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第6章 誰ガ為ニ
132 はじめからいなかった
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「そんな……千鳥ちゃん……」
身体中を冷たさが駆け抜けて、心臓が止まりそうだった。
もはや冷や汗すら出ない。ただただ、身が凍るような思いだった。
突きつけられた現実に耳を傾けるのがやっとで、うまく咀嚼できない。
千鳥ちゃんがワルプルギスの魔女だったことも、ロード・ケインが差し向けた本当のスパイだということも。
夜子さんを攻撃したことも。そして、私を殺そうとしていることも。
まだよく、受け入れられなかった。
でも、それでも状況は進んでいく。目の前の現実は変わらない。
どんなに私がついていけなくても、受け入れられないとしても。
だから私は、気を抜けば卒倒してしまいそうな心を奮い立たせて、懸命に千鳥ちゃんに向かい合った。
今私が向かい合うべきは、千鳥ちゃんが隠してきた素性じゃなくて、今の彼女の気持ちだから。
ワルプルギスだったとしても、スパイだったとしても、千鳥ちゃんが千鳥ちゃんであることには変わらない。
それに、今の彼女の言葉を聞けば、今まで私に見せてくれていた顔が嘘ではなかったことはわかるから。
だから私は、今目の前にいる千鳥ちゃんに、向き合おうと思った。
「ごめんね、アリス。謝ったって仕方ないけど、でも、ごめん」
「謝るなら、やめようよこんなこと。ねぇ、千鳥ちゃん」
爪が食い込みそうなほどに拳を握りながら、千鳥ちゃんはまだ謝る。
そんな千鳥ちゃんに、私は声を震わせながら言葉を投げかけた。
「千鳥ちゃんがお姉さんたちを大切に思って、その望みの通りに生き延びようとすること、それはいいことだと思う。それ自体は間違ってない。でも、だからってこんなことする必要は、絶対にないはずだよ。だって、千鳥ちゃん自身は、私たちのこと殺したいとなんて思ってないんでしょ? そんなに、謝るんだもん……」
「当たり前じゃない。殺したいわけ、ないに決まってるじゃん。でも、こうするしかないのよ」
千鳥ちゃん自体は、私たちのことを想ってくれている。
大切だと想ってくれている。それはその涙を見れば明白なこと。
けれど千鳥ちゃんは首を横に振る。
「そんなことないはずだよ。千鳥ちゃんが生き延びる方法は、他にも絶対に────」
「他にもあったとしても、一番確実なのはこれなの……! レジスタンスとかなんとかいって抗ったところで、魔女が魔法使いに勝てるかどうかなんてわかんない。魔法使いの君主に保証してもらえるのなら、それが一番確実でしょ! 私は、お姉ちゃんたちの望みを一番叶えられる方法を選ぶ。例え、アンタを殺さなくちゃいけなくても……!」
千鳥ちゃんは譲らなかった。そうと決めて、譲らない。
涙を流しながらも、その選択が最善だと信じている。
きっとそれは、アゲハさんが指し示したものだったから、というのもあるのかもしれない。
私のことを大切だっと言ってくれるのに、でもその意思を曲げようとはしない。
私よりも更に大切なお姉さんたちの為を思っての、取捨選択だ。
それが、千鳥ちゃんの優先順位なんだ。
一番大切なもののために、それ以外を切り捨てる覚悟をしたんだ。
それが例え、大切なものだとしても。
「やだよ、千鳥ちゃん。私いやだよ。千鳥ちゃんと、こんな……」
「うん、だからごめんアリス。でも私、もう決めたの」
「……一緒に頑張って行く道はないの? 私たち友達なのに、こんなこと……」
「さっきまでの私なら、アンタと生きて行く道を選ぶことに迷いはなかった。でも、今は少しでも確実な方を選ぶ。だから、無理よ」
「っ…………」
縋り付くような言葉を並べる私に、千鳥ちゃんは頑なに返してくる。
私を殺すと宣言されても気持ちを固められない私に対し、千鳥ちゃんはもう覚悟を決めているようだった。
「アリス、わかってるとは思うけど私は本気よ。アンタも死にたくはないでしょうから、いい加減覚悟を決めなさい。友達と戦うのが嫌なら、もう私のことを友達となんて思わなくていいから。どっちにしろ、殺そうとしている奴なんて、友達でもなんでもないでしょ」
「なんでそんなこと言うの? そんな風になんて思えないよ。だって、千鳥ちゃんは私の友達だもん。何を言われたって、千鳥ちゃんは……千鳥ちゃんは────!」
「言ったでしょ、私は千鳥じゃない。私の名前はクイナ・カレンデュラ! アンタが友達と思ってる千鳥は、偽りの塊なんだと諦めなさい! はじめからそんな奴、いなかったのよ……!」
食らいつく私を千鳥ちゃんがピシャリと跳ね除けた。
けれど、それでも納得できなかった。
だって、そう言う千鳥ちゃんの顔が、それを受け入れられていないようだったから。
「千鳥ちゃんは千鳥ちゃんだよ! あなたは、私の友達の千鳥ちゃんだ!」
「違うって言ってんでしょ! いいから受け入れなさい!」
「無理だよ! だって千鳥ちゃん、さっきからずっと泣いてるじゃん! あなたが私の友達の千鳥ちゃんじゃないって言うなら、そんな子ははじめからいなかったって言うなら、その涙は何なの!?」
「────うるさい!」
雷鳴のごとく、千鳥ちゃんは声を張り上げた。
ぐいっと腕で涙を乱暴に拭って、歯を食いしばり、私を睨みつけてくる。
「いくら御託を並べたって、私の気持ちは変わらない。私は! お姉ちゃんのために生きるって決めたの! だから私は、アンタを殺す! 殺すって決めたのよ!」
喚き散らすように、千鳥ちゃんは甲高い声で言い放った。
それはどこか自暴自棄になっているようにも見えた。
千鳥ちゃんのその気持ちはわかる。
お姉さんたちの望みを、願いを何が何でも叶えたいという気持ちは。
けれどでもやっぱり、私にはまだ他にも方法があるように思えてしまう。
アゲハさんを目の前で失って、自分が思いもしなかった真相を知って、千鳥ちゃんは混乱してしまっているのかもしれない。
冷静さを失っているというか、他に考えが回っていないというか。
とにかく、思考が偏ってしまっているように見える。
私にはそれが最善とは思えなかった。
別に、私が殺されたくないからという個人的な感情で言っているわけじゃない。
私のことを友達だと、大切だと思ってくれている千鳥ちゃんが私を殺せば、彼女はきっと深く傷ついてしまうだろうから。
例えそれで確実に生き延びることができたとしても。
その傷は、きっと一生千鳥ちゃんの心に残って、彼女苦しめる続けるだろうから。
そう思うからこそ、私は千鳥ちゃんのその考えを受け入れてあげられなかった。
「まってよ、千鳥ちゃん」
「いいえまたない」
「まってよ」
「またない」
「まって」
「またないって言ってんでしょ! このわからず屋!」
「まってって言ってるでしょ! わからず屋はそっちだよ!」
言葉が相容れない。お互い相手を大切な友達だと思っているはずなのに。
ついさっきまでは肩を並べあっていたのに。
少し前までは、仲良く楽しく笑いあっていたのに。
今は、お互いに声を荒げあっている。
「こんなの絶対に間違ってる! こんなんじゃ誰も幸せになれないよ! 千鳥ちゃんも、お姉さんたちも!」
「うるさい! お姉ちゃんたちはもういない! ツバサお姉ちゃんも、アゲハお姉ちゃんももう死んじゃった。私のせいで死んじゃったの! これ以上二人の気持ちは裏切れない! お姉ちゃんたちの分まで私は生きる! アゲハお姉ちゃんが残した道で、私は生きるんだ!」
私の言葉に耳を貸さず、拒絶するように頭を振る千鳥ちゃん。
パチパチと弾け帯電する電気と共に、輝く金髪を振り乱す。
「それに、何にも間違ってないわ。だって、一番最初に戻っただけだもの。私はこういう奴だったのよ。今までがおかしかっただけなの! 私は元々、こうする為にここに来たんだから!」
それは、自分への言い訳のように聞こえた。
自分を正当化する為に、気持ちに踏ん切りをつける為に、そういうことにしようとしているんだと。
だから尚更、私はその選択を受け入れられなかった。
「だから、私のことは忘れなさい。千鳥なんていう友達は、はじめからいなかったのよ」
「無理だよ。そんなことできないよ」
「できなくってもしなさい!」
「できないんだからできないんだよ!」
「ッ………………!」
できるわけがないんだ、そんなこと。
だって、目の前で苦しんでいるんだから。
覚悟を決めているのに、その覚悟に苦しんでいる友達が、目の前にいるんだから。
忘れるなんて無理だ。
切り捨てるなんて無理だ。
割り切るなんて無理だ。
私にはそんなことできない。
千鳥ちゃんとなんて、戦いたくない。
それでも千鳥ちゃんは、歯を食いしばって、決して引かなかった。
「なんなのよ。なんなのよなんなのよ! 私はアンタを殺す、そう言ってるでしょうが! 私はアンタの敵なのよ! 腹を括りなさい! 死にたくないなら戦いなさい! アンタがなんて喚こうが、私はもう、アンタを殺すんだから!!!!!」
そう叫ぶ千鳥ちゃんは、やっぱり涙が止まっていなかった。
身体中を冷たさが駆け抜けて、心臓が止まりそうだった。
もはや冷や汗すら出ない。ただただ、身が凍るような思いだった。
突きつけられた現実に耳を傾けるのがやっとで、うまく咀嚼できない。
千鳥ちゃんがワルプルギスの魔女だったことも、ロード・ケインが差し向けた本当のスパイだということも。
夜子さんを攻撃したことも。そして、私を殺そうとしていることも。
まだよく、受け入れられなかった。
でも、それでも状況は進んでいく。目の前の現実は変わらない。
どんなに私がついていけなくても、受け入れられないとしても。
だから私は、気を抜けば卒倒してしまいそうな心を奮い立たせて、懸命に千鳥ちゃんに向かい合った。
今私が向かい合うべきは、千鳥ちゃんが隠してきた素性じゃなくて、今の彼女の気持ちだから。
ワルプルギスだったとしても、スパイだったとしても、千鳥ちゃんが千鳥ちゃんであることには変わらない。
それに、今の彼女の言葉を聞けば、今まで私に見せてくれていた顔が嘘ではなかったことはわかるから。
だから私は、今目の前にいる千鳥ちゃんに、向き合おうと思った。
「ごめんね、アリス。謝ったって仕方ないけど、でも、ごめん」
「謝るなら、やめようよこんなこと。ねぇ、千鳥ちゃん」
爪が食い込みそうなほどに拳を握りながら、千鳥ちゃんはまだ謝る。
そんな千鳥ちゃんに、私は声を震わせながら言葉を投げかけた。
「千鳥ちゃんがお姉さんたちを大切に思って、その望みの通りに生き延びようとすること、それはいいことだと思う。それ自体は間違ってない。でも、だからってこんなことする必要は、絶対にないはずだよ。だって、千鳥ちゃん自身は、私たちのこと殺したいとなんて思ってないんでしょ? そんなに、謝るんだもん……」
「当たり前じゃない。殺したいわけ、ないに決まってるじゃん。でも、こうするしかないのよ」
千鳥ちゃん自体は、私たちのことを想ってくれている。
大切だと想ってくれている。それはその涙を見れば明白なこと。
けれど千鳥ちゃんは首を横に振る。
「そんなことないはずだよ。千鳥ちゃんが生き延びる方法は、他にも絶対に────」
「他にもあったとしても、一番確実なのはこれなの……! レジスタンスとかなんとかいって抗ったところで、魔女が魔法使いに勝てるかどうかなんてわかんない。魔法使いの君主に保証してもらえるのなら、それが一番確実でしょ! 私は、お姉ちゃんたちの望みを一番叶えられる方法を選ぶ。例え、アンタを殺さなくちゃいけなくても……!」
千鳥ちゃんは譲らなかった。そうと決めて、譲らない。
涙を流しながらも、その選択が最善だと信じている。
きっとそれは、アゲハさんが指し示したものだったから、というのもあるのかもしれない。
私のことを大切だっと言ってくれるのに、でもその意思を曲げようとはしない。
私よりも更に大切なお姉さんたちの為を思っての、取捨選択だ。
それが、千鳥ちゃんの優先順位なんだ。
一番大切なもののために、それ以外を切り捨てる覚悟をしたんだ。
それが例え、大切なものだとしても。
「やだよ、千鳥ちゃん。私いやだよ。千鳥ちゃんと、こんな……」
「うん、だからごめんアリス。でも私、もう決めたの」
「……一緒に頑張って行く道はないの? 私たち友達なのに、こんなこと……」
「さっきまでの私なら、アンタと生きて行く道を選ぶことに迷いはなかった。でも、今は少しでも確実な方を選ぶ。だから、無理よ」
「っ…………」
縋り付くような言葉を並べる私に、千鳥ちゃんは頑なに返してくる。
私を殺すと宣言されても気持ちを固められない私に対し、千鳥ちゃんはもう覚悟を決めているようだった。
「アリス、わかってるとは思うけど私は本気よ。アンタも死にたくはないでしょうから、いい加減覚悟を決めなさい。友達と戦うのが嫌なら、もう私のことを友達となんて思わなくていいから。どっちにしろ、殺そうとしている奴なんて、友達でもなんでもないでしょ」
「なんでそんなこと言うの? そんな風になんて思えないよ。だって、千鳥ちゃんは私の友達だもん。何を言われたって、千鳥ちゃんは……千鳥ちゃんは────!」
「言ったでしょ、私は千鳥じゃない。私の名前はクイナ・カレンデュラ! アンタが友達と思ってる千鳥は、偽りの塊なんだと諦めなさい! はじめからそんな奴、いなかったのよ……!」
食らいつく私を千鳥ちゃんがピシャリと跳ね除けた。
けれど、それでも納得できなかった。
だって、そう言う千鳥ちゃんの顔が、それを受け入れられていないようだったから。
「千鳥ちゃんは千鳥ちゃんだよ! あなたは、私の友達の千鳥ちゃんだ!」
「違うって言ってんでしょ! いいから受け入れなさい!」
「無理だよ! だって千鳥ちゃん、さっきからずっと泣いてるじゃん! あなたが私の友達の千鳥ちゃんじゃないって言うなら、そんな子ははじめからいなかったって言うなら、その涙は何なの!?」
「────うるさい!」
雷鳴のごとく、千鳥ちゃんは声を張り上げた。
ぐいっと腕で涙を乱暴に拭って、歯を食いしばり、私を睨みつけてくる。
「いくら御託を並べたって、私の気持ちは変わらない。私は! お姉ちゃんのために生きるって決めたの! だから私は、アンタを殺す! 殺すって決めたのよ!」
喚き散らすように、千鳥ちゃんは甲高い声で言い放った。
それはどこか自暴自棄になっているようにも見えた。
千鳥ちゃんのその気持ちはわかる。
お姉さんたちの望みを、願いを何が何でも叶えたいという気持ちは。
けれどでもやっぱり、私にはまだ他にも方法があるように思えてしまう。
アゲハさんを目の前で失って、自分が思いもしなかった真相を知って、千鳥ちゃんは混乱してしまっているのかもしれない。
冷静さを失っているというか、他に考えが回っていないというか。
とにかく、思考が偏ってしまっているように見える。
私にはそれが最善とは思えなかった。
別に、私が殺されたくないからという個人的な感情で言っているわけじゃない。
私のことを友達だと、大切だと思ってくれている千鳥ちゃんが私を殺せば、彼女はきっと深く傷ついてしまうだろうから。
例えそれで確実に生き延びることができたとしても。
その傷は、きっと一生千鳥ちゃんの心に残って、彼女苦しめる続けるだろうから。
そう思うからこそ、私は千鳥ちゃんのその考えを受け入れてあげられなかった。
「まってよ、千鳥ちゃん」
「いいえまたない」
「まってよ」
「またない」
「まって」
「またないって言ってんでしょ! このわからず屋!」
「まってって言ってるでしょ! わからず屋はそっちだよ!」
言葉が相容れない。お互い相手を大切な友達だと思っているはずなのに。
ついさっきまでは肩を並べあっていたのに。
少し前までは、仲良く楽しく笑いあっていたのに。
今は、お互いに声を荒げあっている。
「こんなの絶対に間違ってる! こんなんじゃ誰も幸せになれないよ! 千鳥ちゃんも、お姉さんたちも!」
「うるさい! お姉ちゃんたちはもういない! ツバサお姉ちゃんも、アゲハお姉ちゃんももう死んじゃった。私のせいで死んじゃったの! これ以上二人の気持ちは裏切れない! お姉ちゃんたちの分まで私は生きる! アゲハお姉ちゃんが残した道で、私は生きるんだ!」
私の言葉に耳を貸さず、拒絶するように頭を振る千鳥ちゃん。
パチパチと弾け帯電する電気と共に、輝く金髪を振り乱す。
「それに、何にも間違ってないわ。だって、一番最初に戻っただけだもの。私はこういう奴だったのよ。今までがおかしかっただけなの! 私は元々、こうする為にここに来たんだから!」
それは、自分への言い訳のように聞こえた。
自分を正当化する為に、気持ちに踏ん切りをつける為に、そういうことにしようとしているんだと。
だから尚更、私はその選択を受け入れられなかった。
「だから、私のことは忘れなさい。千鳥なんていう友達は、はじめからいなかったのよ」
「無理だよ。そんなことできないよ」
「できなくってもしなさい!」
「できないんだからできないんだよ!」
「ッ………………!」
できるわけがないんだ、そんなこと。
だって、目の前で苦しんでいるんだから。
覚悟を決めているのに、その覚悟に苦しんでいる友達が、目の前にいるんだから。
忘れるなんて無理だ。
切り捨てるなんて無理だ。
割り切るなんて無理だ。
私にはそんなことできない。
千鳥ちゃんとなんて、戦いたくない。
それでも千鳥ちゃんは、歯を食いしばって、決して引かなかった。
「なんなのよ。なんなのよなんなのよ! 私はアンタを殺す、そう言ってるでしょうが! 私はアンタの敵なのよ! 腹を括りなさい! 死にたくないなら戦いなさい! アンタがなんて喚こうが、私はもう、アンタを殺すんだから!!!!!」
そう叫ぶ千鳥ちゃんは、やっぱり涙が止まっていなかった。
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