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第6章 誰ガ為ニ

134 もうなくてはならない

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 白い煌きと共にこの場は静寂に包まれた。
 私に攻撃を阻まれた全員が、驚愕を持って私を見つめる。

 『真理のつるぎ』を携え、いつでも振るえるように構える私に、誰も次の手を打とうとはしなかった。
 全員が停止する中で私は千鳥ちゃんを真っ直ぐ、力強く見据えた。
 みんなと同じように驚いた顔しつつも、千鳥ちゃんは私の目をしっかりと見返してきた。

「大きく出たじゃない、アリス。私と二人でカタをつけるなんてさ」

 そして、千鳥ちゃんは口を開いた。
 身体に雷をまとわせたまま、みんなへの警戒心を保ったまま、私の目を真っ直ぐに見て。

「アンタ一人で私に勝てんの? その剣は確かに強いけど、アンタ自身はど素人じゃない。それとも、自分の手で叩き潰さないと収まんないくらい私が憎い?」

 千鳥ちゃん自嘲気味に言った。
 潤ませた目で私を強く睨みながら。
 その目と、表情と言葉はひどくチグハグだ。

「勝つよ。私は千鳥ちゃんに勝つ。でも、私は千鳥ちゃんが憎くて戦うわけじゃない。私は、千鳥ちゃんの友達だから戦うんだよ」
「アンタ、まだそんなことを……」
「千鳥ちゃんがなんて言おうが、私は千鳥ちゃんのことを友達と思ってるし、だからこそ私は自分の気持ちを真正面からぶつけるよ」

 地をしっかりと踏みしめて、堂々と言い渡す。
 そんな私を見て千鳥ちゃんがガリッと歯を食いしばる。

「私はまだ、納得できないんだよ。別に、千鳥ちゃんがワルプルギスの魔女だったとか、ロード・ケインのスパイだったとか、今はそんなことどうでもいいの。私が納得できないのは、千鳥ちゃんがしようとしてることだよ」
「何が文句あるっていうのよ。もう散々話したでしょ。私はお姉ちゃんたちの為に生きるって決めたのよ。その為なら、他のものは何だって切り捨てる」
「うん、その気持ちはわかる。でもこのやり方は間違ってる。これは絶対に、千鳥ちゃんにとっての最善なんかじゃない」
「う、うるさい!」

 千鳥ちゃんは一歩後退りながら吠えた。
 拳をぎゅっと握って、少し上目遣いで私を睨む。
 その表情は聞き耳を持つつもりなんてないという頑なな意思を示していた。

「私にとっての最善なんてどうでもいいの! 私にとって重要なのは、一番確実かどうかなんだから! 余計なこと、ごちゃごちゃ言わないでよ!」
「そうだね、ごちゃごちゃ言っても仕方ない。だから私は戦うって決めたんだ。私は千鳥ちゃんと戦う。戦って、私の気持ちをわからせてやる」
「っ…………」

 私は一歩も引かず、譲らずに強く言い放った。
 千鳥ちゃんは僅かに身動いで、その顔に焦りを浮かべた。
 それでも意地なのか、強がって表情を強張らせ、必死で私を睨む。

「……なんでもいいわ。アンタが出張ってくれるなら、手間が省けるだけだもの。絶対殺してやるから、覚悟しなさい。そんくらいのこと、腹括って出てきたんでしょ」
「そんな覚悟、私はしてないよ。私がしたのは、千鳥ちゃんと絶対にわかり合うっていう覚悟だけだよ。本当はこんなことしたくない。喧嘩なんてしないに越したことない。でも、ぶつかり合ってでも私は、いつまでも千鳥ちゃんと仲良くしたいから。だから私は戦うよ、全力で」
「ッ………………!」

 千鳥ちゃんはまた一歩、足を下げようとして、でもやめた。
 私を目の前にして尻込みしそうな気持ちを、強引に奮い立たせている。
 本心では、心の奥底では私と戦いたくないと思っているんだ。
 でも今の感情が、意地や後悔や懺悔がそれを無理矢理押し除けている。

「……アリスちゃん。無理を、しないで」

 氷室さんが私の腕にそっと触れて、優しい声を上げた。
 さっきまでの荒々しい表情はもう落ち着いていて、いつも通りのクールな面持ちに戻っている。
 氷室さんの心配そうな顔を横目で見て、私は首を横に振った。

「無理はしてないよ。私はね、どうしても千鳥ちゃんを諦められないの。だからこれは私のしたいこと。私のわがままなの。だからみんな、お願い。今回は、私に任せて欲しい」

 多勢に無勢で千鳥ちゃんを圧倒したところで、きっと私の気持ちは何にも伝わらない。
 一対一で、お互い対等な状態でぶつかり合って、初めて心が通わせられるはずだから。
 私を殺したい千鳥ちゃんと、千鳥ちゃんを失いたくない私が、二人でぶつかり合わないときっと何も解決しない。

 堂々と力強く言うと、氷室さんは少し心配そうに私を見つめてから小さく頷いてくれた。

「あなたが、そうしたいのなら。私は、あなたを見守る」

 そう言ってくれたけれど、やっぱり心配そうなのは変わりない。
 私が友達の千鳥ちゃんとぶつかり合って、傷付かないか心配してくれているんだ。
 でも、私の意思を尊重して、氷室さんは私のわがままを許してくれた。

 そんな氷室さんにカノンさんとカルマちゃんも、続いて頷いてくれた。

「みんなごめんね、ありがとう。夜子さんのことをお願い」

 私がお礼を言うと、三人は心配そうに私を見ながらも、私たちから距離を取って夜子さんの元に控えた。
 眠るように目を閉じる夜子さんは、未だピクリとも動かない。

「ごめんレイくん。そういうわけだから、手を出さないで欲しいんだけど」
「そう、か。わかったよ。アリスちゃんのご要望とあらば大人しくしているよ。ただ、僕はもし君が殺されそうになったら躊躇いなく乱入してクイナを殺すよ?」

 小さく溜息をついて、レイくんはニカッと軽やかな笑みを浮かべた。
 裏切り者の千鳥ちゃんに対する怒りがあるはずなのに、レイくんもまた私の気持ちを尊重して堪えてくれた。

「うん、それでいい。私負けないからさ」
「いいね、その意気だ」

 穏やかに、自信たっぷりに返すと、レイくんは満足そうに頷いて退がった。
 夜子さんにすぐにとどめを刺さなかったことは不満そうで、複雑な視線を向けてはいたけれど。

 そして千鳥ちゃんは私を見て苛立ちを露にして吠えた。

「随分と余裕じゃない! 私を倒すのなんてわけないってこと!? 舐めてくれたもんね!」
「ううん、そんなことないよ。ただ、私が負けるつもりがないだけ。負けた時のことなんて考えてないだけよ。だって私、何が何でも、絶対に千鳥ちゃんを諦めたくないもん」
「なによ、それ……」

 千鳥ちゃんはバチバチと電気を弾けさせた。
 グッと歯を食いしばって、私を射殺さんばかりに睨み付けてくる。
 でもそこにあるのは怒りでも憎悪でもなく、戸惑いのようなものだった。

「私は、アンタを殺すって言ってるのに! アンタたちにずっと隠し事をしてきて、挙げ句の果てに自分勝手な理由で裏切ってるっていうのに! 私のことなんて切り捨てなさいよ! 私は、アンタの友達でいる資格なんてないのに! それなのに、アンタはどうして、そんなことが言えるのよ!」
「そんなの……決まってるじゃん。千鳥ちゃんだって、わかってるくせに!」
「なによ!」

 自分で自分を下に見て、自分を悪者にして貶めて。
 そうやって自らを卑下することで、私の友達でいられない理由を作っているように私には見えた。
 そうすることで無理矢理、私を殺せる理由を作るように。

 そうやって自分の気持ちに嘘をついて、目を逸らして茨の道を進もうとしている姿に、私は苛立ちを覚えて思わず声が荒くなった。

「私は今でも、千鳥ちゃんを大切な友達だと思ってるからだよ! 資格なんて必要ない! 千鳥ちゃんが自分自身を何て言おうが、私の千鳥ちゃんへの気持ちは変わらない! 私は、千鳥ちゃんが大好きだから、絶対にこの喧嘩に勝つんだ!」

 お姉さんたちが大切なのは本心なんだろう。
 何よりも大切だと思う気持ちに、決して偽りはないんだろう。

 でも、自分のせいでお姉さんたちを死なせてしまったという責任と後悔が、千鳥ちゃんの心の自由を奪ってる。
 その贖罪のような意識が、千鳥ちゃんからそれ以外を想う自由を奪ってる。

 本当は他を切り捨てることなんてできないくせに。
 お姉さんたちを一番に想わないといけないと、その為には他のことは切り捨てることも厭わないといけないと、そう思い込んで言い聞かせてる。

 そんなことする必要ないのに。
 自分で自分を縛り上げて、苦しんでる。

 弱くて臆病で、だから自分に自信がなくて。
 それ故に自分が犯した罪の意識を人一倍感じてしまって、結果必要以上に自分に責任を科してしまっている。

 そこから救い出してあげられるのは私だけだ。
 私が助けてあげなきゃいけない。
 心の奥底で繋がってる、友達の私が。

「千鳥ちゃんはもう、私の日々になくてはならなくなっちゃったんだよ。だから私は諦めないし、見捨てないし、切り捨てない。千鳥ちゃんがどんなにそれを望んだとしても! だから、だから、だから! 私は千鳥ちゃんを倒して、絶対にどこにも行かせたりなんかしない!」

 『真理のつるぎ』を両手で構え、私は強く宣言した。
 千鳥ちゃんが何を言おうと、私の気持ちは千鳥ちゃんからそれない。
 嫌いになったり、憎んだり、敵対なんかしない。

 大好きだからこそ、私はぶつかり合うんだと。

 そんな私の言葉を受けて、千鳥ちゃんは頭を掻き乱した。
 帯電する金髪を振り乱し、甲高い呻き声を上げる。
 そして乱れた髪の隙間から、涙を零す瞳が私を睨んだ。

「アリス……アリス、アリス、アリスアリスアリス…………!!!」

 バチバチと電気が弾け炸裂する。
 大きく広げられた翼が更に輝きを増し、煌びやかさと同時に禍々しさが強まった。

「……もういい。もういい、もういいもういい! 勝手にしなさい! この、わからず屋がぁ!!!」

 涙を振りまきながら千鳥ちゃんは吠えた。
 怒り狂うような言葉とは裏腹に、その瞳は私に助けてと言っているように見えた。
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