上 下
517 / 984
第0.5章 まほうつかいの国のアリス

47 喋る動物と昔話14

しおりを挟む
 許せない。そんなの、わたしはいやだ。
 何にも悪いことをしていない人たちが、ひどいめに合うところなんて、わたしは見てられない。

 だから私は心の底から叫んだんだ。
 それはいやだって。そんなことさせないって。

 子供の小さな声。大人たちには聞こえないかもしれない。
 それでもわたしはそう思ったから。
 自分の思ったことは、感じたことは、例えにどんなに小さくたって、声をあげなきゃ始まらないんだから。

 だからわたしは、わたしにできる精一杯の声を上げた。

 その時────

「なんだ! 何事だ!」

 わたしの胸のずっと奥、心の奥底がぶわっと熱くなったかと思うと、兵隊さんたちがいっせいにあわてた声をあげた。
 この胸の熱さ、感覚をわたしは知ってる。
 前に女王様からにげる時、女王様が炎の塊を投げつけてきた時と同じだ。

 あの時と同じように、胸の奥がゴウゴウと熱くなって、心が燃えてるみたいに感情があふれた。
 なんて言えばいいんだろう。よくわからないけど、でもこれは、力があふれてくる、そんな感じなのかもしれない。

 兵隊さんたちがあわてだしたのは、みんなが持っているタイマツの火がいっせいに消えたからだった。
 お屋敷の前を照らしていたメラメラとした明かりが急になくなって、チョウチンのぼんやりとした光だけになる。

 これは、わたしがやったのかな。
 あの時と同じような胸の熱さと、急に起きた不思議な『げんしょう』。
 わたしの中にある何か特別な力が、これを起こしたのかもしれない。
 そう、思った時だった。

『────────うるさいわね────────』

 とっても静かで重苦しくて、気怠そうな声が、頭の中で小さく響いた。

『────やかましいわ。侵されたくないのなら、自己を主張すればいい。権利を主張すればいい。自由を得たいのならば、自らの手でその証を示すしかない。守りたいものは、自らの手で囲えばいい────』
「え? なに? 誰なの?」

 初めて聞く、とっても眠たそうな女の人の声。
 ぞくぞくするようなこわさと、でもどこかなつかしい気がする、そんな声。

 どこから聞こえてくるのか、だれなのか。
 わたしは目の前のことを忘れてキョロキョロしてしまった。
 けど、もちろんその声の人はどこにもいない。

『────うるさいわ。夢の中まで響いてくる。私はゆっくり、眠っていたいのよ────』

 声はまるで独り言をつぶやいてるみたいに、わたしとお話をしているつもりはないみたいだった。
 だれだかわからない、わたしの頭の中にひびく声。
 わけがわからなかったけど、でもどうしてだかその言葉はストンと受け入れられた。

 そうだ。そうだよ。自分がしたいこと、いやなことは言わないと。
 守りたい人、守りたい場所は、自分がなんとかしなくちゃ。
 わがままで『おうぼう』な女王様の好きなようにされないためには、自分たちの自由を声に出さないといけないんだ。

「貴様! 貴様が何かしたのか! ……ええい、慌てるな! さっさと火を放て!」

 急に頭がスッキリして、それと同時にナゾの声は急に聞こえなくなった。
 その代わり、目の前のことが勢いよく戻ってきた。
 慌てふためく兵隊さんたちと、わたしに向かって怒鳴る隊長さん。
 それに、隣のレオとアリアがわたしを心配そうに見つめてた。

「アリス……アリス! 大丈夫!? わたしの声聞こえてる!?」
「おいアリス! しっかりしろ! そのすげー力にのまれんな!」

 二人の声がよく聞こえる。
 頭の中の声は聞こえなくなったけど、胸の熱さはまだそのまま。むしろもっと熱くなってきたかもしれない。
 わたしはその熱さを強く感じながら、二人の顔を見た。

「……うん。ごめんね、大丈夫。なんか今、すっごくふわふわした気分だけど。今ならなんだか、なんでもできそうな気がするんだ……!」

 胸の熱さが、心の奥からわいてくる力が、なんでもできるって言ってる。
 わたしにできないことなんてない。だから、自分の気持ちを思うままにぶつけろって、そう言ってる気がする。

 心配そうにわたしを見つめる二人に見守られながら、わたしは一歩前に踏み出した。
 隊長さんはわたしをすこし『けいかい』して見ながら、周りの兵隊さんたちに怒鳴ってる。

 そしてだんだんとガヤガヤしていた兵隊さんたちが落ち着いてきて、火の消えたタイマツをいろんな方向に向けだした。
 タイマツの先の方が赤く光出して、魔法でそこから火が飛び出しそうな気が、わたしにはした。

「だから、ダメ!!!」

 とっさに叫ぶ。
 すると、タイマツの赤い光がパンと消えて、さらにはタイマツそのものが兵隊さんたちの手からスポンと抜けた。
 まるでだれかが見えない糸でひっぱったみたいに、ポンポンと手から飛んでいく。

 兵隊さんたちはあわてたけど、でもすぐにカラになった手を伸ばして、今度は手から火を出そうとした。
 でもその魔法も、わたしがダメと叫ぶと、手先から飛び出す前にパンはじけて消えてしまう。

 それを見た隊長さんは顔を青くして、それからすぐにわたしのことをにらんだ。

「貴様、一体なんなんだ。魔力も感じないただの子供だったはずだ。だというのに、今の貴様のその力はなんだ! 何故、貴様のような子供が、我らの魔法に干渉できる!」
「しらない! わなんないよ! でも今はそんなことどうでもいい。この町は燃やさせない。この町のヒトたちは傷つけさせない。だってここは、わたしの友達たちがいる場所だから。だから、ここから出てって! 出てってよ!!!」

 隊長さんは声だけ強気で、でもおびえた感じでジリっと後ろに退がった。
 わたしはそんな隊長さんに向かって、ただただ自分の気持ち叫んだ。
 ここはたくさんのいいヒトたちがいる、とってもいい町だから。
 ここに、わがままな女王様の『おうぼう』な兵隊さんたちなんていて欲しくない。

 わたしがそう強く叫ぶと、胸の中で燃えていた熱い力がばーんとはじけた。
 そのあと、わたしを中心に何か大きな力が周りにぶわーんと広がっていくのがわかった。

 強い風のような、見えない波のような力が周りに広がる。
 それが兵隊さんたちにぶつかると、兵隊さんたちはまるで大波に飲み込まれたみたいに吹き飛ばされて宙にポーンと投げ出された。

 その力の波は何回もわたしから出て、兵隊さんたちはそれが当たるたびにどんどん遠くに飛ばされていく。
 わたしの目の前にいた隊長さんも、お屋敷を取り囲んでいたたくさんの兵隊さんたちも、みんなみんな。
 悲鳴を上げながら、力の波に飲まれて遠く遠くに飛ばされていってしまった。

 でも、わたしの隣にいるレオとアリアは平気だった。
 わたしの手をにぎったまま、さっきまで同じように一緒にいてくれてる。
 それにわたしたちの前でうずくまってるワンダフルさんも、後ろにいるココノツさんとその家来さんたちも平気だった。

 その力の波は、兵隊さんたちだけを遠くに押し飛ばしてしまった。
 わたしがいて欲しくないと思った人たちだけを、どこか遠くにやっちゃったんだ。

 押し飛ばされてしまった兵隊さんたちが遠くにいって見えなくなって、お屋敷の周り、それに町全体が静かになる。
 そしてやっと、わたしの胸の熱さはおさまって、『こうふん』してふわふわしてた気持ちが落ち着いてきた。

 そこでやっとわたしは、自分が何かすごいことをやったんだって気付いた。
 気持ちのままに勢いで叫んで、ただ無我夢中だったけど。
 今起きたことは、わたしが自分でやったんだって、気付いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

美少女だらけの姫騎士学園に、俺だけ男。~神騎士LV99から始める強くてニューゲーム~

マナシロカナタ✨ラノベ作家✨子犬を助けた
ファンタジー
異世界💞推し活💞ファンタジー、開幕! 人気ソーシャルゲーム『ゴッド・オブ・ブレイビア』。 古参プレイヤー・加賀谷裕太(かがや・ゆうた)は、学校の階段を踏み外したと思ったら、なぜか大浴場にドボンし、ゲームに出てくるツンデレ美少女アリエッタ(俺の推し)の胸を鷲掴みしていた。 ふにょんっ♪ 「ひあんっ!」 ふにょん♪ ふにょふにょん♪ 「あんっ、んっ、ひゃん! って、いつまで胸を揉んでるのよこの変態!」 「ご、ごめん!」 「このっ、男子禁制の大浴場に忍び込むだけでなく、この私のむ、む、胸を! 胸を揉むだなんて!」 「ちょっと待って、俺も何が何だか分からなくて――」 「問答無用! もはやその行い、許し難し! かくなる上は、あなたに決闘を申し込むわ!」 ビシィッ! どうやら俺はゲームの中に入り込んでしまったようで、ラッキースケベのせいでアリエッタと決闘することになってしまったのだが。 なんと俺は最高位職のLv99神騎士だったのだ! この世界で俺は最強だ。 現実世界には未練もないし、俺はこの世界で推しの子アリエッタにリアル推し活をする!

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが集団お漏らしする話

赤髪命
大衆娯楽
※この作品は「校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話」のifバージョンとして、もっと渋滞がひどくトイレ休憩云々の前に高速道路上でバスが立ち往生していた場合を描く公式2次創作です。 前作との文体、文章量の違いはありますがその分キャラクターを濃く描いていくのでお楽しみ下さい。(評判が良ければ彼女たちの日常編もいずれ連載するかもです)

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

私たち、博麗学園おしがまクラブ(非公認)です! 〜特大膀胱JKたちのおしがま記録〜

赤髪命
青春
街のはずれ、最寄り駅からも少し離れたところにある私立高校、博麗学園。そのある新入生のクラスのお嬢様・高橋玲菜、清楚で真面目・内海栞、人懐っこいギャル・宮内愛海の3人には、膀胱が同年代の女子に比べて非常に大きいという特徴があった。 これは、そんな学校で普段はトイレにほとんど行かない彼女たちの爆尿おしがまの記録。 友情あり、恋愛あり、おしがまあり、そしておもらしもあり!? そんなおしがまクラブのドタバタ青春小説!

【R18】異世界魔剣士のハーレム冒険譚~病弱青年は転生し、極上の冒険と性活を目指す~

泰雅
ファンタジー
病弱ひ弱な青年「青峰レオ」は、その悲惨な人生を女神に同情され、異世界に転生することに。 女神曰く、異世界で人生をしっかり楽しめということらしいが、何か裏がある予感も。 そんなことはお構いなしに才覚溢れる冒険者となり、女の子とお近づきになりまくる状況に。 冒険もエロも楽しみたい人向け、大人の異世界転生冒険活劇始まります。 ・【♡(お相手の名前)】はとりあえずエロイことしています。悪しからず。 ・【☆】は挿絵があります。AI生成なので細部などの再現は甘いですが、キャラクターのイメージをお楽しみください。 ※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・思想・名称などとは一切関係ありません。 ※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません ※この物語のえちちなシーンがある登場人物は全員18歳以上の設定です。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...