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第6章 誰ガ為ニ

121 アクロバット

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 ぐんぐんと風を切って体が昇っていく。
 空を飛んだ経験は何度かあるから、ある程度慣れているつもりだったけれど。
 千鳥ちゃんの背に体を預けて飛ぶというのは、今までの感覚とは少し違った。

 振り落とされまいと首に腕を巻きつける形になりながら、私はがっちりと千鳥ちゃんにしがみついた。
 もしかしたら苦しかったかもしれないけれど、千鳥ちゃんは何も言わずにひたすらに高く飛び上がる。

 やがて上昇が終わると、千鳥ちゃんはやや前傾姿勢で滞空した。
 そこでようやく、私は体勢を整えられるようになった。

 首に巻き付けていた腕を放し、片手でその小さい肩をぎゅっと握る。
 背中に片膝をつくようにして体を起こし、空いた右手でしっかりと『真理のつるぎ』を握って正面を見据えた。
 魔力を通わせることで、私たちの体は磁石でくっついているかのように固定されて、安定感がグッと増す。

『しぶとい! しぶといのよアンタたち! さっさとくたばればいいのに!』

 二人揃って昇ってきた私たちを見て、アゲハさんが甲高い声を上げた。
 蘭々と輝くサファイアブルーの羽を目一杯広げて、その複眼で私たちを蜂の巣にせんばかりの勢いで見遣ってくる。

「諦めませんよ、私たちは! 生きることも、アゲハさん、あなたとわかり合うことも!」
『私とわかり合う!? 寝ぼけたこと言ったんじゃないわよ! わかり合うところなんて何もない! 私はアンタを殺す、アンタは死ぬ。ただ、それだけよ────!』

 アゲハさんの周囲に先程のような鳳蝶が無数に現れた。
 キラキラと蒼く輝く蝶の群れ。それらはふわふわと漂ったかと思うと、唐突に弾丸のようなスピードでこちらに突撃してきた。
 蒼い光をまとった蝶の弾丸が、輝く軌跡を描きながら一斉に突撃してくる。

「千鳥ちゃん!」
「わかってる!」

 風を切り物凄い勢いで向かってくる蝶たちを避けるため、千鳥ちゃんは急旋回した。
 魔力によって体は固定されているとわかっているけれど、それでも肩を強く握ってしまう。

 アクロバット飛行のようにぐるぐると宙で回転し、そして急上昇して蝶たちを振り払おうとする。
 けれど私たちとは比べ物にならないくらい小柄な蝶は、私たちの動きなど物ともせずに付きまとってくる。
 自動追尾のミサイルに追われているみたいに、私たちは空中をぐるぐると、まるで泳ぐように飛び回る。

『私を忘れてんじゃないわよ!』

 蝶から逃れることに意識がいっていて、アゲハさんの存在を一瞬忘れていた。
 無我夢中で無茶苦茶な飛行を繰り返している中で、アゲハさんが突如真前に現れる。

「っ…………!」

 気がついた時にはもう遅い。
 突如眼前に現れたアゲハさんを避けようと、無理に方向転換したことで、一瞬の隙ができてしまった。
 その隙間を、アゲハさんがついてくる。

『消し飛べ!』

 アゲハさんを囲むように円状に展開した蒼く輝く魔力の球。
 そこからエネルギーが更に移動して、アゲハさんの口の前に集まっていく。
 大きく黒く開かれた裂け広がる口の前に、収縮し凝縮された高エネルギーの塊が作り上げられる。

 まるで漫画やアニメのワンシーンを見ているかのよう。
 それは蒼い太陽かのような煌々とした光を放ち、アゲハさんの姿を強く照らしている。
 そして、その濃密なエネルギーが突如弾けて巨大なレーザー光線を撃ち放った。

「ア、アリス……!」
「うん……!」

 焦ってややひっくり返った声を出した千鳥ちゃんが、何とか身を捻って私をレーザーの方に向けた。
 私たちを軽々と飲み込んでしまいそうなほどの巨大なレーザー。
 その前に晒された私は、『真理のつるぎ』を片手で強く握り、正面からレーザーに叩き込んだ。

「っ────────!」

 蒼いレーザーは、それそのものが質量を持っているかのようにとても重かった。
 けれど魔力の塊であるレーザーは、『真理のつるぎ』で切りつけることによって跡形もなく消え去った。
 しかし────

「今度はまたこっち……!」

 レーザーを回避した私たちに、ずっと追ってきていた蝶たちが追いついてきた。
 隙の更に隙を突いてくるようなそれらを、もう今からでは避けようがなかった。

 さっきの経験上、あれもまた猛烈な爆発を仕掛けてくるんだろう。
 でも背に腹は変えられない。そう思ったのか、爆発に巻き込まれるのは覚悟の上で、千鳥ちゃんが放電によって迎撃しようとしたその時。

「アリスちゃんは、私が……!」

 氷室さんの声と共に、地上から太い氷の柱が昇ってきた。
 ニ、三人くらいな覆い尽くせるような太さの氷の柱が空中を凍て付かせながら上がってきて、私たちの目の前まで迫ってきていた蝶たちを全て飲み込んだ。

 ピキンと空気も引き締まり、瞬間的な氷結によって辺りに身を刺す寒さが広がった。
 私たちを追ってきていた蝶たちは、全てその氷の柱に閉じ込められて、透明な氷の中で青い輝きがキラキラと瞬いていた。

「こっちもいるんだぜ!」

 氷の柱の凍結によって一瞬静けさが場を支配した。
 その静寂を破るように、カノンさんの声が響く。

 次の瞬間、ロケットのような勢いで下からカノンさんが跳び上がってきた。
 脚力を強化しただけの単純な跳躍。
 けれどまるで推進力があるかのようにぐんぐんと高度を上げて、アゲハさん目掛けて一直線に昇ってきた。

 私たちを見ていたアゲハさんは、そんなカノンさんに気付くのが一瞬遅れた。
 真下から昇ってくる彼女に気付いた時には、もう足元まで接近を許していた。

『うざったい! この死に損ないめ!』

 蝋を塗りたくったようなのっぺりとしたアゲハさんの白い脚。
 けれど異形となっても、なまめかしくあでやかで、扇情的な脚線美を保つ長い脚。
 それをまるで鞭のようにしならせて、跳び上がってきたカノンさんに対してカウンターを叩き込む。
 真下に叩きつけるような一撃。しかしそれを、カノンさんは木刀で正面から受け止めた。

 跳び上がった上昇の勢いと、振り下ろされた蹴りの勢いがぶつかって、カノンさんは一瞬その場に滞空した。

「カルマ! 行け!」
「囮作戦大成功かな!? カルマちゃんとっつげ~き!」

 カノンさんの背中にしがみついていたカルマちゃんがひょっこりと顔を出して、上昇を止められたカノンさんを踏み台にして更に跳び上がった。
 完全に不意を突かれたアゲハさんの真前まで飛び出すと、カルマちゃんはしてやったりとでもいう風にニンマリと笑った。

「おっかないアゲハちゃんを、プリティでチャーミングでラブリーなカルマちゃんが、かわゆくデコレーションしてあ・げ・るっ!」

 わざとらしく、まるでアニメのキャラクターのようにあざといウィンクをするカルマちゃん。
 すると次の瞬間、空中にどこからともなく黒いリボンのようなものが現れて、シュルシュルとアゲハさんへと伸びた。

 それはまるで意思を持っているかのようにアゲハさんにまとわり付き、その蝶の羽が体をぐるぐると縛り上げた。
 ご丁寧にプレゼント箱のような豪勢なリボン結びで。

 揚力を失い、体の自由を奪われたアゲハさんの体がぐらっと傾いた。

「やーん! アゲハちゃんカーワーイーイー! ってことでカノンちゃん、行っちゃえ~!」

 跳び上がっている状態で腰をくねくねさせて嬌声をあげるカルマちゃん。
 けれどすぐに切り替えて、その手から下に伸びている黒いリボンを引っ張り上げた。
 すると、そのリボンを掴んでいたカノンさんが釣り上げられるように上へと引き上げられ、アゲハさんの前に躍り出た。

「くたばんのは、てめぇの方だぜ!」
『調子に────のってんじゃ────ない!!!』

 脳天目掛けて振り下ろされる木刀。
 それに対して一本の腕を挟み込んで直撃を免れたアゲハさん。
 硬い皮膚を通り越して、ゴキッと骨が折れる音がした。
 しかし同時に木刀がバキリと砕けた。

 腕一本を犠牲にして生んだ僅かな時間で、アゲハさんは羽へと魔力を通わせてリボンを引きちぎった。
 蒼い羽が力強く開き、カノンさんとカルマちゃんに覆いかぶさるように広がった。
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