上 下
497 / 984
第0.5章 まほうつかいの国のアリス

27 わがままな女王様3

しおりを挟む
 ザ、ザ、ザ。
 みんなと同じように顔を下に向けてるわたしには、たくさんの人が同時に歩く足音しかわからなかった。

 チラッとだけ見た、真っ赤な女王を取り囲んでいた兵隊さんの行列。
 それがぴったりと足並みをそろえて歩いてくる音が、まるで時計の針の音みたいに『せいかく』に聞こえてくる。

 土の地面にもそれは響いていて、行列が一歩進むたんびにちょこっとゆれた。
 こんな『ぎょうぎょうしい』感じでやってくるんだから、やっぱり女王様っていうのはとってもエラいんだなぁ。

 どうしても、ちょっとだけでも見てみたい。
 そんな『こうきしん』がむくむくとわき上がってきて、頭を上げちゃいそうになる。
 でもレオもアリアも頭を下げたままピクリとも動かないし、きっと絶対上げちゃダメなんだ。

 でも、ダメだと言われると、逆に見たくなっちゃうよ。

 だって女王様なんて、きっとステキにだもん。
 豪華なお洋服とか、キレイな宝石とかを身につけて、きっとキラキラゴージャスだもん。
 そんなの、一目でいいから見てみたくなっちゃう。
 こんなに目の前まで来てるんだから。

 ザ、ザ、ザ。
 行列がわたしたちの目の前までやってきて、音もゆれも大きくなる。
 大勢で一緒に足を踏み鳴らすから砂ぼこりが立って、頭を下げているわたしたちの周りにぶわーっと舞った。

 それを吸い込んじゃわないように息を止めてがまんする。
 けど気持ちはそんなことよりも、目の前まで来た女王様の方にいっていて。

 ちょっとだけ。ちょっとだけならバレないかな。
 ほんの少しだけ、チラッとどんな人か見るだけなら、きっと大丈夫……。

 砂埃から顔を守るフリをして腕を顔の前にやって、その陰でそーっと目線を上げようとした、その時だった。

「────ん?」

 重くて冷たい声が、全ての音と動きを止めた。
 その一言が聞こえた瞬間、行列の脚はピタッと止まって、一気にシーンと静かになった。
 だから今の声が女王様の声なんだって、わたしはすぐにわかった。

 もしかして、わたしがこっそり女王様のことを見ようとしたのがバレて、それに女王様が怒っちゃったのかもしれない。
 どうしよう。わたし、逮捕とかされちゃうのかな。牢屋に入れられて、ずっと閉じ込められちゃったらどうしよう。

 わるい想像が頭の中をぐるぐる回って、ドキドキと心臓が飛び跳ねた。
 あわてて頭をぐっと下げてみたけど、もう遅いかもしれない。

「忌々しい、魔女の匂いがする」

 ドキドキして口から心臓が飛び出しちゃいそうなんたしだったけれど、女王様が言った言葉はわたしに向けたものじゃなかった。
 ホッとしたけれど、女王様のとっても『ぶっそうな』言い方が気になった。

「魔女めが私の姿を目にするか! ────そこだ、捕えよ!」

 とっても怒った声で女王様が叫んだ。
 同時に周りを囲んでいた兵隊さんたちがドドドっと動き出す足元が見えた。

 道の隅で『へーふく』している人たちをかき分けて、路地裏のようなところに入っていくのがうっすら見えた。
 そしてすぐに女の子の悲鳴が聞こえてきて、何か重いものが道にどさっとなげ出される音が聞こえた。

 おそるおそる、頭を下げたまま目だけを向けてみると、一人の女の子が道のまん中に倒れていた。
 透明なロープでしばられているみたいに、何もないのにギュッと身体をこわばらせて転がっている。
 そんな女の子の前に、赤いドレスのすそと赤いクツをはいた足がツカツカと近付いた。

「……魔女か。こんなところにいるなんてバカなやつだ」

 同じようにそーっと見ていたレオがボソッと呟いた。

「卑しい魔女め。私の命でもとろうとしたのか? 愚かな。なんと愚かな。たかだか貧弱な魔女一人、私にその刃が届くわけがないというのに。そんなこともわからないほど、魔女は哀れな生き物か」
「私は、なにも……! ただ私は、食べ物を……」

 とっても冷たい、こわくなるような女の人の声。
 赤い足の人の声は女王様の声なんだろうけど、想像していたよりもずっとずっとこわい声だった。
 女王様って優しい人なのかなって思ってたけど、ぜんぜんちがう。

 女の子が必死で何か言っているのを、女王様はまったく聞こうとしなかった。

「まぁよい。魔女であろうがなかろうが、私に逆らえば死罪。魔女であるのだから尚のこと。そのくらいの覚悟はしてきたんだろう?」
「いや……やだ……死にたくない……しにたく────」

 女王様の赤いクツが女の子の頭をガンと踏んづけた。
 その勢いで女の子の顔が地面に押しつけられて、悲鳴のような叫びが押さえつけられてしまった。

 ひどい。あの子は何にもしてないのに、魔女だってだけでどうしてあんなひどいことをするんだろう。

 魔法使いは魔女を狙うってレイくんに教わった。
 魔女は『魔女ウィルス』っていう死のウィルスに感染してるから、魔法使いはそれを消すために魔女を狙うんだって。
 でもでも、だからって魔女は何にも悪くないのに。
 こんなのって、ひどいよ。

「魔女は死すべし。これは太古より決められた我が国の定めだ。そして私は、卑しく汚らわしい魔女が何よりも嫌いだ。ならば行末は一つしかない。死、あるのみ」

 ガンと、女王様はもう一度女の子の頭を踏んづけた。
 女の子は声にならないうめき声を上げるだけで、逃げることもやり返すこともできなかった。
 ただ一方的に、勝手な理由でひどいことをされているのを、ただされるがままに受け入れるだけ……。

 ひどいよ。こんなのってひどいよ。
 悪いことをしたんなら、怒られたり罰を受けるのは仕方ないかもしれない。
 でも、あの子は何にもしてなくて、ただ魔女だからなんて。
 魔女になった人たちは、なっちゃっただけで何も悪くないのに。

 魔女って、みんなこんなひどい目にあってるのかな。
 魔法使いに見つかったら、みんなこうされちゃうのかな。
 レイくんやクロアさん、クリアちゃんも。
 わたしのお友達の魔女たちも、こうされちゃうかもしれない怖さと、いつも戦ってるのかな。

 ひどいよ。ひどい。ひどすぎる。
 こんなのわたし嫌だよ。
 わたしの知ってる魔女たちは、みんないい人たちだったもん。
 こんなひどいことされるようなこと、誰もしてなかったもん。

 わたし、こんなの嫌だ……!

「────やめて! もう、やめてあげてよ!」

 気がつけばわたしは、立ち上がって力いっぱい叫んでた。
 見ていられなくて、ガマンできなくて、とっても嫌で。
 わたしは何にも考えないで、ただ気持ちのままに立ち上がった。

 そんなわたしを、真っ赤な姿の女の人が静かに見下ろした。

「何だ、お前は」

 燃えるように紅いのに、氷のように冷たい目が、わたしのことをまじまじと見下ろして、ぶっきらぼうに言った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美少女だらけの姫騎士学園に、俺だけ男。~神騎士LV99から始める強くてニューゲーム~

マナシロカナタ✨ラノベ作家✨子犬を助けた
ファンタジー
異世界💞推し活💞ファンタジー、開幕! 人気ソーシャルゲーム『ゴッド・オブ・ブレイビア』。 古参プレイヤー・加賀谷裕太(かがや・ゆうた)は、学校の階段を踏み外したと思ったら、なぜか大浴場にドボンし、ゲームに出てくるツンデレ美少女アリエッタ(俺の推し)の胸を鷲掴みしていた。 ふにょんっ♪ 「ひあんっ!」 ふにょん♪ ふにょふにょん♪ 「あんっ、んっ、ひゃん! って、いつまで胸を揉んでるのよこの変態!」 「ご、ごめん!」 「このっ、男子禁制の大浴場に忍び込むだけでなく、この私のむ、む、胸を! 胸を揉むだなんて!」 「ちょっと待って、俺も何が何だか分からなくて――」 「問答無用! もはやその行い、許し難し! かくなる上は、あなたに決闘を申し込むわ!」 ビシィッ! どうやら俺はゲームの中に入り込んでしまったようで、ラッキースケベのせいでアリエッタと決闘することになってしまったのだが。 なんと俺は最高位職のLv99神騎士だったのだ! この世界で俺は最強だ。 現実世界には未練もないし、俺はこの世界で推しの子アリエッタにリアル推し活をする!

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。 異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。 そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。 異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。 龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。 現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

異世界TS転生で新たな人生「俺が聖女になるなんて聞いてないよ!」

マロエ
ファンタジー
普通のサラリーマンだった三十歳の男性が、いつも通り残業をこなし帰宅途中に、異世界に転生してしまう。 目を覚ますと、何故か森の中に立っていて、身体も何か違うことに気づく。 近くの水面で姿を確認すると、男性の姿が20代前半~10代後半の美しい女性へと変わっていた。 さらに、異世界の住人たちから「聖女」と呼ばれる存在になってしまい、大混乱。 新たな人生に期待と不安が入り混じりながら、男性は女性として、しかも聖女として異世界を歩み始める。 ※表紙、挿絵はAIで作成したイラストを使用しています。 ※R15の章には☆マークを入れてます。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

異世界に転生!堪能させて頂きます

葵沙良
ファンタジー
遠宮 鈴霞(とおみやりんか)28歳。 大手企業の庶務課に勤める普通のOL。 今日は何時もの残業が無く、定時で帰宅途中の交差点そばのバス停で事件は起きた━━━━。 ハンドルを切り損なった車が、高校生3人と鈴霞のいるバス停に突っ込んできたのだ! 死んだと思ったのに、目を覚ました場所は白い空間。 女神様から、地球の輪廻に戻るか異世界アークスライドへ転生するか聞かれたのだった。 「せっかくの異世界、チャンスが有るなら行きますとも!堪能させて頂きます♪」 笑いあり涙あり?シリアスあり。トラブルに巻き込まれたり⁉ 鈴霞にとって楽しい異世界ライフになるのか⁉ 趣味の域で書いておりますので、雑な部分があるかも知れませんが、楽しく読んで頂けたら嬉しいです。戦闘シーンも出来るだけ頑張って書いていきたいと思います。 こちらは《改訂版》です。現在、加筆・修正を大幅に行っています。なので、不定期投稿です。 何の予告もなく修正等行う場合が有りますので、ご容赦下さいm(__)m

処理中です...