上 下
448 / 984
第6章 誰ガ為ニ

132 はじめからいなかった

しおりを挟む
「そんな……千鳥ちゃん……」

 身体中を冷たさが駆け抜けて、心臓が止まりそうだった。
 もはや冷や汗すら出ない。ただただ、身が凍るような思いだった。

 突きつけられた現実に耳を傾けるのがやっとで、うまく咀嚼できない。
 千鳥ちゃんがワルプルギスの魔女だったことも、ロード・ケインが差し向けた本当のスパイだということも。
 夜子さんを攻撃したことも。そして、私を殺そうとしていることも。
 まだよく、受け入れられなかった。

 でも、それでも状況は進んでいく。目の前の現実は変わらない。
 どんなに私がついていけなくても、受け入れられないとしても。

 だから私は、気を抜けば卒倒してしまいそうな心を奮い立たせて、懸命に千鳥ちゃんに向かい合った。
 今私が向かい合うべきは、千鳥ちゃんが隠してきた素性じゃなくて、今の彼女の気持ちだから。

 ワルプルギスだったとしても、スパイだったとしても、千鳥ちゃんが千鳥ちゃんであることには変わらない。
 それに、今の彼女の言葉を聞けば、今まで私に見せてくれていた顔が嘘ではなかったことはわかるから。
 だから私は、今目の前にいる千鳥ちゃんに、向き合おうと思った。

「ごめんね、アリス。謝ったって仕方ないけど、でも、ごめん」
「謝るなら、やめようよこんなこと。ねぇ、千鳥ちゃん」

 爪が食い込みそうなほどに拳を握りながら、千鳥ちゃんはまだ謝る。
 そんな千鳥ちゃんに、私は声を震わせながら言葉を投げかけた。

「千鳥ちゃんがお姉さんたちを大切に思って、その望みの通りに生き延びようとすること、それはいいことだと思う。それ自体は間違ってない。でも、だからってこんなことする必要は、絶対にないはずだよ。だって、千鳥ちゃん自身は、私たちのこと殺したいとなんて思ってないんでしょ? そんなに、謝るんだもん……」
「当たり前じゃない。殺したいわけ、ないに決まってるじゃん。でも、こうするしかないのよ」

 千鳥ちゃん自体は、私たちのことを想ってくれている。
 大切だと想ってくれている。それはその涙を見れば明白なこと。
 けれど千鳥ちゃんは首を横に振る。

「そんなことないはずだよ。千鳥ちゃんが生き延びる方法は、他にも絶対に────」
「他にもあったとしても、一番確実なのはこれなの……! レジスタンスとかなんとかいって抗ったところで、魔女が魔法使いに勝てるかどうかなんてわかんない。魔法使いの君主ロードに保証してもらえるのなら、それが一番確実でしょ! 私は、お姉ちゃんたちの望みを一番叶えられる方法を選ぶ。例え、アンタを殺さなくちゃいけなくても……!」

 千鳥ちゃんは譲らなかった。そうと決めて、譲らない。
 涙を流しながらも、その選択が最善だと信じている。
 きっとそれは、アゲハさんが指し示したものだったから、というのもあるのかもしれない。

 私のことを大切だっと言ってくれるのに、でもその意思を曲げようとはしない。
 私よりも更に大切なお姉さんたちの為を思っての、取捨選択だ。
 それが、千鳥ちゃんの優先順位なんだ。

 一番大切なもののために、それ以外を切り捨てる覚悟をしたんだ。
 それが例え、大切なものだとしても。

「やだよ、千鳥ちゃん。私いやだよ。千鳥ちゃんと、こんな……」
「うん、だからごめんアリス。でも私、もう決めたの」
「……一緒に頑張って行く道はないの? 私たち友達なのに、こんなこと……」
「さっきまでの私なら、アンタと生きて行く道を選ぶことに迷いはなかった。でも、今は少しでも確実な方を選ぶ。だから、無理よ」
「っ…………」

 縋り付くような言葉を並べる私に、千鳥ちゃんは頑なに返してくる。
 私を殺すと宣言されても気持ちを固められない私に対し、千鳥ちゃんはもう覚悟を決めているようだった。

「アリス、わかってるとは思うけど私は本気よ。アンタも死にたくはないでしょうから、いい加減覚悟を決めなさい。友達と戦うのが嫌なら、もう私のことを友達となんて思わなくていいから。どっちにしろ、殺そうとしている奴なんて、友達でもなんでもないでしょ」
「なんでそんなこと言うの? そんな風になんて思えないよ。だって、千鳥ちゃんは私の友達だもん。何を言われたって、千鳥ちゃんは……千鳥ちゃんは────!」
「言ったでしょ、私は千鳥じゃない。私の名前はクイナ・カレンデュラ! アンタが友達と思ってる千鳥は、偽りの塊なんだと諦めなさい! はじめからそんな奴、いなかったのよ……!」

 食らいつく私を千鳥ちゃんがピシャリと跳ね除けた。
 けれど、それでも納得できなかった。
 だって、そう言う千鳥ちゃんの顔が、それを受け入れられていないようだったから。

「千鳥ちゃんは千鳥ちゃんだよ! あなたは、私の友達の千鳥ちゃんだ!」
「違うって言ってんでしょ! いいから受け入れなさい!」
「無理だよ! だって千鳥ちゃん、さっきからずっと泣いてるじゃん! あなたが私の友達の千鳥ちゃんじゃないって言うなら、そんな子ははじめからいなかったって言うなら、その涙は何なの!?」
「────うるさい!」

 雷鳴のごとく、千鳥ちゃんは声を張り上げた。
 ぐいっと腕で涙を乱暴に拭って、歯を食いしばり、私を睨みつけてくる。

「いくら御託を並べたって、私の気持ちは変わらない。私は! お姉ちゃんのために生きるって決めたの! だから私は、アンタを殺す! 殺すって決めたのよ!」

 喚き散らすように、千鳥ちゃんは甲高い声で言い放った。
 それはどこか自暴自棄になっているようにも見えた。

 千鳥ちゃんのその気持ちはわかる。
 お姉さんたちの望みを、願いを何が何でも叶えたいという気持ちは。
 けれどでもやっぱり、私にはまだ他にも方法があるように思えてしまう。

 アゲハさんを目の前で失って、自分が思いもしなかった真相を知って、千鳥ちゃんは混乱してしまっているのかもしれない。
 冷静さを失っているというか、他に考えが回っていないというか。
 とにかく、思考が偏ってしまっているように見える。
 私にはそれが最善とは思えなかった。

 別に、私が殺されたくないからという個人的な感情で言っているわけじゃない。
 私のことを友達だと、大切だと思ってくれている千鳥ちゃんが私を殺せば、彼女はきっと深く傷ついてしまうだろうから。

 例えそれで確実に生き延びることができたとしても。
 その傷は、きっと一生千鳥ちゃんの心に残って、彼女苦しめる続けるだろうから。

 そう思うからこそ、私は千鳥ちゃんのその考えを受け入れてあげられなかった。

「まってよ、千鳥ちゃん」
「いいえまたない」
「まってよ」
「またない」
「まって」
「またないって言ってんでしょ! このわからず屋!」
「まってって言ってるでしょ! わからず屋はそっちだよ!」

 言葉が相容れない。お互い相手を大切な友達だと思っているはずなのに。
 ついさっきまでは肩を並べあっていたのに。
 少し前までは、仲良く楽しく笑いあっていたのに。
 今は、お互いに声を荒げあっている。

「こんなの絶対に間違ってる! こんなんじゃ誰も幸せになれないよ! 千鳥ちゃんも、お姉さんたちも!」
「うるさい! お姉ちゃんたちはもういない! ツバサお姉ちゃんも、アゲハお姉ちゃんももう死んじゃった。私のせいで死んじゃったの! これ以上二人の気持ちは裏切れない! お姉ちゃんたちの分まで私は生きる! アゲハお姉ちゃんが残した道で、私は生きるんだ!」

 私の言葉に耳を貸さず、拒絶するように頭を振る千鳥ちゃん。
 パチパチと弾け帯電する電気と共に、輝く金髪を振り乱す。

「それに、何にも間違ってないわ。だって、一番最初に戻っただけだもの。私はこういう奴だったのよ。今までがおかしかっただけなの! 私は元々、こうする為にここに来たんだから!」

 それは、自分への言い訳のように聞こえた。
 自分を正当化する為に、気持ちに踏ん切りをつける為に、そういうことにしようとしているんだと。
 だから尚更、私はその選択を受け入れられなかった。

「だから、私のことは忘れなさい。千鳥なんていう友達は、はじめからいなかったのよ」
「無理だよ。そんなことできないよ」
「できなくってもしなさい!」
「できないんだからできないんだよ!」
「ッ………………!」

 できるわけがないんだ、そんなこと。
 だって、目の前で苦しんでいるんだから。
 覚悟を決めているのに、その覚悟に苦しんでいる友達が、目の前にいるんだから。

 忘れるなんて無理だ。
 切り捨てるなんて無理だ。
 割り切るなんて無理だ。

 私にはそんなことできない。
 千鳥ちゃんとなんて、戦いたくない。

 それでも千鳥ちゃんは、歯を食いしばって、決して引かなかった。

「なんなのよ。なんなのよなんなのよ! 私はアンタを殺す、そう言ってるでしょうが! 私はアンタの敵なのよ! 腹を括りなさい! 死にたくないなら戦いなさい! アンタがなんて喚こうが、私はもう、アンタを殺すんだから!!!!!」

 そう叫ぶ千鳥ちゃんは、やっぱり涙が止まっていなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

キャンピングカーで往く異世界徒然紀行

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが… ※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜 ※カクヨム様でも投稿をしております

美少女だらけの姫騎士学園に、俺だけ男。~神騎士LV99から始める強くてニューゲーム~

マナシロカナタ✨ラノベ作家✨子犬を助けた
ファンタジー
異世界💞推し活💞ファンタジー、開幕! 人気ソーシャルゲーム『ゴッド・オブ・ブレイビア』。 古参プレイヤー・加賀谷裕太(かがや・ゆうた)は、学校の階段を踏み外したと思ったら、なぜか大浴場にドボンし、ゲームに出てくるツンデレ美少女アリエッタ(俺の推し)の胸を鷲掴みしていた。 ふにょんっ♪ 「ひあんっ!」 ふにょん♪ ふにょふにょん♪ 「あんっ、んっ、ひゃん! って、いつまで胸を揉んでるのよこの変態!」 「ご、ごめん!」 「このっ、男子禁制の大浴場に忍び込むだけでなく、この私のむ、む、胸を! 胸を揉むだなんて!」 「ちょっと待って、俺も何が何だか分からなくて――」 「問答無用! もはやその行い、許し難し! かくなる上は、あなたに決闘を申し込むわ!」 ビシィッ! どうやら俺はゲームの中に入り込んでしまったようで、ラッキースケベのせいでアリエッタと決闘することになってしまったのだが。 なんと俺は最高位職のLv99神騎士だったのだ! この世界で俺は最強だ。 現実世界には未練もないし、俺はこの世界で推しの子アリエッタにリアル推し活をする!

1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!

マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。 今後ともよろしくお願いいたします! トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕! タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。 男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】 そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】 アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です! コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】 よろしくお願いいたします。 マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。 見てください。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜

墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。 主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。 異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……? 召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。 明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが集団お漏らしする話

赤髪命
大衆娯楽
※この作品は「校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話」のifバージョンとして、もっと渋滞がひどくトイレ休憩云々の前に高速道路上でバスが立ち往生していた場合を描く公式2次創作です。 前作との文体、文章量の違いはありますがその分キャラクターを濃く描いていくのでお楽しみ下さい。(評判が良ければ彼女たちの日常編もいずれ連載するかもです)

処理中です...