
今はそれを安心すればいいんだって、二人は言ってくれた。
だからわたしは、この何とも言えないモヤモヤを抱えながら。
それでもこの先、この国が明るくいられることをうれしく思うことにした。
だってきっと、どんなに『こうかい』しても、わたしたちじゃ女王様を救ってあげることはできなかっただろうから。
だから今は勝ち取った未来を喜ぼうって、わたしたちは三人で泣きながら抱きしめ合った。
そんな光がしばらくすべてを『しはい』して、すべての魔法をかき消した。
そしてようやく光がおさまって、クラクラした目で真っ直ぐ前を見てみると、そこには赤い塊がうずくまっていた。
女王様だ。女王様がボロボロの姿で床に倒れ込んでる。
炎のように逆立っていた赤い髪の毛はかんぜんにくずれて、まるで血の滝のようにたれ下がってる。
着ていたキレイで豪勢な真っ赤なドレスはやぶけたりさけたりボロボロで。
何だかとっても、みじめな姿だった。
体に力が入らないみたいで、女王様はぐったりしてる。
もう戦えないのは見ればすぐにわかる。
わたしたちは、女王様に勝ったんだ。
「…………」
振り下ろした『真理の剣』をしっかりとにぎったまま、わたしは女王様にゆっくりと近づいた。
倒れた女王様にホッとしつつ、でもまだ『けいかい』しているレオとアリアも、お腹の傷を押さえながらついてくる。
「────私は、負けちゃ、いないよ……」
わたしが目の前まで来たのに気がついた女王様が、ふるえる手をついて顔を持ち上げながら、かすれる声で言った。
声に力はなくて、弱々しくてふるえているのに、それでもまだそのえらそうな言葉は変わらない。
「私は、この国の女王。この国は、私のものなんだ……。全て、何もかも、私の思う通りに、なるんだよ。だから、お前らみたいなクソガキ共に、好き勝手なんか……」
「もうやめようよ、女王様。この国は確かにあなたの国だけど、でもあなたのものじゃない。この国で生きる人たちの命や、気持ち、それに『けんり』は、女王様のものじゃなくてその人たちのものなんだから」
王様は国を『おさめて』守っているんだから、えらいかもしれない。
でも、だからって何でもかんでも王様がぜったいで、ぜんぶ王様の物って考え方ダメだ。
だって国には人が住んでいるんだから。王様なら、国の人のことを一番に考えてほしい。
わたしは女王様を見下ろして、やさしく声をかけた。
わたしだってできれば戦いたくないんだ。
話を聞いて、そしてわかってほしいんだ。
でも、女王様はたれた赤い髪の隙間から真っ赤な目をのぞかせて、ふるえているのにするどい目を向けてくる。
「お前のような小娘が、知ったような口を、聞くんじゃないよ。この国を治める女王たる私は、この国の全ての所有権がある。国を守り、支配するというのは、そういうことなのさ。私に治められているのだから、全てを私に捧げるのは当然の義務。それを果たせない役立たずは、いらないのさ」
「それが、わがままなんだよ。この国で働いている人がいるから、この国は回っているんでしょ? この国の人たち、他の人たち。いろんな人の力を借りて、人はみんなで生きてるんだよ。女王様だけがただ一方的にえらいなんて、そんなことないんだよ」
「うるさい……!!!」
まるで獣が吠えるような声を上げて、女王様が怒鳴る。
ボロボロで動けないのに、それでもわたしたちに敵意をむき出しにして怒り狂う。
「お前に何がわかる。私は英雄の末裔として、この国を治める王族として、王とは何たるかを心得ている! どこの馬の骨とも知らぬ小娘が、知った口を聞くんじゃないよ……!」
「…………」
その叫びを聞いて、わたしはとっても悲しい気持ちになってしまった。
前にアリアは、前の王様はいい人だったって言ってた。
だからこの女王様を育てた人はちゃんとした人だったはずなんだ。
だからきっと、王様としてのことをちゃんと教えていたはずなんだ。
でもそれを、この女王様は勘違いして、自分の都合のいいように『かいしゃく』しちゃったんだ。
自分はえらいって、特別だってことだけ覚えてしまったんだ。
「そんな目で、私を見るな……! 私は女王! 『まほうつかいの国』の女王! 私は誰にも、屈したりしないのさ!!!」
突然、女王様が雄叫びを上げて起き上がった。
急なことでわたしたちは全員まったく反応できなくて、ビクッと体をちぢこませてしまった。
その隙に女王様は飛びかかってきて、わたしの手から強引に『真理の剣』をうばいとった。
「あ! 返して!」
「返す!? これは元から私の物だ! 女王の、英雄の末裔たるこの私のね!!!」
真っ白な剣を高くかかげて、女王様は高らかに笑った。
剣を奪いとってもう負けない自信がついたのか、今の今まで弱っていたのに、ボロボロの体に生気を戻して強い魔力を周りに振りまく。
「英雄の剣は持つべき者の手に返った! この救国の剣で、国家に仇なすお前たちを断罪してやる!!!」
女王様がギャハハと下品に笑いながらわたしたちに向けて剣を振り上げる。
レオとアリアは顔を真っ青にしながら私に身を寄せた。
魔法が効かないあの剣を持つ女王様に、どうやったら『たいこう』できるだろう。
パニックになりそうな頭で必死で考えていた、その時。
『────その手で、私の剣に触れるとはいい度胸ね』
突然、頭の中にドルミーレの冷たく重くとがった声がひびいた。
『よくもその穢らわしい手で私の────私たちの剣を握ったわね。身の程を知りなさい!』
いつもダルそうに興味なさそうに、暗く重苦しい話し方をするドルミーレ。
だから、それはわたしが初めて聞く、あらあらしく怒った声だった。
そしてその叫びと同時に、わたしの心の奥で爆発しそうなほどの熱い力が膨れ上がって、何かが飛び出していくのを感じた。
「待って、ダメ!!!」
何かはわからないけど、とってもいやな予感がして思わず叫ぶ。
ちょうど女王様が剣を振り下ろそうとしていて、わたしが命乞いをしていると思ったのか、うれしそうにいやらしい笑顔を浮かべた。
そして、女王様が剣を振り下ろし始めた瞬間。
その真っ赤な体が、突然爆発的に燃え上がった。
「ぃぃいいぁぁぁぁぁあああああああ!!!!」
この世のものとは思えない悲鳴を上げて、女王様がもだえ苦しむ。
それは女王様が自分で上げた炎じゃなくて、だれかの攻撃だったからだ。
そしてそれは、ドルミーレの怒りによる炎だとわたしにはすぐわかった。
『真理を握る資格もないくせに、私の剣に触れるからいけないのよ。その身が焼かれる痛みに悶えて、消えなさい』
ドス黒い感情を隠しもせずに、ドルミーレはわたしの頭の中でそう吐き捨てた。
そしてもうそれで嫌気がさしたのか、すぐに引っ込んでもう声も気配も感じられなくなってしまった。
女王様は『真理の剣』をにぎりしめたまま、悲鳴を上げながら暴れ回る。
けれどどんなにもがいても、その体についた炎は消えない。
「それはダメ! 死んじゃうのはだれだってダメだよ!」
わたしはあわてて『始まりの力』を使ってその炎をコントロールして引きはがそうとした。
けど、どんなにいつもみたいに魔法をあやつろうとしても、その炎はピクリとも動いてくれない。
きっと、わたしの力の大元のドルミーレが女王様を殺そうとしているから、その力を借りているわたしじゃどうすることもできないんだ。
そう気がついた時には、女王様の体はとってもただれて、真っ赤にはれあがっていた。
代わりにみんなで水の魔法をかけても、当たり前のように火は消えなかった。
何をしても、炎は女王様を燃やし続ける。
「どう、して……! どうして私が……! 私は、この国の女王、なのに……!!!」
火だるまになりながら、かすれてつぶれた声で女王様はわめく。
「女王の私は、偉いんだ。なんでも、思い通りにいくはずだったんだ。なのに、どいつもこいつも……私は、この国を守るために、より、魔法を栄えるさせるために────!」
ドサっと、女王様がひざをついた。
もう暴れ回る力なんてないのかもしれない。
燃えさかる体のまま、力なくへたり込んだ。
「どいつもこいつも、私の理想に届きゃしない。どいつもこいつも、使えないやつばっかりだ。挙げ句の果てに、夫も娘も、私の思い通りにいきゃしない。使えない奴は切り捨てるしかない。だって、そうしなきゃこの国は腐っちまうんだから……!」
女王様は、女王様なりにがんばっていたのかな。
この『まほうつかいの国』が強くなるために、魔法使いがもっとすごくなるように。
でもそう思う考えだけが強くて、周りが見えなくなって、自分の気持ちを人に押し付けてしまったんだ。
自分勝手をしてわがままを通して。そうやって、やり方を間違ってしまったんだ。
「クソッ……クソォッッッ…………!!! 私は、スカーレット・ローズ・ハートレス────『まほうつかいの国』の女王だ……! なのにどうして私が、こんなところで、こんな奴らに……!」
喉がつぶれたようにかすれた声で、女王様はわめき続ける。
それは、心の奥からひねり出した絶叫だった。
「呪ってやる────お前を、この国を、この世界を、この条理を────! 私を拒絶する全てを、呪って、やるッッッ────!!!」
もう声は消えそうなくらい弱いのに、その怒りとにくしみだけは、重苦しいほど伝わってくる。
どんなに炎を取り払おうとしても、消そうとしてもどうにもならない。
女王様を包む炎からは、その体を燃やしつくすまで消えないという意志を感じた。
ずっとみんなにひどいことをしてきた女王様でも、死んじゃうのはダメだ。
それでもどうすることもできなくて、ただただ『だんまつま』の叫びを聞くことしかできなかったその時。
女王様がまだ『真理の剣』をにぎりしめていることに気がついた。
「女王様! その剣をはなして! それを持ってちゃダメなんだよ!」
ドルミーレは『真理の剣』にさわられたことに怒っていた。
それをはなせば、もしかしたら許してくれるかもしれない。
わたしの声が聞こえたのか、それとももうにぎってる力がなくなったのか。
女王様の手から力がぬけて、白い剣がカランと床に落ちた。
「ダメなの……!? どうして!?」
けれど、その炎は消えなかった。
にくしみと怒りに満ちた炎は、ゴウゴウと燃えたまま女王様を焼き続けている。
もうそれは、あまりにも『むざん』な光景だった。
もう真っ黒焦げに近い女王様。
人かどうかもわからなくなって、悲鳴を上げる力も残っていないように見えた。
でも、わたしはあきらめたくなかった。
「────アリス!!!」
アリアの悲鳴のような叫び声を無視して、女王様の足元に飛びつく。
足元に転がった『真理の剣』をあわてて拾い上げて、そのまま振り上げた。
この炎がドルミーレの意思によるものだとしても、魔法なんだったらこの剣で消せるはずだから。
だからわたしは心からの願い込めて、女王様を燃やす炎を斬った。
スパンと、赤い炎を白い刃が通り抜ける。
強い熱を上げていた炎はそれにそってハラハラとほどけて、あっという間に消えた。
そして残ったのは、炭のように真っ黒になった女王様。
「っ────!」
そこに生気はぜんぜん感じられなくて、動けないどころか息をしているようにも見えない。
女王様は、燃え果ててしまっていた。
「あ、あぁっ…………」
間に合わなかった。
体の力がズンとぬけて、持ち上げていた腕が下がる。
『真理の剣』がコンと床にぶつかって、その衝撃を受けたように、女王様だった炭の塊がバラバラと崩れた。
まるで、この剣に斬り倒されたように。
レオとアリアがすぐに駆け寄ってきて、力の限り抱きしめてくれた。
わたしたちは、勝った。勝ったんだ。女王様を倒したんだ。
でも、それを手放しでは喜べなかった。
ひどくて悪い女王様。でもさみしくて悲しい女王様。
死んで欲しかったわけじゃない。ただわかって欲しかったんだ。
だからものすごくモヤモヤした気持ちが心な中で暴れ回った。
でも、それでも。もうひどいことをする女王様はいない。
みんなを苦しめて、好き放題やる人はいない。
今はそれを安心すればいいんだって、二人は言ってくれた。
だからわたしは、この何とも言えないモヤモヤを抱えながら。
それでもこの先、この国が明るくいられることをうれしく思うことにした。
だってきっと、どんなに『こうかい』しても、わたしたちじゃ女王様を救ってあげることはできなかっただろうから。
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