上 下
544 / 984
第0.5章 まほうつかいの国のアリス

74 お花畑と城と剣8

しおりを挟む
「アリス!!!」

 レオとアリア、二人の大きな叫び声でわたしはハッとした。
 頭の中にひびいていたドルミーレの声に夢中で、周りのことなんて気にできてなかった。

 そしてハッとしたのと同時に、わたしは自分が後ろ向きに倒れそうになっているのに気づいた。
 イスの背もたれに突き刺さっていた剣はすっぽりと抜けいて。
 まるで剣を引き抜いた勢いでひっくり返っているみたいに体が傾いていた。

 そんなわたしに、二人があわてた声で叫びながら寄ってきて、ガシッと抱きとめてくれた。
 二人が後ろから抱きしめてくれたおかげで、わたしはすこしよろけるくらいすんだ。

「アリス! ねぇ大丈夫!? わたしたちの声聞こえる!?」
「しっかりしろアリス! ぼけっとしてんじゃねぇ!」

 二人が一斉に大きな声でわたしに呼びかけてくる。
 とてもあせっていて、引きつったような声で。

 今さっき意識がハッキリしたわたしは、そんな二人のせっぱつまった声を聞いても、いまいちことの重大さがわからなかった。
 むしろ、どうして二人はそんなにあわててるんだろうなんて、そんなのんきなことを考えちゃったくらい。

 でもすぐに、自分が今まで何をしていたのかを思い出した。
 ドルミーレの力をもっと使えるようになりたいと思って、ドルミーレの剣にさわって。
 そしたらドルミーレの声が聞こえたから、おしゃべりをして、それからとってもかなしい気持ちになって、それで……。

 ドルミーレの強い力と、それに真っ黒な気持ちに押しつぶされそうになっちゃっところを助けてくれたのは、確かにあられちゃんだった。
 それからドルミーレはもう興味なさそうに、勝手にしなさいって言って消えちゃった。

 すこし気持ちを向けてみると、心の奥で何か大きなものがあるのを感じる。
 ドルミーレの『そんざいかん』だけが、わたしの中に残っていて、これが力なんだってなんとなくわかった。
 うまくおしゃべりはできなくて、なんだかすれちがってばっかりだった気がするけれど。
 でも、力は使えるようになったのかもしれない。

「アリス! ねぇアリス!!! お願い返事して!」
「────ご、ごめん。ちょっと、ボーッとしちゃって」

 意識はハッキリしたけど、今あったことを考え込んじゃっているわたしの耳に、アリアが泣きそうな声で叫ぶのが聞こえた。
 わたしのことを後ろから支えてくれながら、でもどちらかというとわたしにすがりついているみたいなかんじのアリア。
 その声を聞いて、やっとわたしは現実にスーッと気持ちが帰ってきた。

 すぐに自分の足でちゃんと立って、振り向いてあやまる。
 泣きそうというか、もう目に涙をたくさんためているアリアの顔が、わたしを見てくしゃっとつぶれた。

「バカ! もぅ、心配させないでよ……! ぴくりとも動かなくなっちゃって、呼んでも応えないし、急に倒れるし……。アリスが、力に負けちゃったんじゃないかって、心配で、わたし……」
「ごめん。ごめんね、アリア。心配かけてごめん」

 ヒクヒクと『おえつ』まじりに、ふるえる声で言うアリアに、わたしはただあやまることしかできなかった。
 わたしはドルミーレとおしゃべりをしていただけだけれど、まわりのみんなから見たらわたしは一人で突っ立ってるだけの変な光景だったのかもしれない。

 いつもは冷静でわたしなんかよりも大人っぽいアリアだけど、今はくしゃくしゃの顔をして、今にもわんわん泣きそうになるのをガマンしていた。
 それでもガマンしきれない涙がポロポロとこぼれてる。
 アリアはそれをぐいっと袖でふいて、正面からわたしに抱きついてきた。

「わたし、こわかったよ。アリスがどうにかなっちゃうんじゃないかって。ものすごく強くて恐ろしい力を感じて、それにアリスが飲み込まれちゃんうんじゃないかって、心配だった。こわかったよぉ……」
「ごめんねアリア。でも、もう大丈夫だから。わたし、何にも変なことになってないよ。わたしは、ちゃんとわたしだから」
「うん……」

 わたしのことをぎゅうぎゅう抱きしめてくるアリアの背中をよしよしさすってあげる。
 いつもはわたしが励ましてもらったり優しくしてもらってるから、なんだかちょっぴり新鮮な気持ちだった。
 心配かけちゃってるのに、こういうこと思うのはよくないかもしれないけど。

「ったく、心配かけやがって。ハラハラしたんだからな」
「レオもごめんね。でもわたし、本当に大丈夫だから。大きな力がふくれ上がって、わたしもこわかったけど。でも、大丈夫だから」

 腕を組んではぁと重いため息をついて見せるレオ。
 その顔には汗が流れていて、レオもわたしのことをとっても心配してくれていたんだってことがわかった。
 今はほっとした顔をしてるけど、顔色が何となく悪い気がする。

「……ドルミーレの力、使えるようになったのか?」
「うん、多分。今まではとっさに思わず使っててよくわかってなかったけど。でも今は、自分の中に大きな力があるっていうのがわかる。自分がしたいことをするためにはどうすればいいのか、わかる気がするんだ」
「……そうか」

 わたしがうなずくと、レオはすこし複雑そうな顔しながらやんわりと笑った。
 レオははじめからわたしが『始まりの魔女』の力を使うのに賛成じゃなかったから。

 わたしも、『じっさい』にドルミーレと話してみて、やっぱりとってもこわい人だって思った。
 その考え方も気持ちもわたしとはぜんぜんちがうし、力もとっても暗くて重苦しかった。
 でも、この力を使うことで友達を助けることができるんだったら。
 わたしは、自分にできることをしたいんだ。

「ねぇレオ、アリア」

 わたしはアリアのことをはなして、あらためて二人の顔を見た。

「わたしね、二人のことが大好き。レオとアリアのことが大好きだよ。だから、いっぱいわたしの力になってくれた二人のために、わたしも力になりたいの。わたしのこの力でできることがあるなら、わたしはそれをしたい」
「アリス……」

 真っ赤に泣きはらした目で、アリアがよわよわしくわたしを見る。
 何かにすがりつくように、両手を組み合わせながら。

「この剣をにぎって、ドルミーレの声が聞こえて、その力がわたしの中でふくれ上がった。ドルミーレの力はとっても大きかったけど、でもとってもさみしかった。そう感じた時、思ったんだ。でもわたしは一人じゃないって。いつでも繋がってる友達がいるんだから、この力を使ってそのために使って友達を守りたいって」

 それに、ドルミーレの力を自分の中に感じられるようになったからか、この剣からも何か強い意志を感じるようになった気がする。
『何か』を救いたい、救わなくっちゃいけないっていう強い意志みたいな、強い気持ち。
 この剣をにぎったからには、わたしは『何か』を救うべきなんだって、そういう気がする。

 それは、わたしが友達を守りたいっていう気持ちとぴったり合わせって、さらに強い意志になる。

「だからね、わたしは二人が住むこの国を、たくさんの友達が住んでいるこの国を救いたいって思った。たくさんの人をこまらせて苦しめている、あのわがままな女王様を倒さなきゃいけないって。この力を持って、この剣を持ったわたしは、それをしなきゃいけない、したいってそう思うんだよ」
「女王陛下を倒す……マジかよ、アリス」

 レオが引きつった顔でつぶやく。
 そんなこと『むぼう』だって、めちゃくちゃだって顔だ。

「本気だよ。この国を二人と冒険してきて、いろんな町を見て、いろんな人たちと会った。みんなみんな、女王様にこまってたもん。わたしは、二人のために、みんなのために、女王様と戦おうと思う」
「……お前はホント、いつもめちゃくちゃなことばっかり……」

 レオはわたしの目を見て、ため息をつきながら頭をくしゃくしゃっとかいて、こまった顔で笑った。
 それはわたしを怒っているわけでもあきれているわけでもなくて。
 しょーがないなって、そう言いながらいつもわたしのむちゃくちゃを助けてくれる時と、同じ顔。

「そんなこと言われて、怒れるかよ。その力がどうだとか、無茶なことするだとか、言えるわけがねぇ。お前は本当に、優しいやつだよ……」
「レオ……」
「お前が戦うっていうんなら、オレも戦うさ。こうなったら、お前のやりたいことにとことん付き合ってやるよ」
「いいの? わたしは、この国の女王様と戦おうとしてるのに……」
「当たり前だろ。女王陛下にはオレだってうんざりしてたしよ。それに、オレは何よりもお前の味方だ。お前が戦うなら、それがオレたちのためだってんなら、一緒に戦うのは当然だ」

 そう言って、レオはニカっと笑う。
 頭の後ろで手を組んで、強くたくましく、でもやさしく。
 いつもわたしたちを守ってくれる、頼りになるお兄さんの顔で。

「わたしも……わたしも戦う!」

 そんなレオと、それからわたしを見て、アリアがあわてて言った。
 まだ涙がにじんでいた目元をギュッとふいて、キリッとした顔を作る。

「わたしだって、アリスの友達だもん。ここまで一緒に来たんだもん。最後まで、わたしもアリスの味方だよ」
「ありがとう。ありがとう二人とも。ごめんね、まだわがままに付き合わせちゃう」

 わたしがお礼を言いながらあやまると、二人はそろって首を横にふった。
 それから二人してわたしの手をにぎって、やさしい顔で笑ってくれる。

「オレたちは友達だ。アリスを助けるって、アリスの力になるって決めたんだ。そのお前が今度はオレたちのために戦うって言ってくれたんだ。ずっと一緒に決まってんだろ」
「大変なことはたくさんあったけど、でも楽しいこともたくさんあった。それは、アリスといられて、三人でいられたからだよ。だからわたしたち三人が一緒にいれば、きっと何でもできる。だから、どこまでもついてくよ」
「……うん。うん。わたしたちはずっと一緒。ずっと友達だよ……!」

 ぎゅっと、わたしたちは手をにぎり合った。
 わたしたちはまだまだ子供で、『みじゅく』かもしれないけど。
 それに相手はこの国の女王様。わがままな女王様。
 でも、三人でなら何とかなる、そんな気がした。

『むぼう』でむちゃくちゃで、とっぴょうしもないことだって、よくわかってる。
 でも、こうしたいって思っちゃったんだ。レオやアリア、友達を救いたいって。
 ドルミーレのものすごい力と、この剣があればきっとそれができるから。

 だからわたしは、あの女王様と戦うって、そう決めた。
 二人と一緒なら、なにもこわくない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小説教室・ごはん学校「SМ小説です」

浅野浩二
現代文学
ある小説学校でのSМ小説です

二穴責め

S
恋愛
久しぶりに今までで1番、超過激な作品の予定です。どの作品も、そうですが事情あって必要以上に暫く長い間、時間置いて書く物が多いですが御了承なさって頂ければと思ってます。

愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

憧れのあの子はダンジョンシーカー〜僕は彼女を追い描ける?〜

マニアックパンダ
ファンタジー
憧れのあの子はダンジョンシーカー。 職業は全てステータスに表示される世界。何かになりたくとも、その職業が出なければなれない、そんな世界。 ダンジョンで赤ん坊の頃拾われた主人公の横川一太は孤児院で育つ。同じ孤児の親友と楽しく生活しているが、それをバカにしたり蔑むクラスメイトがいたりする。 そんな中無事16歳の高校2年生となり初めてのステータス表示で出たのは、世界初職業であるNINJA……憧れのあの子と同じシーカー職だ。親友2人は生産職の稀少ジョブだった。お互い無事ジョブが出た事に喜ぶが、教育をかってでたのは職の壁を超越したリアルチートな師匠だった。 始まる過酷な訓練……それに応えどんどんチートじみたスキルを発現させていく主人公だが、師匠たちのリアルチートは圧倒的すぎてなかなか追い付けない。 憧れのあの子といつかパーティーを組むためと思いつつ、妖艶なくノ一やらの誘惑についつい目がいってしまう……だって高校2年生、そんな所に興味を抱いてしまうのは仕方がないよね!? *この物語はフィクションです、登場する個人名・団体名は一切関係ありません。

悪魔だと呼ばれる強面騎士団長様に勢いで結婚を申し込んでしまった私の結婚生活

束原ミヤコ
恋愛
ラーチェル・クリスタニアは、男運がない。 初恋の幼馴染みは、もう一人の幼馴染みと結婚をしてしまい、傷心のまま婚約をした相手は、結婚間近に浮気が発覚して破談になってしまった。 ある日の舞踏会で、ラーチェルは幼馴染みのナターシャに小馬鹿にされて、酒を飲み、ふらついてぶつかった相手に、勢いで結婚を申し込んだ。 それは悪魔の騎士団長と呼ばれる、オルフェレウス・レノクスだった。

【完結】公爵令嬢の私に騎士も誰も敵わないのですか?

海野幻創
ファンタジー
公爵令嬢であるエマ・ヴァロワは、最高の結婚をするために幼いころから努力を続けてきた。 そんなエマの婚約者となったのは、多くの人から尊敬を集め、立派な方だと口々に評される名門貴族の跡取り息子、コンティ公爵だった。 夢が叶いそうだと期待に胸を膨らませ、結婚準備をしていたのだが── 「おそろしい女……」 助けてあげたのにも関わらず、お礼をして抱きしめてくれるどころか、コンティ公爵は化け物を見るような目つきで逃げ去っていった。 なんて男! 最高の結婚相手だなんて間違いだったわ! 自国でも隣国でも結婚相手に恵まれず、結婚相手を探すだけの社交界から離れたくなった私は、遠い北の地に住む母の元へ行くことに決めた。 遠い2000キロの旅路を執事のシュヴァリエと共に行く。 仕える者に対する態度がなっていない最低の執事だけど、必死になって私を守るし、どうやらとても強いらしい── しかし、シュヴァリエは私の方がもっと強いのだという。まさかとは思ったが、それには理由があったのだ。

西谷夫妻の新婚事情~元教え子は元担任教師に溺愛される~

雪宮凛
恋愛
結婚し、西谷明人の姓を名乗り始めて三か月。舞香は今日も、新妻としての役目を果たそうと必死になる。 元高校の担任教師×元不良女子高生の、とある新婚生活の一幕。 ※ムーンライトノベルズ様にも、同じ作品を転載しています。

処理中です...