上 下
546 / 984
第0.5章 まほうつかいの国のアリス

76 お花畑と城と剣10

しおりを挟む
「あれ……この剣、黒くなかったっけ」
「あぁ。お前がイスから引っこ抜いて倒れそうになった時、スーッと白に変わったんだよ」

 わたしがポツリと声に出すと、レオが不思議そうな顔をしながら答えてくれた。
 さっきまでは墨で塗りつぶしたみたいに真っ黒だったのに、今は雪みたいに真っ白だ。
 剣そのものは変わってないみたいだけど、でも『せいはんたい』の色になってるから、なんだか変な感じがする。

 でもさっきまでの真っ黒な時とはぜんぜんちがって、とってもキレイだった。
 積もったばっかりの雪を見ているみたいに、キラキラ透き通った白い剣。
 武器というよりは、何かの芸術品みたいだなと思った。

「それが、その剣本来の姿なんだよ。何物にも侵されない純粋無垢の剣だったのさ。それがドルミーレの心臓を穿った時、彼女の呪いで黒く変色して、ずっとそのままだったけど。もしかしたらアリスちゃん自身の心が反映されたのかもね。君の純粋な心が、悪しき魔女の呪いに染まった剣を浄化したのかもしれないねぇ」
「わ、わたしの心!? えぇ、別にわたしそんな……」

 夜子さんがすぐにそう教えてくれて、なんだか恥ずかしくなった。
 もしこれがわたしの心を映していたんだとしたら、自分でキレイだなって思ったってことで。
 それはなんだか、ナルシストさんみたいなんだもん。口に出してなくてよかった……。

 ただ夜子さんはそんなわたしの考えはお見通しだったのか、いつもよりもニヤニヤしながらわたしを見た。
 でも特にそのことには突っ込まないで、わたしの手の剣に目を向けた。

「その剣の名は、『真理のつるぎ』。かつてドルミーレが創り出し、英雄が邪悪な魔女を打ち滅ぼした剣。救国の証であり、だがしかし本来のそれは、絶対的な真理の結晶だ」
「真理の……つるぎ……」

 そういえば、ドルミーレがそんなことを言っていた気がする。
 元々は何かを助けるためのものじゃなかったって。
『こんとん』に『たいこう』するためには……とか、なんだかむずかしいことを言ってた気がする。

「あらゆる論理を一つの真理の元に両断する絶対の剣。あらゆる問いかけの答え。唯一無二の真実を示す剣。歪みを正し、あるべき姿へといざなう真理という概念の結晶。それはそういう概念武装。真理が形を作り、振り下ろすもの全てに真理を下す。それはそういう力を持った武器なのさ」
「えーっと……もう少しわかりやすく……」

 かしこまった言葉を次から次へと並び立てられて、頭がパンクしそうだった。
 頭を抱えながらお願いをすると、夜子さんは仕方ないなぁって顔でわざとらしくため息をつく。
 わたしが悪いんじゃなくて、イジワルしてむずかしい言い方をしてくる夜子さんが悪いんだと思うんだけどなぁ。

「端的に言うと、その剣はあらゆる魔法を無効化して、斬り払う力を持っているんだ。『まほうつかいの国』において、それは絶大な効果を発揮すること間違いなしだ。だって、どいつもこいつも魔法を使うからね」
「魔法を『むこうか』!? 消しちゃうってこと!? そんなことができるの?」
「あぁできるさ。その剣は、不条理と混沌を正す為に作られた剣だ。世界に働きかけ、本来起こるべくもなかった現象を引き起こす魔法も、真理の前では掻き消えるのさ」
「よくわかんないけど、でもすっごいってことはわかったよ!」

 とりあえず返事をして、わたしは剣を『かかげて』まじまじと見た。
 さっきぽから柄まで真っ白な剣。うっすらともようが見えるけど、とってもシンプルな剣。
 立ててみるとわたしの胸くらいまであるけど、でも持ってみるとぜんぜん重くなくて、子供のわたしでも軽々持てちゃう。

 にぎっていると何だか手になじむし、昔からずっと持ってたみたいな、そんな風な気持ちになる。
 この剣はわたしのためにあって、ずっとずっとわたしのものだったみたいな、そんな感じ。
 どうやってこの剣を構えて、どうやってこの剣を振って、どういう風に使えば良いのか、なんとなく体が知ってるみたいな気がした。

「そうだアリス。お前肝心なこと忘れてるぞ」

 しばらくわたしがジーっと剣を眺めていた時、レオがポツリと言った。

「お前、女王様と戦うってのはいいんだけどよ。そもそもお前は自分ちに帰ろうとして、元の世界に帰ろうとして、その手がかりを探してここに来たんだろう? それはどうすんだ?」
「あ! す、すっかり忘れてたよ!」

 本当に今はすっかり忘れてて、思わず大きな声を出しちゃった。
 ドルミーレの力のこととか、この剣のこととか、友達のこととか。
 目の前のことで頭がいっぱいで、そもそもの目的を忘れてた。

「そうだよ、わたしおうちに帰らなきゃ……。でも、レオとアリアのことは放っておけないし……あ! そうだ夜子さん! 夜子さん、ここにわたしのおうちがあるって言ってたよね? でも、ここにはこのお城以外何にもなかったよ!?」
「うん? まぁそうだねぇ」

 そもそも夜子さんに西のお花畑に行くように言われてことを思い出して、わたしはあわてて食らいついた。
 その言葉を信じて、いろんな大変な目にあいながらここまで来たんだもん。
 たしかにここにはこのお城があって、わたしの力とかに関係してたけど、でもわたしのおうちはこんなところにはなかった。

 問い詰めるように聞くと、夜子さんはケロッとした顔でうなずいた。

「ここはかつてドルミーレが閉じこもっていた領域内の城。いわば彼女の家さ。なら、君にとっても『君のおうち』だろう?」
「そんなのめちゃくちゃだよー! 『へりくつ』だよー! もぅ、信じてここまで来たのにー!」
「別に嘘を言ったつもりはないんだけどなぁ。ここで、君にとって必要なものが得られたのは本当だったじゃないか」

 夜子さんはぜんぜん悪びれないで、カラカラとのんきに笑った。
 ひどい。ひどすぎる。ここに来ても帰れないんだったら、もしかしたらもっと簡単に帰れる方法があったかもしれない……。

 でも、ここに来ようとして『魔女の森』を飛び出さなかったら、レオとアリアには会えなかったし。
 二人と冒険してなかったら、他にもいろんな人たちにも会えなかったし。
 だから無駄だとは思わないけど、でもやっぱりひどいよ。

 わたしがすこしうらみがましい目を向けても、夜子さんはどこ吹く風でのんきな顔。
 なんだか、夜子さんに対して怒ったりふてくされててもしょーがない気になってきた。

「……まぁ、今すぐ帰れないんだったら、しょーがないよ。早く帰りたいけど、でもまだいつ帰れるかもわからないし。今は、この国を平和にしたいってことを考えるよ!」
「……アリス、大丈夫? 無理してない?」
「大丈夫大丈夫。ちょっぴり残念だったけどさ。でもよく考えてみたら、帰っちゃったら二人とバイバイしなきゃだし。もう一回こっちに来ようとしたって、また時間かかっちゃうかもしれないし。これでよかったんだよ。わたし、もっと二人といたいからさ」
「そう言ってくれるのは嬉しいけどさ。あんまり無理しないでね」

 アリアはそう言って、わたしの頭をポンポンとなでてくれた。
 それからぎゅっと抱きしめてくれたから、ショックだったわたしの気持ちはとっても楽になった。

 わたしもぎゅっと抱きしめ返してたから、二人の顔をよく見た。

「せっかくここまで連れてきてくれたのに、空振りでごめん。でもわたし、まだ二人と一緒にいられてうれしいから。これからも大変だけど、あらためてよろしく」

 わたしの言葉に、二人はにっこり笑ってうなずいてくれた。
 その優しくて頼もしい笑顔が、わたしは大好きだ。
 だから、まだ二人といられるのはとってもうれしい。

 けど帰れないのは、本当にさみしい。
 元の世界においてきた、お母さんや友達に早く会いたい。
 心でつながってるってわかってても、それでも直接会ってしゃべりたいって思っちゃう。

 でも、まだ帰れないんだったら、今できることをしないと。
 今、レオとアリアと一緒にいられることを幸せに思って、ここにいる友達を助けられることを考えよう。

 今までの冒険なんかよりも、よっぽど大変なことがこれからあるかもしれない。
 ドルミーレの力が使えるようになって、この『真理のつるぎ』を手に取って、女王様と戦うって決めた。

 夜子さんは、運命だとか宿命だとかいろいろ言ってたけど。
 今のわたしにはそんなこと知らないし、自分がみんなを守りたいって気持ちがあるから戦うんだ。
 もしわたしがそう思うことが運命や宿命なんだとしたら、何の問題もないよ。
 わたしは、自分がしたいことをするだけなんだから。

 友達に笑っていてほしい。悲しい思いをしたり、苦しいことがあったりしてほしくない。
 それは、とっても当たり前の気持ち。力とか運命がなくたって、わたしはそう思う。
 だから、この世界で出会ったたくさんの友達のために、わたしは戦うんだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

妹を見捨てた私 ~魅了の力を持っていた可愛い妹は愛されていたのでしょうか?~

紗綺
ファンタジー
何故妹ばかり愛されるの? その答えは私の10歳の誕生日に判明した。 誕生日パーティで私の婚約者候補の一人が妹に魅了されてしまったことでわかった妹の能力。 『魅了の力』 無自覚のその力で周囲の人間を魅了していた。 お父様お母様が妹を溺愛していたのも魅了の力に一因があったと。 魅了の力を制御できない妹は魔法省の管理下に置かれることが決まり、私は祖母の実家に引き取られることになった。 新しい家族はとても優しく、私は妹と比べられることのない穏やかな日々を得ていた。 ―――妹のことを忘れて。 私が嫁いだ頃、妹の噂が流れてきた。 魅了の力を制御できるようになり、制限つきだが自由を得た。 しかし実家は没落し、頼る者もなく娼婦になったと。 なぜこれまであの子へ連絡ひとつしなかったのかと、後悔と罪悪感が私を襲う。 それでもこの安寧を捨てられない私はただ祈るしかできない。 どうかあの子が救われますようにと。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)

犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。 意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。 彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。 そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。 これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。 ○○○ 旧版を基に再編集しています。 第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。 旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。 この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。

究極妹属性のぼっち少女が神さまから授かった胸キュンアニマルズが最強だった

盛平
ファンタジー
 パティは教会に捨てられた少女。パティは村では珍しい黒い髪と黒い瞳だったため、村人からは忌子といわれ、孤独な生活をおくっていた。この世界では十歳になると、神さまから一つだけ魔法を授かる事ができる。パティは神さまに願った。ずっと側にいてくれる友達をくださいと。  神さまが与えてくれた友達は、犬、猫、インコ、カメだった。友達は魔法でパティのお願いを何でも叶えてくれた。  パティは友達と一緒に冒険の旅に出た。パティの生活環境は激変した。パティは究極の妹属性だったのだ。冒険者協会の美人受付嬢と美女の女剣士が、どっちがパティの姉にふさわしいかケンカするし、永遠の美少女にも気に入られてしまう。  ぼっち少女の愛されまくりな旅が始まる。    

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

悪役令嬢は処刑されました

菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

処理中です...